≪古泉×キョン バレンタイン≫


「おい、古泉」
放課後、部室へ向かって歩いていると、聞き慣れた声に後ろから呼び止められた。
「はい」
振り向くと、彼の姿が目にはいる。些か不機嫌そうな。
「…ちょっと」
そう言うと、彼は部室とは反対方向へ歩き始めた。ついて来いという事だと思い、彼の後に続くと踊り場に着いた。

「キョン君?」
5分ほど続いた沈黙に耐えられず声をかけると、彼は意を決したような顔をして
鞄から包みを取り出し、僕に差し出した。
「………これ」
リボンがかかったピンク色の可愛らしい箱。

正直に言いましょう、『期待していた』と。

僕だって健全な高校一年生の男の子です。
好きな人からチョコを貰いたいと思うのは当前の事で…。

「キョ」
「妹からだ。『キョン君がいつもお世話になってます』だとよ」
ええ、わかっていましたとも…。

僕も彼も男の子です。
バレンタインというのは女性が男性にチョコを贈る日ですし…ええ。

僕はいつも通りの笑顔をつくり、感謝の言葉を述べた。
「ありがとうございます…とお伝え下さい」
「ああ」
鞄にその箱を入れようとしていると声を掛けられた。
「先に行ってる」
「はい」

「古泉」
階段を数段降りた彼が、こちらをむかずに話し始める。
「今朝な…どうしても小銭が必要だったんだ」
何の話だろうと思いながらも相づちを打つ。
「それで店に入ったら、両替お断りって書いてあって」
あぁ、そういえば最近多いですね。
「困って、物凄い困って…不本意ながら買い物をしたんだ」
「『不本意ながら』だぞ」
「はい」
彼は一体何が言いたいのだろう。
「それで、一番安い物を買った訳だが」
こちらから彼の表情は全く見えない。
「急いでて…俺がそんなに好きじゃない物を買っちまって」

「だから、」
ごそりとポケットを探る。

「お前にやる」

こちらへ投げられた何かを受け取る。
「必要に差し迫られて、不本意ながらで、俺が好きじゃない物だからだぞ」
そう言うと、彼はバタバタと階段を降りて去っていってしまった。

一体何だろう、と首を傾げながら手を開くとそこには

チロルチョコ。

「これは、これは…」
思わず笑みがこぼれた。

「参りましたね」


「ありがとうございます」
部室で座っている彼の耳元でそっと囁いてみる。
「なっ、なんのことだ」
素知らぬ顔をした彼の頬が、少しばかり赤い気がした。


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Last-modified: 2008-01-30 (水) 23:18:02