国谷(別作者による続き)

 

「最近、お前ら仲いいな」
キョンが僕の目の前でいちご牛乳のストローをくわえながら言う。
どうでもいいけど、いちご牛乳とカレーってどうなの? 味覚はおかしくならないの?
っていうか、お弁当にカレー持ってこないでよ。教室がカレー臭くなるから。
「うっせえな。これはちょっとした手違いだ! 俺の所為じゃない!」
分かってるよ、そんなこと。
ちょっと苛めたくなっただけだからそんな怒んないで。
「お前……。まぁいいや。それより最近しょっちゅう二人で遊び回ってるだろ。
 ず……ずりぃじゃん。たまには俺も混ぜろよ」
キョンが少し拗ねた顔をする。あらら、やきもちなんてキョンも可愛いところがあるんだね。
「だってキョンは、休みはいつも涼宮さんたちと一緒じゃない。
 ぼくらは寂しい者同士でくっついただけだもん。ねー、谷口」
そう言って、日の丸弁当の梅干しを口に入れようとする谷口を見る。
梅干し一つ食べるのにそんな大きな口開けちゃって……。
無防備で可愛すぎるから他の人の前ではしないでって、後で言い聞かせなきゃ。
大口を開けたままの谷口は僕とキョンの顔を見比べて、
「んあ?」
と小首を傾げた。その仕草も無防備でかわい(ry
「あーもーいいよ。とにかく、今度どっか遊びに行かないか」
「キョンがそんなこと言うなんて珍しいね。涼宮さんはいいの?」
「俺はあいつの子守役じゃないんだよ。映画とかどうだ?」
「何が悲しくて男三人で映画なんか見に行かなきゃならないのさ。
 女の子と行きたいよそういうのは……あ。でもいま見たい映画があるんだよね」
「俺、あれが見たいんだよ。海賊のヤツ」
「涼宮さんと行けば?」
「だぁから、俺はあいつの子守じゃねーんだって!」
僕とキョンがこうした他愛もない会話を重ねている間、谷口は僕とキョンの顔を交互に見ながらもくもくと弁当を口に運んでいた。


 僕らの思いが通じ合ったあの日。
あの後、僕は嬉しくって少しだけ無茶をした。
嫌がる谷口をなんとかベッドに押さえつけて、はねのけたりできないように左の手首と足首を紐でくくった。
恐怖に支配されていたそれまでの顔とは違う、被虐の悦楽に潤んだ目をした谷口はきっとキョンやクラスのやつらの知っているどの谷口とも違うだろう。
オールバックにしていた前髪がぐしゃぐしゃに乱れて、涙で充血した目にかかっているのを目視した瞬間、僕はありとあらゆる理性がいっぺんに吹き飛んでしまった気がした。
どんなにひどい言葉で攻めても、僕の跡と粘液でどれだけ肌を汚しても、指で焦らしても、無茶苦茶に貫いても足りなかった。
僕はまるで谷口と一つの個体に溶け合うことを求めるかのように、自分より大きい谷口の体を抱きしめまくった。
谷口はそんな僕の無茶な欲望に振り回されて、恥ずかしがったりすすり泣いたり泣き叫んだり忙しかったけど、本当の意味で僕を拒絶したりはしなかった。
苦しいくらい僕の首に縋り付いてくる腕に何度も抱きしめ直されるたび、たまらない欲望を感じた。
結局そんな感じでその日は3度もやってしまい、最後のほうは谷口も快楽と言うより睡魔と戦っていたみたいだった。
翌日がびがびになったシーツから起きあがれない谷口は、生まれたての子鹿みたいでなかなか可愛かったけどね。


