古キョン古・電話

 

手が微妙に汗ばんできているのは、無駄に速度を増す心拍数の弊害かね。
部室で顔を合わせるのよりもこういうのの方が緊張するのは何故なんだぜ?
ともったいぶっても何という事ではない、携帯メールを送るやら送らんやら、送るやらのなんたらだ。
ライトの落ちた液晶画面を見つめすぎて頭が痛くなってきた。
「キョン君顔こわーい」
うるさい。今俺はこの送信ボタンを押すか押さんか脳味噌フル回転で悩んでんだからほっとけ。
客観的に冷静に考えたら、まあ、今は送らんのが正解だろう。
よし、押さない。押さないと考える。押すならそうだな、2時間後ぐらいが丁度いい。
だいたい帰宅後そう時間が経ってないのにメールするとかうっとおしいじゃないか。
「え?さっき別れたとこじゃん?」ってそれどんなウザイ男だ。
思われたら思われたでこっちがむかつくぐらいの勢いだが、
何せ顔を付き合わせてるわけじゃないから向こうの反応が見られんのが危ない。
いやまてよ。今押さず2時間キープしたとする。
夕飯が済み夜も更けゆく。……寝てしまうかもしれん。
いやいや向こうじゃない。こっちが。
いやいや向こうも寝るかも。
高校生が寝るには早すぎる時間だが、可能性がないとは言えん。
いや、むしろ風呂時間にバッティングする確率の方が高いかもしれん。
風呂……風呂か。
いや向こうじゃない。こっちが。変な想像していない。
途中でさっさと入っちゃいなさいなんてことになって、
送った挙げ句に返信を待たせるなどという目も当てられん結果になるかもしれん。
相手がハルヒや朝比奈さんあたりじゃないのでむしろ待たせてもいいくらいなのだが、
そもそも一通目を送ったのがこっちでは何となく悪い気もする。
ハウスダストの目にも留まらぬ一粒程くらいは微かに。
やはり今送るべきなのかも。
と、何手先になるのかわからないぐらいの終わりの見えない長考に、
2時間くらい余裕で過ぎちまうのではないだろうかとすら考えた矢先、
唐突に手の中がブルブルし出して俺は無様にも携帯を取り落としてしまった。
「何やってるのー?」
妹がいぶかしげな顔あからさまに、開いたままの携帯を拾い上げて差し出してくる。
そっと自然なポーズでそれを奪った。慌ててなんかないぞ!中見てないだろうな!
「なになに?見せてー?」
墓穴を掘った。だが断る。
しかしぐだぐだ考えている間に、先手を打たれるとは全くもって遺憾である。
無駄な思考26行がまるっと頭の中でゴミ箱につっこまれ、ただ疲れだけが残った。
古泉のくせに、待たせるくらいならさっさと送ってこい。
受信メールを開く。画面に表示されているのは無機質な文字の羅列だ。
さらりと読み流して、さっさと返事をすればいい。
古泉が打った。
……意識するな。しないでいい。意識?なにそれおいしいの?
だいたい、メールなんぞ今までも何度かやってきたじゃないか。
しかしメールっつーもんはまどろっこしいな。……電話するか。
メール画面を閉じ、古泉の携帯番号を表示する。……いやまて俺。
緑のボタン押した後で遅いが俺、メールの返事で電話はこれはちょっと、
いやかなりうっとおしくないか??しかもどーでもいいメールに。緊急の用事も無いのに。
『はい』
出るな、出るなって。早いってお前。そこは空気を読んで出るな。
ワン切りの履歴が残るのも癪だが、なんとなく今は喋りにくいんだ。
さっきはまだ話せるような気がしたんだけどな。くそ、おかしい。
『どうかしました?』
古泉が不審がってないのが救いだな。爽やか笑顔が目に浮かぶような声音だ。
「……別に緊急の用はないんだが」
辺りを見回す。さっきからの不審行動の連続に、妹が幼い瞳に興味津々な光を宿して
俺をガン見している。こいつは気まずいぜファーハーハー。
向こうにいけとのパントマイムもいまいち判ってないっぽいので、
こっちが廊下に出る。なんか後ろめたいことをしてるようで後ろめたい。

