古→キョンのような


「…涼宮さんたち、遅いですね」
「たかだかポップコーンを買うために何十分も並ぶなんて、アホの極みだ。馬鹿馬鹿しい」
 今、俺たちは春休み真っ只中なのにも関わらず、某遊園地に遊びに来ている。
正直言って、長期休みにここに来るほど愚かなことは無い。
周りは人、人、人の波。アトラクションに乗るのなんて2時間待ちが当たり前だ。
「ジュースがぬるくなってしまいますね」
 俺と古泉が座るベンチの真ん中には五人分のジュースとチュロス。もちろん団長様のご命令で俺たちがそれぞれ買ってきたものだ。
 夢の分を上乗せされた特別料金に、俺のサイフは破産寸前。古泉はいいよな、どうせ経費で落ちるんだろうから。
「あなたの分も落としますよ。いつでも請求書を持ってきて下さい」
 ちっ、青空をバックに爽やかに笑うな。この遊園地のキャストの一人のような錯覚に陥るだろ。
「残念ですが、王子様になるには人種の壁がありますから」
「別に王子役とは言ってないだろ」
 こいつ、自分で王子とか言いやがった。なんと腹の立つ…と言いたいところだが、実際にあのきらびやかな衣装を着ても違和感無く着こなせるであろう容姿はしている。現に、先ほどから女性の視線が熱い。
 北高内だと見慣れてしまったのか、そうそうこいつの外見に対する客観的意見なぞ聞けないが、今日のように外に出るとそりゃもう下は小学生から上は際限無く、大方の女性の視線を集めてしまう。
 ああ、北高内でもたまに女子に呼び出されているようだ。あくまで偶然だし、断じて覗き見とかそういうわけではないが、かつて俺は二度ほど古泉が告白されてそれを断っている場面を見たことがある。一回目は部活で忙しく、余裕が無いと言っていた。

これはそうだろう。なんせ俺たちは放課後はもちろん、土日だってぎっしりと予定で埋まっているのだ。加えて古泉は機関としての活動もある。余裕なんてあるはずがない。
 だが二回目は好きな人がいる、と断っていた。さすがに驚いたね。古泉の口からそんなことを聞くとは。好きな人ねえ…断り文句としてはポピュラーなものだが、さて。
「こういうところは二人きりで来たいものですね」
 楽しそうにショップに入っていくカップルを見ながら古泉が言う。それについてはまったく同感だ。俺だって朝比奈さんと二人きりでこれたのなら、クソ長い待ち時間だって楽しく過ごせるだろう。
「二人きりで来たい奴がいるのか」
「…いますよ」
 いつもの笑顔にほんの少しの動揺が混じった。
まさか肯定するとはね。のらりくらりとかわすだろうと思ってたのに、思惑が外れてこっちも動揺してしまう。
「でも今のような状態じゃ、彼女持ちになってもデートする暇も無いから続けられないだろ」
「そうですね。でもいいんです…僕には舞台に上がる勇気も無いんですよ」
 視線を下に落として、力無く微笑む。年の差があるのか、横恋慕でもしてるのだろうか。もし横恋慕なら、横取ってしまえ…とは応援しづらいな。
「一緒にいられるだけで充分なんです」
 そう漏らしながら微笑んだ横顔は、男版の見た者全てを恋に落とすような表情だった。俺が女だったらあっさりと撃墜されていただろう。残念だが無駄撃ちだったな。
「それに、僕は世界を守らなくっちゃいけませんから。恋愛にうつつを抜かす暇はありません」
 顔を上げた古泉は、もういつもの表情を貼りつけていた。
まったく、神様ってやつは意地が悪い。ヒーローなんてなりたい奴にやらせてやればよかったのだ。何も古泉じゃなくてよかっただろうに。
「…上手くいくといいな」
 自然に言葉がこぼれた。
ふと古泉のほうを向くと、目を丸くして俺を見ている。うおお、キャラじゃねえこと言わなきゃよかった。忘れろ。頼むから。
 焦る俺を見ていつものようにニヤニヤ笑えばいいのに、古泉め、真剣な顔で見つめてきやがる。誰でもいい、誰か空気を変えてくれ。恥ずかしくって耐えられん。

「ありがとうございます」
 古泉は表情はそのままに、少しだけ震えた声で続ける。
「しかしそういうわけにもいかないんですよ」

 真面目な顔をするな、泣きそうな声を出すな、やる前から何もかも諦めてんじゃねえよ、この若年寄が。そう言うと、古泉は本日二度目の見た者全てを恋に落とすような微笑を浮かべ、そうですねと一言呟いた。


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Last-modified: 2008-01-30 (水) 23:16:59