契約愛人(会→古(?)キョン)2~


●第1章  会長

 その日、部室を早々に出なくてはならないのには理由があった。
 昼休みも終わりかけた頃、廊下を歩いていた僕に、学内にいる協力者の一人から伝言を預かったのだ。
『会長が呼んでる。放課後に来て欲しいって』

 会長、というのは生徒会長のことで間違いあるまい。
 生徒会長は2学期初めの会長選挙において、涼宮さんが想定する生徒会長キャラが一番似合いそうだったという理由だけで、我々「機関」が後押しして当選させた上級生のことだ。
 クールで冷静なハンサムな雰囲気や、尊大そうな態度などが選ばれた理由で、素行のすこぶる悪かった彼を僕をはじめとして幾人かで説得して手懐け、かなりの根回しや資金などを使い果たして漸く当選させた人だった。
 僕自身は生徒会に入る予定はないので、あまり生徒会室に呼び出しなどしてほしくは無かったが仕方がない。
 まだ涼宮さんの前に彼が現れるのは早すぎるので、1年の教室まで来てもらいたくもないし。
 腕時計で指示された時間より五分ほど早いことを確認してから、僕は生徒会室の扉をノックし、ノブを回した。

「よお、古泉、来たか」
 会議用のテーブルの上に書類を広げ、椅子に腰掛けながらそれに目を落としていた会長が顔を上げた。
 他の生徒会のメンバーはいない。もう帰宅したのだろう。
 それよりも、僕は彼を一瞬だけ厳しく見つめた。度は入っていないが眼鏡は常にかけていて欲しいと頼んでいたのに、外して胸ポケットに収まっている。
 しかし、それでもまだ……いいほうだろう。
 このドアをいつ誰が開けるかわからないという危険性を考慮して、眼鏡を外した以外は我々の指示したとおりにしてくれている。足をテーブルに乗せない、煙草をすわない、シャツのボタンは外さない、などの基本的な事項が守れないのがこの人だ。
「相談事と聞きましたが、どうかされたんですか?」
 声をかけると、会長は面倒そうにうなずき、書類はそのままに椅子から立ち上がると、会長用の椅子に座りなおした。
「施錠を頼む」
「はい」
 僕は生徒会室のドアに鍵をかけた。
 それから会議用のテーブルから椅子を一脚運んできて、彼の近くに置き、そこに腰掛ける。
「お話はなんでしょうか?」
 会長は既にジャケットの内側から取り出した煙草に火をつけて、紫煙をくゆらせながら、僕の行動を見つめていた。
 そして煙草をくわえたまま面倒そうにため息をつく。
「昨日……渋谷で、お前のとこの多丸……なんとかって奴に捕まったよ」
「ああ、その話ですか。聞いてます」
 僕は頷いた。
 昨日の夜、この人は渋谷の繁華街の隅にあるいかがわしそうな店に入ろうとしていたところを、機関のメンバーに見つけられて咎められていた。彼を生徒会長にするために巨額の資金が動いている。補導などされてしまえば、それをもみ消すのは大変な作業になるのだ。
「冗談じゃない。俺の私生活までとやかく口を出してくるなんて、俺は聞いてないっつーの。どうしてくれる、古泉」
 会長ははき捨てるように言った。
 僕は困って眉を寄せる。それ以外どう表情を作ればいいんだ。
「あまり治安のよくない場所だと聞いています。申し訳ないですが、しばらくは我慢なさってください」
「なんだと?」
 会長は僕を冷たい視線でにらみつけた。
「俺はお前たちの人形になれっていうのか?」
「そこまでは言っていません。しかし、生徒会長という立場は守っていただかないと困ります。あまり軽率な行動はして欲しくないんです」
「……あのな」
 会長はこれみよがしの溜息をついて見せてから、改めて俺を見つめた。
「俺の行きつけの店がどんな店か知っているのか?」
 その瞳に走る好奇な色を見つけて、僕は嫌な気分になりながら頷いた。
「……風俗店のようなところだと聞いていますが」
「そうだ」
 会長の唇の端がつりあがる。
「快楽を求める場所だ。そこでしか味わえない。……俺の満たされない欲求はどうしてくれるんだ?」
「……必要なら……手配はできると思います」
 ますますダウナーな口調で答える。
 僕のここ数年の生活の中に、色欲などという色っぽいキーワードはほとんど出会えない。
