●第7章-1
(古泉モノローグ)

 翌日。
 僕は心なしかげっそりとしていた。思っていた以上に覇気が体からでない。
 あんなことを口走ったせいで、昨日の夜はさんざんだった。会長の大きなソレを僕のつたない指で射精まで促すのはなかなか大変で、彼が一度達する前に僕は三度も達してしまい、その前のを合わせたら四度も一晩で吐き出したことになる。機関員として緊張の中で生きてきた僕は、性的な興味は同世代よりも低かったし、自分の体が人の手で感じやすく作られていたことを知って戸惑ってもいた。
 ……調査したわけではないが、一晩で四回は多すぎるだろう。きっと。
 それにどうしたらあの人を素早くイかせられるのか、それについても研究するべきだと思う。
 そうじゃないと身が持たない。やっと僕の体で彼を受け止めなくても、彼を満足させられるのだと気づいたばかりなのだ。この方法を確立できたら僕は彼から挿入されるのではないかという恐怖から逃れられるうえに、僕で性欲を解消したいと考える会長にも満足してもらうことができて一石二鳥だ。
 性的なメカニズムについて、今度参考文献でも探してみるべきだろうか。
 いくらなんでも高校の図書館にはその手の本は置いてなさそうだと思い、どこで手に入るのかなどと真剣に熟考していると、「おいっ」と目の前から声がかかった。
「お前の番だ、古泉」
「えっ?」
「はい、古泉くん。どれか選んで?」
 涼宮さんが僕の前に爪楊枝で作った籤を差し出していた。
 そうだ、今はお昼過ぎで、ここはSOS団の部室で、今はトナカイ役を誰がやるかを決めていたところ……。
 クリスマスの日に涼宮さんは近所の子供会にゲスト参加する約束を取り付けてきた。朝比奈さんにサンタの衣装を着てもらって子供達にプレゼントを配るという微笑ましい企画だ。しかしサンタだけでは物足りないとトナカイも用意しようという話になり、そのトナカイ役を決めていたのだ。
 僕は漸く我に返り、爪楊枝を引き抜いた。そこには印はなく、涼宮さんは彼へとくるりときびすを返して離れていく。
 彼の籤は当たりだった。
「うわあ」と声を響かせ、つまらなさそうな顔で僕に肩をすくめて見せる彼。
 微笑で返して、僕は自分の頬をぴたっと軽くはたいた。
 SOS団の部室で覇気の足りなさを自覚するなんて、色々まずい。
「どうした?」
「え?」
「寝不足か?」
 彼が首を傾げていた。僕は肩をすくめる。
「そんなことはありませんよ。あなたに気を使われるほど疲れているように見えたのなら、猛省しなければなりませんね」
「要するに気にするなってことだな」
「そうです」
 僕はあっさり返した。というより、彼が僕に気をかけてくれるのは嬉しいけれど、そうあっちゃいけないのが僕の役目だ。現状維持を保つための最優先事項は僕が彼らに心配をかけてはならないことだ。この団に関わる間の僕の仕事は、涼宮さんが退屈しすぎないように上手にネタを振ること。それ以上でもそれ以下でもない。
 例え彼らが知らないところで僕が死んだり殺されたりしても、涼宮さんや彼には納得のいく説明を誰かがしてくれるはずだし、僕の代わりはすぐに用意されて不自然に思わせない形でSOS団にスカウトされるだろう。
 彼の興味も彼女の興味もだから僕にはいらない。
 その立場でいられることに僕は満足している。
 初めてこの部室に足を踏み入れた時に感じたあの恐怖は大分薄らいで、彼との距離も大分縮まり、最近では雑談も親しげに交わせるような間柄になれた。とはいえやはり彼らと僕とは違う。朝比奈さんや長門さんも同じような悩みを持っているのかもしれないが、僕が口に出さないように彼女たちもそれを表には出さない。
 しかし二人はこのSOS団に不可欠な人員であるということは僕にはよく分かっている。
 長門さんが黄緑さんであっても、朝比奈さんが違う人であっても、多分SOS団にはならない。涼宮さんは満足しない。
 願わくば僕もそうであったらいい、とは思うが、それは望みであり理想とは違う。
 機関には僕の意見とは違う意見も横行するようになった。森さん達が僕のことで弱味を握らせないようにと先回りして行動したことも今では納得できる。
 今は絶対にありえないことだけれど、例えば涼宮さんの安定を望まない人が機関の主流に来たりして、僕にSOS団を裏切れという命を下す可能性もあるわけだ。それは僕の意思とは違う。だけど僕は機関の下にある人間だから命令を簡単にそむけない。そうなったら僕にある選択肢はSOS団を裏切ることを選ぶか、機関の意思に操られぬよう人知れず姿を消すかのどちらかだ。
 僕がどれだけここに愛着を持ったとしても、彼らに愛着を持ってもらいたいなどと望んではいけない。
 たとえ明日、急に僕がこの場からいなくなっても、彼らを動揺させない、涼宮さんの安定を壊さない、ことが大事なのだとクリスマス会について熱弁を振るっている団長の言葉に僕は耳を傾けつつ、また頭の隅で熟考したりしていた。

