贖罪(古キョン)

(古キョン前提キョン輪姦物の勝手に後日談です)


その日の彼は通常の3割増し不機嫌で、ぶっきらぼうだった。
 そんな彼が、まるでバイトがある日の僕のようにドアだけ開いて
「悪い。持病の癪が出たんで帰る。」
 といって片手を上げた後、団長の罵声に背を向けてSOS団の部室を後にする。
 僕はそんな彼を見送りながら、ああ、もうそんな時期か……と考えていた。

 あの忌まわしい事件の後、彼には二つの変化が見られた。
 一つは以前よりもSOS団に対する愛情を露わにするようになったこと。
 あの時僕を守ろうと必死になったことで彼の中でSOS団に対するある種の責任感が芽生えたからだと思う。
 以前の彼はただ涼宮ハルヒに引きずられるまま活動に参加していたようだったが、
 自分の中にSOS団への揺るぎない愛着を確認したからだろうか、団員全員への態度が軟化したように思われる。
 それは今までやや邪険に扱われていた僕にも適応することで、以前のようにあからさまに無視をしたり話を遮ったりはしなくなった。
 それでも時折僕がふざけて顔を近づけるともの凄く迷惑そうな顔をする。が、罵倒はしなくなった。
 これは僕個人としては大きな変化として捕らえている。
 やはり少なからず好意を持っている人間に遠ざけられるのは胸が痛むからだ。
 雨降って地固まる、というには負った傷があまりに大きすぎる体験だったが、幸か不幸かその経験は表面的には彼を成長させたように見えた。
 ただし、あの体験が彼に与えた影響は良いものばかりではない。
 心や体に負った傷の後遺症は、表面的には見えなくとも確かに存在していた。
 けれどそれを知っているのは僕だけで、対処法を知っているのも僕だけだった。


 SOS団の活動を終えて自分のマンションへと帰宅する。
 機関が用意したマンションはバイトもしていない高校生が住むには少しばかり高級なものだったが、不自然でない程度には安い物件だった。
 実際最寄りの駅からは歩いてだいぶかかるし、ワンルームだから広いわけではない。その上壁もそんなに厚くはないので大騒ぎすることも出来ず、SOS団の活動には不向きと言うことで今のところ人を呼んだことはほとんどない。
 ポケットから鍵を取り出そうとして、ふと気付く。
 そうだ。今日は部屋の鍵は開いている。
 もちろん家を出るときに閉め忘れた訳じゃない。
 でもきっと彼には部屋に入って鍵を閉めるなんて余裕はないだろうから、きっと今日も鍵は開いている。
 そう思ってドアノブに手をかけると、思った通り簡単にドアは開いた。
 家主のいない部屋からは微かな物音。
 衣擦れの音と、絶え間ない吐息。

「ぁ……あ、あ、あ……っ、はあっ」
 水場と部屋との区切るドアは開け放たれ、玄関から真正面に見えるベッドには人影。
 むき出しの脚が悩ましそうにベッドのシーツを蹴り、程よく筋肉のついた体がシーツの波の中で身悶えている。
「ぅうん……っ、くぅ……」
 濡れた唇から切なげな声が漏れる。
 いつも不機嫌そうに眇められている目は快楽に潤み、生理的な涙が頬を伝って枕に吸い込まれる。
 僕のベッドの上で一人で乱れる思い人の姿を見ながら、それでも僕の心は不思議と冷たいままだった。


 彼に現れたもう一つの変化。
 それが、これだ。
 ある一定の周期で彼の中には狂暴な欲望が宿り、彼の体に荒淫を強いるのだ。
 原因は事情を知る者にとっては火を見るよりも明らかだ。
 あの時体験した強烈な快感が彼の体に焼き付き、その焼け跡が思い出したように疼いて彼の体を蝕んでいくのだという。
 僕らに関わらなければきっと一生経験することはなかっただろうその感覚に、彼は戸惑い戦いていた。
 そして、そんな彼が助けを求めたのは万能TFEI端末ではなく、閉鎖空間以外ではてんで役立たずの僕だった。

 これはきっと、罰なんだろうと思う。
 あの時、あいつらのいいなりになって、あいつらと一緒になって彼の体を汚した僕への、罰。
 神様、ごめんなさい。
 貴方の大事な人を汚してしまった僕を、許してくれとは言いません。
 あの時、僕は確かに彼を助けたかった。
 心から救いたいと願った。
 だけどそれは、彼の体を汚した理由にはなりませんよね。
 けれどせめて償いをさせてください。
 僕は彼を助けたいんです。
 苦しみから解放してあげたいんです。
 だからそのために、彼の体に触れることをお許しください。


