●第3章-2~
&size(10){(古泉モノローグ)};~
~
 気づけば暦はもう12月。~
 機関に所属する者として、SOS団の一員として、退屈なんて言っていられない日々を僕は過ごしている。~
 会長との同居生活も気づけばもう数ヶ月に達していた。~
 最初は恐々だったし、僕の不定期な生活は会長の機嫌を損ねるのではないかと不安も多かったが、彼はそのことはさほど文句をつけるようなことはしなかった。~
 知らない間に以前の友人達と関係を戻し、素行の悪い振る舞いをしたりしないかと不安で、土日はなるべく一緒に過ごすようにしていた時もあったけれど、そんな心配はいらなかった。~
「何時に帰ってきても、寝る時は俺の側で寝てくれたら、それだけでいい」~
 最初のひと月が終わる頃、会長は素っ気無くそう言った。~
 彼なりに僕なりにそのひと月は、お互いの生活のリズムや、距離感をはかりあって過ごし、結果、彼が出してくれた結論だった。~
 彼は家にいるときは、ゲームやネットをしたり、受験勉強をしたりで時間を潰し、休日や放課後は生徒会メンバー同士で遊びに出かけたりすることも多いらしい。治安の悪い場所へ足を向けることはなくなったという報告も一応聞いている。~
~
 きっと順調と呼んでもいいんだろう。~
~
 実は最初のうちは、なんでOKなんて言ってしまったんだろうと後悔していた時期もあったのだ。~
 森さんや多丸さんからもかなり叱られて、「その約束は絶対に撤回するべきです!」と説得されたけれど、一度してしまった言質を、容易くスルーしてくれる相手ではない。~
 気まずい状態のまま、僕は荷物を抱えて彼の家を訪れ、緊張と不安にカチカチに身を縮ませて同居生活を開始したわけで。あの頃のことが少し懐かしく思えるのは、この数ヶ月の間に僕がすっかり彼に飼い慣らされてしまった結果なのだろう。~
 会長はとても意地悪な人だが、その人と小さな部屋に二人で存在していても辛いと感じなくなったのは、彼がとても寛容で、僕に無理をさせないからだ。~
 例えば機関に呼び出されて夜中に出て行かなくてはならない時も文句は言わないし、彼と出かける約束を交わしていてもSOS団の活動を優先させるために断ることもあったが、それについても別に根にもつようなことも無い。~
 それが僕なのだと理解してくれているのだ。~
 たいした人だと思う。自分が彼の立場だったらそこまで物分りがよくなれるだろうか。~
 そして彼が僕に求めていた筈の、その肉体的な関係のことであっても、いわゆるセックスみたいなことは一度も要求されたことは無かった。肌を撫でられたり、キスしたり、スキンシップ+αくらいのことはよくあったけれど、そこで彼はいつも止めてくれていた。~
 本当に、ただ側で寝てくれたらそれだけでいい、の状態が続いているだけなのだ。~
 理由は聞かないけれど……、僕はそのおかげでかなり助かっている。~
 秋も終わりに近づくに連れて、閉鎖空間の発生件数は減っていた。けれど代わりにSOS団の活動は忙しくなり、会長にもついにご登場をお願いした部誌騒動に続いて、文化祭前の映画撮影、文化祭と嵐のように駆け抜けていった。~
 と同時に、機関はSOS団周囲に不穏分子の存在を幾つかかぎつけていたし、学内に関係するものであれば僕もその素行調査に借り出されたり、ともすれば囮も兼ねての接触を試みたりもした。~
 勿論、その際周囲には信頼できる人が監視してくれているし、命の危険を感じる程の状況は滅多にないが、気が抜けない瞬間は増えている。閉鎖空間で神人を相手にするよりも、実体の把握できない人間にみえる何かの団体のほうがよっぽど怖いものだ。~
 そんな日々を送り続けていた僕が帰宅する時は大抵疲れきっていたし、精神的な余裕もあまり無かっただろう。~
 今まではそれでよかったのだ。帰宅しても、あとは一人で眠るだけだったから。~
