HERO キョン古


古泉はとても人当たりが良い。爽やかで優しくて明るくて社交的で、嫌われることはまずない。頭もいいし運動もできる。俺はそんな古泉に、たまーに劣等感を感じることがある。
「古泉みたいになれたらなー」
だから、ふと谷口がそんなことを口にした時、正直驚いた。
「どうして?」
国木田がサンドイッチを口に運びながら訊く。
谷口は窓の向こう側をひょいと覗きながら答えた。
「あんな風になりてぇよ、俺も」
中庭で知らない女子と一緒にバレーボールに興じている。若干飛び散る汗も、古泉のものだと爽やかさを増す効果にしかならない。いつもの判子笑顔で、女子にも受け取れるよう加減して打っている。
俺は古泉がハルヒに優しくしているのは機関のせいだと思っていたが、多分あれは生来のフェミニストだ。
「あーやって女子に囲まれてきゃーきゃーされてぇってのは、男の夢だろ?」
「別に、そうでもないかなぁ」
窓から視線を外し、国木田がさらりと言ってのける。
「だって、窮屈そうだよ」
という件があった。なので俺は放課後、古泉と話をしようとなんとなく思った。
というか別に何もなくてもこいつと雑談しないことには暇を潰せない。ここ数日ハルヒが風邪をひいていて、実質活動は停止しているが、なぜか部員は皆集まってくるのだ。
今日は将棋だ。大体俺が勝ってしまうので、ハンデとして飛車は落とした。
「昼休み、バレーしてたろ」
「見てたんですか」
朝比奈さんはすることがなくて暇そうだ。もしかしたら皆、俺を見張っているのかもしれない。
「見てた。おい、角取るぞ」
「おっと。クラスの人に誘われましてね、たまにはと思いまして」
「国木田がお前のこと、窮屈そうだって言ってた」
古泉の、桂馬に伸びた手が一瞬止まった。大体考えてから手を伸ばすタイプだから、本当に動揺しているんだろう。俺は盤から顔を上げない。もしかしたら古泉が焦っているかもしれないが、なんとなく見たくなかった。
視界の右端ではうつらうつらとしている朝比奈さんが見える。かくん、と首が落ちてまた上がる。ああいうのを船を漕ぐって言っただろうか。
「そんなことないよな、お前だし」
俺がそう言うと、古泉は手駒から飛車をパチリと打った。
「当たり前ですよ」
顔を上げる。古泉は判子笑顔を崩していない。朝比奈さんは眠気で完全にダウンしていた。
「…お前、本当にこういうの苦手なんだな」
「え?」
「飛車、もらい」
困ったなぁといった顔をして、古泉は後頭部を掻いた。
こいつを見てると、どんな素晴らしい奴でも、なんでもできるわけじゃないってことが分かってありがたい。そういうところを俺しか知らないと思うと、なんだか嬉しく思える。

凉宮ハルヒが望んでいるものが謎の転校生であれば、彼が望んでいるものは身近なヒーローだ。
優しくて、人当たりが良くて、成績が良くて、運動神経が良くて…とにかく、素晴らしい人だ。そういう人が身近に居て、しかも自分だけ知っている欠点があることを望んでいる。
きっとこれからも僕は彼のヒーロー然として存在するんだろう。それは彼が望んでいるからだけではなく、僕が彼の理想でありたいからだ。
僕は誰かの理想であることを望んでいる。素晴らしい人の素晴らしい部分だけ取り除いて真似をしている。誰かを真似た笑顔、口調、態度、それが僕の全てだ。

背中にじりじりと閉鎖空間の気配を感じながら、僕はわざと彼に負けた。
「でもよ」
「はい?」
「たまには、お前、怒ったりとかしろよ。口の筋肉が笑ったまま固まってんぞ」
ああ、マズいなぁ。僕は今は任務のことだけ考えていなければいけないのに。死んでもいい、と思わなきゃいけないのに。
「今度、人を怒らせる30の方法とか試してみるか」
ヒーローでなきゃいけないのに。
「嫌ですよ、そんなの」
本当に笑っちゃったりしちゃ、いけないのに。

「なら本当に試してやろう。嫌がるのも見物だ」
「キョン君」
「なんだ? …ちょっと待て、今キョン君って、」
「僕だけのヒーローでいて下さいね」


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Last-modified: 2009-04-21 (火) 12:21:33