古キョンパラレル?遊郭ネタ

 

 彼は接客を生業としている割には笑わない…悪く言えば無愛想な人だった。
 金で一時の夢を買いに来る者が集まるこの花街の見世においては、彼のように客に媚びる事をしない人は稀有なのかも知れない。
 しかし彼は客をぞんざいに扱うような人ではなかった。
 初めて彼の客となったその日から、僕は気付いていた。取り留めのない僕の話に静かに耳を傾ける彼の、眼差しの優しさに。
 僕の言葉に時には頷き、時には言葉を返し、時には呆れた顔を見せ、時には微笑む。
 彼と過ごす穏やかな時間が心地よくて、僕は彼の元に何度も足を運んだ。彼はいつも微かな笑みで、僕を迎えてくれた。
 そして初めて肌を重ねた時。普段の様子からは想像も出来ないほど情熱的な彼を知った。
 それが彼の仕事だから――ただそれだけなのかも知れないけれど、それでも僕は夢中になった。僕の心は、完全に彼に捕らわれてしまったのだ。


「あの…」
 見世に通い、幾度となく繰り返してきた情交の後、僕は彼に切り出した。
「あなたを身請けするにはいくら必要なのでしょう」
「……」
 僕の問いに彼は一瞬目を丸くしたが、しばらくすると物憂げに目を伏せ、淡々とした口調で話し始めた。
「さぁな。さして人気があるでもないし、そんなにかからんだろうが…それでも端金、と言う訳にはいかないだろうな」
 人気がないだなんて、そんな筈がない。あなたは気高く、美しい。
「お前以外に客がいないとは言わないさ。一度会ったら次も同じ女郎に会うってのは、客の矜持でもあるだろうしな」
 僕は違う。そんな習わしやプライドの為にあなたに会いに来ている訳じゃない。
「分かってる。お前ほど俺の所に通ってくる奴もいないからな」
 彼は小さくありがとよ―と呟いて、力なく微笑んだ。
「…とにかく、妙な事を考えるのは止せ。お前なら外でいくらでも良い相手が見つかるだろ」
 そう仰ると思っていましたよ。自分の為に多額の出費をする必要などないと言いたいのでしょう?でもね――
「駄目なんですよ。あなたでないと」
 僕は彼の手を取り、真っ直ぐにその瞳を見詰めた。
「僕はあなたをここから連れ出したい。その為には身請けをするしかない。そうでしょう?」
「一生出られない訳じゃないさ。勤めも十年もすりゃ年明きだ」
 彼はそう言って、口の端を不自然に上げた。無理に笑うなんて、あなたらしくない。そんな顔は見たくない。
「それまで待てと仰るのなら待つ事も厭いません。けれど僕は、あなたを僕以外の誰にも触れさせたくないんですよ」
「ちょっと待て、古泉…」
「あなたにとって僕が数いる客の一人にすぎない事も分かっています。それでも僕はそう思う事を止められない」
「待てって!聞けよ」
 珍しく声を荒げた彼の顔を、僕は少しの驚きと共に見る。不自然な微笑みは既に消え去り、真摯な眼差しが僕を見ていた。
「誤解があるようだから言っておくが、俺は誰にでもこんな事を許す訳じゃない」
「え…?」
「お前だから許したんだ。まぁ…こんなんだから客も付かないんだがな」
 僕に抱かれるのは、仕事だからではないと…?
「本当、に…?」
「嘘は嫌いなんだ」
 それはつまり、あなたも僕を想ってくれていると…そう言う事なんですか?
「お前がここに来なければ良いのにと思う事がある」
 そう言って、彼は切なげに眉根を寄せた。
「俺は好きな奴に抱かれてる―ただそれだけなのに、お前はそれに金を出さなきゃならない。それが堪らない」
 全ては僕がやりたくてやっている事です。あなたが気に病む必要など少しもない。あなたには、そうするだけの価値があるのだから。
「けど、お前が来ないと俺はお前に会えない。会いに来て欲しい…そんな風に思っちまう自分が嫌なんだ」
 眉間に深い皺を刻んだまま、彼は目を伏せた。
「今日だってそうだ。お前が来てくれた事が嬉しくて…辛い。この上身請けなんて…俺はこれ以上何も望みたくないのに」
 彼の指が、僕の手を握り返す。僕は彼の身体を引き寄せ、抱き締めた。微かに震える指先は、まるで泣いているみたいで…。
 本当は、この生活から抜け出したい。
 僕には彼がそう言っているように思えた。それならば、やはり僕が彼を連れ出してあげたい。外の世界へ。
「やはりあなたをこのままにはしておけない」
「古泉…?」
「しばらく来られなくなるかも知れませんが…許して下さいますか?」
 一時の夢ではなく、終生の幸せを手にする為に。
「許すも許さないもないな。二度と来なかったとしても俺はお前を恨んだりしないし、忘れもしない」
「必ず来ます。ですからその時は…」
 あなたの全てを僕に下さい。そして許して下さい。

 あなたを連れてこの街を去る事を――。


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Last-modified: 2008-01-30 (水) 23:17:35