 これでもいっぱしの思春期真っ盛りの高校生ではあるのだが、恋愛にあこがれる暇などなかったのだ。上級生の性の世話の手配など考えたくもなかった。この人にプライドはないのか? そんなことを下級生に相談してどうする。
「森……だっけか? あの人にさっき電話したんだ」
 天井に向けて紫煙を吐き出しながら、会長が肩をすくめてみせた。
「森さんに……?」
 女性にそんな卑猥な相談をするなんて。軽くむっとしたけれど、彼女に相談するのは妥当な行動かもしれない。
 浮かんだ感情は見せぬように殺して捨てながら、僕は会長を見つめた。
「あの女にも、同じようなことを言われたから、尋ねたのさ。……それじゃ、古泉を借りてもいいか?ってさ」
「……は?」
 勿論、真剣に聞いていた。
 だけど、どうして唐突に自分の名前が呼ばれたのか意味がわからなかった。
 会長は立ち上がり、煙草を灰皿に押し付けると、ゆっくり近づいてきた。僕は椅子から立ち上がりかけながら彼の言葉を聞いている。
「お前ならかろうじて俺の相手をつとめてくれてもいい。……そうしたら、あの女、なんていったと思う?」
「えっ? ……」
 身の危険を感じた。
 椅子から離れて後ろに下がると、すぐに壁に背中が当たった。
 会長が近づいてくる。生徒会室のドアを振り返る。逃げよう、と身をよじったが、遅かった。
 伸びてきた上級生の腕が両肩を押さえつけてきて、唇を無理やり重ねられた。
 苦い煙草の味のする口付け。全身が総毛だった。
「!!!!! ちょ……ちょっと」
「逃げても無駄だ」
 足首を強く蹴飛ばされて、身を持ち崩して、床に膝をついたところをそのまま仰向けに転がされた。
「ちょ……ちょっと!!」
「……おとなしく……しろ。大声を出して助けを求めてもいいが……、俺は会長でいられなくなるぞ?」
 陰湿な笑みが、目の前で揺れた。……確かに……そうだ。
 しかし、このままでは何をされてしまうやらだ。覆いかぶさってくる体を両手で押し返しながら、僕は精一杯睨み返す。
 ぴちゃり。
 生暖かいものが耳の後ろを撫でた。頭を抱えられるようにつかまれて、首筋を舐められていた。
「……やめ……て下さい!」
「悪いがムカついているんでね。優しくできるかは保障しないが」
 前髪を捕まれて、額ごと床に押し付けられる。抵抗はしているのに、膝を斜めに体にかけられ、呼吸するので精一杯だ。
 ちょっと待て!
 冷静になって。
 叫んではいけない。だから必死で会長の耳元で言い聞かせる。しかしそう言っている間に、首から抜き取ったネクタイで手首を後ろ手に縛られてしまった。
「……!!!!」
「フン。……いい光景だな、古泉」
 一仕事終えたような爽快な笑みを浮かべ、会長は身を離し、ジャケットを脱いでテーブルへ投げると、自分のネクタイを緩めて抜いた。
「……ど、どういうことですかっ」
「まだわからないのか?」
「森さんはなんて答えたんですかっ!!」
 森さんに限ってこんなことを許可するとは思えない。
 ……いや、多分ない。無いと言ってくれ。
「彼女は……」
 会長はネクタイを抜いて、それも使って、僕の手首をさらに固く結んだ。
 それからシャツのボタンをひとつずつ外し、舐めるような視線で床に転がっている僕を見下ろす。
「そそるな、古泉」
「勝手なことを言わないでください。……男色趣味者だなんて聞いてなかった……」
「それはお前の情報収集が甘いな。俺は昔から、そういう店に入り浸ってたんだ。しかし、ノンケを犯すのは気が進まないかもな。間違いなく裂けるだろうし」
「……」
 壁際に5cmほど逃げた。
 恐ろしいことを言われた気がする。
 さらに会長は座り込んで、真剣な眼差しで尋ねてきた。
「お前、いい旦那紹介してやるから、今から犯されてきてみないか? 小遣いも5万くらいは貰えるし、たっぷり優しく時間をかけてねっとりと慣らしてもらったほうが、体にもいい」
「………………」
 返事なんかするものか。
 精一杯の抵抗で、背中を丸めて壁際に転がった。本物の超能力者よろしくサイコキネシスとか使って、難を逃れたいところ……しかし望んだところで僕は神じゃない。そんなことできるわけがない。
「……」
 何故かその時。唐突に、彼が、胸の中に浮かんだ。

