あれは激しかった夏の日差しが、ようやく穏やかにかげりつつあった夕暮れのことだった。
SOS団のメンバーは、賑やかな祭囃子と縁日に華やぐ神社に来ていた。
ここは大きさも知名度も大したことの無い、ただ近所と言うだけでたまたま知っていた神社であるが。
このマイナーな場所に週末、縁日が立つ情報をハルヒが何処からか仕入れたときから来ることは決定事項であったと言えよう。
しかし祭りだからといって、団員全員で浴衣を着用する必要まではなかったんじゃないのか。
この夏の風物詩みたいな衣装は、人が着ているのを見ればそれなりに風流だとは思うが。
自分で着ると、生地は薄いくせに涼しくも無くまだるっこしいだけの代物だ。
俺はパワフルなハルヒに連れ回されているうちにすっかり肌蹴てしまった浴衣に、思わずため息を吐いた。
とりあえず剥き出しになっちまった胸元を、衿を引っ張り合わせて隠してみる。
加えて袂や脇のダブつきを帯の中に無理やり突っ込んでみたが、ちょっと動いただけでまた着崩れてきそうで不安だ。
俺は着付けの仕方を知らなかったため、購入した店の店員にそれなりの時間をかけてやってもらったのだが、これはあまりにも酷い有様だ。
あいにく花火があがって縁日のイベントがクライマックスを迎えるまでは、まだまだ時間があるんだぜ。
帰るまで何とかなってりゃあいいと思っていたが、これじゃあ到底無理そうじゃないか。
すでに引きずりそうな忌々しい裾を必死で引き上げながら、俺は祭りの喧騒から離れた境内の方へと歩き出した。
人気の少ない場所で浴衣をいったん解いて、なんとか着なおそうと思い立ったわけだ。
「おや。どこに行かれるんですか?」
そんな俺を引き止めやがったのは、嫌味な位にきっちりと藍色の浴衣を着こなしている古泉だった。
いつだったかハルヒが、俺はさて置き古泉は浴衣が似合いそうだと言っていたが、その見立ては外れていなかったようだな。
男物だから柄は地味な流水紋だが、ほっそりとした姿にきりりと結ばれた角帯は憎らしくなる程に粋で忌々しい。
しかも人ごみでごったがえす狭い石畳の通路をあれだけ駆けずり回ったってのに、なんで浴衣にちっとも乱れた様子が無いんだ。
「これは先程ちょっと直しましたので」
「お前、自分で着付けができるのか?」
店では俺と同じように、店員に着せてもらっていたくせに。
胡乱な俺の視線を古泉は受け止めると、ひけらかすような笑顔で答えた。
「白状してしまいますと、つい先日『機関』の知り合いに習ったばかりです。
先週の水曜日に涼宮さんが縁日に行くことを提案されましたとき、今回は女性陣だけでなく我々も浴衣を着なければならないとのことでしたので。
週末まで時間の猶予があって、まことに助かりましたよ」
ハルヒの前で見苦しい格好をしないのも任務のうちなのだろうが、その律儀さには驚嘆するね。
浴衣ってのはふつう、こういった祭りか旅館に泊まったとき位にしか着ないものだろ。
これもいつぞや新川さんが言っていた『職業訓練の賜物』ってやつに、組み入れられている訳か。
やれやれ。
そう思ったところで、無意識に肩をすくめちまったのがいけなかった。
申し訳程度に肩に引っ掛けていた浴衣がみるみる崩れ、俺は再び忌々しい裾と格闘せにゃならんことに大いに嘆息する。
勘弁してくれよ、マジで。
「宜しければ僕が、着付けのお手伝いをしましょうか?」
いままでどこを眺めていたのか知らんが、古泉はようやく俺の浴衣の乱れに気がついたようだ。
そのなんともありがたい申し出に、俺は無言で首肯したのだった。
ほどなく俺たちはふたりきりで、人気の無い社の裏にやって来ていた。
狭い境内の片隅にあった石灯籠からもれる人工の明かりを頼りに、古泉は俺の浴衣を解く。
肩に浴衣を羽織ったと言うより、掛けた状態のまま後ろを向けと指示されて俺は黙々と従った。
古泉に背をむけるとすぐに背後から手が伸ばされ、共衿を暴いたかと思ったら次の瞬間にはしっかりと合わせられる。
