古キョン ふもっふNo.1!

 

「苦しくったって、悲しくったって、コートの中では平気なんです」
無駄に爽やかな微笑みを浮かべて古泉がそう言った。ああそうかい、それは良かったな。おめでとう古泉一樹。お前は閉鎖空間限定の超能力者という肩書きからもうひとつ、コートの中限定のM能力者という新たなる不思議属性を獲得したんだな!
…ああ、そういう意味じゃないって?分かってるよ、軽い冗談だ。
だがな、古泉。ブルマ姿でそんなことを言われても感動なんかひと欠片も生まれない!全米が涙したりもしない!むき出しの太ももと臑が、俺のガラスのように繊細な精神に多大なるダメージを与えているだけにすぎん。
瞳にきらきらと星を瞬かせた少女漫画の登場人物ならばそれなりに様になるんだろうが、おあいにくさま、お前には無駄にキラキラとした笑顔があるだけで目が死んでるんだよ!
「そうですか?べつに頼れる仲間は死んだ目をしていたりはしませんよ」
あたりまえだ。お前のお仲間で俺が会ったことがあるのは4人だけだが、濁っているのはあくまでお前1人だけであり、そんなことを言ったら他の4人に失礼だ。ああ、他の連中については知らん。知りたくもない。
「んっふ、やきもちですか?」
どこをどう取ったらそこに行き着くんだよ。お前のニューロン回路はワープゾーンでも備えてるのか!
だいたいお前、なんでそんな格好してるんだよ!
そうだ、ホントになんでだ。ブルマー姿の古泉が部室で待ち受けていた時点でまずまっ先に問いつめるべきであったにもかかわらず、今の今まですっからかんに忘れてたぜ。
ああ、待て、まだ言うなよ。その格好が趣味だとかぬかしてみろ、ただでさえ俺的ヒエラルキーのどん底近くにあるお前の位置付けがセロテープ以下へと移動するであろうことをまず先に忠告しておくからな。
…それで?理由はなんだ?
「僕がこんな格好をしているのは他でもありません。涼宮さんが、彼女が望んだから。ただそれだけの理由でここにいるんですよ?」
もはや視覚の暴力とでもいうべきその姿でか。
「ちょっと聞き捨てなりませんが…まあいいでしょう。ええ、貴方のおっしゃる暴力的な姿とやらで、です」
ちょっと節目がちにそう言った古泉は、世界がこむらがえしを起こしたようなとんでもない事件の直前、俺が閉鎖空間へようこそツアーへと強制参加させられたあの時のタクシーの中で見せた顔と同じ表情をしていた。
そうか…お前もある意味では暴走人間ハルヒの被害者でもあるわけだからな。当たりクジなのかはずれクジなのかは知らんが、空に向けて撃った鉄砲玉が重力に正しく従って落ちてきたまさにその地点、そこにたまたま立っていた不運のようなものだ。
あ、これってはずれクジですよ、と認めたも同然だな。すまん、古泉。
「そんな、貴方があやまることではありません。そしてもちろん、特定の誰から謝罪を告げられることでもないんです。僕は、今では、選ばれて良かったとさえ思っています」
そのおかげで貴方に出会えたのですからね、と古泉は吐息をこぼしながら微笑んで、人さし指を唇におし当てるポーズをとった。まるで内緒話だとでもいうように。
「こいず…」
掛けるべき言葉が見つからないまま立ち尽くす俺の傍へ、古泉がゆっくりと歩み寄ってくる。そして俺の前で立ち止まると、にっこりと満開の笑顔で…
「だあぁぁーーーッ!」
その瞬間、俺のなかで何かが切れた。きもいきもいきもいきもい。まじ無理だ、きもい。これ言ったっけ?これ前にも言ったっけ!?だが言わせてもらうぞ、真面目な声を出すな 息を吹き掛けるな顔が近いんだよ気色悪い!
なーにーがハルヒが望んだから、だ。嘘だろ、それ絶対嘘だろ!
「おや、心外ですね。僕がこのような性格なのは涼宮さんが望んだからだと、以前にも貴方にはご説明したはずなんですが…」
それとこれとは別問題だろーが!見ろ、寒くもないのに鳥肌立っちまってるじゃねえか。
「僕が貴方の身体になんらかの変化をもたらしたというのならば、…それは光栄の極みですね」
古泉は俺の突き出してみせた手の甲に指先を軽く乗せ、ねっとりとした視線を絡ませながら撫でるようにつつっとすべらせた。背筋から首筋にかけて大量の毛虫がざわざわと這い上がるみたいな感触がゆっくりと駆け抜けて、思わずひっ、と息を飲む。
鳥肌どころか産毛まで逆立てて硬直しちまった俺をみて古泉がにやりと口の端をつり上げた。
そのまま腕を掴まれて、水面に広がる波紋のようにじんわりと指先が冷えていく。
この感覚には身に覚えがある。これは、俺に逃げろといっている。
「遅いですよ」
意味を理解する余裕もなく振払おうとした瞬間、ぐいっと腕が斜め上にひっぱられた。
このままではバランスが取れない。とっさに目の前にある古泉のブレザーを掴もうと自由な片手を伸ばしたが、その手は空しく宙を切り俺はたたらを踏んだ。
「残念、はずれです」
耳元で擦れるほど低く囁かれた古泉の声にぞっとした。ひんやりとした響きとは対照的な息の生暖かさに心臓が波打つ。前のめりになっているせいで、見たくもない古泉の足が近くに見える。元々毛が薄いのだろうか、すね毛はそんなに目立たない。日に焼けていない肌は色白と言って良いくらいに白かった。だからだろうか。見苦しいというほどではなかったが、それはとても骨ばっていてまぎれもなく男の足だった。
「…やっぱり趣味だろう」
「いいえ」
余ったほうの腕も掴まれたと思った瞬間、ぐらりと視界が傾いて俺は床に背中をしこたま打ち付けていた。ちくしょう、痣になったらどうしてくれる。
無断で人の上にのしかかっている古泉の野郎をギリギリと睨み付けてやると、ヤツは悪びれもなくけろりとこう言ってのけた。
「この格好が趣味なのではなく、貴方に嫌がられるのが趣味なんです」
ああ、憎しみで人が殺せたら!


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Last-modified: 2008-01-30 (水) 23:17:06