 深入りはしない。否定も肯定も非難も賞賛もしない。
 ただ自分ができることがあれば、言ってくれたら考えてやろう。仕方ないから。
 彼は……そんな人だ。

 とはいえ、こんな状況を助けに来てくれるほど、彼は万能のヒーローではない。
 そして助けを求める方法もない。
 むしろ方法があったとしても、助けて欲しいんです、なんてとても言えるわけがない状況ではある。
 壁に額をつけたまま、小さく息を吐いた。なんでこんな目にあわなければならないのだろう。
 だけどこの人を会長にしようと選んで、彼を後押しして働いたのは事実。今更後には引けない。
 ……ここは我慢して言うとおりにしたほうがいいのかもしれない。
 きっと痛いことをされるのだろう、と恐怖がこみあげてくるが、必死でそれを飲み込んだ。
「観念したかね?」
 シャツのカフスボタンを外して、筋肉でしなやかにしまった上半身をはだけながら、会長が笑みを浮かべた。
 なるべく視線を合わせたくない。しかし逃げられないのはわかっている。諦めの感情をじっくり胸に刻みながら、ゆっくりと彼を見上げた。
「森さんは……何て言ったんですか?」
「……ん」
 僕の上に跨り、シャツのボタンを外しながら、会長が覆い被さってくる。
 抱きしめられて、髪を撫でられ、唇を重ねてくる。……これがはじめてだなんて……口が裂けても言うものか。
「……だか……ら……、森さんは?」
「黙って」
 まさぐる指が、乳首をつまみあげてくる。電気が走ったような甘い痺れが全身を駆け巡り、慌てて唇をかみ締めた。
「……声を出せ、古泉」
 耳元で掠れる響きのよい声。
「いや……だ」
「思いっきり痛く突っ込まれたいか。血まみれになるぞ」
「………………」
 あんまりな言葉に、目の端から涙が滲んで頬を伝った。
 会長は一瞬だけ口元を歪め、唇を重ねてくる。舌が潜り込んできて、混じりあおうと何度も誘いかけてくる。
 心地よくなど無かった。
 艶かしくていやらしくて、背筋がぞっとするばかりだ。
 しかし彼の不興を買うのも、また恐怖ではあった。男の体が、同性の性的交渉の相手として、順応するものではないことなど教えられなくてもわかる。後ろ手に縛られ、抵抗できない状況では、この身を人質に取られたのも同じ。おとなしく言うことを聞いていたほうが良いということは……わかっている。
「古泉……」
 薄い笑みを浮かべ、会長は頬を伝い続ける涙を舌で攫った。
「大丈夫だ……なるべく大事にする」
「……」
 そんな優しい言葉……今更要らない。
 肌を触れる唇に、喉が掠れた。こらえようとすると歯をたてて、強く噛み付かれる。
「……ひっ……うぅっ……」
「いい声出せるじゃないか……古泉」
 髪を撫でて、会長が笑う。冷たく叩きつけたあとで、優しく拾い上げて撫で付ける。彼はそんなタイプのようだった。
 さんざん体を舐められ、撫でられ、甚振られた後で、会長は僕の頭を膝に乗せるようにして座り込んだ。
「暫くセックスともご無沙汰だったからな……、すぐにイけそうだ。古泉……口でイかせてくれたら……今日のところは許してやる」
「はっ?」
「口でやれ、って言ってるんだ」
 ベルトを緩めて、下着をおろした彼のそそりたっているソレを舐めろ、と言われたのだと気づくのに何秒もかかってしまった。天井に向くほど強く逞しく脈動している、巨大なブツ。
 自分と比べてどうこう……とは言わないが、見た瞬間に恐怖を感じるほど大きかった。
「口でするのが嫌なら、お前の穴に突っ込むが、どっちがいいか?」
「……………………」
 黙っていると会長の手が、僕のあごを掴み、頬にそれをぴたぴたと当てた。
