渡る世間は●ばかり(キョン→古?) †
「お兄ちゃんおはよう、お弁当できてるからね」
「…サンキュ、おはよー」
あれ?
今なんか変じゃなかったか?
お袋の声、違わなかったか? ていうか女の声ですらなくない?
ていうか、今俺の目の前に広がるこのダイニングの風景は、何だ?
甲斐甲斐しくエプロン姿で味噌汁をよそう……、古泉。
――えーっと…古泉? ちょっと待てぇ!!
何でお前がここにいる!? 出て行け、人んちで勝手に弁当とか作るな! っていうか何がやりたい!!! つーかお袋の服を着るな! と、絶叫しなかったのはひとえに俺が立って目を開けたまま半分失神状態だったからだ。実はこれは正解だった。なぜなら、それは古泉だけど古泉じゃなかったからだ。
「6時のニュースです。まずはヘッドラインから。今日未明…」
女子アナであろう、ピンクのスーツ姿の古泉が、テレビの中で原稿を読んでいる。
ちょ、おま、何これ!!!?
ここで俺は立ち直った。えーと、女子アナも古泉。リポーターも古泉。インタビュー受けてる人も古泉。記者会見してる人も古泉。英語でペラペラ喋ってる、アメリカ大統領も古泉。CMで笑顔を振りまくミニスカアイドルも古泉。うげえ。
そういや古泉がお袋の服を着られる訳がない。
たぶん、全部古泉に見えるだけで古泉じゃないんだろう。おかしいのは俺で、つまりお袋を怒鳴らずにすんで良かった、ということだ。
とにかく、とにかくこの異常事態をなんとかするには古泉か長門だ。つーことは登校せねばならん。だが、登校つったってこれで登校したらどうなるんだ? 全部古泉に見えるんだろ!?
本物の古泉とか長門とか、俺に見分けられるのか!?
「あーキョンくんおはよー」
半ば思考停止状態で飯を食い終え、鏡の中で死にそうな顔してる古泉を見て腰を抜かし、どうにか支度を終えて家を出ようとしたところで、俺は追い打ちを食らった。
「キョンって呼ぶな」
特に今は。今だけはよせ。
その、髪の毛をぼんぼりでくくって可愛い小学生女子児童らしいミニスカート姿の、古泉が甘えた声を出しているように見える今だけはやめてくれ。お兄ちゃん死にたくなるから。
通学路も、セーラー服を着た古泉、スーツを着た古泉、黄色い帽子にランドセルの古泉、杖をついてよろよろ歩く古泉、などなどというシュールな光景が洪水のように俺を襲う。死ぬ、ホントに死ぬ。勘弁してくれ。
そして、例の坂道にさしかかったところで、本当に俺は死ぬと思った。
男子学生、全部通常古泉。見分けがつかん!
「キョンくんおはよう」
「ようキョン」
「おっすキョン」
あーみんな、なんてさわやかな笑顔なんだろうね。なんせ古泉だからね。ふだんどんなブ男でもすごい爽やかさだよ。ははは。……死にたい。
まあその、男子全員通常古泉だけなら、結構目に優しい気は、するんだけどもな…。ああでもお前ら古泉が汚れるから下ネタかますのはよせ! …いや、古泉なんか別に汚れてもいいんだけどいいんだけど! 何言ってんだ俺!
女子学生は、それはそれでまた残酷な風景だった。コレ、本物の古泉が見たらショック死するんじゃないか? なんせうちの学校の女子のスカートってのは短い。ややタイトな作りであることもあってフトモモの真ん中あたりまでしかないという非常に男子の目に優しい作りになっている。
ということは、これを男子が着用する姿というのは大変目に厳しい。しかも笑顔でくすくすあははうふふやだあ、である。
助けてくれ! 目が腐る! もう許してくれ!! 今朝比奈さんに出会ったら絶対死ぬ!
うひぃ、とかなんとか変な声を出して、俺は突っ伏していた机から飛び起きた。
なんだよ夢か。世界中の人間が古泉なんてえげつない夢を見たもんだ。どうもハルヒ絡みのアレコレに慣れすぎて、異常な状況を夢だと疑うことを忘れかけて……
「……夢ではない」
部室の長門の定位置で、本をスカートの膝に載せて、淡々と喋る、……
なんだよ普通に長門じゃないか。
「夢だろ、どっからどう見ても夢だろ!」
「……夢は、願望」
フロイトか! フロイト先生のお言葉か! 騙されんぞ、そんな願望あってたまるか!
「……あるいは、現実の投影」
現実の投影って何だ、どういうこった!
「説明しろよ」
「……あなたの心の見る世界が、わかりやすくディフォルメされたもの。それが、夢」
じゃあ、なんだ? つまり……俺の心は…古泉のことばっか考えてる、とか、なんとかそういう…アレ、なの、か…? え、俺ホモ? そうなの? 朝比奈さんより古泉なの俺!?
とかなんとか脳がフットーしそうだよおってなところに、寄りによって奴が来た。最悪だ。
「お二人ともやっぱりこちらでしたか。涼宮さんが校門でお待ちですよ。今日は校外活動ですって」
だから顔近いって! 今それされるとホント死ぬから俺!
「どうかしましたか? 顔が赤いですが……もしかして熱でも?」
顔近……ってデコを押しつけて熱を測るな! お前は俺のお袋かなんかか!? なんでそんな恥ずかしい行動をしときながらお前は冷静なんだよ。天然か!
おかげで、それから一日中俺は心配そうに俺をチラチラ見てくる古泉の顔をまともに見れず、そしてその夜うなされた。