さいもえラストスパート

 

「さあ決勝ね、皆全力で支援しなさい! 勿論ひとり一票なんてシケたことさせないわよ!」
「それは駄目だろ…」
「なぁによ、つまんないわね! じゃあいったん解散、夜にまた集合ね!キョン、あんたはひとっ走りネカフェでも行って来なさいよ、以上!」
 誰が行くか。ハルヒは相変わらず元気だ。 いや、トーナメントでの古泉の健闘で拍車がかかってとまらない。一見無関心そうな表情の長門(せがまれてAAを作ってくれてはいたが)と、古泉君、がんばってくださいね!とかわいらしくガッツポーズを決める朝比奈さんを両手に引っ張って飛び出していく。
 やれやれ、実際出場してるのは誰だっていう話だ。当の本人といえば。
「機嫌が良さそうで安心しましたね」
「……お前のおかげでな」
「逆に心配にもなりますが。僕が負けたくらいで世界がどっかーん。なんてことにはさすがにならないでしょうけどね」
 いつもと変わらず古泉一樹です。…少しは興奮のひとつでもするかと思ったが、そこはそれ。飄々としたもので、こちらも相変わらずすぎて拍子抜けする。
 俺はといえば、うっかり祭りのライブ感に釣られそうになるが、こいつがはっちゃけねーのにこっちが乗り乗りになるわけにはいかんので、いつものとおりにしている。いや、ハルヒじゃあるまいしそんなに乗り乗りってわけでもないんだけどな。もしなるなら雰囲気、そう、雰囲気に飲まれてというやつだ。
 はっちゃける古泉を想像してげんなりしてしまった。
「…帰りましょうか?」
 怪訝な表情で覗き込んでくる古泉に、あいまいに頷く。ああ、こいつの横でうっかり吹き出してしまわない可能性がないといいきれるのだろうか俺は。
「トーナメントなんて本当はどうでもいいんですが…」
 帰路の途中、まっすぐに前を向いたまま古泉が呟く。
 それが独り言だろうが、頭の中に現れたうっかり優勝なんぞしてしまいはっちゃけたあげくヒャッホーイ僕の時代がやってきましたね!! とジュリアナダンスを踊り狂う古泉像に苦しんでいた俺は、ぽつりと落とされたリアル古泉の言葉に意識を集中させようとした。
「皆さんが僕のために…何かしてくださるというのは、うれしいものですね」
「あぁ、たまにはな」
「勝っても負けても、僕にとって大切な思い出になります」
 小首を傾げるように柔和な微笑みをこちらに向ける、その鼻先を赤みを孕んだ陽光が照らす。夕日の所為なのだろうが、なぜだか素直にきれいだと思えるのだ、こういうときは。別に意味はないぞ。
 きっと俺がハルヒなら 激写→うp→得票数うp!うっはうは!この作戦でいくわよ!
 何考えてんだ俺。
 冗談はともかくだ。古泉の今の言葉は、きっとうそなんかじゃないんだろう。
 ほんとうの古泉がどんなやつかなんて、俺には全く見当も付かん。しかしだ、ハルヒがこいつに何を望んでようが、皆の気持ちが嬉しいと笑うこいつの笑顔に裏があるなんて、誰が思うだろうか? すべてを知ったあとの俺でも思わない。
 なぜなら俺がそう思いたくないからだ。ハルヒもきっとそうだ。
 優勝したらもっとたくさんいいことがあるんだぜ古泉、きっとな、朝比奈さんも大喜びだ。天使の笑顔が3割り増しなはず。長門も無関心そうで居て、実はF5を定期的に押してるってことも、知ってる。お前がどれだけ大変な状況に身をおいてようが、この一瞬を楽しむことができるのなら… まあ、ネカフェにひとっ走りしても悪くはない。
 もしかしたらがあるかもな。なんせあの神様は、誰よりもお前の優勝を望んでるんだ。こんなに心強いことはないだろ。
「……それにね、」
「それに?」
「勝負が付いたそのとき、貴方が僕に何を言ってくれるのか。それが楽しみで堪らない」
 グラビアものの笑みを深めて、いけしゃーしゃーと何をこいつは。俺は今すぐ前言撤回したい。状況を楽しむな。
「……勝っても負けても、か」
「勝っても負けても、です」
 ハートでも付きそうな語尾のはねっぷりだなおい。何だこの妙なプレッシャーは…。イケメンビームをまともにくらい、言葉に詰まった俺は重い足取りをわずかに早めて奴の前に出た。


トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2008-01-30 (水) 23:15:47