 そして口の中に指を差し入れ、無理やり含ませてくる。
「うぐ……あぁ……んっ……うう」
「いい声だ。ちゃんと含め」
 汗ばんだそれをくわえさせられ、仕方なく舌を動かした。
 もうプライドなんてどこにいったんだろう。
「動くな」
 あごを抱えたまま会長の声が突き刺さる。
 動きを留めた僕の口に、会長はゆっくり腰を動かして進み始めた。
 喉の奥まで簡単に届いて、呼吸が止まる。しかし口を閉じられない、歯もたてられない。
「はぁ…………んぅっ……あう……んっ」
 動きがだんだん早くなってくる。
 のどの奥まで突かれ続けて、呼吸が苦しい。
 床に再び押し付けられて、口の奥まで太いモノが何度も上下する。呼吸困難の一歩手前で意識が朦朧としてきた時だった。口の中に生臭い苦い柔らかなものが吐き散らされた。
「……けほっ……げほっ」
「吐き出すなよな」
 気持ち悪さに肩を上下させていると、掌で口を覆われた。
 泣きながらやっと飲み込んで、呼吸を整えていると、シャツのボタンを勢いよく外されて、ズボンのベルトに会長は手をかけてきた。慌ててその腕から逃れようと身をよじる。
「……口だけで……いいって」
「お前だって生殺しだろう? イかせてやるよ」
「……遠慮……しておきますから。早く……腕を解いてください」
「嫌だね」
 右腕で上半身を再び床に押し付けられて、ズボンを解かれる。
 有無を言わさず、下着の中から取り出されたそれを、会長の指が強く握り締めた。
「あう……っ」
「いい表情するな、古泉。期待以上だ」
「……も、もう……許して下さい」
「無理だな。俺を満足させるのがお前の仕事だ。痛い思いをしたくなければ、せいぜい可愛い声で喘いでみせろ」
「…………」
 絶望的な思いで、僕は会長を見つめた。
 クールで繊細そうに見えた美形は、爛々と瞳を輝かせて面白そうに僕を見下ろし、指で刺激を与えてくる。
 身をよじって悶えながら、諦めて目を閉じた。
 悔しくて、空しくて、心の中がもうぐちゃぐちゃだ。涙が溢れてきて、嗚咽が喉から溢れる。
「……古泉?」
 触れて握っていた指が離れて、不安げな会長の声が聞こえた。また優しいモード? でもだまされてなるものか。
 しかし自分の事態が深刻になっていることに僕は気づくのが遅れていた。嗚咽を繰り返しながら、息苦しさになぜか悶え苦しんでいた。吐き出すばかりで吸うことが出来なくなっていたのだ。苦しくて喉を押さえて必死に吸う。しかし吸うのを邪魔するように、激しい嗚咽が止まらない。体のどこかに変なスイッチが入ってしまったかのようだ。息が、苦しい。……苦しくてまた涙が溢れる。
 ひっ、ひっ、と喉が甲高く音をたてた。
 息ができない。苦しい。……気が遠くなる。
「古泉、しっかりしろ!」
 会長の腕が再び僕を包み込む。抱きしめながら背中をさすり、耳元で「……すまない」と謝る声が聞こえた。
「悪かった。少しやりすぎた。……落ち着いてくれ、頼む」
「……うー……うっ、うっ」
 声が漏れた。
 離して欲しくて、身をよじる。しかし会長はまだ離してくれない。
 背中をさすり、ただ腕に抱いてくれている。抱きしめられることに僕は慣れていないし、それも同性の相手というなら尚更だ。彼の温もりをけして快くは感じていなかったが、だけどその腕の中で僕はしばらくして落ち着きを取り戻し、力のぬけた体を彼の胸にもたれて、ようやく呼吸を整えた。
「……落ち着いたか? 水でも持ってこよう」
「はぁ……」
 会長は僕を引っ張り上げるように立たせて、近くの椅子に腰掛けさせた。縛られていた手首も解いてくれた。
 そしてコップに水を汲んできて手渡し、自分は正面に腰掛けた。