 けれど、僕が帰る場所は会長の住んでいるアパートに変わった。例えば、もしそこで僕が毎夜毎夜、彼に性的奉仕を強制され続けていたらどうなっていたんだろう。機関の呼び出しがきてもセックスの苦痛でそこに向かうこともできずに、そのうえSOS団の活動にも顔を出せなくなったりしたら、僕の存在価値など無に等しいに違いない。死ぬことよりもそのことのほうが僕は怖い。~
~
 僕はこの世界で、世界の中心にいる神を見ている。~
 神に選ばれた「彼」や、神を見守るためにやってきた宇宙人や未来人たちと一緒に過ごしている。~
 これは僕の誇りだ。僕に対しての機関の信頼も高まって、少しぐらいの無理もすぐに通るようになった。~
 この立ち位置は守りたかった。~
 状況の様々な変化の中で、機関の意見も一枚岩とはいかなくなる部分もあったけれど、僕がいる限り、SOS団に関しては現状維持という方向性を変えさせたりしない。そのためになら僕は自分の命さえ賭けられる、自分でも驚くほど僕はその<神の居場所>への想いが強くなっていたのだ。~
~
 だから、会長が意地悪だけど、強引な人ではなかったことに僕は安堵していたし、最近では彼の腕のぬくもりに慣れて心地よさすら覚えるようになっていた。~
 一日の終わりは大抵彼の腕の中で過ごすせいか、昼間でも時々、会長の寝息の規則正しいリズムが思い出されることもある。そんな時、自分が妙におかしくてつい顔が緩んでしまうらしい。~
 今日、部室で「彼」に注意された。~
「人の顔みてニヤニヤすんな、気持ちわるいぞ古泉」~
「あ、いえ……」~
 長門さんの本を読みながら肘をついて、ウトウトとしかけたあなたの鼻息が、知り合いによく似ていたものですから、なんてとても言えない。~
 僕は仕方なく視線をそらし、ひとりでも楽しめる盤上ゲームのかわりに、数学のノートを取り出して適当に計算問題を思い出しながら書き込みはじめた。~
 それは最近百年越しに漸く解けた天才数学者のひとつの仮説。宇宙が丸いか、輪になっているか、それを調べることが出来るかどうかというだけで、人間の歴史は簡単に一つの世紀を超える。~
 ただの数式の羅列を思考するだけで、人は宇宙の果てまでも旅できるのだ。~
「それポアンカレね」~
 背後から響く元気な声。輝かんばかりに数字を見下ろす彼女には、もしかすると真実が見えているのかもしれない。~
 否、真実は彼女から作り出されていくのだ、きっと。~
「そうです。先日テレビで特集を組まれていたそうですが、ご覧になりましたか」~
「ううん見てない。でも本で読んだわ」~
 でも方法がわかったんなら実践しなくちゃ駄目よね、話はそれからだわ、と力説する彼女を、僕は尊敬して見つめる。~
 彼女のそばにこれからもいられるなら、SOS団全員で宇宙全体にリボンをかけにゆける日もきっと遠くないに違いない。~
~
~
 さて、回想はいい加減これくらいにしておこう。~
 その時、僕は機関の前に立っていた。~
 時刻は夕方の七時を少しまわったところだ。~
 年末に計画している出張劇について打ち合わせがあったのだが、面子が揃わずお流れとなったので、まっすぐ帰宅しようと建物の外に出てから、会長へと携帯で連絡をとることにした。~
 会長は最近料理に凝っていて、「遅い時は仕方がないが、早めに戻るなら連絡しろ。暖めなおす手間が面倒だから、お前の帰ってくる時間に仕上げてやる」と言われたばかりだったのだ。~
 今から三十分以内に戻ります、と告げると、会長は今日の料理によほど自信があるのだろう。上機嫌な返事がかえってきた。会長は器用な人だ。その手料理に失敗は今まで一度もない。~
 楽しみに思いながら電話を切って歩き出そうとした時、背後から新川さんの声がかかった。~
「古泉、少々よろしいですか?」~
「?」~
