古キョン+妹 箸使いを正せ!

 

「上がれ」

昨日、晩飯を古泉の家で作って妹と古泉と俺の3人で食べた。
こいつの食生活はダメダメな一人暮らしの男の典型だということがわかったからだ。
そして、なんだかよくわからんうちに古泉はうちで晩飯を食うことが決定した。

そんなわけで、早速古泉は今日家に来たわけだ。
「お邪魔します」
靴を脱いでそれを揃える。おお、流石だな。昨日俺は靴脱いでそのままだったからな。妹もそうだったはずだからしつけが必要か。
あれ?でも帰る時に履いた時には履きやすいように置いてあったような…
古泉はなんていうか、えらい奴らしい。おふくろの描いている「礼儀正しい古泉くん」像にピッタリだな。
リビングからパタパタと走ってくる音が聞こえる。
見ると思った通り、妹が走ってきた。そこまでは想定の範囲内だったので放っておいたのだが、妹は俺たちの前で止まらずに古泉に突進して抱きつきやがった!
何しやがる!!
「えへへ~、古泉くん、いらっしゃーい」
古泉は走ってきたままの勢いで抱きつかれたから少し苦しかったんだろう。顔にそう書いてある。
「はい、お邪魔しています。今日はよろしくお願いします」
しかし妹が顔を見える位置に来ると笑顔になる。妹にも笑顔でいることを忘れないんだな。
「2日続けて古泉くんの顔が見れてうれしいなー」
普通、顔が見れて嬉しい、というのは会えて嬉しい。という言葉と同意のはずだが妹の場合本当にその意味で使っているのかわからん。
なにせ、昨日発覚したのだが妹は古泉の顔が好きらしい。
かっこいいと言っていた。やれやれ。
「あんた達、そんなとこにいないで早く入ってきなさい。古泉くん、遠慮しないで入ってね」
と、おふくろまで出てきた。エプロンを付けて、もう料理の支度をしているらしい。
「お邪魔しています。今日はよろしくお願いします。これ、お土産です」
帰ってくる途中で買ってきたケーキだ。そこまで気を使わんでもいいと言ったんだがね。
「あら、ありがとう。古泉くん。食事の後で食べましょうね」
おふくろ、なんだその全開の笑顔は。おっと。鍋がカタカタ言ってるぞ。
「あら、いけない。古泉くん、ゆっくりしていってね」
おふくろは古泉からもらったお土産を片手にパタパタと小走りでキッチンに向かった。さてと、
「お前らはリビングにでも居ろ。俺は部屋で着替えてくる」
別に古泉と妹を2人にさせても構わんだろう。
「うん」「はい、わかりました」
自分の部屋でトレーナーとジャージに着替える。
階段を降りていると妹の笑い声が聞こえるが古泉の笑い声は聞こえない。一人で笑ってるように聞こえるぞ、気をつけろよ。
喉が渇いたので牛乳でも飲むかと冷蔵庫を開けたら昨日まで入っていなかった食材で埋まっている。 気合入れすぎだ、おふくろ。
牛乳を飲む俺の隣で何かしらの歌を口ずさみながら料理を作るおふくろは楽しそうだ。何品作る気なんだよ。
こっちを見て
「ふふー、古泉くんはやっぱりかっこいいわね。お土産も貰っちゃったし。養子にしたいくらいよ」
やめろ。それはあきらめろ。
「冗談よ、冗談」
さて、当の本人はソファに座っている。妹と喋っているようだ。
「それでねー、これがキョンくんの小学校の入学式の写真~」
今、聞き捨てならないことが聞こえた。まさか…
後ろから覗くとそこには思った通り、俺のアルバムがあった。
何見てやがる!!!
即行でアルバムをひったくる。
「あー、キョンくん。何するのー?」
うるさい。これは禁止だ。
古泉、ニヤニヤしてどうした。
「とても可愛らしかったですよ。もっと見たかったのですが」
ほお。よし、お前が栄養の偏りによって病気になろうが俺には関係ないな。出て行け。
「キョンくんひどーい」
元凶が何ぬかしてやがる。
「おやおや、悪乗りが過ぎましたかね。もちろんあなたは今でも可愛いですよ」
