お見舞い~ †
ひんやりと冷たい手が、熱っぽい額にあてられた後、濡らしたタオルをのせて、遠ざかっていった。
「ねえさん……?」
その人がいるだろうほうへ顔を向けようとすると、頭から何かが落ちた。氷嚢の代わりに、ビニール袋に製氷皿の氷を入れて、タオルの上にのせてあったらしい。
無言でタオルと氷嚢もどきが額に載せ直されて、冷たさが染みていく。誘われるように目を閉じると、そのまま眠りに引きずり込まれるのと同時に、傍にあった気配が遠ざかって行くのを感じた。
次に目を開けると、枕元には結露した、水の入ったグラスが置かれていた。
どれくらい時間が経ったのだろう?グラスへと目をやった時に顔の横に落ちた氷嚢もどきは幾分溶けて水が出ていたが、アイスキューブの形を留めていて、拾い上げて額に載せ直すと、熱っぽい体に心地よかった。
飲物を口にしたほうがいいのだろうと、氷嚢もどきを一旦下ろし、グラスに手を伸ばすと滴が垂れたが、それも熱のこもった体には、ひんやりと心地よく感じた。体を起こすのが億劫で、上半身をひねって口をつける。
水かと思ったそれは、ほのかに甘酸っぱく、どうやらスポーツドリンクらしい。思った以上に喉が乾いていたようで、一度傾けると、そのまま一息に飲み干すことが出来た。
ごろり、とひっくり返り、肩から落ちた布団をもぞもぞとかけ直し、氷嚢もどきを額に戻そうとして、だるくて今日はまだ何も食べていないことを思い出した。そのせいで風邪薬も飲んでいなければ、起きあがる気になれなくて布団から出てさえもいない。時間ぐらい確認しようと携帯を引き寄せて開くと、午後2時を既に回っていた。どうやらかなり自分は具合が悪いらしい。
朝目覚まし時計に叩き起こされて目が覚めた時、熱でだるくて起き上がれず、いつも肌身離さず持っている携帯でどうにか学校に病欠を知らせる電話をかけて、そのまま目を閉じたのだった。
それにしてもこのスポーツドリンクと、額に載せられていたタオルと氷嚢もどきは、誰が用意してくれたものなのだろう?
冷えた飲物のお陰で少し体が内側から冷えて、どうにか起き上がれそうなくらいには気分がよくなっていた。緩慢な動作で這い出すと、汗で湿ってまとわりつく寝間着が不快だった。
のろのろとタンスの前へ行き、着ていたものを脱ぎ落とすと、畳んでしまってあった替えを取り出して身に着ける。洗面所へ行って洗濯籠に入れる、それだけの事すら億劫で、カラになったグラスを下げて寝室を出る。
「何やってるんですか」
思わず出た呆れ声に、そこであぐらをかき、折り畳みテーブルの上にノートと教科書を広げていた後ろ姿が振り返る。
「起きたのか。驚かすなよ」
「どうしてあなたがここにいるんです?」
「挨拶だな。病人のくせに」
言いながら広げていた物を寄せて下ろし、立ち上がると、目の前までやってきて、手を伸ばす。何事かと身構える手からグラスを取ると、台所へと向かう。冷蔵庫のドアを開けて、中からそんな物入れてなかったスポーツドリンクのペットボトルを出して、グラスに注ぐと、振り返って、呆然と見守っていた僕に、ほらよ、と手渡す。
「あ、ありがとうごさいます」
もらったおかわりに口をつけると、よほど汗で水分を消耗していたらしく、自分でも驚いたことに、今度も一息に飲み干すことができた。
「すごい熱だったぞ。病院行ったり薬飲んだりしたのか?」
「いえ、だるくてそれどころじゃなかったんですよ」
熱でかすれた自分の声が、壁を一枚挟んでいるかのように、ぼんやりと遠く聞こえる。
再びカラになったグラスを受け取って流しに立った彼は、顔をしかめた。
「熱、何度あった?」
わからないと答えると、怪訝そうな顔になった彼に、体温計を持っていないのだと言うと、溜息をつく。
「風邪薬はあるんだろ?」
「さすがにそれぐらいは常備してますよ」
「じゃあメシ作ってやるから、お前は座ってろ」