 新川さんは一人だった。立ち止まった僕を引き連れ、新川さんは建物の中へと戻り、会議室へと招いた。~
 そこには森さんが待っていて、彼女の傍らには白い救急箱のようなケースが置いてあるのが見えた。~
「何かあったのですか?」~
 新川さんがホワイトボードの前にいる森さんの後ろに移動していったので、僕は森さんへ質問を投げた。~
 すると森さんは僕の方へと近づきながら真剣な眼差しで告げてきた。~
「彼の通っていた店に先ほど警察の捜査が入ったそうです」~
「え?」~
 一瞬、その「彼」が誰のことなのか考えが巡らなかった。~
 ややして、なんのことか漸く気付く。~
 会長が通っていたという例の店のことか。~
 しかし何の心配があるというのだろう。会長なら僕と暮らしているあのアパートで食事を作ってくれているのだ。警察に捕まっているはずがない。~
「古泉、あなたを調べなくてはなりません」~
 森さんはさらに言葉を続けた。~
 調べる?~
「あの……なんのことだか僕にはわからないのですが、何があったんです? 会長はその店にはもう通ってないのですよね」~
 森さんは頷く。そして表情を硬くしたまま、衝撃的な言葉を告げた。~
「警察が店へ、強制突入をかけたのは、その店で薬物が売買されていたことが判明したからなのだそうです」~
「薬物?」~
「古泉、あなたを疑うわけではありませんが、一応検査させていただきます」~
 森さんの後ろから近づいた新川さんの腕が、僕の手首を掴んだ。何のことかまた一瞬迷った。~
 けれど森さんが先ほどから机上にあった白い箱を開け、中から採血用の注射器を取り出したに至ってやっと考えが巡った。~
「僕に薬物依存症の疑いがあると?」~
 言葉に微かな怒りが宿った。けれど腕を引く間もなく、森さんは素早く左肘の付け根に注射器を刺し、僕の血液を採取し始める。~
「……念のためです、古泉」~
「疑われただけでも……かなり心外な想いがしますが……」~
 頭に血がのぼるどころか、貧血になりそうなくらい冷え切った気分になった。僕が会長と暮らし始めてから事情を聞いて、秘密を共有してくれている新川さんも複雑な表情を浮かべている。~
 森さんは摂った血液を持って部屋の外に出て行った。僕は解放された腕に渡された脱脂綿をあてながら息をつく。~
「……必要なら尿検査もしますが」~
「いえ、十分でしょう。白だと信じていますよ」~
「心から信じて下さったなら、検査の前に任意がほしかったです」~
「……それは申しわけないことをしました」~
 新川さんはやんわりと答え軽く頭を下げた。僕はパイプ椅子を引き寄せて腰掛けると、机に顔を伏せ、血の下がった頭を冷静に落ち着けようとする。~
 会長が通っていた店が薬物を扱っていて、それで警察沙汰になった。~
 そこから僕が薬物中毒の疑いをかけられる間にあるものはなんだ。~
 会長が薬物中毒者で、それを僕に勧めたかもしれない、そういうことか。~
「……会長はそんな人ではありません……」~
 顔を伏せたまま呟くと、僕と机を挟んだ位置に椅子を運んできて腰掛けた新川さんは「そうですか」と穏やかな口調で言って、ゆっくりと話してくれた。~
「古泉がその彼と一緒に暮らすことを、森や多丸たちはとても心配していましたからね。でも古泉がいつもと変わらず頑張っていたから何も言わずに見守ってきたのです。でもやはり気にはなっていたから、事件を聞いて慌てたのです。許してやってください」~
「……」~
 勿論、検査の結果は白だとわかっている。~
 会長と過ごす時間だって少なくはない。あの人が僕に隠れて薬物をやっているとしたら僕はきっと驚くだろう。~
 それはやっている気配など欠片も見せないからだ。だから断言してもいい。彼も白だ。~
「新川さん、会長のことも検査するおつもりですか?」~