最後の一言は妹に聞こえないように顔を近づけて囁きやがった。
だから、顔が近いんだって。
「あー。やっぱりキョンくんと古泉くんは仲いいねー」
昨日からその言葉は聞き飽きたぞ。
「箸とか並べてー」
キッチンからおふくろの声。へいへい、わかりましたよ。
おふくろ、おやじ、妹、俺、古泉の5人分の箸と茶碗なんかを準備する。その間に妹にはテーブルを拭かせる。
ん?どうやって並べればいいんだ?1人で座るのは誰だ?さすがにゲストと呼べる古泉をその位置に着かせるのは忍びない。
おやじでいいのか?俺と古泉・おふくろと妹・おやじ1人でいいか。
おやじが帰ってくる時間まであと10分ってとこか。おふくろは盛り付けに入っている。
…おいおい、本当に何品作ったんだ?
まあ、ご馳走を食べることに関して異議は無い。だがな、古泉が来るのは今日だけじゃないんだぞ。
これからもちょくちょく来る予定なんだから最初に気合入れすぎると大変だぞ。
その辺のことを古泉が帰ってから言う必要があるな。
「お父さん、まだかしらねえ」
もうちょっとで帰ってくんだろ。
「ただいま」
玄関から声が聞こえる。いつもよりちょっと早かったか。
「おかえりなさーい」
おふくろは一目散に駆けていく。
「仲がよろしいんですね」
ん?俺の家族か?別に普通だと思うが。
「ああ、そうですね。自分の家族が普通だと思うのは当然のことですよね…」
古泉の目は遠くを見ているようだ。一人暮らしってことは、当然家族とは離れて暮らしてるってことだもんな。
自分の家族を思い出しているんだろうな。なんだよ、そんな寂しそうな顔すんなよ。こいつから家族の話は聞いたことは無い。なんとなくそこに踏み込めないのだ。
「キョンくん、古泉くん。どうかしたの?」
なんでもないさ。さあ、おやじも帰ってきたことだし、ご馳走でも食おうぜ。
「やあやあ、君が古泉君かい?初めまして。今日はどんどん食べていきなさい」
「お邪魔しています。古泉一樹と申します。今日はお招きありがとうございます」
堅苦しい奴だな、おい。
「いやいや、これは噂に違わずに礼儀正しい子だな」
誰がそんな噂を…って、おふくろ以外にいないか。
「今日は、古泉くんが一番飢えてるんじゃないかと思う、おふくろの味!ということで和食にしてみたわよ。でも若いからお肉がいいかな、と思ってすき焼きよ!!」
おふくろ、なんかテンション高いな。年を考えろ。
「ありがとうございます」
おやじが着替えてる間に席に着く。「美味しそうですね」なんて古泉が言っているとおやじが来た。
「ここでいいのか?」
と、おやじはいつもと違う席に座る。すまんな。許せ。
「すいません。僕が席を取ってしまったんでしょうか」
「ああ、気にしなくていいよ。むしろ、こっちの方が上座だろう」
上座はいいが、さすがに椅子が違うのはまずいだろうと思って、いつもと違う椅子に座っているのは俺だ。
しかし、古泉がちょくちょく来るようになったらどうするかな。椅子をもう1つ買うべきか?
そんなことを考えているとおふくろがごはんを盛る。よし、全員に配り終わったな。
「「「「「いただきます」」」」」
「古泉くん、たくさん食べてね」
「はい、ありがとうございます」
それにしても今日は本当におかずの量が多いぞ。
さて、食べるとするかね。モグモグ。やっぱり昨日俺が作ったやつよりもうまいな。当然か。
メインをすき焼きにするのは人をもてなす考えとしては安易だな。でも、すき焼きの他にもおかずがいっぱいってなんなんだよ。
ほら、妹よ。肉ばっかり食うんじゃない。野菜も食え。古泉は
「とても美味しいです」
とおふくろに言いながら食っている。うん。いいんじゃないか。
それにしても、古泉の箸の持ち方が気になる。やっぱり直ってねえ。昨日の今日じゃ無理に決まってるか。
おやじの方を見るとどうも古泉の手に注目しているように見える。あー、気付かれちまったかな。
