≪古泉×キョン 熱出したキョン≫


カリカリと扉を引っかく音に、俺は目を覚ました。
ぼんやりと天井を見上げる。頭がズキズキと痛む。目がチカチカする。のどが痛い。
まったく覚醒してくれない頭でぼーっ、としていると、突然息苦しさが襲ってきた。
五秒、十秒。枕に顔をうずめて、一定の周期でやってきやがる苦痛をやり過ごす。
鈍く痛む身体をひねって、枕元にある時計を目の前まで引き寄せ、文字盤をのぞく。
ただいまの時刻、午後三時過ぎ。
言っておくが決してサボりではない。ならば何故こんな時間に家で寝ているのかというと、
回想するまでもなくただ熱を出して寝込んでしまっただけである。
つまり、今日はハルヒのあの無駄に自信満々な顔も朝比奈さんのかわいらしいお顔も、
長門の仏頂面も、……ついでに古泉の胡散臭いまでに爽やかな笑顔も見ていないことになる。
ああ、畜生。
熱が出ると心細くなる、というのは年少の頃によく体験したものだが、まさか高校生にもなって
こんな気分になるとは思わなかった。
しかも古泉の顔を思い出した途端に、だなんて。
家の中には、買い物にでも行っているのだろうか、人の気配はなかった。少なくとも近くには。
もちろん離れた部屋にいる可能性も十二分にあるのだが……そばにいないなら同じことだよな。
無性に物寂しくなって、扉の外にいるだろうシャミセンでも連れ込もうかと考えたが、
そういえば妹に風邪がうつるといけないから! と部屋に入れないように言われたことを思い出し、
泣く泣くあの温かさを諦めることにした。

あー……ホント、泣けてきた。
情けない。
誰でもいいからそばにいて欲しいとか、
そして一番に浮かび上がる顔があの古泉であるとか、
……これはあくまで熱に浮かされている故の気の迷いだと、思いたい。
「会いてぇな……」
だからポツリとこぼしてしまったこんな言葉なんかも、ただの気の迷いなのである。

「キョン君、お客さんだよー!」
「……うう」
扉をドンドンと激しく叩きながら妹が叫ぶ。
病人なんだかな、一応。
熟睡したおかげか、いく分かは楽になっていた。時計の針は五時を刺している。
甲高い声が頭に響くが、なんとか上半身を起こして答えた。
「……誰だ?」
「キョン君大丈夫? あのね、古泉君が来てるよ!」
心臓が跳ね上がってしまったのはだな、つまり……えーと。
……オーケー、白状しよう。嬉しかったよ、確かにな。
「入れてやってくれ、もう大丈夫だから」
「はーい」
素直に答える妹がかわいらしい。そういえば、学校化から帰ってきたんだな……。
普段うんざりするほど聞いている声なのに、これほど懐かしく聞こえるなんて、熱の持つ魔力は、恐ろしい。
そんなことを考えていると、控えめにドアがノックされた。

「失礼します」
次いでかけられた声は間違えようもなく古泉のもので、ドアを開けて入ってきた古泉は足元にシャミセンを引き連れていた。
「古泉……」
「調子はどうですか? キョン君」
いつもの笑顔で、穏やかに問いかけられる。
かすみがかったように突然視界がぼやけてきたのは、熱がぶり返してきただけだ。絶対に。
……言い訳がすぎるな、今日はどうも。しかし認めてしまったら男としての尊厳が失われてしまいそうなので言い訳させといて欲しい。
別に泣いてなんかいない。
「うわっ? ど、どうしたんですかいきなり」
だからお前も焦るこたぁないんだよ。
妹よ、お前も覗くな。宿題でもしてろ。
「大、丈夫だから」
「でもキョン君」
「いいから」
「キョン君なんで泣いてるの? 痛い? 大丈夫?」
「ん、お前はもうシャミ連れて出とけ。風邪うつるぞ」
精一杯笑顔を作って手をひらひら揺らすと、妹は心配そうにしながらもおとなしく出て行った。
「キョン」と呼びさえしなければ本当にいい妹なんだが。

「……キョン君」
ぱたりと閉まったドアの方を見ていると、いきなり古泉のどアップが目の前に迫り、
ああやっぱりきれいな顔してやがるなうらやましい、なんて考えていた俺は意外と余裕があったんだかなかったんだか。
顔を覗き込んできた古泉は、その細い指で俺の目尻をぬぐう。
逆効果だ、馬鹿野郎。頬に触れた体温に更に涙腺が緩んでしまったようだ。
馬鹿みたいにあふれ出してきそうな涙、もとい目から出る汗を見られないように、そのときの俺は何を考えたんだか、
古泉の頭をとっさに引き寄せて、奴の方に顔を押し付けていた。
げに恐ろしき熱の魔力。
古泉は一瞬驚いたようだったが、すぐに背中に手を回してきて、普段の奴からは考えられないいやらしさのかけらもこもっていないような抱きしめ方をされてしまって、
ついに決壊してせき止められなくなってしまったことは、……当然分かってやがるんだろうな、畜生。
「寂しかったですか」
まさか。
「熱出したときって、心細いんですよね」
高校生にもなって?
「会いたがってる気がしたんです」
お前はエスパーかっつの。……エスパーなのか。
ぽつぽつとつぶやかれる静かな声と、久しぶりの人の体温に身を任せて、再び眠りに落ちるまでそう時間はかからなかった。


だからさ、熱のせいなんだよ。全部忘れてくれ、頼むから。


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Last-modified: 2008-01-30 (水) 23:18:12