契約愛人5(会×古)  第2章-3~

(モノローグ→ へたれ古泉に戻ります)

 柔らかな大きなベッド。ふかふかの寝心地。
 だけど……何故か湿っぽく、妙な暖かさに包まれているという違和感。
 ゆっくりと瞼を開くと、そこは照明を落とした部屋の大きなベッドの中だった。
 自分の背中をしっかり抱いている腕と、押し付けられるようにくっつけられている肌。……その持ち主を見間違えることはない。
「……会長……?」
 いつ寝入ったか自分では思い出せない。
 浴衣を着てから風呂場を出た記憶があるのに、また裸にされて、彼の左腕にぬいぐるみみたいに抱きしめられていた。
 ……本当に寝ているのか疑わしいと思ったが、積極的に起こすのは躊躇われたので、腕に絡めとられたまま、押しつけられている彼の胸に額をつけて、息をひとつ吐いた。すごいな、今日は。ほとんど知らない他人に、しかも同性に、裸になって抱きしめられて眠って目覚めるなんて。
 寝ている間に何かされたのだろうか。文句を言える立場ではないが少しだけ不安だ。
 とりあえず今のところは、裸にされている以外は違和感は感じない。
「ん……」
 会長の眉が僅かに動いて、瞼がぴくりと反応する。
 起こしてしまったのかと思い、慌てて身を縮ませたけれど遅かった。
「起きたか……古泉」
 薄く開いた眼差し。黒曜石の様な煌きが僕を捕らえていた。
「……すみません……いつ眠ったのかも思い出せない」
「気にするな……それより」
 会長の顔が、僕の前髪を分け入るように進んで、眉間の辺りに口づけた。
「……するか?」
「えっ」
 体に緊張が走る。……いや、彼も僕も、目的はそれだったのだけど。
 会長を落胆させたらしい浴室での行為が頭をよぎった。
 ……結構気合を入れて向かった筈なのに、ことごとく役に立たなかった自分。情けないやら、ほっとしたやら。とはいえ、体中をまさぐられて、敏感な部分を触れられていじられて、……抵抗しちゃいけないと自分に言い聞かせて歯を食いしばって耐えてたあの瞬間は、やっぱり思い出すと悪夢だ。
「……ふ」
 僕の表情を見て取ったのか、会長は苦笑した。
「そんなに俺が怖いか」
「……」
 答えられなかった。……彼がしてくる行為は、僕の経験したことのないことだし。本来ならばタブーとされている行為。
 罪の烙印を体に捺される為にこうして寄り添っている。
 怖くないわけがない……心でそう呟いた。
「まったく、困ったやつだ」
 くっくっく、と喉を鳴らすように笑って、ますます強く抱きしめられた。
「まあいいさ。時間をかけてゆっくり慣らすのも退屈しのぎにはなる」
「……今夜だけではない……という意味ですか?」
 僕は面白がっている意地悪な表情を見上げた。会長は「無論だ」と短く告げて、もう一度額に口付けた。
「体の相性はわからんが、お前の顔も肌も俺好みだからな。それに……他に選択肢もない」
 学内には幾人かの協力者がいて、そのうちの何人かは会長も知っている。
 しかし僕以外は気にいらなかった、という意味なのだろう。……複雑な気持ちだ。
 俯いて黙り込んでいると、彼の指が僕の顎を掴んで、上向けさせられた。唇を塞がれて、熱い舌が潜り込んでくる。
 昼間の再現だ。戸惑いながら、少しだけ舌を浮かした。絡めとるように会長の舌がもつれてくる。動揺しながら彼の真似をして応じる。貝のように蓋をして閉じこもるほうが態度として正しいのか、彼の求めに応じるほうがいいのか、まだ迷いはある。翻弄されるだけなら簡単だけど、どこまで許していいのか……どうしたらいいのかわからない。
「……ふっ」
 一瞬、唇を放して、会長はキスに僅かに応じ始めた僕を見下ろし、小さく笑った。
 彼は言葉は乱暴で、僕を脅かそうとするけれど、けして無理やり酷い目にあわせてやろう、そう思っているわけではない。
 もしそうならば今までにそうされていた筈だ。
 再び近づき合わさる唇。誘う彼の舌先に、恐れながらも僕は舌を伸ばして届こうとする。
 くちゅくちゅ、と唾液の入り交ざる音がなんとも卑猥で、後ろめたいことこのうえない。森さんや多丸さんは、僕が会長の我侭に応じてレイプされるためにこの夜をすごしているのだと、辛い思いをしてくれているだろう。
 彼との行為を僅かでも受け入れるのは、二人への裏切りなんじゃないか、やがてそんな思いが胸をよぎった。
「ん……?」
 僕の頭を抱えて、ひたすら深い口づけを楽しんでいた会長は、僕が急にやめたので、意外そうな顔を浮かべた。
「どうした……?」
「いえ……その」
「また怖くなったのか?」