しかし、すぐにそれをおやじは言おうとしなかった。
さすがに初めて来た息子の知人に箸の持ち方を注意するのは気が引けたんだろう。
と思っていたのだが、古泉がすき焼きではなく煮豆を掴もうとしてそれを落としたときにおやじはとうとう動いた。
「古泉君、君の箸の使い方はなっていない。すぐに正すべきだ」
やっぱりそれを言いたかったのか。
「あ、実は私も気になってたのよ」
「昨日注意したのにねー」
おふくろと妹もそれに便乗しやがった。さて、俺もするかな。
「昨日、俺が正したが無理だったみたいだな」
家族の総攻撃を受け、古泉は俯いてしまった。よく見えないが耳が赤くなっているようだ。
「す、すいません…」
小声で古泉は呟く。うん?妹とおふくろは何だか目を輝かせている。どうした?
「こうするんだよ。こう」
おやじは自分の手を古泉の方に向けてみせた。なんだか手取り教えそうだったので俺が正しい持ち方で持たせてやる。
「あははー、やっぱり2人は仲良しー」
妹がそんな戯言を言っていた。
直後はそのままの持ち方でいるのだが、しばらく目を離すとまた持ち方が戻っている。
その度に俺と家族から
「古泉」「古泉くん」「古泉君」「あーダメだよー」
と注意されていた。
そんな食事も終盤に差し掛かった。そこでおやじは
「古泉君、君はこれから我が家で夕食を食べなさい。そして箸の使い方を改めなさい」
と言っていた。おいおい。命令かよ。
古泉は少し困った顔をしていたが返事は
「はい。是非お願いします」
だった。まあ、最初からこれからちょくちょく来るようになるっていう話だったんだからいいか。
「ふふ、じゃあ明日も箸の使い方レッスンね。子供達が小さい時以来ね。明日は魚にしてみましょうか。さて、みんな。おなかに空きはある?古泉くんに貰ったケーキを食べましょう」
「ケーキー☆」
妹はきっと夕食とケーキは別腹なんだろう。俺はまだ大丈夫だ。おふくろも別腹タイプ。おやじはそんなに甘いものが得意じゃない。古泉はたぶん無理してでも食うだろう。
そんなわけで4人でケーキを食うことになった。
俺はなんでもいいと言ったらモンブランになった。妹はショートケーキ。おふくろはチョコケーキ。古泉はミルフィーユ。
さて、俺の家族は箸の使い方は完璧だが、ケーキの食べ方は完璧かと聞かれるとそうではない。
妹は頬に生クリームを付けている。おふくろは汚いとまでは言わないが皿に少しポロポロと残ってしまっている。俺は最初に栗を取ろうとしたら少し潰してしまった。
それに比べて古泉はケーキの中でも食いづらいことこの上ないミルフィーユをものすごく上手に食っていた。
唖然とするのは俺達家族。おいおい、これじゃあ面目ねーぞ。
「どうしました?」
と古泉が聞くものの、上手に食べているのを見ていた、なんて言うと俺達の食い方をまざまざと見られることになっちまうから言えなかった。
古泉は不思議な顔をして俺たちの顔を順番に眺める、と妹の顔を見て微笑む。
「妹さん、生クリームが付いてますよ」
そう言って手で取ってやる。
「ありがとー、古泉くん」
ニコニコした奴は
「どういたしまして」
とか言ってやがる。俺は付いてないな。なんだよ、こっち見てニヤニヤすんな。
少し休んでから古泉は帰ることになった。
「今日はありがとうございました」
「いいのよ。明日も来てね。ほら、送ってあげなさい」
別に送る必要なんかないだろ。と思ったし、古泉も遠慮すると思っていたら
「あたしもいっしょに送るー」
と妹が言い出だしちまった。こいつを諦めさせる手間を考えたら古泉を送るくらいわけないさ。
「へいへい。じゃあ、行くぞ」
「あ、いえ。いいですよ」
うるさい。否定するならもっと早くやれよ。妹は言い出したら聞かないんだよ。
「早くいこー」
はいはい。今、靴履くからちょっと待ってなさい。
「じゃあ、行ってくる」「いってきまーす」「お邪魔しました」

