≪多丸裕×古泉≫


高級感漂う重厚な調度品。
落ち着いた深い緑色の絨毯は染み一つない。
品良く主張しすぎないクリーム色の壁紙。
自分の背丈の1.5倍はありそうな大きな窓の外には、
眠らない……眠ることを拒んでいるかのように輝くネオン。
糊の利いていたシーツに自分を押さえつけ、後孔を犯す「仲間」の男の趣味を、古泉は日頃から高く評価していた。
「……今日は、随分苦しそうな顔をするんだね」
深く柔らかな響きの声が、苦笑と共に降ってくる。
「そう、ですか?」
とっさに答えた声は情事の余韻に掠れ、古泉は感情を隠すかのように咳払いをした。
生理的な涙で滲んだ視界に、男……多丸裕のからかうような表情があった。
「ああ。まるで……誰か他に思い人がいるみたいだよ?」
「そう見えますか?」
薄笑いを貼り付けて言い返せば、今度はきちんといつも通りの声が出る。
裕は古泉の笑顔につられるように笑い、汗で額に張り付いた古泉の前髪を指先で掻き上げた。
恋人にするような緩慢で優しげな仕草に内心嫌悪感を感じたが、表には出さなかった。
古泉は代わりに、まるで恋人がするようにくすぐったそうに目を細め、首を竦めてみせた。
「それはおかしいですね。そんなことはありえないはずなのですが」
おどけて肩を竦める仕草。
裕の瞳にはいつもの穏やかな微笑みが宿り、逆に言うとなんの感情も見いだせない。
無感情の黒い瞳に映った自分がいつも通りでいられたか、少し自信がない。

「そうだね。それはあってはならないことだ。
ましてその相手が彼女や、彼女の思い人であることは許されない」
裕の言葉はいつになく率直で、鋭い。
年の割に童顔だが、彼は優秀で頭の切れる人物なので、古泉の行動と思惑はある程度掌握していたらしかった。
古泉は微笑みの裏に隠された裕の冷徹な一面を思い返し、裕が警告したつもりであることをぼんやりと理解した。
不意に零れそうになる笑いを飲み込み、笑みを保ったまま平然と言い放った。
「僕はもちろん、機関に逆らうつもりはありませんよ」
それはつまり、他勢力との過剰な接触を否定する言葉であり、機関への忠誠を約束する言葉でもあった。
「そう、我々は……彼女にとって無害でなければならない」
古泉の答えを聞き、裕が満足げに頷く。古泉も裕に満足げに笑い返した。
「ええ……っ、分かってますよ……ぁっ!」
古泉の言葉が不意に途切れる。
裕はそんな普段と少しも変わらない笑みにほんの少し情欲の色を滲ませながら、
古泉に笑いかけて体の両脇にある古泉の脚を抱え上げた。
古泉は小さく声を上げたことを恥じるように、下唇を噛みしめる。
「なら、どうしてそんなに辛そうな顔をするんだい?」
上から覆い被せるような裕の質問に古泉は荒い息を整えるようにしばらく口を噤んだが、
やがて快楽に潤んだ目にいつもの笑みを浮かべた。
「裕さんのが……大きくて」
上手く動かない顔の筋肉を駆使して作られた笑みは乱れた息と相俟って、奇妙に妖艶だった。
「そう、かい……っ」
裕もまた小さく笑い、古泉の奥を先端で抉るように突いた。

「ああっ!」
古泉の背中がぐうっと反り、濡れた唇から歓喜の声が漏れた。
感じ入るように震える吐息を吐き出す古泉を見下ろし、裕は口元の笑みを消した。
大きく腰を引き、古泉の白い尻たぶを左右に開いて赤く充血した菊蕾を勢いよく穿つ。
「あはっ!あっ、ぁ、あ、あぁっ!」
裕が突き入れるリズムに合わせて古泉が喉を振るわせる。
白いシーツに縫い付けられた白い手を握り、裕はまるで古泉が愛しくてたまらないというように、激しく体を重ねた。
古泉もまた、裕に全てを任せるように体の力を抜き、与えられる快楽を享受する。

裕とこの行為をするのは初めてではない。
初めてしたのは8ヶ月と22日前で、今日で丁度10回目の性行為だ。
古泉がここまで正確に裕との性行為について把握しているのは、本当に裕と恋仲だからではない。
機関の一員である以上、「機関の活動内容」は把握しておく必要があるからだった。

