大食い古泉(キョン→古気味)

 

 今、俺の目の前で繰り広げられているこの光景は何だ?
 5W1Hで言うと、
 いつ…下校途中に。
 どこで…脇道のラーメン屋で。
 だれが…古泉が。
 何を…ラーメンライスを食っている。
 どのように…脇目もふらず、窓の外を通った俺にも気付かず真剣な顔で豪快に。
 何故…わからん、むしろ俺が聞きたい。
 教室で谷口たちと弁当を食う俺はこいつが食っているところをそんなに見ているわけでもないが、何度か見たことはある。
 だがそんなにがっついているところも見たことがなければ、そんなボリューム満点体育会系特盛り系、しかも炭水化物×炭水化物なんて飯を食っているところを見たこともない。
 にこにこ笑ってお上品に優雅におしゃべりなんぞをしつつ、ちまちま食ってるってのがこいつの普段の食事スタイルのはずだ。まあ今は一人だからおしゃべりはしないだろうし笑っていられても気色が悪いが、洒落たカフェでサラダとサンドイッチなんぞつまんでコーヒーとか飲んでる感じの想像しかできなかった。
 ぽかんと窓越しに古泉を眺めていると、食い終わった(その間5分とかかっていない!)古泉が顔を上げ、そして俺に気付いて目を丸くした。


