≪キョン×古泉 崩落的少年思考≫


 自分が繰り返している行為の虚しさは、本当は、自分が一番良く知っている。

 シャワーを浴びてから情事に至るまでのほんの少しだけの時間、彼はその都度取り止めの
無い話題を持ち出して来る。
 日頃は僕の方がよく喋るのだけれども、こういう時だけは関係が逆になるのだ。
 今日の彼は、何故か子供の頃の話をしていた。
 僕はたまに相槌を打ちながら、彼に続きを促す。
 彼は自分の話はするけれども、僕には何も聞かない。
 彼は、そういう人だ。
「来いよ」
 合図のパターンはそんなに多くない。
 高校一年生の語彙と性行為に対する知識なんて高が知れているものだから、別に不思議な
ことではない。
 二人でどれだけ身体を重ねても、外の世界を知ることは出来ない。
 幸か不幸か僕等はお互いが始めての相手であり、行為に関しては何もかもが手探り同然だ。

「んっ……」
 服の上から胸の突起を摘まれ、僕は思わず声を上げてしまう。
 特に何かを意識しているつもりは無いけれども、体が勝手に反応してしまうのだ。
 最初はそんなことは無かった。
 慣れたと言うか、慣らされたのだろうか。
「ふあ……」
 服を捲り上げられ、腰の辺りを撫でられる。
 気持ちよさとくすぐったさ、人の肌が触れる安心感が一緒くたになって、僕の身体の中を
通っていく。

「こういう時のお前って、結構可愛いよな」
「……男が男に可愛いって言われても、嬉しくないですよ」
 不意に出てきたような彼の一言に、僕はちょっとむきになって反論してしまった。
 似たような言葉を何度も言われている筈なのに、どうも、なんというか……、嫌だと心か
ら思っているわけじゃないけれども、心のどこかから否定の感情が浮かび上がってくる。
 それを言葉通りと結論付けるのは簡単だけれども、それだけが理由というわけでも無いと
思う。
「それくらい言わせろよ」
「でも……」
「良いからさ、」
 彼はそこで言葉を区切ると、そのまま僕の唇を自分の唇で塞いだ。
 唇に触れる暖かい感触、割って入ってくる舌のざらつきと、口の中を犯してくる動き。
 慣れ親しんだ筈のものに対して湧き上がる感情には、安堵が混じっている気がしてならな
いけれども、それでも、僕の身体はその内側から熱を掘り起こしていく。
 自分の身体のどこにこんな部分が有ったのだろうなんて風に考えていたのが、今では遠い
昔のことのような気さえする。
 どうして、だろう。
「うぅ……」
「なあ、古泉、俺さ、」
 舌を抜き唇を離した彼が、僕の耳元で何事か囁く。
 僕はその言葉にくすぐったさを覚えながらも、心の中で一つ懺悔する。

 僕は、彼の言葉に答えることは出来ないから。

「あっ……」
「力抜けよ」

 僕の気持ちを知ってか知らずか、彼は僕の言葉を求めないまま、先へ先へと進もうとする。
 それで良い、と思う。
「ん……、ひゃっ……」
 指先が触れる感覚。
 彼の指が僕の中に入り、僕の中を解して行く。
 快楽に辿り着くために必要な行為に答えるように、僕の身体は何も意識せずとも勝手に声
を上げ、勝手に反応する。
 身体の主導権を全面的に放り出すにはまだ早すぎるけれども、考えるべき所はそう残って
いない。
 後は、彼のしたいようにしてもらえば良いだけだ。
「ふぁ……、つっ……」
「悪い、ちょっと我慢してくれ」
 幾ら身体を慣らされていても、身体を割られるような痛みが消えてくれるわけではない。
 痛みと快楽がごちゃ混ぜになって押し流されていくのを待つのは、正直、辛い。
 けれど、僕はその本心を彼に伝えることは出来ない。
 子供が注射や薬を嫌がるかのように首を振ったりはするけれども、そんな弱々しい抵抗は、
彼の前では殆ど意味を持たない。
 もっとも、例え僕が本気で抵抗する意思を見せたとしても、この状態から彼を振り切るこ
とは、体格差である程度勝っているという現実が有るにしても難しいことだろう。
「うぅ……」
「ん……、イキそうだ」
 そろそろ、こっちも思考が着いていかない。
 イくというのなら遠慮なくイッて貰って構わない。
 僕の方も、そろそろ耐えられなくなりそうだけれども。
 ああ、もう。
 頭が回らない。

 身体が、苦痛と快楽で支配される。
 本当に、どうにかなってしまいそうだ。
 突き上げてくる感覚に準えるようにして、僕の身体も震えてしまう。

 ……僕は、この瞬間が大好きで、大嫌いだった。


 終わった後はお互い何も言わぬまま、大抵そのまま服を着るか、場所と時間帯によっては
そのまま寝てしまうかだ。
 今日は僕の家で、夜ももう遅く、彼が僕の家に泊まるということになっていたので、彼は
お休みと一言言ってそのまま寝てしまった。
 僕の方の身体を気遣うような様子を一切見せないのは、僕のことが嫌いだからじゃなくて、
どういう風に気を遣ったらいいかということを彼がまだ分かってないからだろう。
 彼らしいと思う。
 僕はそんな彼を一人ベッドに残して、中に出された物を始末するためにもう一度風呂場に
向った。
 そのままにしておくと色々と不都合があるし、何より、早く洗い流してしまいたかった。

 僕にとって、彼は始めての相手だけれども、それは同時に、必然でも有ったのだろう。
 僕と彼がここに至るまでの経緯は、彼の僕に対する反発とどこか行き過ぎた友情が綯い交
ぜになった物としか説明のしようが無いけれども、それらは全て、予め計画されていたことなのだ。
 考えたのは僕じゃない。僕の知らない別の誰かだ。
 僕は「世界のために」という壮大過ぎる言葉の元に、彼に対する生贄として捧げられただ
けの存在。
 彼の欲求を満たし、それでいて、彼女の邪魔にならない、気づかれない存在であるという
こと。
 僕に求められるのは、ただ、それだけ。

 何の経験も無いままただそこに至るために必要なことだけを教えられた僕は、その通りに
振舞って、目的を果たすことが出来た。
 有る程度事情に気づいているであろう未来人や宇宙人が何も干渉してこないということは、
これが彼女達の背景に居る者達にとっても有害な事象ではないということを表している。

 滑稽な話だ。

 僕は自分と彼と彼女と彼女達と……、そして、世界の全てを嘲笑いながら、それでも、愛
される振りを、愛している振りを続けている。

 誰のためでも無い、自分のためですらない。

 自分を含めた全てを否定するだけの切り札がこの掌に有るかも知れないというこの状況に
有っても、僕はまだ何もしない、何もしていない、今はまだ、流されていくだけ。

 けれどいつか、僕は掌を翻すのだろう。
 それも、世界中を絶望に叩き落せるその瞬間に。


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Last-modified: 2008-01-30 (水) 23:16:03