閑話休題。
あれ以来谷口が妙におとなしいことに、先に気がついたのはキョンだった。
谷口の様子を察知することで後れを取った僕はその場でキョンをフルボッコしたくなったんだけど、丁度ハンドボール馬鹿の岡部先生が来たので我慢できたんだ。命拾いしたね、キョン(はぁと)
確かに僕といるときの谷口はこころなしか口数が少ない。
もちろん自然の範囲にとどまる程度に会話はするし、昼食も相変わらず三人で食べている。
だけど谷口が僕の目を見て話すことは少なくなった。
それは僕が谷口に「交渉」を持ちかけた日からのことなんだけど、なんだか気になる。
だってそうだろ? 僕と谷口の「交渉」は終わったんだから。
谷口が僕に怯える必要はもうなくなったんだから。
まさか谷口に限って「目を見て話すのが恥ずかしい」だなんて乙女チックな理由じゃないだろう。
だとしたら、何故? わからない。
谷口のことで分からないことがあるなんて、腹が立つ。
「おい、国木田。 聞いてんのか?」
谷口の声にハッとして顔を上げると、谷口は弁当の最後の一口を口にほおばって咀嚼していた。
僕を見つめる谷口の目はまったく普段通りで、キョンが怪しむ隙など一ミリもない。
「ああ……うん、ごめん。聞いてなかった」
僕は素直に謝っていちご牛乳を音を立てて飲み干すキョンに視線を向けた。
「だから映画の話な。一応ハルヒに話をつけなきゃならんから、予定が空いたらメールするわ」
キョンが端的に連絡事項を繰り返す。
結局、涼宮さん優先なんじゃないか。まったく彼女思いなことだね。
「つ、つきあってなんかねーよ!」
顔が赤いよ、キョン。


 さて。
それから三人の都合があったのは、放映終了間近の土曜日だった。
ブームも落ち着いた頃で空いてそうだから、というのがキョンの言い訳だったけど、どうせ涼宮さんが離さなかったんでしょ。照れることなんか無いのに。明らかにのろけられてちょっとムカつくけどね。
一度家に帰って服を着替えてから最寄りの駅に集合ということだったので、他の二人よりも家が遠い僕はHRが終わると早々に帰路についた。
長い坂を駆け下りたい気持ちを抑えながら僕は考え事をしていた。
涼宮さんと出かけない久しぶりの休みだった様子のキョンは、いつもの2割増しぐらいテンションが高かった。
(それでも普段は普通の人の4割減のテンションだから、別に気になる程のことでもなかった)
涼宮さんはいつもより笑顔も多く谷口と馬鹿な冗談を言い合っていたキョンをじとっとした目で見つめていた。
僕がそれに気付いたのは、もちろん過剰に谷口とスキンシップを取るキョンを睨んでいたからで、涼宮さんも遠巻きに視線を送っていた僕に気付いて、キラキラ輝く大きな目で僕を観察していた。
あの時、僕たちの心はなんとなく通じ合っていた様な気がする。
ああ、だからかなあ。
涼宮さんが急にキョンに用事を取り付けてキョンがドタキャンすればいい、なんて考えてしまうのは。
もしくはSOS団の他の部員の人がキョンに相談とか持ちかけてくれちゃったりしないかなぁとか。
あるいはキョンの可愛らしい妹さんが急に高熱を出して……っと、これは流石に不謹慎かな。取り消し取り消し。
別にキョンが憎い訳じゃない。僕はただ、谷口と二人きりになりたくて必死だったんだ。


 その1時間後。
結論から言うとキョンは来なかった。
僕の念波が届いたのかどうか知らないけど、キョンが電話の向こうではしゃぐ涼宮さんの声をバックに
「忌々しいことに古泉に拉致られ中なんだ。むしろ助けに来てくれ」
とかほざいてたので、
「そう、良かったね。頑張って」
とだけ言って電話を切ってやった。
「ちぇっ、なんだよキョンのヤツ。言い出しっぺのくせにあんなヤツとの約束を優先させんのかよ」
古泉くんに妙な対抗心を剥き出しにしてぼやいている谷口に、にこっと笑いかけてやる。
「まぁ、キョンは結構あの部活気に入ってるみたいだしね。今度購買のパンを奢ってもらおうよ」
予想外に屈託なく笑えたのは、間違いなく谷口と二人きりになれたからだ。
本当は僕のほうがキョンに奢ってあげたいぐらいの気持ちなんだよ。
僕は何故か鳩が豆鉄砲を食らったような変な顔をしている谷口の手を掴むと、
「ほら、早く行こう?」
と言って手を引いた。
僕がどうしてこんなにテンション高いのか、谷口には分かるかな?
でも別に分からなくてもいいんだ。僕は谷口と二人っきりでいられることが嬉しい。