 苦笑。会長は唇を歪めると、構うのをやめて隣に仰向けに寝転んだ。天井を仰ぎ、盛大にため息をつく。
「全く乙女というのは……」
「乙女って……」
「お前のことだ、古泉」
 ニヤリ。首だけこちらに向けて、会長が笑う。普段は後ろになでつけている髪が、額の前に垂れているせいで童顔に見えた。印象の違いに少々戸惑う。不思議と優しげに思えたのだ。
「お前は乱暴に扱うと壊れちまいそうな気がすんだよ。もっと楽にいくと思ったんだけどな」
 人差し指が伸びてきて、頬をつつかれた。
 そんなことを言われても、どうすればいいのだろう。こんな時、他の人ならどんな反応するかなんてわからない。
「……謝るべきなのでしょうか」
「いらんな」
 仰向けからうつぶせに変えて、枕元においてあったタバコの箱を引き寄せると、手馴れた仕草で一本取り出し紫煙をくゆらせる。僕はその煙の描く複雑な模様をぼんやりと眺めた。
 無言の時間が過ぎる。時間は今、何時頃なのだろう。たいしたことはしていないのに緊張の連続のせいか、体はとてもけだるかった。
「なぁ、古泉」
 会長が溜息と共に、白い煙を吐き出す。
「はい」
「……お前、俺と一緒に住んでみないか?」
「は?」
 何を言い出すかと思えば。一緒に住め、だと。絶句している僕を振り向くこともせずに、会長は続けた。
「俺の生活からあの店を切り離すのは正直面倒なんだよ。ダチも大勢いるし、勝手に転がりこんでくる奴もいる。そういうのを俺はずっと許してきたからな。黙っていても巻き込まれるんだ。それを防ぐにはどうしたらいいと思う?」
「……僕があなたの新しい恋人として、あなたの家に住まうこと、ですか?」
「そういうことだ。あいつらはそういうのは義理堅いからな、人の恋路を邪魔しに来たりはしない」
 軽く笑って、煙を吐き出す。
 戸惑いと動揺が胸にあふれた。だけどその意味は、好意的に受け取るべきものなのだろう。
「協力して下さるのですね」
「お前を自由にさせてくれたら協力する、最初からそう言った」
「ええ……そうですが……」
 会長の顔が近づいてくる。煙草の味のする唇が軽く触れて、離れていった。
「他人事みたいに嬉しそうな顔して。……お前はそれでいいのか?」
「えっ」
 ……嬉しそうな顔、してたか? 思わず頬を触る。その様子を面白く思ったらしく会長は肩を震わしながら告げた。
「俺の家に住み着いたら、毎晩いじめ抜いてやるぞ」
「……それは困ります……でも」
 どう受け止めていいのかまだよくわからない。だけど分かっていることもある。
 僕は会長を見つめた。
「あなたが協力してくれると言って下さって、ほっとしているのも事実です」
 もうこれ以上、彼の問題で皆を悩ませずに済むのなら安堵できる。特に森さんに、あんな卑猥な相談は二度として欲しくない。
「じゃあ一緒に住むのはかまわんというんだな?」
 煙草を灰皿に押し付けながら、苦笑交じりに会長が尋ねた。
 それで万事が解決するというのなら、と僕は最初に思った。
 とはいえ、この会長と一つ屋根の下で暮らすのは大変かもしれない。でも最初の時には巨大な肉食獣のように見えていた会長も、今はそんなに怖いとは感じていなかった。
 到底、自分が彼と同じ趣向になれるとは思わないが、多少は、気の持ちようというのもあるんだろう。
 よほど怒らせなければ、昼間のような振る舞いはしない人に違いない。それに期間も限られていることだし。何より解決を急ぎたいと思う気持ちのほうがその時の僕には強かった。


 答えはもともと一択しかなかった。
 僕はそのとき、そう信じたのだ。


→→つづき(契約愛人6)

  • これは先が気になる……!続きもお待ちしております。 -- 2007-11-04 (日) 15:34:27
  • 紳士な会長と乙女古泉の行く末が気になりすぎます。超!楽しみに待ってます。 -- 2007-11-04 (日) 22:28:52
  • GJすぎる……!続き待ってました。会古に飢えてる私にはオアシスですが、それを抜きにしても面白いです…!本当にここが2ちゃんでなければ…!! -- 2007-11-05 (月) 04:09:46
  • GJ!!続きを楽しみに待ってます! -- 2007-11-05 (月) 09:31:59
  • 会長超ガンガレ wktk -- 2007-11-06 (火) 13:13:11


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Last-modified: 2008-03-19 (水) 17:11:20