古&キョン キョンのことを考える古泉



 聞き慣れたバイブレーションが制服の右ポケットから響いた。もう何年も聞いているのに未だ…彼の言葉を借りるなら、忌々しいと感じてしまう。
「…また閉鎖空間とやらか?」
 しかも友人…と称すると怒られるかもしれないが、自分にとっては数少ない同年代の学友である彼と下校中なのだから忌々しさは増すばかりだった。

「えぇ、呼び出しがかかったようです。ここ最近回数も増えてまして…連日出勤です。」
 おかげで寝不足気味ですよ、と笑顔で答えると、彼はさして興味もなさそうにふうんと呟いた。
「じめじめとした梅雨ですからね。おまけに今月は特にこれといった行事もない。毎年増えるんですよ、6月後半の閉鎖空間の発生率は。まぁ…小規模なものが多いのですけれど。」
「んで毎日駆り出されてんのかよ…交代制とかじゃねぇのか?機関は。」
「機関の中でも超能力者自体は一握りの人数しかいないんですよ。それに、昨日の戦闘で一人が負傷してしまって…いつも以上に人手不足で…」

 しまった、と思い言葉を途切らせた。別に機関の内部事情を話したわけでもないが、ただこのまま話続けるとただの愚痴になりそうだった。人に愚痴を話すのはあまり好きではない。それが彼ならば、尚更だ。彼には嫌われたくない。

「すいません、今日の埋め合わせはまた今度で…明日ジュースおごりますよ」
 この後一緒にご飯でも、と誘ったのは自分の方なのに。この不定期なバイトはこういう時に心底困る。
 いつも通りの笑顔でそういうと、目の前の彼は少し苦い顔をしていた。

 …何か、まずいこと言った?

「どれくらい時間かかるんだ?」
「いえ、僕にも見当がつきません。まだ閉鎖空間の規模もわかってませんし…今日のところは、先に帰ってて下さい。」
「……そうか。」
「本当にすみません。では、失礼します。」

 いつまでも話していたい誘惑を振り切って、走り出す。運の良いことに閉鎖空間の発生場所はすぐそこの角を曲がったところ。すぐに片付いたなら彼を追いかけよう、そう決めて更に一歩踏み出した途端

目の前に広がる灰色。

「小規模では…ありませんね…」
 がっくりと肩を落としたいところだが、そんな場合ではない。いつもより更に数の少ない赤い光は、どう見ても劣勢だった。
 一度大きく深呼吸してから、勢いよく飛び出す。神人の手刀を避けながら、緩んだ気持ちを切り換える。

この色のない空間では、自分は超能力者。さっきまで彼と会話を楽しんでいた古泉一樹とは違う。ここでは別人なんだ、と。

『……誰が別人だって?何が違うって?』

…何故だろう、切り換わらない。ほんのさっきまで彼と話していたせいだろうか。

『何も違わないだろう?自分は、古泉一樹。それ以外の何者でもない。』

…気が散る。
早くこんなこと終わらせて、こんな場所からとっとと飛び出したいのに。
早く、彼とまた他愛のない話をしたいのに。

『会いたい』

そうだよ
彼に会いたいんだ。

『何故会いたい?』

「えっ?」

 気付いたら、頭上に瓦礫の山が広がっていた。

 結果。避けきれなかった瓦礫がいくつか体や顔をかすって、その直後の神人の追撃にこれまた気付かずふっ飛ばされ背中を打ち悶絶、やっと立てるようになった時には戦闘は終わっていたというオチ付きだった。

「………すいません……」

 さっきできなかった分も含め、思いっきりがくりと肩を落とした。見事に全て、自分の過失だ。疲れているんだろうと仲間達は労ってくれたが、僕の耳にはあまり届かず右から左へと受け流す形になった。本当に申し訳ない。

 戦闘中だというのに、ずっと考えていた。何故、彼に会いたいのか。
 彼は数少ない…寧ろ、唯一とも言える友人である。一緒にボードゲームをしたり、話をしたりする。それは自分にとってとても楽しいことで、涼宮さんが近くにいない時などは自分の使命すら忘れてしまいそうになる。ただの、男子高校生になる。

(……何だ、そういうことなのか)

「普通でいたい、だなんて…3年前に諦めたと思っていたのですけどね…。」

 どうやら僕は、普通で平凡な生活を送りたいと心から渇望していたらしい。彼といるとそれが実現している気分になる。だから、できるだけ彼と一緒にいたい。

(……本当にそうなのか?)

