古キョン?げんしけんパロディ

 

空が少しだけ橙に染まり出した頃、人気のまばらな廊下を歩く影が一つ。

(今日も頑張るとしますか)

既に学校の授業は全て終了し、大抵の学生にとって学校での一日はほとんど終わったと言っても過言ではない。
しかし、古泉一樹にとっては今からこそが学校生活において最重要事項と言える時間である。

(少し遅くなってしまいましたね…凉宮さんの機嫌が悪くなっていないと良いのですが…)

掃除当番の上に委員会の召集があったため、本来自分が部室へ顔を出すべき時間はとっくの昔に過ぎていた。
ただでさえ時間に厳しい我等が団長様だと言うのに、遅くなると一言伝える暇すらなかった。
日頃彼女の中に置いてそれなりの位置をキープしてはいるが、さすがにこれは不味いかもしれない…。
しかし委員会の召集は六時間目の終了後に全校アナウンスで流れていたので、妙な所で記憶力と察しの良い彼が自分の所属委員を覚えており、なおかつ僕がなかなか顔を出さない理由を彼女に助言していてくれたならあまり怒られないですむかもしれないなんて期待を持ってみたりもする。

コンコン、ガチャっ
「こんにちは。遅くなってしまってすみません」
「………よ。」
「おや…貴方一人ですか?」

それなりに覚悟をして扉を開いたものの、そこには仏頂面をした彼が一人で本を読んでいるだけだった。

「珍しいですね、凉宮さん達はどうしたんです?」
「ん……多分帰った。」

僕の問いに本から彼が目線を上げもせずに答える。

「多分? …とは?」
「ハルヒが二人を引きずって飛び出したまま、帰って来てない。」
「ああ、なるほど…」
「…」
「……」

疑問が解決した瞬間沈黙が部屋を包む。
…あの…なんか凄く気まずいんですけど……なんでこんなに空気が重いんですか?

しかしそんな事はおくびにも出さず金太郎飴スマイルで対面の椅子に座る。
珍しいと言えば彼もそうで、まるで長門さんのように分厚い本を読んでいる。
いや、僕が見たことが無いだけで、変わった事を良く知っているようだし、家では読者家なのかもしれない。
僕だって、立場上必要に迫られて様々な本を読んでいる。
ここで今彼の読んでいる本の話題でも振れば、それなりに会話が盛り上がり成立するはず。
…しかしタイトルを見ようにも、本にはブックカバーがかけられており、なんちゃって超(限られた空間でのみ有効な)能力者の僕では透視が出来るはずもなく…どんなジャンルの本かすらわからない。

…ならば、逆にそれを利用して話しかけるまでです!!


「それ、何て言う本ですか?」
「…」

(…………無視ですよ)

(…いやいや、さすがにいくら彼でもそれはしないでしょう。ひょっとしたら今とても面白い所で熱中しているのかもしれません。むしろそうであって下さい。じゃないと僕、この空気に泣きそうです。)

「…」
「……」
「………」

ゴソゴソ(鞄を開ける)

「…あれ? (ゴソゴソ) ぁ、あれ。(ゴソゴソ)  おかしいですね… 何処にやったんでしょう…   (ポン) あ、そっか」

ガタン(椅子から立ち上がり)

ガチャっ、バタン(扉の外へ)



(出てってどうする!!逃げてどーすんですか僕っ!!妙な小芝居までして!!!)

