●第5章-2
(古泉モノローグ)

「そのビラをお前が持っているとはな」
 放課後の部室に早めに着いた僕が、改めてそのビラを見ていると、後から入ってきた彼はそれを目ざとく見つけて、シニカルな笑みを浮かべて呟いた。
「まさか鍋大会をやめて、そちらに行きたいとでも思っているのか? それはいいね、健全だ。男としてそっちを選択することに俺は欠片も異論を唱えないね」
「はは、まさか。それはありえません。受け取った時にお断りしましたし、……それよりご存知ということは、あなたも誘われたのですか?」
 僕の真向かいに腰掛ける彼を見つめて問うと、いーやー、と彼は首を横に振った。
「谷口が必死にアピールしたのを見ていただけだ。なんでもやつの評価のA+以上が大勢参加するらしい。長門も誘われたらしいしな」
「僕もA+以上ということでしょうか?」
「あいつの評価は女子のみだ。お前のことまで知らん。だが主催の女子は多分谷口と同類なんだろう。……おめでとう、と言って欲しいか?」
「いえ、特には」
 僕は肩をすくめる。
「むしろ羨ましくは感じますね。今の僕には恋愛などというものは縁遠さすら感じます。それよりしなくてはならないことが沢山ありますし」
「他に何があるっていうんだ? 受験勉強か?」
「勉強はほどほどにはしていますよ。今だったら、そうですね。……年末のお芝居の用意とか」
「ほう」
 彼は机に僕が置いたままのビラに視線を落としながら頷く。差し上げてもよいのだが、彼が行くことはないだろうし、谷口という彼の手に渡ってもいいものなのかどうか判断に悩むところだ。
「まあ俺が言うのもなんだが、恋せよ青春涙は心の汗だ!とも言うしな。ハルヒなんぞに気を使って有限な時間をムダ使いして後で後悔しても知らないぞ」
 なにしろ俺はかかわった瞬間から後悔しているんだからな、と彼は力説し、それから延々と小言をつむぎ始めた。
 彼、涼宮さんの話を始めると止まらない。下らん、あほだ、と言い捨てながらも、彼女の行動を面白がっているからこそだ。よい兆候だと思う。彼の興味が涼宮さんに向けられなくなった時、もしくは逆の場合が発生したら、今までの安定が壊れてしまう可能性はおおいにあるのだから。
「恋せよ青春ですか……」
 彼の興味はまだビラにあるようなので、僕は半分独り言のように呟いた。
 言葉と共にゆっくり耳にかかった吐息ごと覚えている。会長の掠れた声。
「……とても無理そうです。僕は今、結構いっぱいいっぱいなのですよ。これ以上は遠慮しておきたいところです」
「何か思い当たる節でもありそうな口ぶりだな」
 ビラから顔を上げ、彼が視線をあげた。
「そういうわけではないですが」
 慌てて誤魔化す。だが僅かに興味を持たれてしまったようだ。
 どう言えば話題を反らせるか思案して、たとえ話に切り替えることにしてみた。
「……とある方に恋愛相談をされまして。なんと恋愛とは面倒なものかと思ったばかりなんです」
「お前に恋愛相談をする時点で、そいつはかなりのミスをしたと思うが、まあ言ってみろ。退屈だから聞いてやらんでもない」
「興味がありますか? あなたが恋愛話などというものに関心を示すとは驚きましたが」
「これでも、谷口のムダな恋愛論にはよく耳を貸させられてるぞ」
「そうですか……それでは。他の部員の皆さんが来られるまでの間の退屈しのぎにでもなればということでお聞きください。それはやはり僕と同じ機関の人の話なのですけれども」
 なんでこんなこと話す羽目になったんだろう?
 自分の行動に疑問を感じながら、僕は彼の前でとるべき態度を守りながら話し始めていた。
「ほう?」
「その人は一つの作戦のなかである失敗をしてしまったんです。それは作戦に必要な協力者を求めることだったのですが、その人との交渉は成立し、すべての段取りが整いはじめた時に、協力者との間に重大な認識の齟齬が発生している事に気がつきました。協力者はそのことに大変不快感を示し、状況は最悪になった。既にかなりの大金を動かしたあとだったりしましたし、その人の協力を機関は欲していた。代わりは見つかる気がしなかった。という非常にまずい状況だったんです」
