*ど根性●古泉 [#jf0f6d18]
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すみません、と古泉の声が謝罪する。 ~
お前が悪いわけじゃないだろう、でも何なんだろうな、この哀愁は。 ~
……まあ、ハルヒの理不尽且つ奇天烈な願望が、朝比奈さんや長門のところ及ばなかっただけ良かったとするべきか。 ~
しかし俺はその不満を肉声を介して古泉に伝えることが適わず、ただ自分の胸元から腹部にかけてを見下ろすしか出来なかった。 ~
正確に陳ずるならば、いま着用しているTシャツを。 ~
だっていくらここが自室だとしても悲しすぎる、服に刻まれた赤く大きなポイントに話しかけるなんて。 ~
そんな体験は一生には不必要だと見做しているため俺は口を噤んでいるのに、最悪なことに●、もとい古泉は俺の思考や心理が容易に解るらしい。 ~
触れ合った肌から貴方の想いが伝わって来るんです、だと? ~
ふざけるな、気色悪い。 ~
それに、思い、じゃなくて、想い、って言っただろ俺にはわかるぞ。 ~
適度に洗い晒して柔らかくなったシャツの裾を摘み、軽く引っ張る。 ~
脱ごうとして、そのたびに喚く古泉のハルヒ並の喧しさに閉口し、頓挫する。 ~
~
回数なんて覚えていない、昨晩からその繰り返しだった。 ~
(おや、乱暴ですね。痛いじゃないですか) ~
痛覚があるのか、シャツのプリントの分際で。 ~
(それは生きてますからね、神経も同じく機能していますよ) ~
笑いを滲ませた応答が腹立たしく、なんとまあ忌々しい。 ~
一体どのような特別仕様になっているのかは知らないが、別に知りたくもないが、だからこそ殊更性質が悪いんだ! ~
断っておくが、俺は過剰な愛国精神を有していないし、ゲイシャオサムラーイハラキーリーの類に憧憬する一部の海外の方々でもない。 ~
すいまセーン……僕ウソついてマーシタ……、などと言ってこの主張を撤回することもないだろう、絶対に。 ~
この、自国の国旗のようなTシャツを着衣として用いてるのには相応の理由があるのだ。 ~
まずはその一点をご理解いただきたい。 ~
~
事の顛末は金曜の夕方、つまり昨日、俺が学校から帰着した時分にまで溯及する。 ~
平日の夕刻である、父母も家を空けており、妹も友達のところに翌日まで泊まるとかで、在宅しているのは俺と、居間で寝ているシャミセンのみだった。 ~
俺はと言うと早々に自室へと退き、制服から部屋着に着替えてから、寝台を背に床に足を投げ出していた。 ~
そして長門から借りた小説に目を通していると、いきなり視野の端に赤い光が乱入してきたのだ。 ~
然して本に没頭していたわけでもない、自然と、活字を這っていた視線はその傍らへと移行した。 ~
無精にもカーテンとともに開け放した窓からは、斜陽が丹朱の彩色を際立たせている。 ~
しかしそれは残影として括るにはあまりにも異質で、俺は咄嗟に顔を上げた。 ~
~
室内の中心に於いていまにもその形を平面へと転化させそうな球体は、以前に見たそれである。 ~
思い当たる名を唱えようとしたとき、光は氾濫と収束を反復して、やがてひとつの人影を形成した。 ~
紛れもなく、俺がよく知る古泉一樹である。 ~
いまの姿は一体何なんだ、火急の事態でも起こったのか、と湧き上がる疑問を尋ねたかったのに、そういった暇も古泉は与えてはくれなかった。 ~
古泉は座ったままだった俺の腕を性急な挙動で掴み上げると、そのまま背後の寝台へと引き摺る。 ~
シーツと縺れて捲くれたTシャツの隙間から古泉の手が差し込まれ、その冷たさに背筋が痺れた。 ~
気がつけば、古泉は俺の身体に乗り上げて、俺の素肌を余すところなく愛撫しているではないか。 ~
「ぅ、やめ……ろ……っ、こ、いずみ」 ~
口では抑止を訴えたが、俺は最後まで古泉の綺麗な顔を殴ることが出来なかった。 ~
