国谷 オワッテ、ハジマル

 

「ふっ…いたっ……ぅん…あ…」

洩れる吐息と苦痛の声、快楽の喘ぎ
ちょっと痛めつけるけどちゃんと気持ちよくしてあげる。だからいい子にしていてね?
わかっている。こんなことしても谷口の気持ちが手に入ることは無い。
脅しても意味は無い。体を繋げても意味は無い。
でも、止められない。 好きなんだ。どうしようもなく。
苦痛に歪んだ顔が見たいんだ。感情が快楽に負けているところを見たいんだ。
感情が快楽に負けたことを後悔している顔が見たいんだ。
ああ、どうしようもないな。僕は。
歪んでいる。歪んで歪んで平静な僕は出来ている。
耳に噛み付く。敏感に反応するようになってから囁く。
「キョンはこんなキミを見たらどう思うんだろうね?男に…それも好きでもない男に抱かれてこんなに気持ちよさそうにして……淫乱」
谷口は目を見開く。切なさが滲んだ瞳。傷ついた心が表された瞳。
キミが悲しんでいるところを見て嬉しいなんて本当にヒドイ奴だね、僕は。
わかっているけど止められない。
許してなんて言わないよ。許してくれなくていいんだ。
ただの友達だった時に持っていた普通の友達に対する好意なんて粉々に砕いてしまっても構わない。
好感度なんて地に落ちてしまえばいい。
僕をなんでもいいから『特別』なカテゴリに入れて?

激しく激しく谷口を貫く。
涙目になっている谷口を愛している。
その瞳には僕の顔が映っているけれど脳では僕の姿はではないのだろう。
『キョ…ン』
声には出していないが口の動きで何を言っているのかわかる。~ それは僕の好きな人の好きな人の渾名。~ 目の前の人間が求めている人の渾名。~ 今、谷口の脳内で自分の体を貪っているのはキョンなのだろう。
自分が身代わりだってことくらいわかっている。
僕からそうするように仕向けたんだから。
それなのに僕の心に炎が宿る。
なんてことだ。嫉妬するなんて。今更嫉妬するなんて。
キョンのことが好きだという弱みでこの関係になっているのにその上でその相手に嫉妬するなんて。
なんて自分勝手な奴。
自業自得
その言葉が今の僕にはピッタリだ。
それなのに僕の心の中で炎が燃え上がるのを自分で消すことが出来ない。
どんどん炎が大きくなっていく。チリチリと心を焼いていく。
激情を包んでいた袋を縛っている理性の緒が焼けていく。
そしてそれは燃え尽くす。
開放された激情。僕の奥底にあるドロドロした感情。
「どうして」
洩れてくる言葉。
どうしてキミの好きな人は僕じゃないのかな?
わかんないなぁ。こんなに近くにいるのにね?
さっき本当に自分が愛しく思っている人の名を紡いでいた谷口の唇を指でなぞる。
その指をずらしていく。顎に沿ってもっと下へ。
首に両手をかける。力を込める。
もう「キョン」なんて言えないようにしてあげようか?
「ぐ……ぁ」
あ、力入れすぎちゃった。咳き込んで苦しそうだね。大丈夫?
赤く浮かんでくる僕の手形。
10本の指の痕。いつもと違う形の僕の所有印。
それを見ていて冷静になった。冷酷になった。
「あ、失敗しちゃった。今まで見えるところには何もしてこなかったのにね」
傷つくなんてどうかしてる。

「今度は失敗しないから大丈夫。見えないところにしかしないからね?」

とりあえず、僕の所有印の下にもうひとつ新しい紅い花を咲かせてあげる。






「待っ…!!!」

ベットの上で目を覚ます。夢か。
僕には見せない笑顔でキョンの隣を歩いて去っていく谷口。
キョンもそれを望んでいたら僕には止める権利なんてありはしないのに。
「待って」なんか言えるわけない。
あぁ、僕にとっての悪夢。谷口にとっては文字通りの『夢』?
もう一度寝ようと思ったが目が覚めて…頭が冴えて眠れない。
キミを想って眠れないんだ。
行かないで。去っていかないで。僕から離れていかないで。
キミが必要なんだ。誰よりも。
体は奪った。そう、無理やりに。
でも気持ちは掴めない。体は掴んでも心は掴みきれずに零れていく。砂のようにサラサラと。
空気を掴むように無駄な行為を続けている。
わかってる。一番馬鹿なのは僕だ。
素直に好きとも言えないで全てを求めている。求めて求めて弱みで脅して体を貪って。犯している。
好きな人を傷つけて…体を傷つけて心を傷つけて。
僕は実際、何を手に入れたのだろう?
快楽?悦楽?喜び?
何よりも得たものは虚無感か?
「はは…」
乾いた笑い。
涙なんかは出てこない。
僕は病んでいる。
次に手に入れるのはなんだ?何か手に入れることが出来るのか?
何をすれば一番欲しいものを手に入れられるのだろう?
谷口に優しく接する?今更?そんなことしても、もう無駄だ。
きっともう何をしても無駄なんだ。一番欲しいものなんか手に入らない。
「好きだよ」
優しく囁くことも目の前に相手が居なければ容易く出来る。
どこの天邪鬼だ、僕は。
好きだ好きだ好きだ……好きなんだ。
狂おしいくらいに。
僕はキミのせいで狂うのなら本望なのかもしれないな。
キミは僕で狂ってくれるだろうか?
いつの間にか気付かないうちに爪を噛んでいた。
僕の血の色はまだ普通の人間と同じように赤かった。
じんわりと口内に広がる血の味。
谷口との初めてキスの味。それすらも愛しい。
もう好きとか嫌いとか超越してるのかな?
おかしいな、さっき狂おしいくらいに好きだって考えていたばかりなのに。
ああ、考えがまとまらない。
とりあえず言えることはこれだけ。

