古キョン 涼宮ハルヒの妄想 2

あれからしばらく続いた酷い羞恥プレイのような撮影会が終わり俺と古泉は部室前の窓の前に並んでいた。
朝比奈さんが着替えるために俺と古泉は追い出されて廊下にいる。
普段なら此処で帰ってしまってもいいのだが、団長様の提案でこの後打ち上げが行われるらしい。
どうせいつもの喫茶店かファミレスだろう。主演男優にギャラとして奢りの一つでもあれば嬉しいのだが。
俺が全員分奢るという事態は今回は無いだろう。
開いた窓から入ってくる風が涼しく、赤くなっていた顔も落ち着いた。
文化祭も終わり最近すっかり風が冷たくなってきたな。
「今日の涼宮さんの行動をどう思われましたか?」
窓枠に頬杖を付いている俺の横に古泉が並ぶ。
「まったく、今まで一番迷惑で腹が立ったよ。」
「ふっ、そう言うと思っていました。」
なら聞くな。
「でも、僕も今回の涼宮さんの提案にはいささか動揺しました。彼女の提案が突拍子も無いことは今に始まったことではありませんが。まさか貴方との絡みを強要されるとは予想外でした。」
ふふっ、と困ったような笑みを零す。俺は笑う気にもなれずに黙ったまま窓の外を眺める。
「更に驚いたことですが、僕と貴方の役割は逆ではありましたが涼宮さんが指示した演技は、まるで僕らの情事をなぞった様ではありませんでしたか?貴方に顔を近づけ、目を瞑る瞼に、次に貴方の苦手な耳、短い前髪を手でどかしておでこに、そして最後に唇に僕が口付けをする。すっかり形式なってしまった順序です。それを今日は貴方が涼宮さんの指示で貴方が僕にしてくれましたが。」
こんなことを躊躇いなくぺらぺら喋るこいつの代わりに俺の顔にまた熱が戻ってくる。
くくっ、と古泉が小さく笑う。
「少し驚きました。貴方が涼宮さんの指示が出るよりもスムーズに動いていましたからね。僕としましては悪い気はしませんでしたが。ここで本題です。貴方は、涼宮さんが今までの僕達の行為を見ていた。そして関係に気付いてしまったんではないかと考えませんでしたか?」
質問形式にはなっているが明らかに俺の答えがわかっているような口調だ。腹の立つ。
お前の言う通りだよ。
「僕も一度はそうも思いました。でもそれは在り得ないんですよ。」
在り得ない?
この一年足らずであらゆる不思議体験をしてきた俺には在り得ないことを探すほうが難しかった。
「何がありえないんだ?俺からしたらハルヒが俺たちのことを知っていたとしか思えないんだが。」
面倒くさくなり古泉のほうも向かずに適当に答える。
今更だがこいつのもったいぶった言い方が気に入らない。
「もし涼宮さんが気付いていたとして、今日まで何のアクションを起こさないでいるでしょうか?」
確かに。あいつのことだその場で乗り込んで来るか、写真の一枚も撮られて脅迫でもしてきそうなものだ。
「そうなんです。しかし今日まで何も無かった。閉鎖空間が乱立するようなこともありませんでした。今日の撮影も我々に何かを気付かせる為ではなく純粋な好奇心で行われていたものと考えて間違えありません。では今回は涼宮さんの力は働かなかったのか?そうだといいのですが、僕にはそうも思えません。結論から言いますと、涼宮さんによる影響はもっと以前に起きていたと考えます。」
もっと前?
「そうです。僕と貴方が、初めて情事を行ったとき以前です。」
その言葉に俺は初めて古泉の方を向いた。古泉も窓枠で手を組んだままこちらを見ていた。いつもの笑顔の安売りのような顔で。