というわけで帰り道だ。
「今日はすごく楽しかったです。ありがとうございました」
そうか?箸の使い方とか煩くなかったか?
「いいえ。なんだか、家族の一員になれたような気がして嬉しかったです。すごくいい家族ですね、あなた方は」
ふーん。よくわからんが古泉にとって居心地が良かったなら安心した。
「明日も本当に来るのか?」
なんだか俺以外の家族は来ることを確信していたが。
「あなたが許してくださるなら」
別にいいぞ。俺にとっての不利益はないからな。
「嬉しいです」
古泉は本当に嬉しそうな顔をした。仮面のような顔じゃなかった。なんだ、その顔は。
「あー、古泉くん、どうしたのー?すっごくうれしそうなかおしてるー。その顔もすっごくかっこいー」
こら、妹よ。そういうことを軽々しく言うんじゃありません。
「ありがとうございます」
「へへー。ねぇ、手つなぎたいー」
「はい。どうぞ」
こら。どこまでお前は古泉を気に入ってるのだ。と思ったら
「キョンくんもー」
だそうだ。はいはい。
「やったー。ねぇねぇ、もちあげてー」
あん?しょうがない奴だな。古泉、いくぞ。せーの。
「きゃー。あははははー」
楽しそうだな。本当に俺はお前の将来が心配だよ。おや、この図はまるであれだな。囚われた宇宙人。と俺は思ったのだが古泉はそうは思わなかったらしい。
「ふふ、家族みたいですね」
なんと!!家族と来たか!
「家族はねーよ。大体、誰が母ちゃんで誰が父ちゃんだ。俺は囚われた宇宙人を思い出したぞ」
なんだ、そのキョトンとした顔は。宇宙人がそんなに意外か。
「いえいえ、家族と言っても兄2人と妹を想定していたので。それにしても、妹さんを宇宙人なんて言うのはひどいんじゃありませんか?」
なっ!なんだよ、家族と言ったら親子だと思ってもしょうがないだろ。その顔は忌々しいからやめろ。
「あはっ☆キョンくんがおかーさんで古泉くんがおとーさんであたしがうちゅーじんっ!!」
こら。認めるな。っていうか、なんでナチュラルに俺をお母さんにしてるんだ。俺がお父さんじゃないのか?
「だってー、キョンくんの方が小さいもーん」
くっ。人が気にしていることを!!!
「ははー。キョンくん身長のために牛乳いっぱい飲んでるもんねー」
うるさい。
ほら、もう古泉の家に着いたな。
「じゃあな」
「はい。ありがとうございました。では」
「えー。2人でバイバイのちゅーとかしないのー?」
……………はい?
何を言ってるんだ、お前は。ここは日本だ。友人同士で挨拶にキスなんてするはずがないだろ。
「えー。2人ってつきあってるんじゃないの?」
なー。
開いた口が塞がらん。古泉もお得意のフォローが出来ないみたいだ。
「何言ってるんだよ。そんなわけないだろ」
「えー、そうなのぉ?毎日電話してるのにー?キョンくんの机の中には古泉くんの写真が入った写真立があるのにー?キョンくんのケータイの裏のカバーに古泉くんとのプリクラがはってあるのにー?昨日、キョンくんがけがしたらすぐに古泉くんが指をなめてたのにー?古泉くんさっきキョンくんにかわいいとか言ってたのにー?」
……えーと。こいつをどうしたらいいのだろうか。
こら、古泉。なんで感動したような目で俺を見ている。やめてくれ。トラウマになっちまう。
妹の顔は、屈託の無い笑顔なのに恐い。恐すぎる。
悪魔だ。間違いなくこいつは悪魔だ。誰か助けてくれ。
なんて言えばいいんだろう。もうわけわかんねーよ。
「妹さん、ありがとうございます」
お前は何を言ってるんだよ。
「まさかあなたがそんなことをしてくれているなんて…先程、妹さんの生クリームを取る時にちょっと妬いてくださったかな?なんて嬉しく思っていたのですが、それよりも断然嬉しいです」
別に妬いてねーよ。それよりも。
「なんでお前は俺の机の中身を知ってるんだよ」
どうせ勝手に開けたんだろう、けしからん。
「てぃへっ☆ごめんね」
それで許されると思ってるのか?
「だいじょーぶだよー。おかーさんにも言ってないから」
くそ。このことが弱みになるってわかってやがる。どうする俺?
「内緒にしてくださいね?」
「うん!!」
勝手に話を進めるなー!!!
「誰にも言っちゃダメですよ」
「やくそく、やくそくー。ゆびきりしよー」
もう帰っていいかな、俺。
古泉と妹は指きりしている。これで妹の軽い口が本当に閉まってくれるのだろうか甚だ疑問だね。妹がおふくろといる時は出来るだけ俺も一緒に居ないとな。
「帰るぞ」
早いとこ帰って、もう寝たい。
「はーい。古泉くん、また明日ねー」
歩き出そうとしたら腕を引かれる。何すんだよ。
「また明日。それにしても妹さんは鋭いですね。あなたも見習ったらどうですか?」
古泉は耳に触れるか触れないかってところでそんなことを囁いた。真性の馬鹿だ。こいつは。
「ははー。仲よしー」
ほら、妹はまたこんなこと言ってやがるし。
何も言わんで俺は歩き出す。
「あー、キョンくん。まってー」
妹は俺に言う。
「古泉くん、本当の家族になれないのかなぁ?今日もうちにとまっていけばよかったのにね。あ、そうだ。キョンくん、あたしアイスたべたーい」
途中、コンビニに寄ってアイスを買ってやった。こいつの機嫌取りはここしばらくは必要だろうからな。
そして俺は道すがらアイスを食べながら考え事をしていた。妹を見習えとはどういうことだ?と。

さて、その妹の願望が実って本当に古泉が我が家に泊まったのは別の話だ。


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Last-modified: 2008-01-30 (水) 23:17:43