そう言って鍋を取り上げてコンロの前に立つ彼の姿を見て、待つ間に風邪薬を出そうと歩きかけると、目敏く彼が睨むような視線を向けてきた。
「何やってるんだ?」
「風邪薬を出そうと思いまして……」
「いいから座ってろ。熱が上がったらどうするんだ」
言いながら、タッパーからご飯を鍋に空けて火に掛ける。きつい口調に苦笑して、その場に座ると、満足したらしく頷いて、鍋に視線を下ろした。
カレースプーンでしばらくかき回しながら炊いた白粥が出来ると丼に移し、ダイナミックにもその上でしょうゆ差しを一回転させると、テーブルの上に置いた。
「食欲無くても食べないと薬飲めないからな。口がまずくても、薬だと思って食べろ」
「……はい。いただきます」
渡された、温度のない綺麗なカレースプーンで、白粥の上に垂らされたしょうゆを、少し混ぜては口に運ぶ。意外に塩辛くもなければ、食べられなくもなかったそれを、動いたせいで熱があがったのか、だるさがぶり返してきた体で、どうにか半分ほど食べて、テーブルに下ろす。
「ごちそうさまでした」
「風邪薬はどこにある?」
どこにあるかわかるはずもない彼が、流しに食べ残しを片づけに行きながら、尋ねてくる。
「食器棚の右の引き出しです」
「そこか。ああ、あった。これだな」
パーソナルサイズの小さな瓶をみつけだして、僕に見えるようぶらさげて確認すると、グラスに今度は水を注いで戻ってくる。
「15歳以上は3錠……か」
開けた蓋の上で瓶を振って錠剤を出してからテーブルに上げ、ちゃんと服めよ、と言い残して、寝室へと入って行く。言われた通りに薬を服んでいると、溶けかかった氷嚢もどきと、床に落としたままだった服をぶら下げて出てきた彼に、思わず立ち上がろうとして、また睨まれた。
「いいから病人は座ってろ。薬服んだんだったら、とっとと寝ろ」
「……はい」
病気というほどではないが、健康な状態でないことは確かで、トイレに行き、言われるまま布団に戻って横になった。
少しして、氷嚢もどきを作り直した彼が、額に載せてくれる。
熱を奪ってくれる存在が、具合が悪く心細くなっているところに、たまらなくうれしかった。
次に目を覚ましたのは、6時だった。
額から落ちた氷嚢もどきは、中の氷がほとんど原型を留めていない、水ばかりのものだった。さすがに彼ももう帰ったのだろう。
枕元に今度も置いてあったグラスをカラにして起きあがると、薬のおかげか、少しは熱も下がっているようだった。寝室から出ると、そこで退屈そうにしている彼がいた。
「まだいたんですか」
思わず漏らすと、気を悪くしたふうでもなく、
「いちゃ悪いか。そろそろ氷取り替えるか、起こしてメシにしようかと思ったんだが、手間が省けたな」
立ち上がって台所へ向かった彼は、振り返った。
「だいぶ顔色よくなったな。少しは食えそうか?」
「そうですね、さすがに少しお腹が空きました」
「んじゃうどん煮るぞ。それでいいな?」
「はい、贅沢は言いません」
僕の答えの何がおかしかったというのか、ふっと笑って、彼はどこかで買って来たらしい、アルミホイルの簡易鍋に入った鍋焼きうどんを火にかけた。
薬を服んでずっと寝ていたのがよかったのか、宙を歩いているようなふわふわした感じも、自分の声が遠い感じもずっと和らいでいて、感覚がかなりクリアになっていた。
いい匂いを立てて煮上がったうどんも、素直においしそうだと思えた。
彼が見守る中、礼を言って、箸をつける。
「お前、姉さんがいるのか」
いい加減暇を持て余していたのだろう、不意に彼が口を開いた。
「ええ。二つ年上の姉が一人。すみません、熱に浮かされていたようで……。間違えるなんて、お恥ずかしい限りです。来てくださって、本当に助かりました」
「別にお前のプライベートに興味なんてないけどな。ハルヒが見舞いに行け、団長命令だって言うから仕方なくだ」