その日のことは良く覚えている。忘れられるわけが無い。
古泉と俺以外が帰った部室で、珍しく長引いたオセロの続きをやっていた。そんな時、いつもの笑顔でまるで世間話の延長のようにこいつが言ったんだ。
「僕、ずっと貴方が好きだったんですよ。知ってました?」
何の冗談だ?こいつのユーモアのセンスにほとほと付いていけない。何処かにカメラでもあって、ドッキリなんじゃないかと目だけで辺りを見回したりもした。
「冗談なんかではありません。本当は貴方とこうやって向き合ってゲームなんかしていられ無いほどに。黙っていられないほどに。」
その日、俺は初めて古泉にゲームで勝てなかった。正確にはゲームが途中でおじゃんになったせいだ。
無理やり机に乗り出し俺に近づいた古泉のせいでオセロのコマたちは逃げるように机の下に、椅子の上にばら撒かれた。
俺のどんぐりみたいに間抜けに開いた目には閉じた古泉の長い睫と瞑った瞼しか見えず、耳には落ちていくオセロの音だけが嫌に長く耳に残っていた。

俺にはいまいちこいつの言いたいことが伝わってこない。それよりもこの話を早く終わらせたくてしょうがない、なぜかそんな気分だった。
「今回の涼宮さんの提案は今日いきなりのように思いましたが、実は言い出したのは急でも前々からずっと思っていることだったとしたらどうでしょう。たとえば僕が貴方に告白した放課後より以前だとしたら。」
そこまで言われて俺もやっと気が付いた。こいつの言わんとしていることが。
酷く間の抜けた顔をしていたことだろう。古泉がそんな俺を見て困ったような顔で笑った。
おそらくこいつの言いたい事はこういうことだろう。
俺とこいつが関係を持ったことも、今日に撮影を俺がスムーズに進めたのも全てハルヒの力によるものだと。
背筋に痺れが走った。恐怖なのか絶望なのかいやそのどちらもだろう。
言葉の出ない俺の変わりに古泉が話し始める。
「涼宮さんの力は今回のことに対しても例外なく発揮されていたということです。どこかにBLのカップルがいれば普通より面白いと考えたんです。そしてその妄想の結果として身近にいた我々が対象になってしまった。」
「しかし今回の撮影と本来の僕らの付き合いには相違点がありました。」
古泉が人差し指を一本立て俺を指差してから自分に指を向ける。
「貴方と僕の立場の逆転です。涼宮さんの中では僕は女役、貴方が男役になっていました。しかしそれは現実とはなぜか逆です。」
「それならこれはハルヒのせいじゃないんじゃないか?」
何とか口を開いて言葉を割り込ませんる。

「いえ、これほどの小さな相違は今までもよくありました。おそらく涼宮さんの考えていることよりも我々の意思が少なからず勝っていたのでしょう。たとえば、文化祭の映画撮影のときに喋る猫が現れました。現実世界は猫が喋るなんてことを容認したりはしませんが猫自体は自分が喋ることに反発もありません、話せる力が与えられたら何の疑問も持たずに話し始めるでしょう。しかし我々は違います。猫よりも強い多くの意志を持っています。もっとも本人も気付きもしないような意識下の話になりますが。もしかしたら僕が貴方に口付けをした後、抱かれるのが僕で抱いていたのが貴方というのが本来のシナリオだったのかもしれません。しかし結果的に貴方が僕に抱かれることになった。そこは我々の意志が働いた結果だと思っています。貴方が僕を積極的に抱いてくれるとも思えませんしね。まぁ涼宮さんは撮影のときの役割を見た目だけで決めましたから。つまり涼宮さんの力は人間の意志を無視しての操りは余り得意では無いのです。」
しょせん俺たちはハルヒのゲームの中にいるキャラクターの一人で、今回ちょっとしたバグを起こしたって言うのか?
ふざけるな。
今わかった、背筋の痺れは恐怖でも、絶望でもない、正真正銘怒りだ。
ハルヒの勝手な力にも、冷静に話を続けられる古泉にも怒りを感じた。
それじゃあ俺と古泉の関係も結局ハルヒの夢だったみたいなものか?
今回撮影したテープの最後にも文化祭の映画で使ったようにこの作品に実在する人物、事件団体は、などと台詞を入れたとしよう。そうすると俺たちもまたただの男友達の関係に戻るのか?もちろんキスなんかしない、セックスもしない、手を繋いだだけで男同士で気持ち悪いと言い合うような当たり前の友達関係に戻るって言うのか?
「そうかも知れませんね。実際、男同士の同級生が関係を持つこと自体がイレギュラーな出来事ではあったのです。」
さらっと言い放った古泉になんともいえない感情がわきあがる。こいつはどう思っているんだ?俺より早くこれに気が付いてどう思ったんだ?ハルヒのやることに今まで反抗を示したことの無いこいつだ今回のこともハルヒの起こした現象の一つとして機関とやらに報告して終わらせる気か?