「いらっしゃいませー」
 あまりに見事な食いっぷりに俺も腹が減っただけだ。他意はない。
 しょうゆラーメンと餃子をオーダーして古泉の向かいに座ると、えらく気まずそうな顔をされた。
「…あ、ええとですね…」
「気にするな、俺も腹が減っただけだ」
「……はあ」
 俺のラーメンが届くまで、届いてからも、古泉は席を立たずにただちびちびと水を飲んでいた。
煤けた安っぽいチェーン店のたたずまいさえ考えなければ、さっきの食いっぷりがウソのようにいつもの古泉らしい振る舞いだ。
「あの」
「なんだ」
「……このことは、涼宮さんには」
「黙ってろって言うんだろ」
「はい。……すみません、昼食の量では食べた気がしなくて」
 ああそれでか。
 っておいおい、何でそこで恥ずかしそうに目を伏せる?
 普通だろ、育ち盛りの高1なんだし身体のでかさから考えても納得のチョイスだ。閉鎖空間で戦うのにどれだけカロリーを消費するのかはわからんが、それなりに身体を動かしてるのと同じ程度には腹も減るんだろうし。
「……謝るな。だいたい食事ぐらい、好きに食えばいいだろうが」
「……ですが、チャーシュー麺定食ライス大盛りという食事スタイルは著しく涼宮さんの中の僕のイメージに反していますから…」
 確かに、俺にとっても激しく古泉のイメージが粉砕される風景ではあった。まあそれで古泉に幻滅したりはしなかったし、どちらかといえば安心しさえしたんだがな。
「そうはいきません。僕は彼女の期待通りの人間でなくてはならないんですよ、彼女の見ている場では、いついかなる時にもね」
 侘びしげな笑顔で俺の前に置かれたラーメンを見るな。これはやらんぞ。俺のだ。
「……ってことはお前、いつも団活の時腹減らしてるんじゃないのか?」
 なんせハルヒも学食派だ。そうでなくたって誰から『古泉くんて結構大食いなのねー』とかハルヒの耳に入らないとも限らないしな。
「ええまあ、そうなります…。一応、お菓子などを食べてお腹が鳴るのは防いでいるのですが…」
 箸に取った麺を目で追うな。口に入れるたびに露骨にがっかりするな。お前はちくわを目の前で食われる猫か?
「あのな、長門だってこう、おちょぼ口で小食っぽーい雰囲気醸しだしてたけど見事に粉砕してくれただろ? お前だけが律儀にイメージを守る必要なんぞないんじゃないのか? だいたいお前の字は充分イメージを粉砕してるだろ」
「……そうかも、しれません。ですが僕の一存ではなんとも…。字は、昔からうまく丁寧に書けないだけです…ペン習字は『機関』で習ったんですが…」
 古泉はそう言うとしゅんと肩を落として目を伏せた。
 一にハルヒ、二に『機関』、三四がなくて五に世界、ああもうまったくうんざりだ。
 こいつにとって俺達は何なんだ? 俺がこいつのことを心配しようが忠告しようが、それは全然こいつには届かない。ハルヒの願望か、『機関』の思惑と合致して初めて、俺の言葉はこいつにとって意味を持つ。
 いやこいつが俺の言葉で簡単に左右されまくっても気色悪いが、何を言っても無駄だと思うと忌々しい。
「ああそうかい。……おい、少しなら食ってもいいぞ」
 全部はやらんがな。
 餃子の皿を古泉の方に押してやると、しばらくきょとんとしたあと満開の底抜けスマイルを惜しみなく大放出して箸を手に取った。
「ありがとうございます」
 ほらな、割とどうでもいい、『機関』ともハルヒとも関係のないことなら素直に聞くんだこいつは。
「……俺は」
「はい?」
「お前にとって何だ?」
 餃子のタレに餃子を突っ込み鼻歌でも歌いそうな笑顔のままで古泉が固まった。
「え…?」
 笑顔が引っ込んで、戸惑いが露わになる。いい気味だ。
「餃子を食うか食わないか程度の意味しかないのか。そりゃ俺はただの人間で、宇宙人でも未来人でも超能力者でも、増してや神でもなんでもない。だがな、俺はお前のと……」
 言うに事欠いて俺は何を言い出す気だ、落ち着け、落ち着け俺。間違っても俺と古泉はそんなのじゃない。
「……SOS団の仲間だろうが」
「あの、それはどういう」
「…妄言だ、気にするな! もう帰る。餃子は全部食っていいぞ」
 これ以上ここに居ると何を口走るかわかったもんじゃない。家に帰って首を吊ったり腹をかっさばいたりしたくなるようなことになる前に帰るしかない。
「え、あの……ちょっと…」
「食べ物を粗末にするな、全部食うまで店を出るな! いいな!」
 もったいないお化けが出るからな。お残しは許しまへん!
 そして翌日、昼休みの後から妙にハルヒがウキウキしていると思ったら、放課後部室で古泉をなぜかものすごい勢いで問いつめていた。
「いえ、あの……ちょっと金銭的余裕ができたので…ケチるのをやめただけなんです、本当です」
「それだけぇ? ホントにそれだけなの?」
 何やってんだか。
 ちなみに朝比奈さんはハルヒの勢いに飲まれて遠巻きにお茶を持ったままウロウロなさっており、長門はいつも通りの定位置である。
「ねえちょっと聞いてよキョン! 古泉くんがカツ丼食べてたのよ!」
 ……ああ。食ったのか、学食でカツ丼を。
 頬がだらしなく緩みかけて、それからどうせ『機関』と相談してOKが出ただけなんだろうと気がついた。
「…で? だから何だ? 古泉だってカツ丼ぐらい食うだろ」
 古泉だってカツ丼ぐらい食いたいんだよ。ずっと我慢してたんだからな、お前のために。
「いつもはそんなの食べないのよ! それなのに急にカツ丼よ!? しかも大盛り! これは謎よ!」
 おいおい、謎ってのはそんなに安いものなのか?
「ねえ古泉くん、よーく思い出して。昨日オレンジ色に光る謎の飛行物体を見たところで記憶が途切れてるとか、そういうことはないの?」
「……さあ、どうでしょうね」
「そうよ! 絶対にそうよ! きっと宇宙人の仕業に違いないわ!」
 いつも通りの曖昧な返事を拡大解釈して古泉アブダクション疑惑に盛り上がるハルヒを横目に、俺は古泉に小声で囁いた。
「…『機関』のお許しが出て良かったな」
「いいえ、」
 いいえ? いいえってことは…『機関』と関係なしか?
「……これは僕の一存です。確かに僕の口調や振る舞いの全てが変化すれば彼女は混乱し失望もするでしょうが……食生活の変化程度なら、あなたのおっしゃるとおりさほどの影響は
ないかと思いまして。実際、涼宮さんに新しいお楽しみも提供できたようですし」
 ま、ハルヒ絡みではあるんだな。
「…それに、あなたのお言葉も有り難かったので」
 固まったね。ああ固まったとも。もう時が止ったと思ったね。爽やかスマイルでなんて恥ずかしいことを言い出すんだこいつは。
 いやそれを期待してなかったと言えばウソになる、ウソになるがだがあり得る話じゃないと思っていたんだよ。
「そっ……そうか! ……じゃ、じゃあ、今度また何かおごってやってもいいぞ、俺の小遣いの範囲でならな」
 何で俺はこんなにしどろもどろになってんだろうか。
「え…どうなさったんですか? あなたらしくもない」
 ああ本当に俺らしくないよ。だがそもそもお前が悪い。
「お前がお前らしくないからたまには俺も俺らしくないことをやってみようと思ってだなあ」
「それはそれは。どうも有り難うございます」
「さーあ! 昨日の古泉くんの下校路をたどるわよ! みんなついてらっしゃい!」
 地図を振り回して部室を飛び出すハルヒの後ろに続こうとする古泉の後頭部を、俺はニヤニヤ笑いながらバシバシ叩いていた。
 まあなんだ、その、別に虐めているわけじゃない。痛いですよ、とか言いながら古泉も笑って俺の手をペチペチ叩いてたしな。
「あのぅ〜、待ってくださぁい、私着替えないと…」
 朝比奈さんの愛らしいエンジェルボイスも耳に心地よく、いつもはカンに障る古泉の爽やかな笑い声もその半分ぐらいは耳に優しいかもしれん、なんてことを思ったりした。
 たぶん明日には元通りウザく感じることだろうがな。
 まあそれでも、俺も男だ。男に二言はない。ちゃんと飯はおごってやるつもりだ。牛丼特盛りとか、ハンバーグ定食ライス大盛りとか、うどん定食とかお好み焼き定食とか、何かそういうのをな。


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Last-modified: 2008-01-30 (水) 23:19:01