そっけない口調で、流しに戻っていた彼は、片づけるふりで目を逸らす。そう言いつつも様子を見に来てくれただけではなく、看病までしてくれたことへの照れ隠しなのだろう。
食べ終わって、もう一度出された薬を飲み、寝床に戻ると、汗を吸って湿り、重たいシーツではなく、いつの間にか替えられていたシーツが、さらりと体を包んだ。
額に氷嚢もどきも載せてもらい、気持ちよく眠れそうだった。
暑苦しくても布団蹴飛ばすなよ、と忠告までして、彼は帰って行った。
この分だと、明日にはだいぶ熱も下がることだろう。
翌朝の目覚めは、思った以上に爽快だった。セットし忘れたために鳴らなかった目覚ましは、いつもの起床時間を指していたし、額に手をあててみた限りでは、熱はすっかり引いたようだった。昨日してもらった看病と薬が効いたらしい。
いい気分で仕度をし、1日ぶりの学校へ行き、文芸部室へ行くと、教室が近いため先に来ていた彼が話しかけてきた。
「驚いたぞ、お前でも風邪で休むことがあるんだな。ハルヒがうるさいから鬼の霍乱もほどほどにしとけよ」
そこで言葉を失った僕に、聞かれて困る相手もいなかったが、癖になっているのだろう、声をひそめて続けた。
「てっきり閉鎖空間でも発生してんのかと思って、一応確認の電話、見舞いに行くってハルヒが喚き出す前に掛けてみたら、お前具合悪そうに、寝てるっつうし。本当に悪そうだから行くなって止めといたんだが、こんなに早く出てこれるんなら、心配するまでもなかったみたいだな」
「電話……ですか?」
「ああ、昼休みにかけたぞ」
「昼、ですか」
「お前、覚えてないのか?返事するのもだるそうで、勝手に切っちまうし」
「そう、ですか……。それはすみませんでした。あの、僕の部屋に来た、なんてことは無かったんですよね?
「あ?行ってないぞ。具合悪い時に、お前のとこに押し掛けたりなんてするか」
「そう、ですよね。誰か来たような気がしたものですから」
その時間は、具合が悪くて一人で寝ていたか、彼が来て最初に氷嚢もどきをのせてくれたぐらいの時間だ。するとあれは夢だったのだろうか?熱が見せた幻。それにしては、あまりにもリアルだった。そういえば今朝、枕元に水の入ったビニール袋はあっただろうか?汚れ物は洗濯籠に入っていたが、自分で入れた記憶は無い。食器や鍋は元通り片づけてあって、使ったのかどうか定かではない。
彼は、見舞いに行くのを止めさせた、と言っていた。親切心にしろ、お祭り気分にしろ、見舞いに行きたい、と思った彼女の気持ちが、あんな優しい夢を見せたのだろうか。
現れた幻が、彼女ではなく、彼だったのは、理屈に合わない気もするが。
考え込んだ僕に、しばらく彼は不思議そうにしていたが、ふと思い出したように言った。
「そうだお前、体温計ぐらい買えよ」
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- やばwww萌え死ぬwwGJです! --
- ちょっと泣きそうになった。GJ!!!! --
- 素敵なお話だなぁ --
- キョンデレってやつですか??GJ!!考えてみれば古泉だって家族とかいるはずなんだよなぁ。家族とはちゃんと連絡取ってるのかな?家族はどんな気持ちで古泉を見送ったんだろう。なんか切ないなぁ(´;ω;`) --
- なんというキョンデレ………っ。ちょ、キョン詰めが甘ぇな!バレバレすぎ!!愛しい!!! --
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- 最後の最後で…!!なんというキョンデレ!ありがとう!! --
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- ●<キョンデーレ --
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