「愛してるよ」

届かない言葉を呟いて明るんできた空を見上げた。





最近の谷口は変だ。何をしても抵抗しようとしない。
僕はそれに気付かないフリをしている。

いつものように虐めて痛めつけて貪る。
それなのにどうして谷口は僕を見て微笑むのだろう。
恍惚とした表情をしているのだろう。
どうして僕を通してキョンを見ていないのだろう。
はっきりと僕を見ているのだろう。
何故だ?快楽に溺れた?
……誰だ、これは。
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ…イヤだ。
冷めていく冷めていく冷めていく。
体の熱が嘘のように引いていく。
急に何もしなくなった僕を見て谷口は不審がっている。
どうして、次を望んでいるような顔をしてるのだろう。
「もう、終わりだ。谷口」
何を言われたのかわからないのだろう。動きが止まってしまった。
しかしすぐにその呪縛は解けたようだ。焦っているようだ。混乱しているのがわかる。
「な…んで?」
カラカラの声で紡いだのはその一言。
「別に。もう開放してあげるって言ってるんだから喜べば?」
いつもと違う本当に冷めた声を出していると自覚できた。
どうして谷口はショックを受けたような顔をしているのだろう。
ああ、そうか。
「安心してよ。キョンには今までのこともキミの気持ちも何も言わないから。本当にただ開放してあげるだけだよ」
まだ谷口は喜んでいない。何故だろう。
そんなに快楽に溺れてしまったのだろうか?
僕と出来なくなるのがそんなに嫌なのか?
そんなのは僕の好きになった谷口じゃない。
僕のせいで狂ってしまえばいいとさえ思っていたくせに本当に狂いそうになったら冷めてしまった。
自分の勝手さには笑うしかないかな。
「何笑ってんだよ!!?開放とか何言ってんだよ!?なんなんだよ!お前は!!」
何を怒っているんだろう?
――なんで泣いているんだろう?
「なんで俺から勝手に離れていこうとしてんだよ!イヤだ!!」
わからない。谷口が何を望んでいるのかも、この状況も、何もかも。
「っんだよ!!何呆けてんだよ!!おまえは俺のことが好きなんだろ!?俺を抱きながらそんな悲しそうな顔すんな! 変な顔で笑うな!いつも通り憎ったらしい顔してろよ!俺はそんなお前が好きなんだよ、馬鹿ヤロー!!!」
好き?誰が誰を?僕が谷口を?そうか僕の気持ちを知ってたのか、谷口は。
え?谷口が僕を好き?まさか。
「あ…りえな…い」
やっとその一言が言えた。
「信じろ!信じろよ、バカ!!好きだ好きだ好きだ!キョンよりも、誰よりも!おまえが好きだ!!」
「好かれる事は何もしてないよ?」
「ああ!そうだな!!でも、俺にひどいこと言いながら自分の方が傷ついた顔しやがって!心配すんだろうが!! そんな顔されたら気になっちまうだろ!気付いたら好きになってたんだよ!キョンのこと忘れちまうくらいにな!」
――本当だろうか?本当に僕のことが好きなんだろうか?だから最近、抵抗していなかったのか?嬉しそうにしていたのか?
「本当に?」
頭の中では混乱しているがそれだけは聞けた。
「嘘でこんなこと言うか、バカ!!おまえが好きになったヤローはそんな奴なのかよ!」
――谷口、谷口、谷口
「僕、キミのこと好きだよ。ずっと好きだった」
「知ってる。あー、ったく。順番めちゃくちゃだな」
目頭が熱い。
「泣くなよ」
――そっちこそ。
谷口が僕の涙を舐める。そこから唇を移動させて普通のキスになる。
しょっぱいキス。
でも、しょっぱいのは一瞬だけ。すぐにどちらの唾液かわからないほどに濃厚なキスに変化する。それは甘いとさえ感じるくらいだ。
今までしたどんなキスよりも熱っぽい。
名残惜しさを感じながら唇を放す。
唇から流れている透明な液体を舐める。
そっちから仕掛けてくるなんて驚いたな。
いつもの笑みが戻ってくる。僕の本当の笑み。
こんにちは、僕の恋人。これだけは知っていて。
僕の恋人にまずはこの一言を与えよう。

「ねぇ、谷口。僕ってさ、根っからのSなんだ」

引きつっているけれど少し嬉しそうなキミは今まで見たどんな表情のキミよりも愛おしいよ。


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Last-modified: 2008-01-30 (水) 23:18:49