≪古泉×キョン?≫


「俺はお前が嫌いだ」
あなたが好きです、と告白されたときに、俺はこう答えた。
どう考えても相手の傷付く言葉なのに、ハッキリと言った。そして古泉も言った。そうですか、と。
「聞いてください。機関には、無数の人間がいると考えられます。僕のような、末端の人間も」
いつものような笑顔だった。
「ですから、あなたが僕を気に入らないようならば、機関から別の人間を派遣することも可能なのです」
「それはいいことだな」
「でしょう? 大丈夫、手続きは直ぐに終わります。そうですね、一週間もあれば」
さっきの告白と、それに対する答え。そんなものは存在しなかったような口ぶりだった。
「なら、任せた」
本当にこれでよかったのかどうか、今思うと分からない。

「こんにちは」
翌日の放課後、文芸部室。
そいつは普通にいた。いつもと変わらず、そこに。
「何だ、手続きの方はいいのか?」
ハルヒにバレないように小声で言う。
「怪しげな動きを見せて団長様に目を付けられても困りますからね。そちらの作業は機関が全てやってくれています」
そういや、ハルヒはどうなんだ?
古泉のことを気に入っているのか?
だとしたら、古泉がいなくなったら問題なんじゃないか?
「大丈夫ですよ。僕は、彼女に気に入られる要素を持ち合わせていない。それどころか、新しく『謎の転校生』がやってくるのですから。新しい転校生は、きっと彼女に気に入ってもらえます」
この時点で俺は気付くべきだった。
ハルヒ気に入られる要素を持ち合わせていないだと?
だったら、何故お前はSOS団副団長になっているんだ。
散々着せ替え人形にさせられ、ハルヒのお気に入りとされてきた朝比奈さんだって平団員止まり。
スポーツ万能、成績優秀、更にギターなどの楽器もこなす、本来は文芸部員であるはずの長門。こいつだって、コンピ研に行こうとしたときハルヒに一度止められた。それほど大切な存在だったからだろ? だけどどうだ、やっぱり、平団員だ。
『副団長』なんていう肩書きに何の意味があるかなんて知らなかったが、結構重要だったんだな。ハルヒにとっては。

「古泉くんっ、どういうこと!?」
『あの日』から、丁度一週間。
「ですから、両親の仕事の関係で、転校することになったんです」
「どこに、ですか?」
「海外です。日本人を迎えてくれる学校がありまして、そこに転入します」
きっちり七日間で手続きを済ませたようで、今日はハルヒを含むSOS団員に転校についての報告をしにきたらしい。
ハルヒは当然のこと、朝比奈さんにまで質問をされている。
「……日本に残ることはできないの?」
「残念ですが」
「部活に参加できるのはいつまで?」
「明日です。それ以降は、僕にも準備がありまして」
そこまで聞いて満足したか、ハルヒは古泉の肩を掴んでいた手を放し、
「じゃあ明日、古泉くんのお別れパーティをやるわよ! 皆、準備しなさい! あ、古泉くんは見てるだけでいいわよ」
満面の笑みでこう言った。ほらな、やっぱり大事にされてるじゃないか。

「明日までにプレゼントをひとつ買っておきなさい。食べ物とかじゃ駄目よ。思い出に残るように、アクセサリーとかにしなさい」
こう言い残してハルヒは文芸部室から出て行った。
朝比奈さんは古泉よりも来るのが遅かったのか、セーラー服のままだった。当然着替えることもなく、可愛らしく「明日、楽しみにしていてくださいね」と古泉に言って帰路に着いた。
長門はいつも通りだった。変わったことは何ひとつ無かったが、帰り際に一瞬、古泉の方を見た気がした。
俺と古泉はと言えば、未だ文芸部室でテーブル越しに向かい合っている。互いの手の中にはトランプが数枚、己のみに絵柄が見えるかたちで握られている。
分かったか、ハルヒはお前を嫌いじゃない。とは、あえて言わなかった。今更考え直さえても困る。
「ひとつ、いいですか」
古泉から奪ったトランプと、自分の持つトランプを一枚ずつ投げ捨てていると不意に声がかけられた。
特に反応するわけでもなく手元のカードを古泉の目の前に差し出した。その沈黙を肯定と受け取ったのか、また喋り始めた。
「このゲームに僕が勝ったら、あなたの名を呼んでもいいですか? ……いえ、呼ばせてください。一度だけ」
そんなの好きにするがいい。
「勝てたらな」
誰に何と呼ばれるかなんて、今更気にするようなことじゃない。
そう思いながら、ハートの絵が描いてあるカードを古泉の目の前に。道化師の描かれたカードを自分の目の前にかざした。
古泉は黙って、ハートを手に取った。

「ありがとうございます」
パサ、とカードをテーブルの上に置きながら古泉が言った。
奴の手元にあるカードは今テーブルの上に捨てられ、俺の手元には道化師が残った。
「礼を言われるようなことをした覚えはない。そんなことより、お前の勝ちだ。好きにしろ」
プレゼントなんてものどうしようか、とか。こいつのために金を使うのも何だか癪に障るな、とか。全く違うことを考えつつ古泉に言った。誰に何と呼ばれようが、どうでもいい。


「  」


俺の名を呼んだそいつの表情は、いつもと変わらない笑顔だった。



お前なんか、嫌いだ。


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Last-modified: 2008-01-30 (水) 23:18:17