おそろしいことに、抵抗、との選択肢が俺の頭にはなかったようだ。 ~
どういうわけか、本当に、どういうわけか! ~
そうして碌に抗うこともできないままに、俺は古泉の手技によって快楽の淵へと追いやられていったのだ。 ~
何はともあれ、以降は倫理やらの諸々のコードに引っ掛かるため、ご想像にお任せ! だ。 ~
わっふるをいくら積まれようが、けしからんもっとやれと煽られようが、男子としての尊厳を守るくらいには俺の意志は堅い。 ~
いや、せめてそれくらいは守らせてくれ、頼む。 ~
暗転していた視界が、眩い西陽によって抉じ開けられた。 ~
無意識に顔のまえで組んでいた腕を解き、周囲を見回すけども、異状は認められない。 ~
読書中に寝てしまったのだろう、俺は床に寝そべっていた。 ~
後ろの寝台を振り返るがリネンには乱れがなく、今朝と同じ状態を保っている。 ~
つまるところ、居眠り中に見た夢、だったのだ。 ~
なんという男子高校生にありがちな、そしてあるまじき夢なのだろう。 ~
可愛い女の子ならともかく、どうして相手が古泉で、挙句に俺が抱かれなくてはならないのか……逆でも十分嫌なものがあるが。 ~
それにしても夢でよかった、うん。 ~
忘れればいいだけのこと、と己に言い聞かせて、情意を落ち着けようとする。 ~
だが試みも空しく、何気なく胃のあたりに視線を巡らせて、俺は愕然とした。 ~
それまで俺が着ていたシャツは白地にスポーツメーカーのロゴが入ったもので、日の丸を想起させるような外観ではなかったはずだ。 ~
あのシャツに思い入れなど皆無だったが、事実は事実である。 ~
ハルヒのトンデモパワーにしては規模が小さいと、邪推した俺の耳に、いるはずのない古泉の声が聞こえてきたのはすぐのことだった。 ~
(ここですよ、貴方のお腹のあたり! ほらここ、ほら!) ~
声と同調して、シャツの赤丸が弾む。 ~
言うまでもなく、声の主は容姿こそ違えど、やはり古泉だ。 ~
……現実では古泉と俺がひとつになる代わりに、古泉とシャツが一体化したのか? ~
下世話な発想をした俺を余所に、古泉はいまの自分の体が気になるのか無闇に身動ぎをしている。 ~
丁度俺の腹の辺りで人為的に揺れる、綿の素材の感触を知覚しながら、俺の意識は途切れそうになった。 ~
そうして、現在に至る。 ~
(ほら、妹さんが階下から呼んでますよ。次は貴方が入浴する順番らしいですね!) ~
回想を中断させた古泉の気色に翳りは見られない。 ~
得体の知れない染みに変えられて、こいつは不安じゃないのか? ~
すると、染みじゃありません! と若干憤慨したような返事が寄越される。 ~
(原因は涼宮さんにあると既に判明していますからね。後は解決策を練るだけです。だから焦ったところでいい結果は得られないかと) ~
ああそうかい、でもどう考えてもお前は楽観視しすぎだと思う。 ~
それにしても古泉、どうしてお前が俺の風呂にそんなに語調を明るくさせる必要があるんだ。 ~
ああもう、はしゃぐな腹がくすぐったい!  ~
言っておくが、昨夜と同じくお前は洗面所の洗濯乾燥機で、濯ぎに洗濯、脱水、そして乾燥のフルコースだぞ。 ~
何なら今日はジーンズと一緒に洗ってやろうどうせ最初からお前は存在自体がイロモノだからな、と優しく提案してやると、心なしか瞬時にシャツが縮んだような心持ちがする。 ~
平素は本心を煙に巻く笑顔が使えないとあってか、古泉の反応が顕著に感じられるのが嬉しい。 ~
ハルヒに毒されたのだろうか、認めたくはないが、いつか観た映像媒体のような面倒を厭いつつも、このど根性生活を楽しもうとしている俺がいたのだった。 ~
~
(でも貴方の穿いたものなら……僕はその色に染められたいかも知れませ) ~
いま、何やら雑音を聴覚が拾ったが気のせいだ、気のせい! ~

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