「もし古泉から反応が出るようなことがあれば考えるかもしれませんが、特になくて、あなたからもやっていないという確証があるならば、わざわざ検査はしないでしょう。ただし少しの間、監視をつけるかもしれません」~
「……やってないと思います。頭のいい人ですから、自分を痛めるような真似はしないでしょう」~
「そうですか」~
 新川さんは頷いた。~
 一体、会長をなんだと思っているんだ。小さく苛立つ。~
 多丸さん達と会長は出会いが悪かった。お互いによく思っていないのは時々感じる。けれどそれは、二人が接触する機会なんて滅多にないし、印象の悪さを打ち消す機会が無いだけの話だ。~
 それに万が一、会長が薬物中毒だったとしても、どうして僕までがそれに巻き込まれるのだ。~
 快楽の元だと渡されて、喜んでそれを受け入れるほど僕が愚かだと思うのだろうか。無理やりうたれて奴隷にでもされたと思ったか。~
「……」~
 考えれば考えるほど、悲しくて、虚しい思いが立ち込めてくる。~
 うなだれてやるせなく息を吐く。会長を疑われたことも辛かったが、それ以上に森さんや多丸さん達からそんな目で見られていたのかという悔しさが重かった。~
「古泉」~
 新川さんの手が、僕の肩にやさしく被さる。~
「どうか理解してください。森はあなたを守りたいと思っているんです。古泉が彼と暮らしていることは、本当に限られた人間しか知らない。だけど先々のこともある。あなたは大事な任務についているのだし、決定的な弱みになりそうなことは避けなければならない……それはわかりますね?」~
「……もしも僕に薬物依存症の疑いがあることが、改進派の方などに知られるとまずいということですか?」~
「ええ。だから真っ先に検査をして、あなたに問題が無いことを証明しておく必要があると考えたのです。私たちはいつでもあなたの味方です、それは変わらない」~
「……新川さん……」~
 僕は少しだけ安堵した。改進派というのは、涼宮さんにもっと近づいて、その力をほかのことでも生かせないか試せないかという意見を持つ人たちだ。もっと過激な意見もあるけれど、僕の存在は彼らの行動を自制させるのに役立っている。~
 森さんや新川さんは彼らと意見を戦わせることがよくあるらしい。~
 僕はそういう意見の摺り合わせは彼らに任せて、あくまでも現場で活動する末端の組織員でしかないから、その面子や人数についてはよく知らないけれど、そういう人にとっては僕は邪魔な存在なのだろう。~
 SOS団のメンバーとして信用に足りないということになれば、僕ではない誰かと交代させられる可能性も無きにしもあらず。半年以上も所属して信頼も多少は受け、一応は副団長の肩書きを持つに至った僕を今更交代させようという意見は少ないみたいだけれど、薬物依存症の疑い、は確かにまずいだろう。~
「……少しは状況を把握できたみたいです……新川さん、ありがとうございます」~
 顔を上げて言うと、新川さんはにっこり微笑んだ。~
「私たちは仲間です。それを忘れないでください。会長の彼の件は、あなたの少し早まった行動だったと私も思います。だけどこれからも大切な仲間であることに変わりはない。忘れないでくださいね」~
「……はい」~
 頷いて、僕はまた違う胸の痛みに気づいた。そのやさしい言葉は、勝手に会長と暮らすことを選んだ僕を責めてもいたから。だからこんな扱いを受けるのも仕方ないのだ、と。~
 しかし同時に、僕は会長のことを心の中で弁護したがっていた。そういう人ではないのです、と。~
 今、ここで言うべき言葉では無い。反論すべきではない。~
 だからじっと耐えた。~
 やがて廊下を戻ってくる森さんの足音が響いてくるまで、僕は複雑に絡みあった糸のような心を解きほぐそうとも出来ずに机の上を見つめ続けていた。~
~
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