*古キョン? 夏服 [#g1ae56c3]
部室の扉を開けると、やはりその内側には予想どおりの光景が広がっていた。 ~ 
部室の扉を開けると、やはりその内側には予想どおりの光景が広がっていた。 ~
ノックした際、返事こそなかったが不穏な物音と微かな嗚咽が聞こえたのは気のせいではなかったのだ、と俺は自らの勘が正しかったことを悟る。 ~
まあ、放課時間になった途端に常より凛然としたハルヒが教室を飛び出したときから、その予兆はあったのだが。 ~
ハルヒの腕のなかで水分過多の傾向のある瞳を更に潤ませた朝比奈さんがもがいている。 ~
泣き顔も可愛らしい彼女が纏うものはメイド服やナース服でもなく、あのバニーでもない、我が北高に於ける女子制服だ。 ~
ただ、制服と一概に括っても本日より衣替えでお披露目になった夏服だった。 ~
「さあみくるちゃんっ。いつものコスもいいけれど、露出度の高い夏服に変わったんだから早速撮影よ! 制服萌えはやっぱり不変なのよ」  ~
いつもの、っていう感覚自体がそもそも常識として間違ってるぞ、おい! ~
どうやら部室に到着したのは俺が最後だったらしい、長門は我関せずとばかりに窓際で読書に耽っていたし、団長殿のイエスマンである古泉は普段のとおり微笑を湛えてハルヒの蛮行を見守っている。 ~
朝比奈さんを助けてやれよ、と言いたいところだが、ここだけの話、俺も朝比奈さんの夏服には興味があり、ハルヒへの注意を憚る思いがあった。 ~
興味と言っても決して、露出度とか制服萌えーとか、ハルヒのような邪念ではないけどな。 ~

部室でのじゃれあいに一通り満足したのだろう、暫く一方的な戯れに興じたあと、朝比奈さんの麗しい御手とビデオカメラとを両手に携えたハルヒは、アシスタントの任を押し付けた長門を引き連れて早々に退場してしまう。 ~
どうやら男性陣がいないほうが好都合らしく、順当な流れで俺と古泉は留守を任されることになる。 ~
まさに台風一過、ハルヒのあの気勢と迷惑なまでの行動力には目を剥くしかない。 ~
「急に静かになってしまいましたね」 ~
なんだ古泉、お前いたのか。 ~
「おや、酷いですね。貴方をずっと待っていたのに」 ~
新しいゲームが手に入ったのでやりませんか? と嬉しそうに言う。こいつ本当にボードゲームに目がないな、弱いくせに。 ~
ロッカーの脇に立てかけてある平板状の盤を起こして持ち上げる古泉を尻目に俺はいつもの定位置に就いた。 ~
ハルヒたちが帰ってくるまで当分間がある。 ~
時間の冗費であることに変わりはないが、暇を持て余すよりかは古泉の趣味に付き合ってやったほうがいくらか建設的であるだろう。 ~
ゲーム開始の準備を待つ間、何をするでもなく窓枠に切り取られた夕空を眺めていると、唐突に古泉が言葉を紡いだ。 ~
「なかなかいいものですね、夏服も」  ~
その意見には概ね同意するが、どうしてそう熱心までに俺のほう見る。 ~
女子ならともかく、野郎の制服姿なんて見ても面白くないぞ。 ~
それも、同性の。 ~
親切に指摘してやると、合わせた長机の真ん中に大きめのボードを据えて古泉が締まりのない表情を一層緩めた。 ~
「そんなことありませんよ?」 ~
貴方の夏服は目の保養になります、と。 ~
歯の浮くような台詞を吐いたにも関わらず白々しさを一切感じさせないこいつが忌々しい。 ~
美形というのはそういった点でも得だよな、と思ったが、古泉以外であれば滑稽にしか映らない可能性もある。 ~
胡散臭さが目立つ奴だが、そういう人間なのだ、古泉一樹は。 ~
「どうしました? もしかして惚れ直していただけたんでしょうか」 ~
「寝言は寝て言え」 ~
「怒らないでください。それに眼福だと言いましたが……ほかにも夏服の美点が存在するんですよ」 ~
悪戯に輝く目見に翻弄されるのが悔しく、視線を逸らして、知るか、とだけ隣に立つ相手に応じる。 ~
この鬱憤はこれから対戦する盤上で晴らしてやろうと、そう意気込んだはいいものの、古泉は傍らに立ったままで、一向に着席する気配がない。 ~
不審に思ったのも束の間、耳元でで恣意的な艶を含んだ声音が落とされる。 ~
「では、僭越ながら僕が教えて差し上げましょう」 ~
まずい、と頭上に差した影を仰視するが、遅かった。 ~
次の瞬間には俺は、ハルヒに捕まえられた朝比奈さんよろしく、屈んでいる古泉の腕のなかにいた。 ~
じんわりと薄布越しに伝わる温度は平素よりも近く、熱い。 ~
「邪魔なものがありませんからね。……いつもよりお互いを感じやすいでしょう?」 ~
長袖のときは直接触れ合うことのなかった腕同士が擦れ、肉欲とは違う心地よさを素肌に刻んでいく。 ~
微睡みにも似た気持ちのよさに、頑なだった態度も蕩かされていくのがわかったが、意識したところでどうすることもできず、却ってその傾向を強めることになった。 ~
弛緩して滑り落ちそうになる腕を叱咤して眼前の半袖の肩を掴むと、何か? と古泉が囁いてくる。 ~
何か? じゃない、いますぐ離せ、暑苦しい。 ~
そのように返そうとしたのに、唇は別の言葉を象った。 ~
「……夏服の意義自体に背いているとは思わないのか」 ~
涼を取るはずが、逆に熱を篭もらせてどうするんだよ。 ~
暦では今日からが夏である。 ~
暑さの盛りは訪れるにはまだ早い時期だが、この時点で俺はこんな醜態を晒しているのだから、先が思いやられるというものだ。 ~
これからSOS団と、こいつと迎える夏に一抹の不安と期待を抱きながら、俺は瞑目して身体を包む体温を享受した。 ~

結局その日、古泉が楽しみにしていたボードゲームが試遊されることはなかった。 ~

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