契約愛人(会→古(?)キョン) ~


●プロローグ

 例えば、あなたがたまたま誘われて入った部活動のメンバーが、神、宇宙人、未来人だったとしたらどうします?

 最近、部室で僕はそんなことをよく考える。
 例えば、どうして彼は、平気な顔をしていられるのだろう、とか。
 僕の席の真向かいで、机の上に広げたチェス盤をにらみおろして、難しい顔をしているのは同じ部員である同級生。
 彼のことは既に「機関」が調べてくれている。
 まったくもって普通の人間であるということだった。
 だけど、彼は既に知っている。文芸部室を乗っ取った形で存在している、このSOS団という部活部屋の中に集まる生徒達が皆、<普通の人間>ではないということを。
 彼と僕以外に、今、同じ部屋にいる三人の美少女。
 コンロにかけたやかんに温度計を差し込み、温度を熱心に測っている豊かな茶髪の文句のつけようのない色白の美少女は、未来から送り込まれてきた少女、朝比奈みくる。
 窓際に運んだパイプ椅子に姿勢よく腰掛けて、分厚い本の細かい文字の上に無心で視線を走らせているショートヘアの少女は、この宇宙を統一する思念から、ある対象を近くで観察するだけのために作られた対有機生物用のヒューマノイド。簡単にいえば地球外生物、宇宙人と言ってもいいかもしれない。我々の前では長門有希と名乗っている。
 そしてもう一人。
 放課後の窓の外に広がる夕焼けの空をバックにして、ノートパソコンに夢中になっている好奇心にいつも瞳を煌かせている「団長」の腕章をつけた彼女、涼宮ハルヒは……、僕ら「機関」が呼ぶところの<神>という存在。
 本人は無自覚ではあるものの様々な能力を持っている。次元の中に新たな異次元を作り出す能力、願望を実現化させる能力、僕達「機関」のメンバーは彼女から特殊能力を与えられたと認識している者も、僕を含めてとても多い。
 つまり、この部室の中には、今この瞬間に、未来人、宇宙人、神、そして最後につけ加えるなら超能力者である僕、古泉一樹が存在している。そして一般人である筈の目の前の彼と。

 このSOS団が作られた理由は、涼宮さんに対して彼が助言したことがきっかけになっているらしい。
 そして涼宮さんは、宇宙人や未来人や超能力者に会える様な部活が作りたいと、心から願望し、彼女を観測していた宇宙人と、彼女を調査しに来ていた未来人と、彼女を見守る為に転校してきた超能力者の僕を集めてしまったのだ。
 僕はこの場所へは、一番最後にやってきた。
 少し遅れて転校という形で高校に編入したことが、彼女の興味をそそって、「謎の転校生」という肩書きを気に入ってもらえたらしい。
 あの時のことは忘れられない。
 上機嫌な涼宮さんに部室まで案内され、文芸部室に入りその所属メンバーを見回した時は、流石に背中に冷たい汗を感じたものだ。未来人と宇宙人、そして神。彼らがそれぞれ美しい少女の姿をして、僕を見つめていたのだから。

 怖い、と思った。

 とって食われるとまでは言わないが、閉鎖空間で神人と戦うことよりも、余程、生命の危機に匹敵する危険を心の内側に自覚した。未来人が何の目的で其処にいるのかわからなかったし、宇宙人に関してはもはや人間ですらない。神のご不興を買えば、存在ごと消されても文句を言う暇もないだろう。
 「機関」には、涼宮さんに選ばれた、という思いを大切にしている人たちも多い。
 涼宮さんと同じ学校の生徒として、「機関」の任務に参画する筈だった僕は、彼女にさらに選ばれたことになる。光栄にも思いつつ、同時に強いプレッシャーも感じずにはいられなかった。
 ゆっくりと気づかれぬように息を殺した僕を、一人だけ、つまらなさそうな呆れ返った表情で彼が見ていた。
 「機関」から渡された資料には、彼のこともあったから、一般人の彼がそこにいることについては驚かなかった。
 涼宮さんにきっかけを与えた人間。それから彼女は彼に好意を持っているかもしれないという憶測から、転校が決まる前から機関の会議では幾つも仮説がたてられ、喧々諤々の会議も日々繰り返されていた。だから勿論、彼に対しての興味もあった。
 彼は唯一、普通の人間なのに、涼宮さんに選ばれた特別な存在。
 そして、涼宮さんに拾い上げられた異種な逸材の宇宙人、未来人、超能力者。
 神の気まぐれと我侭と無邪気な好奇心から始まった世界。それがSOS団。
 その頃の僕は、そう考えていた。

