契約愛人3(会×古)  第2章

 午後八時。迎えに来たタクシーの中に、会長は既に乗っていた。
「乗れ」
「ええ」
 短く告げられた言葉。一応、運転席を確認してみたが、機関の人ではない。
 乗り込むとすぐに扉が閉まり、車は走り出した。
 説得が失敗に終わることなど、わざわざ知らされなくても分かっていた。
 会長の目的の大半は、我々を困らせ、試してやろうということなのだから。
 今までの彼は余計なことを知ろうという好奇心も見せず、こちらから頼んだ役回りはきちんとこなしてくれていた。
 これ以上はない逸材だった。会長を涼宮さんや彼に紹介する日が待ち遠しい。
 唯一である(唯一であって欲しい)汚点を機関のメンバーに気づかれ、叱られたことが、彼の機嫌をおおいに損ねただけだ。
 それゆえに起こった、単純で、かつ深刻な問題。しかし彼は解決策も提示してくれている。
 こちらがそれにのるか、のらないか……。

 いや、機関が、ではない。僕がか……。

 車窓の向こうを見つめ、精神的苦痛の溜息をかみ殺して耐えた。
 きっと僕でなければならない必要性は無いのだろう。
 多少は彼の嗜好に僕の容姿が当て嵌まったのかもしれないが、金でどうにもならない部分で我々を困らせ、言う事を聞かせたい、それが彼の主目的。彼の不機嫌は僕を陵辱することで満たされ、解消されるはずだ。
 僕は彼と同じ趣向ではない。僕を犯したところで、彼が他の人と同じように満足できるとは思えない。すぐに飽きて、今度は別の人物を、と言い出すかもしれない。だが結局は、機関が雇った行為に慣れている同じ趣向の持ち主を相手にすることで落ち着くんじゃないだろうか。
 むしろ僕が、そう誘導させられたら……
 経験もないのに、そんなことが出来るわけもないのだけど。
 
 本当は怖い。先のことなんてどうでもいい。今、この瞬間に叫んで逃げ出したいような恐怖がずっと胸の中にある。~なんでこんなことにつき合わされなくちゃいけないんだ。嫌だ、嫌だったら嫌だ。怖い……。
 でも……じゃあ他にどうしろというんだ。
 膝の上で拳を固めて、自分に言い聞かせる。彼の人選をした責任は僕にもある。これは僕のミスでもあるんだ。
 森さんも多丸さんも、そこまでしなくていいと言った。だけど代案があるわけじゃなかった。
 だから……僕さえ我慢してなんとかなることならそうしましょう、と自分から言ったのだ。
 機関には恩がある。借りがある。それ以上に、今の僕の居場所でもある。
 これぐらいのことなんだっていうんだ。女の子なら処女性は大事かもしれないけど、僕は男だ。女の子の代わりをさせられるくらいなんだって言うんだ。
 誰か助けて。喉の下までつっかえている言葉を飲み込み、震える指に言い聞かせる。
 決めたのだから……、僕が自分で決めたのだから。

 その時、不意に膝の上の拳に会長の手が重なってきた。
「何を考えてる? 古泉」
「……あなたには……関係ないことです」
 視線を彼に移す。窓に肘をかけて頬杖をつきながら、会長は面白そうに口元を歪めている。
 僕の右手に重なった、彼の左手の長い指先が僕の指の隙間に絡んでくる。まるで手の甲から抱きしめられているようで、背筋に嫌な電気が走った。
「どうせすぐに飽きるんだろう、とか思っているんだろうな」
「……」
 黙って、彼の横顔を睨んだ。繋いだ彼の掌が妙に温かくて気になって仕方ない。
「まあ俺もそう思うんだがね」
 会長は自嘲めいた笑みを浮かべて、僕に視線だけを向けてきた。大仰に溜息をつき僕は答えた。
「そう願っています」
「よく決意したものだ」
 くっくっ、と喉を鳴らすような笑い方をして、今度は真っ直ぐ見つめてくる。
 半分ヤケになりながら答えてやった。
「……他に選択肢はありません。あなたはやはり素晴らしい個性の持ち主ですから、あなた以外の人を会長にたてるのは嫌なんです」
 他の人がなんと言おうが、僕が、嫌だ。彼こそが「生徒会長」にふさわしい。心から僕は信じている。
 こんな理由で他の代役を探したりしたら、いつか涼宮さんに紹介するときに不安を感じることだろう。そんな仕事はしたくないんだ。
「そんなにその……涼宮とかいう女が大事か? その女を満足させる役回りの為だけで、お前たちがどうしてそんなに必死になるのだかさっぱり知れんな」
「わかっていただく必要はありません」
「ふぅん」
 それ以上、彼は問わなかった。
 タクシーは豪奢なホテルの前で止まった。機関が用意したものだ。
 ご機嫌斜めの彼の要求に、機関はかなり振り回されている。これくらいにしておいて貰わなくては困る。
 僕が彼の要求を飲むと決めたことは、森さんと多丸さん以外には知られないようにしてもらった。
 心配する二人が躊躇しながらも、行かせてくれたのは、彼の扱いでトラブルが発生したことが多数に知られることが、あまりよくない状況になりうる可能性が高かったからだ。多額の資金の他に人手もかけている。彼を生徒会長にするのはそれだけ大変だった。
 もう後には引けない……。僕は最後にもう一度、心に言い聞かせた。