気持ちのいたちごっこだ。そういうわけで、耳元で古泉が声を聞けて嬉しいだの何だの
もそもそ言ってるが、あんまり正しく理解できんのだよ。
かけたらかけたでとくに話すこともないわけで、とりあえず
「お前何してた?」
うわ一番最低なお題のふり方をしてしまった。
うざったい質問ナンバーワンに昂然と輝き立つ内容な上に
話すことはないけどとにかく構いたいんですよ!という雰囲気がにじみ出してしまう。最悪。
『今は外に。少し野暮用があって、帰宅途中です』
暗い廊下で頭を抱えている俺とは対照的に、デジタルじみてはいるがあくまでも明るい声音が響く。
「そうか、悪かったな」
『いえいえ。あなたからの電話なら。……電話代大丈夫ですか?』
古泉の声が心配の色にかわる。
「大丈夫だろ、まだ」
『回数が増えると心配ですね。まさか貴方から掛けてきてくれるとは思わなかったので』
うるさい、それ以上言うな。今回は仕方が無い。
『同じキャリアなら、LOVE定額にしたいところなのですが』
うわ、今ぞわりときた。ありゃーなにやらこっぱずかしいスローガンのもと
打ち立てられた割引制度じゃないか。たとえキャリアが同じでも勘弁奉る。
家族割だからそれはできんな、と言いかけて、飲み込む。
古泉のは機関から支給されたものだと、何かの折に聞いた覚えがある。
…古泉。
俺は家に居る。
お前は今もひとりなのか。
機関の人と一緒だろうか。
黙り込んだ俺をよそに、古泉は耳元で(携帯を通じて、だが)話し続けていた。
『そうだ、こちらから掛け直しますよ。僕が払うわけじゃないので、電話代は気にしなくて構いませんし』
「……んや、」
『? 別に遠慮はいりませんよ』
「……そうじゃない、」
だからメールでワンクッション置いておけばよかったんだ俺の馬鹿。浅はか過ぎてどうしようもないね。
『掛けなおしますって。一端切りますよー』
「いーって。こんな私事に機関とやらの予算使うことないだろ」
『……何拗ねてるんですか?』
断じて拗ねてはない。本音でもある。子どもを丸め込むような優しげな声は気に入らないが。
気に入らないからこんな声になってしまうだろ、こっちだって。
電話代使うくらいなら、とかいらん言い訳をくっつけてでも、一言が言えなくなる。
「特に話す内容もねえし。お前だって……」
『あ』
人が話してる途中に何だ。割り込むな。
『じゃあ、少し時間があるなら、会いませんか?』

電話を切って上着を取りに2階へと戻る。
階段を下りてくるときにうるさいわよ、と母親が文句を投げてきた。そんなにうるさかったかね。
「キョン君ー?どこいくの?」
不思議そうに後をつけてくる妹。ついてくんなよ!別に何でもないんだから。
「緊急の用事!」
玄関のドアを押し開けつつ、振り返りざまに言い放つと、
「うわ、」
「え?」
「あ、古泉くん」
やほー、といわんばかりに妹が元気良く手を挙げ、……俺は固まった。
なんでここにいるんだ、お前。ほんとに。
「貴方の家の近くに来たから、今からでも、って言ったんですよ。……それで、緊急の用事とは?」
えらくハデにドアが開いたから危なかったですよー。なんて、
忌々しい程に笑みを深めて、耳元に口を近づけてくる。うるさいだまれ。
俺はそっと玄関を閉めると、古泉の手首を引っつかんで門の外に出た。妹の不満声なんて聞こえん。
ちょっとは言わんでもわかるやつだと思ってやったのに。所詮古泉は古泉だな。
仕方ないだろう。こっちだって経験薄な高校一年生なんだ。
なんつーか……そうなった当日くらい、くだらんことで悩んだり、直ぐに……
いや、これ以上はやめよう。意思ではどうにもならない方向に、顔がおかしくなってきた。
見えてないだろうな。日も暮れてきたからな。見えてないことを期待する。
暗い中なら、たとえちょっと複雑に指が絡んでも、許してやるさ。


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Last-modified: 2008-01-30 (水) 23:17:40