 どうも集中力が散漫らしく、団長の話を聞きながら、機関員としての自分の立場を見直すという同時思考になっていた僕の心に、さらにもう一つ、『じゃあ今の僕を一番見てくれているのは誰だ?』という疑問がわいて、しばらくもやもやしたあげく会長の顔が浮かびあがってきた。
 それはない。だって彼は僕のことを詳しく知っているわけではない。
 けれど、力づくで手に入れて、多分どうにでも出来る相手だった僕を気遣い、一人で処理していたりしていたという彼のことを、『僕じゃなくても別によかったんだ』なんて考えては申し訳ない気がした。
 会長の零した『好きだ』の響き。あれは彼の本心だと思っていいのだろうか。
 個としての価値が低い僕だけを、この数ヶ月彼が見つめて続け、そして待っていてくれたのは事実なんだ。
 ……ああー、もう。だけどだったらなんだ。
 彼のことを愛し返すべきだなんて結論に達するわけにはいかない。僕はそもそもそんなに器用な性質ではないのに、一度にそんなにいっぺんのことは出来ないんだ。機関、SOS団、会長、その三つのことを一度に考えるなんてそんな……

「古泉」
 は。と我に返った。
 実に皮肉そうな目つきで彼が僕を見ていた。
「心配するなというのだから、心配はしないが、置いていくぞ」
「えっ?」
 ふと気づくと皆は出かける準備を始めていた。
「……えーと」
「トナカイの衣装を作る道具が足りないんだとよ。それで買出しに出ることになった。昼休みのうちに行くから早くしろ」
「りょ、了解しました」
 慌てて立ち上がる。と、パイプ椅子が床に倒れて派手な音をたてた。
 制服の上にカーディガンを羽織ながら涼宮さんが眉を寄せる。
「古泉くん、疲れてるんじゃない? 大丈夫?」
「ええ、大丈夫です」
「ほんとかよ」
 彼が苦笑した。僕も苦笑で返すしかない。……なんというか理想とは遠いところにあるから理想なんだろうか。
 ……自分にがっかりだ。
 万全の調子では無いということを自覚しながら僕は、SOS団の仲間と一緒に廊下を歩みだした。
「古泉くん、すこぉし顔色が悪いみたいですけど……」
 朝比奈さんにも言われた。まずいな、これは。
「古泉、もうすぐ階段だぞ。朝比奈さんそいつが階段から落ちないように隣を歩いてやってください」
「は、はいっ、キョンくん」
「いえそんな。そこまでのことは無いです」
「本当に大丈夫なの? 古泉くんらしくなさすぎよっ」
 団長の白く細い手が伸びて、僕の額に触れる。熱はない。それは大丈夫。けれど間違いなく顔が赤らんだ。
「大丈夫そうね」
「……あ、ありがとうございます」
 うわああああああ。頭は中は真っ白だ。涼宮さんに熱を測ってもらえる日がくるだなんて。
「……」
 気づけばじっと見上げてくる長門さんの眼差し。彼女はすっと顔をそむけ、僕にしか聞こえない声で呟く。
「……健康に問題は無いはず」
「……」
 な、何を読み取られたのだろうか。心配して下さったことに心から感謝しつつも僕は言葉でそれを伝えられず、ぱくぱくと口を動かした。
 団長が先頭を歩きながら階段を降りていく。彼の言いつけをしっかり守り僕の隣にいてくれる朝比奈さんと共に僕は続き、長門さんは少しだけ遅れて続いた。そして最後尾に何故か笑みを浮かべる彼がいて、僕は階段に足を踏み入れる直前に彼を振り返り眉を下げる。