 チェックインを済ませて、エレベーターに乗り込む。
 デジタルの表示を見上げている僕を、会長は流すような視線で見下ろして小さく唇を歪めた。
「もう……帰れないぞ」
「わかってます」
「ふぅん」
 会長の手が、再び僕の手を握ってくる。
 車中で握られた時よりも、もっと強く。いやな緊張が足元から全身に広がり、昼間の恐怖が胸に襲いかかってきた。  あの行為を再びされるのだ。
 ええい、恐れるな……震えてどうする!!
 エレベーターが開くと、部屋はすぐに見つかった。
 どんな頼み方をしたのか知らないが、スイートルームなんてまた無駄遣いなことを……。
 軽く憤りを覚えつつ、カードキーで部屋の扉を開くと、会長は掴んでいた僕の腕を引き寄せて、突然中に突き飛ばした。
「うわっ」
 よろけてつまずいて転ぶ。部屋を見渡す暇もなかった。
 ふかふかとした絨毯のおかげで、生徒会室とは違い痛い思いをせずに済んだ。だがほっとしている場合じゃない。会長は早速というように仰向けに転がした僕に馬乗りになると、首に掌をかけてきた。
「抵抗するなよ」
「……しませんよ。脅さなくても……そのつもりできたんですから」
「ほう」
 ニヤリと彼は笑い、掌を離すと、両手で僕のシャツのボタンを外していく。
 抵抗しても空しいことは分かっている。されるがままに脱がされて、シャツを抜き取られて僕は上半身を裸にされた。
 会長は満足げに、僕の胸の上を手触りを確かめるように、ゆっくりと掌を這わせる。ざわざわと神経が刺激される。  居心地の悪い気分に身をよじり、眉をしかめる僕を、会長は面白いと感じたらしい。意地悪な笑顔を浮かべて、頬を撫でてきた。
「……ふん」
「な、……なんですか」
「なんでもない」
 会長は僕の体の上から立ち上がると、シャワーを浴びてくる、とだけ言って、広い部屋の奥へと向かっていった。
 もう一度着たほうがいいのか少し迷ったけれど、……今の僕は、彼の人形だ。
 嗜虐趣味な彼の為に、言いなりになってあげよう。涼宮さんの思考を少しでも知りたいと思って、人間心理には普段から気を使ってきたから、会長が僕に求めるものもなんとなく理解が出来なくもない。
 感じずにはいられない生理的な嫌悪感と、緊張感、それからサディズムの餌食とされることで僕の心が壊れないかどうかが勝負……だ。
「古泉」
 浴室の扉が開いて、会長が顔を覗かせた。
「入って来い」
「……わかりました」
 クローゼットを閉じ、全身に広がる抵抗感を無理やりねじ伏せて、笑顔の仮面をなんとか作ると、僕はゆっくりと浴室に向かって歩いていった。

→→つづき(契約愛人4)

3だけで自重しておこうと思ったのですが、あんまり中途半端だったので、5まで一気にUPしてしまいました。orz キョンの出番はしばらくお休みになります。というかそこまでUPしていっていいものなのか悩んでたりしますが、気にせずスルーしていって貰えると嬉しいです。


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Last-modified: 2008-03-19 (水) 17:09:34