神人偽キョン×古泉(古→キョン前提・痛め)

 

 シナリオどおりの台詞をつらつらと述べたあと、ひとまず様子を見てみる。強張った顔のままなにやら考え込むようにしている彼の姿を眺めていると、向かいのベッドからゆっくりと立ち上がった彼が、そのまま距離を詰めて僕の首に手を掛けようとする。どうやら戯れに気付かれたかと苦笑しながら顔をあげれば、仄冥い瞳に見下ろされた。薄く形作られた笑みの唇。いつもの彼らしくない表情。
 どこかで、見たことがある。薄暗い部屋。密閉された場所。
 記憶が。
 「――ッ、ぁ」
 心にけして解けない様にと掛けていた鍵が恐ろしい音を立てて壊れた。
 僕の目に映る景色が途端に色を無くす。





 「ふ……ぁ、」
 衝撃から逃れようとかぶりを振った拍子にコンクリートに顔を擦り付けてしまい、頬の表面を砂利が削る痛みが走った。熱に飲まれた意識が一瞬理性のもとに引き戻される。クリアな思考はこの状態では逆に自らを追い詰める理由にしかならない。気を失ってしまえればまだいい。
 彼の姿を取った破壊の権化が、僕の身体に容赦なく圧し掛かっている。そんな現状が焼きごてを押し付けられるかのように意識に刻まれていく。一度奴の手によって吐き出させられた僕の澱みは、今やまた、腰に重く纏わりつく熱となって姿を現すのだ。
 人の内部に触れるというのは、どんなにか危険なことか、今更ながらに思い知る。閉鎖空間へのアクセスが増えれば増えるほど、霞んでいった危機意識。
 いわゆるひとつの精神汚染だ、これは。神人は幾度も混入し攻撃してくる異物に大して、一番効果的ともいえる行動を取ったのみだ。
 つまりは僕の心を、陵辱によって破壊しようとしている。僕の中の暗い望みに直接的に働きかけることで、自責を強要し、自ら絶望させ嘲弄させるために。汚いのはお前の方だ、所詮うつくしい想いなど抱いてないくせにと、彼の姿で嘲笑う。
 これがお前の望みの成れの果てだと。
 「ひっ……、」
 喉に引っかかった粘り気のある唾液に遮られ、上がる息に妙な音が混じる。それが欲に染まった喘ぎだとは認めたくはない。神人が細部まで彼と同じ姿をとっているのなら、身体の奥に埋め込まれたものすら、彼のもつそれと全く同じなのだろう。意識してしまう。ぞろりと蛇のように動いて、またひとつ声が押し出された。縫いとめられた腕が軋み、そうでなくとも身体が言うことをきかないからべたべたした口元すら拭えない。
 愛しい彼の面立ちに支配者の表情を浮かべて神人が顔を寄せ、僕のきつく引き結んだ唇を舐めた。そのまま舌でぬるぬると嬲る。
 零れた涙が頬に染みて熱い。されるがままに抉られる都度、馬鹿な僕はこじ開けられた身体の奥から、これがほんとうの彼なら支配され、その手で好きに扱ってくれてもいいのにと欲求を垂れ流してしまう。また利用されるとわかっているのに止められない。
 彼のことを思い彼に望んだ全てを、神人は甘い汁を吸い尽くすように浚い尽くしてしまい、乱暴なやり方で僕に与えていく。
 音の無い世界に、僕の息遣いと濡れた音が響いてうるさいくらいだ。若い肩越しに暗い帳が空を覆って相変わらず息苦しい景色だ。空なんて落ちればいい。
 唇を嘗め飽きたのか、唾液を含ませた舌が頬を辿り、耳朶をしゃぶり、ひとつひとつ軟骨の隙間を辿ったあと穴に忍び込む。どこもかしこも侵しつくす気なのか。
 稀に優しい動作を見せるのは、僕に錯覚させるためだろう。泣きそうになる。無意識に零れる涙なんかじゃなく、悲しくて辛くてそれでも彼が好きだと、肋骨が震えるほど泣き喚きたくなる。それほどに彼の姿は、彼の行動は、彼の唇が舌が指先が僕の内部をどろどろに溶かしていってしまう。
 髪を撫でられて、まるでいたわる様に覗き込まれる。油断して緩んだ体に直後叩きつけられる激しい律動に、一瞬で僕の思考は熱い濁流に飲み込まれた。

 抜き差しされる性器はもはや無駄な動きを辞め、的確に僕の弱みを曝す。ぐちゃりと響く音がとんでもなく大きく聞こえるのは、僕の身体に反響しているからか。勝手に背がしなり、開きっぱなしの口から飛び出る声が明らかに変だ。湧き上がる熱に晒された頭ががんがんと痛む。
 指をとられて絡められる。そこだけなんだか優しく感じられて、眼の奥がまた燃えるように熱くなる。下唇に噛みつかれて、情欲に満ちた息が掛かれば、痺れた頭では何も考えられなくなる。
 「あ、っ や……、い、嫌だ、嫌だ、」
 霞む視界に映る彼の眼や口元にはもはや優しさの欠片など見当たらない。酷く残酷なまなざしと歪んだ笑みで、獣のような欲を只管刻み込まれていく。それでも睫のかたちが、鼻梁のゆったりとした曲線が、頬の丸みが、大人へと成長しきっていない身体が、瞳の色が、汗の匂いが、
 「一樹」
 僕の名前を呼ぶ声が、彼と同じだ。
 「あぁ、っ、あ…、ひ、」
 こんなの。こんなのこんなのこんなの。
 こんなのってない。だって好きだ。
 好きなんだ。
 愛されたい。優しくして貰いたい。微笑んで貰いたい。名前を呼んで貰いたい。指に触れたい、頬に触れたい、腕を回してみたい。好きだと言われてみたい。