 否、そう思うので精一杯だった……心からそう思う。

 ****

 あれから幾ヶ月か過ぎて、彼と彼女をめぐる事件や事象が幾つか過ぎていた。
 彼はその話を全ては教えてくれないので、僕にはその話から知りえた情報や、別口から仕入れている情報を頭の中で混ぜ合わせて真実に少しでも近づこうとしている。
 正直、時々はムシャクシャと感じることもあった。
 なるべく知りえた情報は彼に提供しているつもりなのに、彼の方は僕に積極的に頼ってくることはありえない。
 学内にいる協力者などから教えてもらう情報を聞いて、時々はむっと感じることもあった。
 しかし。
 それよりも、僕は彼を知れば知るだけ、新たな疑問が沸いてくるのを感じてもいた。

「……ほんとにその手でいいのか?」
 机に肘をつきながら、彼が顔を苦笑で滲ませて薄ら笑いを浮かべる。
 言われて盤上を見直す。守りの要にするつもりで並べていたクイーンを、彼のビショップが狙える位置にある。
「おっと……危ないところでしたね」
 慌ててクイーンを安全な位置に退避させる。奪われていたら次の一手で王手にされていた。
「次は何か賭けてみるか?」
 にやり。悪戯っぽく彼が笑うのに、僕は困った笑みを作って応対する。
「さて、どうしましょうかね」
 どうしても僕は彼にゲームでなかなか勝つことができない。
 盤上の彼の駒の動かし方を分析して、彼の心理状態を分析しているんだ、なんて言ってもきっと負け惜しみにしか思われないだろうし、ここは素直に弱いことを認めてしまおう。

 僕は彼には永遠に勝てないのだろう、と知っている。

 SOS団を構成するメンバーが、未来人、宇宙人、神、超能力者、そして「神に選ばれた鍵人物」。
 無自覚な涼宮さんを挟んで、3つの組織に属する存在がそこに集まる。次元も時間も超越した想像を絶するメンバーだ。 SOS団に所属するということは、朝比奈さんや長門さんともうまく付き合っていかなければならないということ。人畜無害そうな笑顔の仮面を被って、人当たりのよさそうな雰囲気を演出し、涼宮さんの優秀な頭脳を落胆させないだけの雑学をなるべく身につけ、僕は毎日そこに通い続けた。
 そして少しでも不思議な動きがあれば、それを機関に報告した。
 繊細で慎重な作業だった。怪しまれるようなことが少しでもあれば、それは自分の命取りにすらなる気がした。
 ちょっとしたスパイ映画並の毎日。やっていることは地味でも、機関の人たちにも感謝されて小さな誇りにも繋がっていたのだけど。

 ……彼は違った。
 最初から全然違ったのだ。

 彼にとって宇宙人は、地味でおとなしい自己表現の下手な長門有希でしかなかった。
 彼にとって未来人は、チャーミングで愛らしい天然系のおっとりした上級生朝比奈みくるでしかなかった。
 彼にとって神は、頑固で生意気で何をしでかすかわからない台風のようなクラスメイト、涼宮ハルヒでしかなかった。

 彼女たちの為に、振り回されて、時空を超えて、命すら狙われてきたというのに、彼のその態度だけは少しも揺るがなかったのだ。今も、そうだ。

 ……とてもかなわない、と思う。

 僕が朝比奈さんを見るとき、どうしても彼女の行動のどこかに秘密があるのではないかと探ってしまいがちだし、長門さんの揺らめく視線の先に彼がいるのに気づいた時、テレパシーで会話しているのではないかとすら疑いすらしてしまう。
 けれど彼は違う。
 彼は僕らが普通の人間でないことを知りながら、まるで通常はそれを忘れてしまっているかのように振舞う。

 ……何かあったら、頼ってくれ。

 僕らが涼宮さんという神を中心に目的があって存在していることなど、きっと彼にはどうでもいいことなのだ。
 受け入れて納得して、巻き込まれることも嫌がらず、そして必要がないのなら普段通りに日常を過ごしたい。
 それが彼のスタンス。
 僕には到底真似できない。
 涼宮さんの不興を買えば、この世界ごと消えてしまう可能性を知っているのに。それでも意見が衝突するたびに、平気で涼宮さんを怒鳴りつけられる。
 それはすごいことだった。彼が叱りつけたことで、閉鎖空間が新たに発生したことはある。しかし処理をするまでもなくそれは自己消失して消えていった。涼宮さんは、彼から学んでいるのだ。色んなことを。

 尊敬を超えた、羨望という思いがいつしか胸に芽生えていた。
 隣を歩いていても、彼は遠く遠く思えた。
 彼が歩いているのは、僕が進む道よりも、はるかに高い位置にある涼宮さんと同じステージ。
 永遠に追いつくことはない。

 自分の卑小さを苦く思う日々。
 だけどその感情にも慣れてしまった。
 結局、負けてしまったチェスの試合。
 僕は明日以降、どこかでコーヒーを奢ることを彼に約束して、部室を先に暇することにした。

<つづく>

 
  • fZkahSOrTCZEW -- wjuxuwp? 2009-07-03 (金) 10:47:48


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Last-modified: 2009-07-03 (金) 10:47:48