≪会長×古泉+キョン≫


「……会長、やめてください。彼がまだ近くにいるかもしれ…っ」
「もう帰っただろ」

…いるんだけどな、ここに。
正面から古泉に身を寄せた会長は、冷たく光る眼鏡を机に投げ、白い首筋にかぶりついた。
右腕で古泉の頭を抱え込み、その指先はやつの少し長めの髪を掻き上げんとうごめいている。
色はやや白いが、大きく骨張っていてなんとも言えんその…いわゆる男の、色気のある手というのか。
「っあ…」
古泉の身がびくりと揺れる。どうやら左手の方はといえば、古泉のシャツだかズボンだかに突っ込まれているらしい。ちょうど腰の辺りを撫でているように見える。
ぺろりと仕上げのように耳たぶを一舐めし、会長は古泉の首筋に埋めていた顔をあげた。
その目はふだんの、ダテ眼鏡越しに見えているつくりものの冷たい色でもなく、そして一度だけ見たやつの本性が備えている目の色ともわずかに違っているようだった。
ごく静かに、だけど燃え盛る赤。あんな目で見据えられたら熔けちまいそうだ。

しかし古泉は気丈にも、そんなやつの目を真っ向から睨みつけていた。
同時になんとか逃れようと身体をよじっているようだが、腰に回った会長の腕がそれを許さない。
会長はフッと鼻で笑うと、今度は顔に口づけを降らせ始めた。瞼に鼻に額、頬、まなじり…あぁそうだ、俺ではたぶん届かない…って俺は何を考えているんだろうね?
なおも淡く抵抗しながら顔をしかめて嵐に耐えていた古泉がはぁ、と吐息を漏らしたところで俺は気付いた。ひとつだけキスに被災していない箇所があることに。
そこは普段より若干赤く、少しだけ濡れていた。

…待て俺の心臓。ちょっと鼓動が早過ぎやしないか?
そもそもどうして俺はこんな出歯亀みたいな真似してるんだ。
なかなかあとを追ってこない古泉なんぞを気にかけず、生徒会室に戻ってみたりなんかせず、漏れる声にも何にも気付かず、とっとと帰ればよかったのに……
とここまでは建前だ。全部、もう遅い。本音を言えば既に俺は目を離せなくなっていた。薄く開いたドアの向こうの情景から。
俺が見たことのない、おまえのすべてから。

再び会長の動きが止まる。古泉もまたやつの顔を睨みつけるが、先程よりも覇気がない。
やや酔ったような目付きとでも言おうか、そんなものはあの孤島の夜の宴会でちらりと見たきりだが、まあそんな感じだ。

と、一瞬ふたりが視界から消えた。
いや一瞬ではないな。ふたりしてしゃがみ込んだのか、あるいは会長が古泉を組み伏せたんだか定かではないが、
とにかく位置エネルギーを大いに減少させてしまったふたりの身体は、生徒会室のでかい机だのなんだのに阻まれて俺のいるところからはそれっきり見えなくなってしまった。
「はっ…会長、いいからどいてくださ…」
「いやだ」
「…なん…っ、はあっ」
ただそのせいか、聴覚は随分と過敏になっているようだ。素晴らしきかな人間の適応能力。
それなりに距離もあるはずだが、押し殺した声でもやけに耳への入りがいい。
「僕は、あなたとこんな、関係をつづける気、は…ないっ」
かなり息のあがっているらしい古泉が絶え絶えに言う。…続ける? 続ける、だと?
「はっ、おまえから誘っておいてどの口が言うんだ古泉? あさましく俺のをしゃぶったこの口か」
「そ、れは、んむっ…んんっ」
「っはぁ…ふっ」
ガタガタと抵抗するような音がしたが、それもむなしくあの赤く濡れた唇にもついに嵐が上陸したらしい。それからしばらく意味のある言葉は聞こえてこなかった。

ただぴちゃぴちゃという音、それにふたり分の湿った呻きだか吐息だか喘ぎだか、そんな音だけがそこそこ広い生徒会室に響いていた。


もっともそれは俺にとって都合が良かったかもしれない。
俺の情報解析能力はさっきの会長の言葉をまだうまく処理しきれておらず、機能停止しかかっていやがったからだ。

古泉がやつを誘った。やつのをしゃぶった…あの赤い唇で。なんでだ。なんでだ。なんでだ。

無理だ、思考が追い付かない。
いつもの嘘くさい笑顔とさっきの濡れた瞳が頭の中でぐちゃぐちゃに交錯する。


ふいに水音が止んだ。会長の、喉を鳴らすような不快な笑い声で俺は我にかえった。古泉のものらしき荒い息にかぶって今度はがさがさと衣擦れの音がする。
「フン、この痕…俺じゃねえもんな。誰くわえ込んでんだ? 涼宮にくっついてるあのガキか」
「彼、は…そんな人じゃない…っ」
掠れた声が鼓膜を揺らした刹那、妙な感触が背筋を駆け登った。何かが溢れ出しそうだ……
「じゃあ胡散臭いおまえの組織の誰かか、まあそんなことどうだっていいか。いずれにせよおまえは俺に四の五の言えるような人間じゃねえってこった」
「や、めろ……っあ!」

もう見ていられなかった。否、聞いていられなかった、か。一瞬だが自分のことに触れられたからか心も目の前もぐらぐらしだし、立っているのもつらくなり始めた。
古泉の俺に対する評価に反して、俺の身体はもうどうしようもなく劣情に支配されていた。古泉が俺をどう解釈してくれているのか知らんが、所詮俺もそんなもんだ。
身体がそれでいっぱいなら、出所のよくわからない罪悪感のようなもので頭はいっぱいだった。
「…ごめんな」
そう呟くと俺は細く開けていた生徒会室のドアを静かに静かに閉め、廊下にへたり込んだ。中の声はもう聞こえなかった。
真冬の廊下の冷たい床と壁が急激に身体の熱を吸い取っていったが、頭の痺れはいつまでも残っていた。


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Last-modified: 2008-01-30 (水) 23:16:43