 「一樹」
 そうか、彼が僕の名前を呼んだとき、こんな音が出るのか。

 「もっ……、…と、」

 僕は全身を戦慄かせて、はしたなく幻影の彼にすがり付いていた。



 手ひどく扱われた後玩具を捨てるように閉鎖空間から投げ出され、此方の世界で目覚めたときに見上げる空がどんなに絶望的な色に感じるか。涙に濡れた頬に感じる風によって否が応にも現実に引き戻されるのに、その涙が薄暗い快楽に耽溺してすすり泣いたときのものだと覚えていることがどんなに僕の自尊心を壊していくか。忘れたくとも下着にこびりついた自らのそれと、身体に残された痕が思い知らせるのだ。
 此方に戻ってくることで痛みが増幅されるなら、いっそ向こうに囚われたほうがましなのかもしれないとすら、思う。僕の抜け殻がどうなってしまうのかを考えると怖くて堪らないけれど。
 浅ましい彼への想いが僕を苛むのなら、こころを閉ざさなければ。
 彼に愛されることだけが僕の奥底で淀んだ後ろめたさを消す光となるのなら、それは決して手の届かない星だ。たとえ伝えることが出来なくても彼を守るための力になればいいと、単純に誇れるべきものだと想っていたこの気持ちを、忌まわしい記憶とともにしまいこんでしまおう。
 明日笑えるように。
 それがぐちゃぐちゃになった僕の前に示された、たったひとつの希望の道ならば。

 (わかっている、それができるのなら、とっくにやっているんだということも)

 乾いて引き攣れた涙の跡を、新しいものが緩々となぞっていった。


--


 「おい……、どうした古泉!」
 突然がたがたと震えだした古泉に面食らい、慌てて肩を掴んだ。べったりと汗ばんだシャツの感触が奴の異常を際立たせる。驚くあまり思わず乱暴に揺すってしまい、ぐらりと力を無くした頭が糸が切れたように仰向いた。
 長い前髪の間から覗く目は激しい恐れに黒く染まり、天井を呆然と見ている。いや、見ているのかすら判別がつかない。見たことのない表情に息を飲んでいる間に、奴の視線はふらりと空を彷徨い、俺を見止めて、ほんの瞬間、唇を歪めた。
 おそらく笑おうとして、だ。何こんなときに笑おうとしてんだ馬鹿。
 いったいどうしてしまったのか見当もつかない。顔色を無くすにしても、限度があるだろう。
 咄嗟にどうすればわからず、俺は痙攣するように小刻みに身体を震わせる古泉をベッドに押し倒した。具合が悪いのなら横にさせたほうがいいと思っただけだったのだが、どうやら逆効果だったらしい。奴はビクリとひときわ大きく身体を揺すり、上ずった声を吐き出した。
 「……、ぅあ、あ、やめ、」
 布団に僅か埋まった頭が嫌々と左右に振られて、長い髪が胡乱な視線を遮る。暴れる身体を落ち着かせようと覆いかぶさると、押しのけようとするかのように腕が伸びた。かと思うと、服の胸元を掴まれ、俺の身体は力任せに引き寄せられていた。
 「こいず……、」
 掻き抱かれた背に爪が立てられる。
 「……名前を、」
 我を失いかけ力の加減もできない今の古泉だ。どうやら距離感も掴めない様子で、まるで縋るように耳元に押し付けられた唇から、途切れ途切れに言葉が吐き出されて、俺はちいさなそれを逃すまいと意識を集中させる。
 名前をよんでください、おねがい、
 震えすぎて古泉の体が縮んでしまったのか、そんな錯覚すらする。壊れる寸前の金管楽器のような、軋みだらけの悲痛な声で、聞いたこっちの心が痛い。お前が怯えているものは何なんだ。笑顔に何を隠していた。
 「一樹…?」
 べったりと額に貼り付く髪を擦り落としてやりながら呟く。俺の声は耳に届いたのか、腕の中の強張った体がほんの一瞬で弛緩し、ベッドに沈んだ。胸いっぱいに詰めていた息が抜けるのをシャツごしに感じて、回された腕は背に絡むのみで今にもずり落ちようとしている。
 こんなことでお前の気が晴れるのか。

 良かった、貴方だ

 との、言葉の意味はわからないまま、蒼白な泣き顔で満たされたように微笑む古泉を俺はぼんやりと見下ろしていた。


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Last-modified: 2008-01-30 (水) 23:20:45