「……ただいま」
 玄関に鞄を放り出し、僕は息苦しいネクタイに手をかける。
 ネクタイをゆるめながら彼に近づくと彼の体がピクリと震え、潤んだ目がこちらを見た。
 息も荒く焦点も定まらない彼の表情は茫洋としていて、無防備な獣のようだ。
 その瞳にまるで小動物をなだめるように笑いかけ、僕はネクタイを引き抜いて床に放り投げる。
「ん……」
 彼は僕の姿を認識したようで、小さく喉を鳴らすと四つんばいで体を起こした。
「ぁ……、こい、ずみ……」
 掠れきった彼の声が僕の名を呼ぶ。
 猫みたいな仕草でベッドの上を這い、ベッドの側に立った僕に体をすり寄せる。
「いい子で待っていましたか?」
 一糸纏わぬ姿で僕の腰に取りすがる姿は、普段の彼からは想像も出来ない。
 きっと誰も想像できないだろう、こんな彼の姿を。
 浅ましく情欲に溺れた目で僕を見上げ、震える指で懸命に僕のズボンのファスナーを下ろし、愛おしそうに下着の上から僕のペニスに口づける彼を、僕以外の誰も知らないんだ。
 そう思うだけで、僕の体はいとも簡単に熱くなる。
 歪んだ肉欲と揺るぎない彼への愛情が綯い交ぜになり、僕の思考能力は著しく低下する。
 こういう時には、何も考えないのが一番だ。
「んっ……、ふっ、ん……」
 彼が僕のペニスに奉仕している間にブレザーを脱ぎ、Yシャツを脱ぎ捨てる。
 それから彼の背筋を指でなぞり、臀部に手をかけると不自然な振動を感じる。
 立ったまま上から覗き込むと彼の後孔からクリアピンクの細長いプラスチックが生えていて思わず苦笑する。
 彼のペニスと同じくらいの大きさのそれは、無数の突起がついていたり、中でパールが回転するようになっていたり、先端にはシリコンの繊毛がついていたりと、そりゃあもうエグい造形だった。
 そのペニスを模した機械……つまりバイブが刺さった彼の後孔を指でなぞる。
 指先から伝わる振動が彼にどんな快楽を与えているのかを想像し、僕は後孔からはみ出したバイブのコントローラー部分を上下に動かして更なる刺激を与える。
「あっ!? ひ、ぁぁああああ!」
 彼は堪らずのけぞって獣のように吠える。
 その鳴き声は堪らなく甘美で、淫猥だった。
「ひ、あ、あ、やめっ……」
 全身を震わせて彼が呻く。僕の股間に顔を埋めたままなのでその声はくぐもっている。
「どうして? これからもっと気持ちよくして差し上げますよ」
 がくがくと震え悶える彼をベッドへ突き飛ばし、くしゃくしゃになったシーツの上に組み敷く。
 だらしなく開かれた足の間に手を入れてバイブを引き抜くと、彼が身を捩って悲鳴を上げる。
 彼の両膝を抱え上げて、一気にねじ込む。突然の衝撃に彼の中が拒むのも無視して最奥まで突き込むと、彼の体が魚みたいに痙攣する。悲鳴の形で固まった彼の口からは声は出ず、代わりにヒュウと変な吐息が聞こえた。
「ぁ……ぁ……ん……っ」
 見開いた虚ろな目を隠すようにギュッと閉ざされた彼の瞼にそっと唇を落とし、僕はそっと投げかける。
 彼に届くことはない微笑みと囁きを。
「たくさん、感じてくださいね」
「あうっ、や、ぁあああ」
 僕が刻むリズムと彼の悲鳴が同調する。
 一度中で出した僕の精液が注挿の度にあふれ出し、ぐちゃぐちゃといやらしい水音を立てる。
 神経が敏感になっている彼は、汗や精液や色々なもので濡れた二人の肌がぶつかり合う音にも興奮するらしく、音がする度にキュウキュウと中を締め付けてきた。
 先ほどとは体勢を変えて後ろから突き上げると、彼が涙ぐんだ声を上げてのけぞる。
 涙でぐしゃぐしゃになった顔を枕に突っ伏し、こみ上げる声を抑えようとする姿は健気で痛々しい。