考えよりも先に体が動いていた。古泉の顔を両手で挟んで乱暴に自分の唇を古泉の唇に重ねる。いや、ぶつけるの方が正しいかもしれない。
流石の古泉も驚いたようだったがすぐに目を閉じキスをリードする。
悔しいが俺はお前が好きだ。それがたとえハルヒのお遊びだったとしても。
あの撮影がフィクションで終わってもそのあとも俺はお前を好きでいられる自信がある。きっと同じような事をする。今度は俺がオセロをばら撒いてお前にキスしてやっても良い。
俺から告白もしてやる。俺はただの同級生を好きになったんじゃない。お前が、古泉一樹が好きなんだ。
古泉から唇と手を離す。少し背伸びしていたつま先が痛い。
ぶつけ合った衝撃で俺の唇の真ん中が切れて血を流していた。それに気が付くと古泉が血を舐めるように口を付ける。
「僕だってこのまま終わらせる気はさらさらありません。貴方がこんなに愛しいのですから。しかし涼宮さんには決してばれてはいけません。今度は更に大きな閉鎖空間には行きたくありませんでしょう?涼宮さんの前で必要以上に僕と仲良くしてはいけません。」
ん?どこかで聞いたことのある台詞だ。何で俺が他の奴と仲良くすると閉鎖空間が起こる?ハルヒが望んだことじゃないのか。
「涼宮さんには矛盾があるのです。面白さを求める反面、実際に見たら拒絶してしまうような矛盾が。」
話しながら古泉が腰に肩に手を回し抱きしめる。俺も抵抗することなくこいつの腕に収まる。
「これはまさに神に逆らった関係です。ばれたらその瞬間関係が、いや、世界さえも終わってしまうかもしれません。」
「そんなの関係あるか。」
随分不敵な笑みを俺はしていたと思う。ハルヒのせいで何度も絶望は感じたが今回は何故かなんの心配も無かった。
神だろうと何でも恐れていなかった。
「キョンー、古泉くん随分待たせたわね。もう入っていいわよ。」
扉の向こうからでかい声が聞こえる。これを合図にするように俺と古泉が体を離す。
パタパタと愛らしい足音が聞こえるとこれまた愛らしいふわふわの先輩が「おまたせしました。」と扉を開けてくれた。
目の前に満足げな笑みを浮かべ椅子にふんぞり返って足と手を組むハルヒの姿が目に入る。
なるほど。こいつが俺たちの恋のキューピッドであり、いつ爆発をするかわからない核兵器だというわけか。
「なによ?変な顔して。」
「ん、いやなんでもねーよ。」
俺は喧嘩でも売るような笑みでも向けていたのかハルヒが新種の生き物でも見るような警戒した目で見る。いや、ハルヒだったら喜んで素手で触るか。

これはちょっとした宣戦布告だ。
神を敵にまわした俺の決意は簡単に崩れねーよ。

  • GJ!キョンの古泉好きっぷりに感動した! -- 2007-10-30 (火) 13:05:32
  • 古泉がキョンに愛されていると、こんなに泣けるんだと知りました。激萌。 -- 2007-10-31 (水) 17:01:37
  • 絶対に二人の関係は終わってほしくないと思いました -- 2007-11-04 (日) 15:53:45
  • 読んでてすごくドキドキした… -- 2008-12-29 (月) 16:47:12


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Last-modified: 2008-12-29 (月) 16:47:12