≪タメ口古泉×キョン 下手な愚痴≫


古泉がおかしくなった。

「いい加減友達ヅラすんのも面倒になったんだよね」

ま、待て待て待て。落ち着け俺。幻聴の可能性も考えられる。
そうだろ? だっていつも通りに部室に来て、一人オセロをしてたら古泉が来たから、「よう」って言った。それだけだ。本当にそれだけなんだ。
そしたら俺をまるで虫でも見るような目で見てから、ぼそっとそんなことを呟いた。
ハルヒを怒らせるようなことはしてないから閉鎖空間云々も関係ない(と思う)し、何か変わったことが起きたわけじゃない。
「何黙ってんの? まぁいいけどさ」
「あ、いや…」
「何、言いたいことあるなら言えば?」
怖い! お前が怖いと一言に言いたい。でも言えない。怖い奴に怖いと言うほどの勇気は俺にはない。
古泉は定位置である俺の隣、或いは向かいではなく、普段朝比奈さんが居るポットの近くに腰を下ろした。
もし机が目の前にあったら、その嫌味ったらしく長い脚でも乗っけそうな勢いだ。オーラが怖い。
また今日は運悪く俺一人だった。長門はコンピ研に行ってしまったし、朝比奈さんとハルヒはどこかに消えた。大方また何か奪ってくるんだろうが。
俺は問いただすタイミングを失い、一人オセロを続けるしかなくなった。
…沈黙が、異様に重い。

「あのさぁ」「なぁ」

言葉が重なった。俺は口を閉じる。なぁ、って。なぁってなんだよ。お前なら「あの」だろ。なんだ、何キャラだこれ。
「言えよ」
「いいよ」
「言えって言ってるだろ」

なんだよ。俺は今度は恐怖を越えて腹立たしくなってきた。顔を上げ、机越しに見える古泉を睨みつける。
「なんでそんな高圧的なんだよ」
「ずっと下手に出てないと安心できない?」
間髪入れずに返される。古泉の目がすっと細くなった。背筋に寒気が走る。わざとゆっくり立ち上がると、古泉は机に腰掛けた。
「俺は常に真面目で、いい人で、優しくなくちゃいけないのか?」
ヤバい。逃げたい。俺はそういう、他人の闇とかをどうこうするような奴じゃない。
オセロの盤がカタカタと音を立てている。俺の震えが分かったのだろう、古泉が喉で笑った。
「怖い?」
怖ぇよ。俺が黙っていると、古泉は俺の手に自分の手を重ねてきた。
「震えてんなよ」
唐突に強い力で掴まれた。痛い。反射的に振りほどこうとするが、両手で掴まれて無理だった。
そのまま腕を引かれる。子供が宝物を握りしめるように強く握った古泉が、俺の手を自分の額に押し付けた。
「辛い。すごく辛い。今だけ、今だけでいいから、じっとしててくれ」
心中を吐露するというより、教科書を流し読むかのような口調でそう呟いた。
例えば泣くとか、泣くまでいかなくても声が震えるとか、そうしてくれれば俺だってどうにかできたんだ。
でも辛いという言葉すら何気なく言うものだから、俺は考えていた言葉が全て真っ白になってしまって、
「…痛ぇよ」
ただ感想だけを述べてしまった。
「うん」
古泉は少しも力を緩めないで、生返事をする。
両手を折って額につける様は、聖者が神に祈っているようだ。俺の手が無駄に含まれているようにしか見えない。

余った手を古泉の手の外側から包むようにして、俺は同じように首を折った。古泉と額がぶつかる。
「お前、辛い時はちゃんと分かるようにしろよ」
なんだか、やけに泣きそうに見えた。こんなに頼りない古泉を見たことがない。
古泉は一度口を開いてから、深呼吸して口を閉じる。
「すいません」
そしていきなり俺の手を解放して、いつもの通りヘラヘラと笑いだした。
「駄目ですね、本音は言わないつもりだったんですが、慣れてしまってついやってしまいました」
早く沈むようになった夕日が古泉の笑顔に陰影をつける。
分かってはいたけど、この笑顔は本当に偽物なのだと痛感した。
「笑いながらそういうこと言うなよ」
俺がそう言うと、古泉は一瞬目を丸くして、それから笑って
「癖なんです」
と穏やかに言った。


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Last-modified: 2008-01-30 (水) 23:16:31