 もっと声を出せばいい。
 壁の厚さなんてどうでもいい。隣人の迷惑なんて知ったことか。
 僕はただ、彼が感じてくれればそれでいい。
 彼の渇きが癒やされるのなら、体面なんて少しも惜しくない。
「はあっはあっ……ぁ、こい……」
 枯れかけた彼の声が僕の名を呼んだ気がしたので、中に埋め込んだまま彼の体に覆い被さる。
「ん? なんですか?」
 小刻みに揺すってやると彼は、んん、と小さく声を漏らし息を呑む。
 彼はしばし言葉に迷っていたが、やがて熱い息を吐き出し、
「も……、さわっ、て」
 と、小さな声で言った。
 いつもなら何も言わずとも自分の手で慰めてしまうのに、びっくりした。
「僕に、触って欲しいんですか?」
 思わずそう聞き返し、彼の頬が燃え上がりそうなほど赤くなるのを目の当たりにする。
 まずい。
 一度彼の意識を取り戻させてしまうと、彼の欲望が不完全燃焼のまま終わってしまう可能性がある。
 この行為による負担を最小限に食い止めるには、彼を快楽に頭まで浸してしまわなければならない。
「いいでしょう。触ってあげますよ……貴方の望むままに」
 こういった卑猥な台詞も、彼の精神を快楽へ導くため。決して、自分本位に攻めたりしてはいけない。
「うあっ、く……! ん、ン……ぁあう!」
「我慢、しないで……。イキたい時はイッていいですからね……っ」
「ぁ、いや……、ぃや、だ……いや……あぁ!」
「イキたいんでしょう? こんなにヌルヌルにして……可愛いですよ……」
「ふあっ! い、や……こい、ずみ! 古泉! んああっ」
 彼の張りつめたペニスを擦りながら僕は言葉でも彼に射精を促す。
 彼の声はますます鬼気迫って、僕を振り返る瞳は恐怖しているようにも見える。
 まるで、あの時、初めて指を入れられた男を振り返った時のように。
 フラッシュバックのようによみがえる光景を瞼の裏で打ち消し、僕は必死になって腰を振る。
 彼の亀頭に爪を立て、僕自身の射精を促すために最奥に何度も叩き付ける。
「あはっ、あ……だ、し……ひぁっ」
 彼が切れ切れの言葉で中出しを要求する。
 後で始末をするのが面倒だとか、一瞬脳裡に浮かんだけれどすぐに消えた。
 僕は無意識に自分のペニスを握り込む彼の手ごとペニスをしごき立て、彼の体を抱き込むように腰を密着させた。
 そして吐精の衝撃に痙攣する熱い彼の中に自分の欲望をしこたま吐き出した。
 無茶苦茶な性行為を終えた後の疲労感をおして彼の上から起きあがる。
 目をうっすらと開けて茫然としている彼に軽くキスをして、水を飲むためベッドを降りようとする。
 下衣だけ身につけて立ち上がろうとしたとき、不意に彼が笑い出した。
「ふっ……く、くく、ははは……」
 あまりに唐突で感情の読めない笑い声に、僕は驚いた。
 こんなことは初めてだ。
 そういえばいつもは気絶するように眠ってしまうのに、今日の彼は行為後でも意識がある。
 しかし欲望処理に失敗した感じではない。
 セックスの直後に彼が正気を保っているというのは今までにない事態だ。
「あの……?」
 それとももしかしたら、本当の意味で彼は正気を失ってしまったのだろうか?
 大きすぎる欲望に精神が焼き切れてしまったのかも……。
 そう考えて、背筋がぞっとした。
「キョンく……!」
 思わず彼の名前を呼ぶ。すると彼は唐突に笑うのを止め、目を開いて虚空を見つめた。
 その目は意外にもしっかりとしていて冷静だった。
「なあ……、古泉。俺たちは……いったい何をしてるんだろうな?」
 自嘲じみた呟きに体が固くなる。