変にしどろもどろな小芝居をした自分に今更死ぬほど恥ずかしくなってきた。
おそらく僕に凉宮さんの能力があれば今すぐにでも世界をリセットしてしまう程に。

(変ですねぇ…別に彼を意識する事なんて無いと言うのに…大体僕はノーマル(のはず)ですよ)

あまりにも不自然な態度をとってしまった自分に果てしなく自己嫌悪の念に捕われる。
何とか頭をシャキっとさせようと、勝手に足が向かっていた自動販売機で少し苦手な炭酸ジュースを買ってみる。

(もっとこう、普通に話しかけるきっかけがあれば…)

そう思った瞬間、紅茶の缶と目が会った気がした。

(………)




「これ、飲みませんか?」
「………………は?」
「いえ、少し乾燥してますし、喉が渇かないかと思いまして…僕では朝比奈さん程おいしいお茶は入れられませんからね。」

よし、我ながらなかなかの演技です!!
これなら彼に断る理由はありませんし、会話のきっかけに…

「いや…いいよ」
「缶ですから、変な物は入っていませんし。」
「は?…いや、そんな事じゃなくてだな…もらう理由が無いだろう?いらねえよ。」

そういうと、また彼は本へと視線を戻してしまった。

(…アレ…アレ?おかしいですね…ひょっとして僕、ズレちゃってます?)

とりあえず無理に押しつけるのも悪いので二人分の缶ジュースを一人で飲む事にした。

(ああ、炭酸なんか買うんじゃなかった…
少しずつしか飲めないから時間がかかるし、その間にもう一つのジュースが温くなるし…
おまけに炭酸でお腹がふくれてあまり量が飲めない…
いや、これは僕の配分ミスですね。最初に紅茶を飲めばよかったんです。
まったく、一体今日は何だと言うんでしょう。凉宮さんが何かした訳でもない、普通の日のはずなのに、なんだか調子が狂いっぱなしですよ…
大体なんでこんなに必死で彼と喋ろうとしてるんです?別に喋らないなら喋らないで良いじゃないですか。
僕も適当に本を読むか携帯でもいじっていれば良いんです。
と言うか、凉宮さん達が帰ったかもしれないなら僕も帰って良いんじゃないですか?そうでしょう?そう思いますよねっ!?
…って、誰に話しかけてんですか、しかも心の中で。)

なんとか苦労しつつ炭酸ジュースを飲み終え、半ばヤケで紅茶を一気にあおったその時。
何の気は無しに彼の方を見てみた。

「っ………………………!!!!!!!!!!」

瞬間、口に含んだ紅茶を盛大にリバースしそうになるも何とか堪える。

(こっ…これはっ…!)

彼の鼻。
鼻自体に問題は無い。
問題なのはその小さな穴の付近だ。
形の良い、自分ではなんだかんだと言いつつワリと整った顔をしている彼の鼻の穴から…あってはならない物が飛び出していた。

(え?え?ちょっと待って下さいよ!!夕日をバックに真剣な表情で本を読んでるっていうこの状況であの出方は…っ!!!!
…いや待て、落ち着くんです僕。ひょっとしたら何かゴミかもしれませんし…そうだ、見つめないようにサッともう一度確認を…)

「…」

こそっと見上げるように上目使いでもう一度盗み見てみる。
しかし先程見たソレは、変わる事無くしっかりとそこに鎮座していた。



(ある意味………いや、ある意味、物凄い話しかけるきっかけではあるんですが…
いや、しかし…あの出方を見ると[抜けたのが引っかかってる]のかもしれません。ほっておけば落ちるでしょう。
…でも、あのまま落ちずに外に出て笑われるのも可哀想ですし…このまま帰りそうになったら注意すれば…
…いや、それ以前に凉宮さん達が帰ってきたらノーチャンスです…。しかし、勝手に落ちればそれにこした事はありません。無駄に彼を傷付けてしまうかもしれませんし………
はっ!そうだ!!

「鼻の下、何かついていますよ?」
「えっ 何処だ?」
「貴方からみて左です」
「あれ、これ鼻毛じゃん」
あはははは
…うん。これくらいならいけます…軽いノリで…)

「…」
「……」
「………」


(…僕の意気地無し…っ!!!(涙) )




多分、今の僕を誰かが見ていたとしたら救急車を呼んだだろう。
普段ポーカーフェイスと言っても過言ではない位同じ笑顔を貼り付けている僕が、これでもかという程面白百面相をしつつ挙動不振に陥っているんです。
いや、僕でなくともコレは怪しいでしょう。

(妙に意識するから駄目なんですっ!!!
大体彼ならこんな事で傷つく事はない!!……と、思う。
何時も通り。いや、何時も以上に爽やかな笑顔で、さりげなく!自然に!笑い話で済むように!!
…えぇいっ考える前に動け!!
とびきりの、爽やかな、笑顔でっ!!!!!)

