≪If〜もしも〜 キョンと古泉のポジションが逆だったら 閉鎖空間編≫ †
――その長い横断歩道の際で、車を降りた僕たち二人は、たちまちのうちに雑踏に紛れた。
「ここまで連れてきて言うのも何だがな」
億劫にそうに横断歩道を渡りつつ、彼は一人言のように、
「今ならまだ引き返せるぞ」
と呟いた。
当惑しながらその横顔を見つめるが、おまえなんかこの場所に必要無い、と言わんばかりに彼の視線は前を向いたまま揺るがない。
「…いまさらですね」
作り笑顔で平静を装ってみる。
不安を悟られるのが恥ずかしくて、僕は懸命に強がってみた。
ぎゅっ。
すぐ横を歩く彼の手が僕の手を握る。
何の、真似ですか…何の真似なんですか。止めて下さい。
途端に逃げ腰になる僕など意に介することなく、
「悪いが、ちょっと目を閉じてろよ。すぐ済む。ほんの数秒だ」
と彼は告げた。スーツ姿の男性と衝突しそうになった僕を身体をよじって引っ張り、淡々と歩く。青信号が点滅を始める。
―わかりました。
僕は従順に目をつむった。さきほど引かれた手が、いまだに握られた手が、熱い。
大量の靴音、車のエンジン音、一時も途絶えることのない人声、喧騒。
彼に手を引かれて、一歩、二歩、三歩、停止。
「もういいぞ」
僕は目を開いた。
世界が灰色に染まっていた。