腕を開けという指示に従うと腰骨の位置で腰紐をきゅうと強く締められたが、不思議に息苦しさを感じない。
羞恥なんざ感じる暇さえも無く、浴衣の着付けは順調に進んでいく。
帯を結わえるときは、着付けをする相手の前にまわるのが正式らしい。
古泉は俺よりも背が高いこともあって、中腰になって窮屈そうに身体を丸めて帯と格闘していた。
その表情は真剣そのもので、こちらの顔色を伺うことも無く無言で手を動かし続ける姿はどこか必死そうに見えた。
こいつもちょっと一皮剥けば俺と同じ、特別でもなんでもない高校生なんだろうな。
そう考えつつ俺は着せ替え人形状態のまま、手持ち無沙汰に古泉をちらりと見た。
「・・あ」
制服を着ているときはきっちり隠れている首元が、鎖骨まで覗けちまっていた。
そこからのぞく肌は夜目にも白く、妙に艶めかしくて見つめていたら変な気を起こしそうだ。
俺は思わず唾を飲み込んで、目の前の誘っているかのような肌から視線を外した。
「なんでしょう?」
古泉は帯を結んでいた手を休め、俺に問いかけるような視線を向けてくる。
俺を下から覗き込んでくるレアな状況で、白い顔が無防備な微笑みを浮かべている。
そういえばこいつは紫外線対策なんぞをしていたんだっけな。
あの終わらない夏休みの行楽に連日連夜つき合った結果、すっかり真っ黒に日焼けしちまった俺とは好対照的だ。
ひょいと古泉は肩をすくめると。
「そのもう少しですから、お待ちくださいね」
悪いが古泉、待ってやれそうにない。
俺は衝動のままに手を伸ばし、古泉の藍色をした浴衣の衿を手前に引っ張った。
簡単に上半身が露出して、途端に古泉の目が驚きに見開かれたのが見えたが、構わずむき出しになった白い肌をさぐった。
今となってはあれ程までに忌々しいと感じた浴衣の構造、このありえない乱れやすさに表彰を贈ってやりたい気分だ。
「あっ、待ってくだ・・」
逃げをうとうとする古泉に有無を言わさず唇を重ねると、すばやく舌を差し込む。
舌をからませて強く吸い上げると、長い睫がせわしなく瞬いた後であきらめたように伏せられた。
衣装の演出効果のせいなのだろうか、その表情は妙に艶めいて見える。
「や・・ぁん・・・っ」
唇を離して俺は顔を古泉の胸元に移動し、口付けしながら指で弄っていた突起をなめた。
古泉のこぼす甘ったるい息混じりの声に刺激され、淡いピンク色をした突起を口に含んだ。
外だから声をなるべく出すまいとして古泉は頑張るだろうと思っていたが、そんなことはなかった。
それどころか俺の肩にしがみついては、切なげな声をあげて身もだえしている。
随分な反応に気分がよくなり、俺はからかうつもりで言ってやる。
「そんなに声出したら、誰かに聞かれるんじゃないのか?」
もちろん、この程度の声なら傍を通られない限り問題ないと俺は踏んでいたが、古泉はびくっと肩をふるわせた。
喘ぎ混じりの必死な声色で、古泉は訴えてくる。
「ふぁ・・っ、あの、やめてくだ・・さぃ」
「ん?」
俺は最後にくっと乳首を甘噛みしてから口を白い胸から離し、古泉の顔を見上げてやった。
視線が合うと、どこか憂いを帯びて涙でうるんだ瞳に見つめられて、息を呑む。
「あなた・・せっかく直して差し上げたのに、また浴衣が着崩れてしまいますよ」
困り顔で眉根を寄せて言われたその下手な言い訳に、俺は少し笑った。
同時に思わずクラリときたね。
これは健康的で欲望に忠実な一高校生男子として、仕方ないだろう。
「今日、お前ん家に泊まるぞ」
当然のように俺がそう宣言すると、古泉は首肯しながら微笑った。
それを見て、この場で押し倒したくなったのだがさすがにそれは我慢する。
そろそろ戻らないと、ハルヒ達も俺らがいないことに気がつくだろうと思っていた頃だったしな。
こちらに背を向け、自分でいそいそと浴衣を解いて着なおしている古泉を横目でちらりと見て、俺は
縁日のイベントがクライマックスを迎えた後のイベントに思いをはせるのだった。