「おまえらいったい何をやってんだ? 日本政府を転覆させる思案を練っているわけじゃないよな?」
「必要があれば考えるかもしれませんが、今のところそこまでしなくてもよさそうです」
「真顔で言うな。……で、それで?」
「協力者は打開案をなんとか出してくれたんですが、それは失敗した機関員がその協力者の愛人になるなら、っていうものでした」
「……最低だな、そいつ」
「その人としては他にも参加している事項がありますし一刻も早く解決したかった。だから渋々それを了承したんです。もちろんそのようなこと誰しもがやっているわけではありません。周りの人は止めました。でも自分の責任を感じたその人は、それが一番てっとり早い解決法だったから、それを受け入れたんです」
「ふむ……」
「その人と協力者はそれから数ヶ月ほど一緒に暮らしているのですが、協力者はその人に驚くほど優しかったんです。無理な干渉もあまりせずになるべく居心地がいいようにとても配慮してくれた。だからその人も協力者といることを辛く感じることもなく、親しみすら感じていた。そんな時に、突然「お前が好きだ」と告白されたのだそうです」
「……ほほう……」
 彼は少々鼻のあたりを赤くしていた。
 暫く鼻や頬を指先で擦りながら思案している風な彼を見つめたあと、僕はドアを振り返る。そういえば今日に限って、皆が姿を出す時間が遅い気がする。その時、彼が腕を組んで話し出した。
「だけどさ、そいつは結構疎いよな。そもそもその協力者っていうのは……その、つまりだ……体が目当て、だったんだろ? なのになんにもしない、相手にやさしくしたっていうのは、それ以上を求めてたからなんだろうし……」
「……それ以上を、ですか」
「そう。もともと好みのタイプだったから愛人にした筈だ……しかし、なんていうか大人の話だな……そりゃ」
「あはは……」
 大人の話、だったのか……。想像して照れてしまったらしい彼の表情を見て、僕はなんとも言えない気分になった。
「ま、まあ。つまりだな、なんかスパイ映画の話みたいに聞こえるけど、要するにあれだろ?」
 若干しどろもどろになりながら、脳内を整理するように告げる彼。
「つまり協力者があの生徒会長で、その機関のやつっていうのがお前、みたいな関係ってことだな」
「えっ」
 自分でもびっくりする程、声が上ずった。
 すぐにそれは彼が、自分が理解しやすくするために浮かんだ単語だったと気づく。
「な、なんだよ、変な声出して」
「いえ。……その通りですね。そのようなものです……ええ」
「まあお前の立場にあるやつが女ってことでいいんだよな?」
「……!。……ええ、そうですね」
 今度は返事が遅れた。ど、動揺しちゃいけないっっ。
「なんだ違うのか? 逆か?」
「いえ、そうです。そういうことです……」
 別にどっちでもいいんだけど……。
 その時、ドアがノックされて朝比奈さんが「遅くなりーましーたー」と高い声を響かせて入ってきた。
 愛らしい上級生の登場に、彼は目を細め、僕はほっとして肩をおろした。
 その後長門さんもすぐにやってきて、最後に団長が元気よく登場すると真っ先にビラを見つけて、こう呟いた。

「合コン。合コンねぇ……。いっそのこと宇宙に向けて、合コンを呼びかけてみるっていうのはどうかしら。クリスマスだし、地球もあちこち綺麗に飾り付けられているから、招待するなら今が一番かもしれないわ!!」

 その案はあっという間に彼によって却下され、涼宮さんは「仕方ないわねー」とさほど惜しそうでもなく諦めると、いつもの団長席についたのだった。

→→つづき(契約愛人12)


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Last-modified: 2008-03-19 (水) 17:23:54