古キョン 伝達の齟齬

 

「あの、あなたは僕のことどう思っているんですか」

どうしても我慢できずに聞いてしまった。
彼に好きです好きですと告白をし続けて、キスまで出来る関係になった。
彼はそれを受け入れてくれている。
しかし、今まで一度も彼からは「好きだ」の一言はない。
いつも今日こそは聞こうと思いつつ、返事が恐くて聞けていなかった。
でも、今日は僕の家に来てもらって濃厚なキスをした。
彼の潤んだ瞳がたまらない。
先に進みたくて進みたくて仕方ない。
でも、これ以上先に進むのは彼の気持ちを確かめてからだ。
そうしないと嫌だ。もし彼が受け入れてくれているんだとしてもそれをはっきり言葉で教えて欲しい。
付き合っているのかくらい言葉がなくても態度でわかるという人はいる。
でも僕はわからないし、嫌だ。
あまり僕に嬉しいことを言ってくれない彼だからこそ、こういうことでは嘘はつかない。と思う。
だから、すごく大きい意味がある。彼の言葉には重みがある。
その言葉が聞きたくて聞きたくてしょうがない。
彼に「好きだ」と言ってもらうのを期待して止まない自分がいる。
お願いします。
言ってください。どうか、どうか僕を好きだと。

彼は僕のことを凝視して何を言えばいいのか迷っている風だ。
即答してくれないんですか?
訝しがっていると、彼が口をモゴモゴ動かした。
聞こえません。はっきり言ってください。

「嫌いじゃない」

今度ははっきりとそう言った。
嫌いじゃない?嫌いの反対は好き、なんて素直に喜べつはずなんてない。
国語のテストじゃそれでいいかもしれないが、感情にはいろいろある。
嫌いじゃないからといって、それが恋愛感情的に好きなるとは限らない。
限らないどころか告白されて「あなたのこと嫌いじゃないけど、ごめんなさい」なんて断る常套句じゃないか。
ということは僕は今、断られたのか?
ここまでの関係になっておいてそうなんですか?
そういう人じゃないって信じていたのですが、そうなんですか?
あなたのことを責められる立場じゃないのはわかっています。
でも、ああ、頭がクラクラする。本気で言っているのかこの人は。
なんで真剣な目をしているんですか。
本気なんですね?僕のことは好きじゃないと。そういうことでいいんですね?
ショックで死んでしまいそうです。

しかし、この人にそんな失態は見せられない。
とりあえず帰って欲しい。
「今日のところは帰ってくださいませんか?」
普段どおりの口調と表情を取り繕ってそう言う。
完璧に出来ていますか?
出来ていないようですね。彼が不審な顔をしています。
しかし、問答無用で帰ってもらわないと困ります。僕にだって一人で泣きたい日があるんですよ。
「申し訳ありません」
「おい、古泉?」
どうして表情に疑問が浮かんでいるんですか。何故帰って欲しいのかもわからないんですか?
「お願いですから…っ!!」
自分でも、随分悲痛な声を出しているかがわかる。
呆然とした彼が玄関から出て行く。
バタンとドアが閉められて彼の姿が消えた。それと同時に涙が落ちた。
彼は僕のことを何とも思っていなかった?
僕の独りよがりだった?認めたくない、認めたくないけれど彼はこういう時に嘘をつかないだろう。
それは僕が好きになった彼なら当然のこと。
きっと、さっき言われた言葉が真実。
涙が零れる。
僕の独りよがりだった…なんて格好悪い。

「嫌いじゃない…か」

残酷な言葉だ。


それからの僕は出来るだけ彼と2人きりにならないように過ごした。
部室に行くのも彼が一人でない時を見計らってから。
他の方が出て行きそうな雰囲気の時はケータイをいじってアラームを用意しておく。
電話が来たと見せかけて自然に部室を出られるように。2人きりになんてなりたくない。
彼に泣き言を言ってしまいそうだから。縋ってしまいそうだから。
そうして1週間。何事もないまま過ごした1週間。
彼が僕を窺う回数が増えて、何か言いたそうにしていたが彼は優しいからフォローでもするつもりだったんだろう。
しかし、その優しさはいらなかった。だからわざと言わせる暇を与えなかった。

「なんかお菓子食べたいわねぇ。買ってこようかしら。キョン!付き合いなさい!!」
「まさか、それも俺の奢りか?」
部室でのそんな日常のひとコマ。
2人が仲良くしているとチクチク心が痛むけれど気にしない。
「いってらっしゃい」
機関から派遣された古泉一樹は笑顔でそう言う。仮面を被って。

「たっだいまー!!」
買い物袋を提げて2人が帰ってきた。涼宮さんは機嫌がいい。何よりだ。
ごそごそと袋を漁って彼はプリンを取り出す。貰ってきたスプーンで食べようとする彼は可愛らしい。
「僕もプリンが食べたいですね。頂けますか?」
そう言って残っていたプリンに手をかけたら彼は睨んできた。
「え?ダメなんですか?食べてるじゃないですか。もう一つは誰に…?」
と問うと彼は当たり前のように
「俺が食う。俺が二個」
と言いつつ、手に持っている方のプリンを頬張る。
「そんなにプリンがお好きなんですか?」
苦笑しながら言うと

「嫌いじゃない」

と彼は答える。
世界が反転する。
「あんたって、なんでそんなに天邪鬼なの?好物とかでも『好き』って素直に言わないで『嫌いじゃない』なんて言っちゃってさ。
プリンなんて本当は大好きなんでしょ!?大好物を嫌いじゃないなんていう奴なんてあんたくらいね、きっと。」
「俺の勝手だろ」
なんてことだ。そういうことなのか?
彼は僕のことが好き…と、そういうことでいいのか?
彼を窺うと視線が交差した。すぐに避けられてしまったけれど横を向いた彼の耳は赤かった。
「何笑ってやがる」
あなたが可愛らしすぎて笑っているんです。
その言葉を今は言えないけれど、今日の帰りに『僕の家に来ませんか?』そう誘おうと決心した。

あぁ、なんとかして一週間前の僕に馬鹿野郎と言いに行けないだろうか。


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Last-modified: 2008-01-30 (水) 23:17:18