 色々すっきりしない部分もあるのだが、自分の心からの望みに気付いただけでも怪我をした甲斐があったというものだろう。

そうとわかれば。

「古泉君!?傷の手当ては…」
「ありがとうございます森さん、でも少し急ぎの用がありまして…」
 最後まで言い切らないうちに走り出す。

早く会いたい。
僕を、古泉一樹という存在を、ただの高校生なんだと一番実感させてくれる彼に。
例えそれが、一時の幻想であっても。

 目の前に鮮やかな赤色が広がる。どうやら夕焼け時のようだった。
「ええと…ここからなら…」
 15分も走れば彼の家。いきなり家に押し掛けたら、彼はどんな顔をするだろうか。なんとなく、想像はつくけれど。
「!」
 いきなり視界がガクンと下がった。それと同時に、膝を地面に打つ。
「…いたたた」
 怪我+疲労+寝不足のトリプルコンボ。15分走ることは少しきついかなと、まだくらくらする視界を上げようとした時。

「……お疲れさん」

 頭にこつんと何かが当たって、聞き慣れた(しかしいつもより優しめな)声が降ってきた。

「……あれっ?」
 思わずがばっと顔を上げてしまい、頭に乗っていた何か――缶コーヒーだった――が宙を舞った。
「うわっ!!あっぶねぇな何だいきなり!」
 慌ててそれをキャッチしたのは…間違いなく、彼だった。

 ぽかーんと口を開けた間抜けな表情で、しばらく黙ってしまった。何か、何か言わなければ。
「……今、何時ですか?」
「は?6時半過ぎたとこだけど…」
 自分ながら一体何をずれた事を聞いてるんだと呆れつつ携帯を取り出し、あの忌々しい呼び出し音が鳴った時間を調べる。

 4時。

「…二時間半も…ここにいたんですか?」
「っるせぇな…家帰っても暇だったんだよ。」
「…待ってて下さったんですか?」
「悪りぃかよ。」
「…どのくらいかかるかわからないと言ったのに?」
「………あぁもう!だから悪りぃかよ!!心配だったんだよこの馬鹿!!」
 キレられた。
「心配…ですか?どうしていきなり…」
「…誰だか怪我したとか言ってただろ。」
「えぇ、できれば忘れて頂けると嬉しかったのですが」
「怪我とか、すんのかよ…それならそうと言えよ!」
「はい?」
「俺はてっきり…あの空間じゃお前らは無敵かなんかだと思って…というか!前に俺が見たときはえらくあっさりだったじゃねーか倒すの!」
「いや…あれはかなり神人が弱ったあとだったので…」
「そんなん知るか!」
「す、すみません…」

 何で怒られているのだろう。というか、彼は一体何に怒っているのだろう。

「あー…とにかく!…心配だっただけだ。お前、神人退治に行く時も帰って来た時も、いっつもニコニコしやがって、そんな怪我するような戦いだなんて思ってなかったんだよ!」
「皆さんに余計な心配はかけたくなかったもので…。」
「何が余計なんだよ…たかが高1で変な気使ってんじゃねぇよ!…俺でいいなら愚痴でも何でも聞いてやるから。」

 この人は…何でここまで、僕が欲しい言葉を的確に。

「んで、帰って来たら色々問いつめてやろうと待ってたら…すっげぇボロボロになってるし」
「そう…だったんですか…」

 あなたの事を考えてたら、こうなったんですけどね。

「命がけの戦いさせといて怪我の手当てもしてくれねぇって、何様だよ機関ってのは!」
「いえこれは…あなたに早く会いたくて」
「はぁ!?」
「あ。」

 どうしたんだろう、今日は失言が多い。それほど彼に心を許している、ということだろうか。

「…何ニヤニヤしてんだよ気持ち悪い。」
「すみません…何だか、嬉しくて。」
「?」

 良かった、『友人』だと思っていたのは自惚れではないようだ。彼が自分を心配してくれていたことが嬉しくて、口元が緩む。乱れていた心はすっかり落ち着いた。ついさっきまで神人退治に勤しんで、しかも踏んだり蹴ったりだったとは思えないほど晴れ晴れとした気分だ。
 今度から、神人退治が終わったら彼に会いに行くことにしようか。

「とりあえず手当てだな…どっか落ち着ける場所探すか。」
「あ、大丈夫です。あなたと話していたらだいぶ元気になりました。それに…ここからなら僕の家が近いですし、良ければ寄って行きませんか?ずいぶん長い時間お待たせしてしまったので、疲れているでしょう?」

わざわざ心配して待っていてくれた友人を労って、家に招待してみたのだけれど。

「……」
「…?」

何故だろう。

目の前にいる彼の顔が赤いのは、夕焼けのせいなのか?

 
  • 「何が余計なんだよ。~」の所で、じーんとして視界がぼやけました。幸せないっちゃん、イイ!GJ! -- 2007-07-15 (日) 13:33:54
  • いっちゃんが可愛くてたまらんです!そしてキョンが男前だあ。もう男前に膝枕してあげればいい。 -- 2007-07-15 (日) 18:55:19
  • いっちゃん…!ががががんばれぇえええええ!!!! -- 2007-07-15 (日) 22:26:43
  • キョンの「お疲れさん」がいいな。いっちゃん可愛いよ -- 2007-07-15 (日) 23:45:19
  • 書いた奴です。ここで言っても見てるかわからんが、コメント欄作ってくれた人ありがとう…!すっかり忘れてたよ -- 2007-07-16 (月) 00:11:46
  • さ、最後の一文が…!古泉幸せフラグと取っていいんですよね!? -- 2007-07-16 (月) 06:52:05
  • キョンも古泉も可愛いwwwこのキョンは誘い受とみました -- 2007-07-16 (月) 12:01:01


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Last-modified: 2008-01-30 (水) 23:18:42