 SOS団が好きになればなるほど、この場所に強く存在してはならないのだと僕は自分に言い聞かせるようにしてきた。それは反対にSOS団を好きになりすぎないように心にブレーキをかけているということでもある。
 でも。こんなコンディションでは、彼の前で自分を隠すことは無駄なのかもしれない。
 全くかなわないなぁ……。
 すぐ隣で朝比奈さんが心配してくださるので、僕は普段より慎重に階段を下りる。
 僕の足取りをじっと観察するように見守る彼女の方がよろけそうで、かえって心配になる。転ばないで下さいよ。
 その時だった。
「んあっ」
 背後で彼が声をあげた。
 次の瞬間、僕達の横を彼が転がり落ちてきた。慌てて腕を伸ばしたが間に合わない。
「「「 キョン!! 」」」
 悲痛な涼宮さんの声が耳につんざく。僕の伸ばした腕の先を離れていく細く華奢な体。
 彼の体は下階の廊下に打ちつけられて留まる。意識がないのか、声も漏らさない。指先一つ動かない。
「誰か上にいるわっ!」
 涼宮さんが叫ぶ。彼女の発した言葉の意味がすぐには理解できなかった。
「古泉くん追って!!」
 言われて今度は反射的に体が動く。まさか、誰かが彼を突き落としたとでも言うのか。そんなことありえない。階段を駆け上がった僕の視界には誰の姿も映らなかった。
「キョンくん!! しっかりしてくださあぁああい」
 朝比奈さんの泣き声が階下に響き渡っていく。

 仰向けに倒れ伏す彼を階上から見下ろし、僕は唖然としてその場に立ち尽くした。


→→つづき(契約愛人16)


(いつもよりさらに長くてすみませんorz この最後の章は次回予告な感じの消失ネタです。次はクリスマス前後に更新する予定で、それでまずは一段落となるはずです。……多分。//また、いつも暖かなコメントありがとうございます(T△T))

  • うわぁぁ!まさか消失に続くとは…!乙です! -- 2007-12-16 (日) 09:36:44
  • 超待ってました…!続き楽しみにしてます。古泉幸せになれー! -- 2007-12-16 (日) 10:27:41
  • ニヤニヤが止まらないです!古泉可愛いよ古泉 -- 2007-12-16 (日) 12:52:37
  • 落ちるなよといいながら自分が落っこちるキョンカワユスwww -- 2007-12-16 (日) 16:48:57
  • 古泉は勿論、会長も可愛くて 萌 え 死 ぬ … !!と思ったところでSOS団に愛されてる古泉に感動。いつもありがとうございます。 -- 2007-12-16 (日) 19:54:15
  • なんてゆーかもうGJしきれないくらい面白い です!! -- 2007-12-16 (日) 20:15:45
  • 古泉かわいすぐる(*´Д`) -- 2007-12-16 (日) 21:57:22
  • わあああああ!超待ってました…!!このふたりにすっかりめろめろです。 -- 2007-12-17 (月) 01:00:23
  • まさかの消失でびっくりです!!古泉もキョンもかわいすぎる!! -- 2007-12-19 (水) 14:20:41


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Last-modified: 2008-03-19 (水) 17:29:55