●第5章
(古泉モノローグ)

「好きだ、古泉……」

 昨晩の会長の言葉が妙に耳に残っていた。
 他人からそんなことを言われたのは恥ずかしながら、生涯で初のことだった。
 女性からだったらもっと嬉しかったり、跳ね上がったりしたい心地になれたのだろうか。
 けれど残念なことに相手は男性で、僕より体格も強く、性格も意地悪でやさしいあの人だ。
「……はぁ……」
 溜息が零れる。
 1年9組の教室、この他人だらけで構成されている空間が、とてもリラックスできる場所に感じるのはどうしてだろう。
 僕は教室の中央の席で、両肘をつきそこに額を乗せて、軽い眠気に襲われてもいる体を休ませながら小さく悩んでいた。
 昨日の呼び出しは閉鎖空間絡みだった。去年に比べると回数はかなり減っている。ただ、深夜以降に発生することが多いので、自然と寝不足と戦う羽目になる。
 しかもその直前に会った森さんや新川さん達とは若干気まずかったし、さらには多丸さん達まで昨日は距離をとるような態度だった。
 僕が薬物にかかわっていないことは証明されているのだから、恥じることはないのだけれど、今まで彼らに疑われる可能性など考えたことも無かった僕には、ほんの一瞬でも彼らとの間に生じた亀裂の痛みは未だに体の中にくすぶり続けている。
 そのうえ会長には、突然性的交渉を要求されて、その掌に翻弄されるままに僕は彼にイかされてしまった。
 さらにはもっと深い行為を求められて、……結局諦めてもらえたけれど、彼は多分これから先も求めてくることが予測された。そして耳元に囁かれた告白。耳朶に甘く残る切ない声。
「……」
 ああ、もう……。~   ああ、もう……。
 彼のことは嫌いじゃない。人柄も尊敬しているし、少し意地悪なあの性格も含めて好意を持っている。
 だけどそれは……恋愛とは遠いものだ。
 彼の告白で、僕は彼が何を求めているのかを知った。
 性的な繋がり以上のことを彼は僕に期待している。
「……無理だ」
 彼とこれ以上暮らしていけるのだろうか。
 機関の皆と気まずくなったのも会長との同居の為だ。自分が請け負ったことなのに、僕はその決断を心から悔やんだ。
 とはいえ今更、辞めさせて欲しいとはいえない。
 店がなくなったのだから反故にしてくれ、っていう方法は有効かとも思ったが、似たような店は他にも色々あるのだろうし、多分何の意味もない。これからの為にも彼にはまだ生徒会長の座にいてもらわなければ困る。
 機関に泣きつくという手段もある。真摯に相談すれば森さんや新川さんは僕を助けてくれる筈だ。しかしそれも躊躇われた。会長の心やプライドをかなり傷つける結果になってしまうに違いないから。
「……そうじゃないだろ」
 独り言で僕は自分を叱咤した。
 会長を傷つけたくない? そんなこと本気で思っているなら、答えは一つだ。
 僕が我慢するしかない。
 でも……。
 応えられないとわかっているのに、恋愛対象として自分を見る人と一緒に暮らすのは辛かった。
 彼が男性を愛する人で、その行為の相手になることを要求された時はもっと直接的な恐怖だったが、それは危害を加えられる恐ろしさに似たものだった。機関に迷惑をかけない為ならと、犠牲になることも厭わない。そんな思いだけで受け入れたのだ。
 ……どうしよう……。
 あの告白じみた甘い声が、彼のただの閨睦言で、行為を受け入れられない僕をリラックスさせようとしたものであることを願おう……。その可能性はゼロじゃない。
「はぁ……」
 もう一つ息を吐いた時だった。突然、頭の上から声がかかった。
「あの……古泉くん」
「はい?」
 顔を上げる。クラスの女子達が数名何やら愛想笑いを振りかざしながら、僕を囲んでいた。
「あのね、今度のクリスマスの日、予定あいてる?」
「クリスマスですか?」
 何かのお誘いごとだろうか。だが残念なことに僕は彼女たちの氏名すらよく覚えていなかった。中央に立っている少女が少しだけ涼宮さんにも似た輝く瞳を持つ可愛らしい女子だと思って、以前に教室の中で目を留めたことがあるなと思ったくらいだ。
「あのね、文化部の有志合同のクリスマスパーティーを開くことになったの。よかったら古泉くんも来ないかな?」
「文化部有志……なるほど」
 SOS団も、もともとは文芸部。……文化部になるのか?
 そんな活動がこの校にあることをはじめて知り、感心はしたものの、残念ながら断るしかない。
「申し訳ないのですが、その日は別の用事が入ってますので、辞退せざるを得ませんね……。すみません」
「「「「えええええーーー」」」」
 同時に女子たちが声を合わせた。
 僕はびっくりして見上げる。
「もしかして……またあの変な部活じゃないわよね? 古泉くん」
「は?」
 さっきの女子が首を傾げるような仕草で斜めに僕を見下ろして尋ねてきた。
「ええ、まあ、そういうことです。団長が何か画策しておいででしたので、予定を開けておくべきと認識してます。本当に申し訳ないのですが」
「……ふうん。まあ気が向いたら、途中でもいいから顔出してね。これ、渡しておくからっ」
 彼女は僕の机に、地図の書かれたビラを残すと、他の女子達を連れて退散していった。彼女たちが去った後に、周りの机に座った男子から突き刺さるような視線が向けられたのは何故だろう。
 目のやり場に困った僕は俯いてビラを改めてみた。
 そこには……

 【 1年合同☆クリスマス☆合コン会のお知らせ 主催:文化部有志会 】

 と書かれていた。合コン……。それは少しパーティーとは違うのではないだろうか?

→→つづき(契約愛人11)


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Last-modified: 2008-03-19 (水) 17:22:42