 映画館の前は今週からロードショーが始まった映画の所為か、結構人で混雑していた。
前売り券など持っていなかった僕らは当日券を買わなきゃいけなくて、だけどお目当ての映画のカウンター前にはなかなかに長い列が出来ていた。
こんな時、自分の体躯に少しコンプレックスを感じる。
(これから伸びる可能性があるとはいえ)今は女子と同じか下手すると女子よりも身長が低い僕は、人混みに入ると9分9厘連れに見失われる。
そんな時は決まって自分が情けなくなって、少し自己嫌悪に陥る。
谷口の前でそんなかっこ悪いことはしたくない……というのが態度に出てしまったのか、僕は列になる前の人混みを前にして尻込みをしてしまった。
しまった、と思ったときにはもう遅くて、谷口がなんだかよく分からない目で僕を見おろしている。
その時上手い言い訳が出てこなかったばっかりに、僕と谷口の間に不自然な沈黙が流れる。
何か言わなきゃと唇を開いた僕の声を遮ったのは馬鹿に明るい谷口の声だった。
「お前の分も買ってくるから、そこで待ってろよ」
いつもの底抜けに明るい笑顔で笑いかけた谷口は振り向きざまに僕の頭に手を乗せて軽く髪の毛をかき混ぜた。
小さな子にするみたいな仕草だったけど、何故か全然不快じゃなかった。
むしろ頬に血が集まってくるのが分かるぐらいに嬉しくてドキドキした。
遠くのほうで列に並ぶ谷口の背中を見つめながら僕は、谷口のことを好きになって良かった、なんて乙女チックなことをしみじみと噛みしめてしまったりしていた。

 谷口が二人分の券を買って戻ってくる頃には頬の血色も元に戻っていて、谷口に怪しまれることはなかった。
だけど、僕のテンションは相変わらずゲージの天井を突き破る勢いで上昇しっぱなしだった。
その勢いと言ったら、二人で座ったのが最後列の一番端という映画を見るのにもっとも適さない席だったことにも気付かなかったほどだ。
開始5分前のアナウンスで我に返った僕はそれにやっと気付いたんだけど、その本当の意味にはその時は気付けなかった。
僕が本当の意味で今日の谷口の様子を理解したのは、開始のベルが鳴って場内が暗くなり、最初の予告が流れ始めたその瞬間だった。
「……っ!」
左手に突如感じた違和感に悲鳴を上げそうになるのを必死に堪えてから、肘置きに置いた自分の手を見る。
そこには、僕よりも若干大きくて日に焼けた谷口の手に包まれる自分の手があった。
まさに予想GUYな事態にテンパりながら僕は谷口の顔を盗み見る。
そしてその表情を見て、僕の脳は完全に思考を止めてしまった。
「ど……して……」
ぽろりと零れた愚直な質問に、谷口は赤い頬を更に赤くして視線を逸らした。
「いや……その……」
でもね谷口。
幾らキミが横を向いても、耳まで湯気が出そうなほど赤くなっているのを僕に見せつけただけなんだよ。
谷口は本当に分かってないね。
自分のことも、僕のことも全然分かってないよ。
そんな顔を見せられて僕の理性がぶちギレないわけないでしょ?
ねえ、頬が赤いよ。目もちょっと潤んでる。
映画館が暗くて良かったね。
「ねえ谷口、今日泊まってくよね?」
低い声を作ってそう囁いたら、谷口はグッと喉を詰まらせてから
「……バカヤロ」
と蚊の鳴く様な可愛い声で返事をしてくれましたとさ。
今夜は眠れないと思ったほうがいいよ、谷口。


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Last-modified: 2008-01-30 (水) 23:18:56