 何をしているのか。
 彼から相談を持ちかけられた当初から、僕たちは具体的な行為について一切言及してこなかった。
 それは僕たちの関係の社会的、生物学的異常性に目をつぶり、この行為を正当化するという目的もあった。
 この行為が彼が受けた暴力の数々と本質は変わらないという事実を直視しないためでもあった。
 彼が僕たちの心と体の距離のギャップを認めたくないせいもあった。
 彼は虚空を見つめながら続ける。
「恋人でもないのに、しかも男同士なのにセックスして……キスして……。なあ、お前俺として楽しいか……?」
 数々の事実に目を背け、僕たちはあの事件をなかったことにしてそれぞれの胸の内に封印しようとしていた。
 そしてそれは、半ば成功しかけていたのだ。
 現に僕は、今の今まで忘れていた。
 彼の言うとおり、これは恋人同士の睦み合いじゃない。
 これは、僕の罰であり償いなのだ。
 あの時の罪滅ぼしのために彼を抱いていたつもりだった。
 それなのに今、彼の紡いだ事実にこんなにもショックを受けているのは、僕がそれを忘れていたからだ。
 例え一時でも彼と抱き合っているときは恋人のような気になっていた。
 実際は恋人でも友人でもなくただ傷を舐め合うだけのセックス。
 その事実にどんなに心痛もうと体は快楽に正直だ。そしてこれからもそのアンバランスな均衡を維持しなければならない。
 彼のためだ。
 例え軽蔑されてもいい。
 どうせ貴方の渇きを癒すことができるのは僕だけなのだから。
「僕も人並みに気持ちいいことは好きですから」
 いつもの軽薄な笑顔を作り、軽薄な台詞を吐く。彼は表情を変えずに
「そっか……」
 と呟いた後、僕の方を向いた。
 その目に正気こそ宿っていたが、人形のように色もなく光もない。
 あの事件以降、彼が度々する目だった。
「なあ古泉」
「はい、なんでしょう?」
「お前は、あの時のこと覚えてるのか?」
 幾分かしっかりした声で彼が問う。
 尋ねた彼は顔色一つ変えないのに、僕は彼の言葉に体が竦んだ。
 あの時の恐怖と倒錯した感情が蘇り、目の前が暗くなる。
 なんと答えればいいのだろう?
 あの時のことは今でも脳裏に……いや、体に焼き付いていて一時も忘れたことはない。
 けれど今それについて言及することは二人の傷をえぐり出すことに他ならない。
 それはしたくない。彼を傷つけたくないから。
 ……いや、違う。僕が傷つきたくないから。
 事実を認めてしまって、彼との関係が変わってしまうのが恐ろしかった。
 だから僕は笑った……いつもの笑顔で。
「いいえ。正直、よく覚えていません」
 彼の視線が僕の顔を捉え、長門有希のように無感情な瞳で僕を見つめた。
 観察するかのようなその目に崩されないよう、僕は意識して笑顔を維持する。
 やがて彼はスッと視線を外し、再び虚空を見ながら少し微笑んだ。
「そうか。……俺は、忘れちまったよ」
 意外な言葉だった。
「え……?」
 驚く僕に視線を戻し、彼は僕に微笑みかけた。
 今まで誰にも見せたことがない、諦めと優しさと愛情が綯い混ぜになった笑顔。
「お前に抱かれてたら、忘れちまった」
 その言葉の意味を数秒間考える。
 彼が望んでいたこと。僕のしたかったこと。
 それらを考え、出した答えの都合良さに戸惑う。
 報われることは決してないと思っていた僕の願い。
 届かなくても構わないと思っていた僕の想い。
 それらに、彼が気付いていたのだとしたら。
「あ……」
「側にいてくれて、ありがとうな……古泉」
 彼の言葉は、僕への許し。
 僕の行為が無駄ではなかったと、
 少しでも貴方を助けになれたと、
 そう思ってもいいんでしょうか?
「お、おい! なんだよ……」
堪らず彼を抱きしめた僕に、彼は戸惑いの声を上げる。
だけど僕にはそれに反応する余裕がなかった。
ただ馬鹿みたいに強い力で彼を抱きしめることしかできなかった。

胸を震わせる感情の渦はどれも伝えられずに胸の中に押し込んできたものばかり。
今、その奔流の出口が開かれ、一気に喉を突き上げてくる。
激情に翻弄されて緩む涙腺を見られないように顔を伏せながら、どれから言うべきかを必死に考えた。
貴方の体を汚してしまって、ごめんなさい。
本当のことが言えないでごめんなさい。
嫌わないでくれてありがとう。
許してくれてありがとう。
「……ったく」
感情の奔流に煮えたぎる体を抱きしめる腕。
僕を抱きしめる彼の腕の温かさを感じ、僕は最初に言う言葉を決める。
涙で潤んだ目を隠しもせずに、まっすぐに彼の瞳を見つめて、
「好きです。愛してるんです」
ただ飾り気のない素直な気持ちと、心からのキスを贈った。


トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2008-01-30 (水) 23:21:15