 僕は俯いたまま、受け取ったコップの水を一口含んで、ため息をついた。
 乱れきってヨレヨレになった自分の姿を一度だけ見下ろす。シャツどころか、ズボンや下着まで乱れて、ひどい有様だ。
「古泉」
 会長が呼んだ。
「……少しいじめすぎたようだな。……悪かった」
「謝るなら……最初から……」
「全くだ」
 会長は苦笑して、僕のほうに腕を伸ばしてきた。
 また何かされる。本能的に恐怖を感じて、思わず身を引く。届かなかった指先を宙に留めて、会長は僕の心まで覗き込むような鋭い眼差しになった。
「お前はもっと強かな性格かと思っていたよ。あれくらいのことでパニックを起こすとは……意外に純情なんだな」
「……」
 さんざん恐ろしいことを耳打ちされていた気がする。あれくらいのこととか言うな。
「正直に言うと、お前みたいな完璧なノンケを相手したことがない。……困ったな……どうしたらいいんだ?」
「……もう冗談はやめると言って、二度としなければ……それでいいです」
 僕はシャツのボタンをとめながら答える。指先が細かく震えていておさまらない。そのせいで何度も失敗した。
 会長が椅子から立ち上がり、代わりにボタンをはめてくれた。
「それは……却下だな。俺は本当にお前が欲しくなってしまった」
「は?」
 顔を上げる。
 会長の表情が真正面にあった。体に電気が走って金縛りにあったような痛みが走る。……怖い。
「……お願いだから……もう許して下さい」
「嫌だ。欲しいものは諦めたくない」
「……」
 言い知れぬ悪寒。
 恐怖にとてもよく似た絶望に近い感情が胸を支配した。
 この人はまだ……僕と卑猥なことを繰り返したいと言っているのだ。
 わかりやすく青ざめてしまったのかもしれない。会長は乱れた自分の髪を指ですくって撫でつけながら、意地悪そうに笑う。
「そういちいち怯えるな。……もしどうしても嫌だというなら、俺を会長職から外して、違う奴を据えつければいい。俺は叩けばいくらでも埃が出るんだからな」
「それは……」
 僕の意思だけで済むことを、「機関」に迷惑をかけるのはどうなのだろう。
「あなたの選定には僕も関わりました。……あなたを当選させるのに多額の資金も費やしていますし、会長選挙は既に終了しています。今更、難しい話ですね」
「そうだろうな」
 会長は煙草に火を灯した。
「だが、俺もこればかりは譲れない。性的欲求は生理現象の一つだからな。これを抑えつけて1年余りを過ごせというのは我慢ならんな。……そして、先々はともかく、俺は今、お前を一番苛めたい」
「……」
 飽きてもらうまで、僕はこの人に嗜虐的行為をされ続けなければならないということか。
 今すぐ舌を噛んでしまいたいくらいの嫌悪感が全身を通り抜ける。しかし……無碍に断ることも出来なかった。
「少し……考えさせてもらえませんか?」
「2時間だ」
「は?」
「考える時間だ」
 会長は足を組んで、煙草の煙を溜息のように吐き出す。
「今が6時を少し回ったところだな。夜の8時までに答えを出せ。YESならホテルをとっておく。NOなら、こないだの店に向かうだけだ」
「……!!!」
 み、みじかっ。
 貧血になりそうだ。
 そんな僕の狼狽ぶりが会長は楽しいらしい。くっくっと喉を鳴らすように笑って、もう一度僕の頬に触れた。
「期待してるぞ、古泉」
 ジャケットをはおり、鞄を掴みながら会長は、ポケットから紙片を取り出し、僕の前に置いた。
「……これが俺の携帯のメアドだ。登録しておけ」
「……」
 受け取って頷くと、会長は最後にもう一度、僕を見下ろして、髪をぐしゃりと掴む。
「悪いな。それじゃ。……それから施錠は頼む」

