キョン嫌い古泉ネタ 古←キョン


「僕は、あなたが嫌いなんです」

 二人きりの部室で、妙に改まった口調で言われたその言葉に、俺は思わず自分の耳を疑ったね。

 こいつはいつも頼みもしないのにやたらと顔や体を近付けてくるし、何かっていうと意味ありげな流し目をしてくるしで、傍から見ている連中には古泉にそういう趣味があるんじゃないかなんて疑いを持っていた奴もいたようだ。今日なんてついにハルヒの奴にまで、 「ねえ、古泉くんとあんた、あたしに隠れて付き合ってたりしてないわよね?」
 などと言われたくらいである。そんな150キロ超のど真ん中ストライクな疑問を教室で、しかも隅々まで響き渡るような声で口にするもんだから、俺もその二倍の音量で疑惑を否定する羽目になっちまった。
 まあ、古泉がやたらと顔を近付けてくるのは、立場上ハルヒや部外者に聞かれちゃまずい事なんかを話す事が多いからだ――最近では癖になったのか別段隠す必要の無い事までそんな調子で話しかけて来るようになったりしたが――という事ぐらいは理解していたので、俺は古泉の態度を鬱陶しいと思いつつもある程度許容してきたし、ハルヒやその他大勢のような疑惑を抱いた事は無かったというかそんな事は考えたくも無かったのだが、そういうのを抜きにしてもまさか嫌われているとは思ってもみなかったのである。そりゃそうだろう。いくら任務とはいえ、嫌いな奴に息がかかるくらいの耳元でしょっちゅう話しかけたり、放課後の度にボードゲームに誘ったりなんてするか? 俺だったらごめんだね。
 という訳で、こいつが先の言葉を口にしたときも、何か質の悪い冗談を言ってるんじゃないかと一瞬疑ったくらいだ。だが、古泉の顔からはいつもの胡散臭いハンサムスマイルが消えていて、その言葉が冗談なんかではないと否応なしに実感させられた。
「この際だから言っておきますが」
 とっさに二の句が継げずにいる俺に対して、古泉は淡々と言ってもいい口調で言葉を続ける。
「僕がああいった態度や行動を取るのは、涼宮さんが僕にそうあることを望んでいるからに過ぎません」
 じゃあ何か。お前の意味不明に馴れ馴れしい行動や俺に対する興味津々な素振りは何もかも全部ハルヒの望み通りに演じてやってるだけだってのか。
太鼓持ちもそこまで来れば立派な職人芸だな。
「ええ、その通りですよ。僕は彼女の望む『古泉一樹』としての役割を演じているに過ぎない。
 これまでの行動が僕自身の意思や希望によるものだとは思わないで頂きたいですね。
僕は機関の一員としての任務を帯びてここにいる。つまり、僕があなたとこうしてここにいるのも、その一貫という事ですよ。
 ――僕個人としての意見をあえて言わせて頂くならば、自分の立場もわきまえず気ままに行動するあなたを見ていると、とても不快な気分になる」
 その言葉を言い終えるが早いか、古泉の姿が視界から消えていた。
 俺が殴った所為で床に倒れたんだと気付いたのは一瞬後、握りしめた拳に鈍い痛みを感じてからだった。
 やがて古泉が立ち上がり、ゆっくりとこちらへ顔を向けてくる。唇が切れたらしく、口の端にうっすらと血が滲んでいるのが見てとれた。
 俺は口を開きかけ――言うべき言葉が見つからずにそのまま閉じた。そして、そのまま踵を返して部室を出る。

 これ以上、古泉の顔を見ていたくなかった――いや、見ていられなかった。
 帰り道。俺は一人自転車を押しながら、古泉に言われた事を反芻していた。
考えたくなくても思考が勝手にそちらの方へ向かうのだから仕方がない。

――これまでの行動が僕自身の意思や希望によるものとは思わないで頂きたいですね。
――あなたを見ていると、とても不快な気分になる。

 笑みの消えた顔で淡々と語る古泉の姿が頭に浮かぶ。普段はムカつくとさえ思っていたあの笑顔だったが、それが実際に消えてみたらあのニヤケ面が懐かしくさえ思えるのを否定しきれない自分に気付いて、舌打ちしたくなった。
 ああそうさ。俺は今の今まで――否定されたのはさっきだからこの言い方は適切じゃないな。あの時まで、古泉が俺を嫌っているなんて可能性を考えたことすら無かった。
それどころか、どちらかといえば好かれているだろうとすら思っていた。何度も言うが、それはハルヒやその他の連中が考えるような意味のことではなく、あくまでも‥‥そう、男同士の友情というか何というか、言葉にするのも面映ゆいようなそういった繋がりが、俺と古泉の間にもほんの少しは存在していると思いこんでいたのだ。SOS団を結成してからこっち、俺達は決して少なくはない数の苦楽を共にし、他人には言えないような秘密も共有しながら今までやってきた。あいつがいて良かったと思えた事だって一度や二度じゃない。言葉にする事こそめったに無かったが俺はそう考えていたし、古泉もそうだろうと思い込んでいた。‥‥まあ、それが本当に単なる思い込みに過ぎなかったと、あいつ自身の言葉で証明される事になった訳だが。今にしてみれば何て自惚れ野郎だったんだろうな俺って奴は。
 ‥‥それで腹が立って問答無用で殴り倒して何も言わずに退散か。我ながら最低最悪だ。

 何の事はない。勝手に思い込んで、それがそうで無かったというだけなのだから、殴られた古泉にしてみれば迷惑千万な話だろう。そもそも古泉にしてみれば、ハルヒと俺はあいつから平凡な学生としての生活を奪った張本人な訳で、奪った元凶であるところの俺が平々凡々たる高校生として生活を送り、あまつさえ『機関』にとっては神も同然のハルヒに対して恐れも知らぬ言動や態度を取っているとなれば、面白くないのは当然の感情とも言える。そう考えればむしろ、古泉のあの言葉も俺の間抜けな思い込みを修正してやろうというある種の親切心だったのかもしれない。任務により俺と仲良しごっこをしているとするならば、あんな事は言わない方が続けやすかっただろうからな。

 そうさ。本当なら、怒る権利なんて俺にはない。

 そう考えようとしても、俺の中で渦巻いている感情はなかなか収まってはくれなかったし、あいつに謝る気にもなれそうに無かった。
 
――僕がああいった態度や行動を取るのは、涼宮さんが僕にそうあることを望んでいるからに過ぎません。

 もう考えたくもないってのに、古泉の台詞がまた脳裏を過ぎる。
 あいつは明日も明後日もその次の日もずっと続けていくつもりだろうか。ハルヒの望む『古泉一樹』の姿を――今となっては仲良しごっことしか言えないようなあの日常を。

 そして俺は、明日どんな顔で会って何を言えばいいんだろう。

 家に帰るまでの間、いつもより重く感じる自転車を押しながら、俺はずっとその事だけを考え続けていた。


トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2009-04-21 (火) 11:31:42