ふと視線を感じ、顔を上げた。
沈む夕日。
夕暮れに染まる部室。
二人きりの空間。
異様な雰囲気を纏う男。
その目は怪しく輝き、息使いも荒く、まるで無理矢理力づくで肩を抑えつけようとするような構えの両手。
そのまま近ずく距離…
「うわあああああああああああああ!!!!!!」
ゴッ!!! ガタンっ ドサッ

はっ…

沈む古泉。
(血に)染まる顔。

「あ……あああ…悪ぃ…あまりにも危険な顔してたもんで、ツッコミとかじゃなくマジに殴っちまった…」

あらゆる意味で動揺するキョン。
壁際まで吹っ飛ばされた古泉は、それでもいつもの笑顔で立ち上がる。

「え? え、いや、平気です。え?殴った?全然解りませんでしたよ」
「え……は?『わかんない』って ……は?」
「いやあの、いや、本当に平気です。全然平気……あ、ゴミ落ちましたね」
「は?」
「いえ、鼻の下についていたので」

そう言うと古泉は廊下へと続く扉へ近付き、ドアノブを回した。

「あ…ちょ、何処行くんだよ」
「いえ、鏡見に行くだけですよ。いや、平気です。本当に大丈夫ですから!アハハハハハ!!」
「や…あの…悪ぃ…マジでごめん」

ガチャ、バタン…
殴られて血を流しながらもいつも以上に満面の笑みで大声を出しながら笑う古泉は、はっきり言って不気味以外の何物でもなかった。
「……頭殴っちまったのか…?」
そう呟き呆然と中腰のまま固まるキョンに、答えてくれる者はいなかった。

蛇口から流れ出る水を手にすくい、口に含む。
軽くゆすぐと口内に鉄の味が広がった。
(…切れてますね…)
ぺ。と水を出すと案の定、透明なはずのそれに薄く朱が混ざっていた。
「…何やってるんでしょう、僕…」
赤くなった頬は、少し腫れていた。
(…明日までに治るかな…)
やっぱり、今日の自分はおかしい。妙に彼を意識しすぎだ。
多分、さっきの出来事だって、いつもの自分なら何の問題もなく普通に対処出来ていたはずだ。
ふと鏡を見ると、殴られたのと逆の頬まで赤くなっていた。
(ノーマル…の、はずだったんですがねえ…)
気づいてしまった。
今まで一年も見てきて気付かなかったのに、たった一瞬で。
夕日を背にした彼の顔を見つめていたうちに。
(色気の欠片もない状況でよくまあ…我ながら何と言うか…しかもよりによって彼ですか)
殴られた頬がジンジンとうずく。
もう一度冷たい水で顔を洗い、ふぅと溜め息をついた。
(ある意味…一年たったからこそなのかもしれませんね)
ただでさえハードルは高いと言うのに、鏡の中の自分は笑っていた。その笑顔は、いつもの作り物ではなくて——

「まったく…困ったものです。」

先程までの妙な感覚は、もうふっきれていて…殴られた後の残る頬に、やけにさっぱりとした顔で古泉はそのまま学校を後にした。
明日からどうやって彼に近付こうかを考えながら。

「…帰ってこねぇし」
まだいつもSOS団が活動を終了する時間ではないため、いつハルヒが戻ってくるともしれないキョンは帰るに帰れず、しかし本の続きを読む気にもなれず、古泉の奇妙な言動も気になり、どうしようもないもやもやに包まれたままもんもんと残りの時間を過ごすはめになった。


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Last-modified: 2008-01-30 (水) 23:17:49