 遠ざかっていく足音。
 ドアが閉まってから、僕は大きく吐息をついた。
 悪いな、とか勝手に謝るな。どうして他人の玩具なんかにならなきゃいけないんだ。
 絶対に、絶対に嫌だ。
 そんなの嫌だ。
 テーブルに顔を伏せて、握り締めた拳を強く叩き付けたとき、……不意に携帯電話が鳴り響いた。
 浮いた涙を急いでぬぐい、電話に出る。

「はい」

『古泉? やっと繋がりましたね』

 森さんだった。見知った声に心から安堵する。
「……すみません、暫く携帯から離れていて……。何度か鳴らしてくれていたのですか?」
『生徒会長と会いましたか?』
「……」
 またそれか。
 僕は言葉を飲み込んで、目を強く瞑った。
「……会いました。いえ、会っていました、彼はもう下校しましたが」
『そうですか。……酷いことはされていませんね?』
「……酷いことって……」
 そうだ。
 あの人は森さんに相談したとか言っていた。森さんは……なんて返事をしたんだろう。
「あの……」
『古泉を自由に抱かせてくれるなら、あの店にはもう行かない、と彼は言いました。……そんなことを言われても私にはどうすることも出来ません。だから、相談してみて下さい、とあの時は答えたんです。しかし、不安になってきて……大丈夫だったかな、と……』
「相談……!?」
 今のが相談!?
 僕は口をぱくぱく動かした。いや、森さんもそこで断ってくれたら……と思ったけど、あの会長が相手なら仕方のない気もする。
『彼の元には、今から多丸さん達に向かってもらって、他の選択肢を考えてもらえるよう頼んでみようと思っています。プロの人……というのもおかしいですが、彼の向かっていたお店によく出入りするような少年に交渉するのは可能でしょう。少々金額は張りますが、今から生徒会長の代役を探すよりはまだマシでしょう』
 それが叶うなら願ってもいないことだけど。
 会長の態度から、それをすぐに受け入れてくれそうには僕にはとても思えなかった。
「もし……それでも僕がいいと言われた場合は……どうしたらいいんでしょう?」
『それは……その時に考えましょう。……古泉、大丈夫ですよ』
「……」
 森さんの優しい声に、僕は胸の中に抱いた氷がゆっくり解けていくような安堵を味わった。
 溶けた氷があたたかな水となって、ほおをつたって流れる。
 しかし気づかれたくなくて、涙を急いで腕で擦ってから僕は立ち上がった。
「何かあったら教えてください。……僕は今から下校します」
『わかりました』
 森さんとの電話を切って、僕は乱れてしわだらけになった服をなんとか身に着けて、人目を忍ぶようにして廊下に出た。生徒会室の施錠をして、鍵を返しに行き、それから校舎を出て、校庭に下りた。
 日が沈んだあとの藍色に染まり始める世界。校庭にまだ出ている部活動の生徒達も帰り支度を始めているようだ。
 歩きながら大きく息を吸い込んだ。
 その時、後ろから「よっ」と声がかかる。
 振り返ると、彼が、いた。
「まだいたのか古泉、帰るって言ってなかったか?」
 並んで歩き出しながら、どうでもよさそうに彼が尋ねてきた。正確に答えなくても気にしないだろうけれど、僕は答えられる限りのことを笑顔を作りながら話した。
「学内にいる機関の協力者と懇談していたのですよ」
 話せるのはここまでだ。心の内側まで彼は覗き込んだりしないと知っている。
「またそれか」
 彼は面倒くさそうな顔をして、「なんかコソコソやってんじゃないだろうな?」と小さく尋ねる。
「ふふふ、どうでしょうね。……その方を皆さんにご紹介する機会はきっと来ると思います。ただし、もうしばらく先の話になるでしょうが」
「へぇ……期待せずに待っておくとするか」
「そうしてください。さて、僕は今日はあちらに用事があるので、ここで失礼しますね」
 校門のところで、あえて彼とは違う道を通って帰ることにした。
 僕の家は、途中までは彼と同じ道のりを通る場所にある。でも今は一緒にいたくなかった。
「なんだよ、これからまた出かけるのか?」
「忙しいんですよ、これでも」
 数歩離れてから視線を感じて振り返ると、彼は僕のよれよれになった制服に目を止めた。しまった、と思ったがしょうがない。
「……お前喧嘩でもしたのか?」
「そんなことをしそうな風に見えますか?」
「さあな? お前のことはよくわからん。まあいいや、それじゃ明日」
「ええ、また明日」
 背中を向けて去っていく彼と、僕も歩き出す真似をしながら離れた。

 神と共に手をとりあい、光の道を歩んでいくのが彼なのだとしたら、
 僕はその二人の影の中でしか生きられない籠の鳥。

 心配などかけてはいけない。
 きっと話したり悟られたところで、気色悪いと思われるに違いないし。
 ただそれでも。そうだとわかっていても。

 彼に会えたことで僕の胸は少しだけ勇気づけられていた。

<つづく>

 
  • 会長に悶えました…!超GJ!出来ることなら続きをお願いしたいです。いい会長をありがとう -- 2007-10-20 (土) 12:36:12


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Last-modified: 2008-01-30 (水) 23:19:07