機関が「神」と定義している彼女……涼宮ハルヒにとって古泉は「無害」でなければならない。
涼宮ハルヒと利害関係を結ぶことなく、また彼女の周囲の人間とも利害関係にあってはならない。
それはつまり、古泉が彼女の「女性性」を脅かす「男」であってはならないということでもあった。
古泉は涼宮ハルヒにある一定の感情以外を抱くことは許されず、
また彼女の思い人である彼とも特別な関係にあってはならない。
SOS団における古泉の位置付けを機関が模索した結果、
古泉には所謂同性愛者的な異性に対する無関心な態度が求められた。
それは直接彼女が求めたものではなかったが、
結果として彼女の精神を揺さぶる不確定要素が排除されるとして機関内で採用が決定された。

「ふぁ、っ……、くっ!」
古泉は元々順応性が高い。
だから、この行為にもたった数回で慣れ、少しずつ快楽を見いだしていった。
相手に選ばれた多丸裕氏は年が近いこともあり、また真摯で慈悲深い人柄だったので、
古泉を積極的に傷つけることはしなかった。
古泉の体の負担をできる限り軽減しようと、専門の知識の勉強を怠らなかった。
思えば、本当に良い仲間に恵まれたと思う。
このまま、彼女と3人の仲間たちにとって無害な存在であり続けられたら、どんなに良かったか。
しかし。
不確定要素は、古泉のなかこそにあった。
始めのうちは気の迷いだと笑うこともできたその感情も、次第に胸のうちで面積を広げ、
裕との定期的なこの行為に苦痛を強いるようになった。
元は望まれぬ行為だからこそ、古泉にとって無害だったセックス。
それが苦痛に感じるのは、……本当に望む人物ができたからだ。
叶うはずのない夢が、希望が古泉の体を蝕む。
裕が古泉を傷つけることはない。苦しめることもない。
だから、この希望に止めを刺すのは自分しかいないのだ。
「あぁ……もっと!
もっ、と……ください!ああっ」
細く尾を引く言葉ははしたない熱を隠さない。
獣のように息を吐き、悦楽に歪む顔が淫らな笑みを象る。
譫言のように裕の名前を呼びながら、涙で濡れた視界に別の人の顔を見る。
快感を素直に受け入れる体とはあまりにかけ離れた心。
古泉はまるで意識が体を脱ぎ捨てたかのような浮遊感を感じていた。

「あ、あ、あ、んぁっ!気持ち、いい……」
まるであべこべだ。
率直に快楽を言葉にするほどに、胸の奥から冷えていく。
熱に溶かされる体とは裏腹に冷たく固くなっていく心。
古泉は熱病のようにぐるぐると回る視界を拒絶するように目を瞑る。
ただ頑なに瞼を閉じて、内から焦がす欲望だけに身を任す。
「あっ、そう……すごい……。
んんっ!ぁ、溺れそう……ですっ」
また苦しそうだと言われるのが嫌で、古泉は裕の首に縋り付こうとする。
裕の腕に添えていた右手は動いたが、きつくシーツを握りしめた左手の指は何故だか動かなかった。
しかたなくて片腕で裕の首を引き寄せ、裕の耳元で吐息だけで笑ってみせる。
裕は古泉の囁く卑猥な言葉に小さく息を詰め、掴んでいた古泉の肌にきつく爪を立てた。
「一樹くん、もう……!」
「いい、ですよ……。
きて……くださいっ、あ、貴方のを……!」
古泉のその言葉が合図だったように裕の腰使いが荒くなる。
古泉が感じる場所を何度も何度も執拗に抉る。その度に古泉は抑えもせずに嬌声をまき散らす。
もう、何も考えられない。
機関のことも、裕との関係も、彼のことも彼女たちのことも、何も考えずにいることが出来る。
なのに。
「あ、あぁあ!く、う――ッ!」
絶頂の波に飲まれる直前、見開いた目に光が瞬いた。
まるで走馬灯のようだったそれが最後に瞼に焼き付けたのは、愛しい人へ向けられた偽りのない笑顔だった。

「……一樹くん。」
指一本動かすことが出来ない古泉の後始末をし、毛布を掛け終えた裕が名前を呼ぶ。
「なん、ですか?」
表情を繕うことなく、素直に聞き返す。
裕もまた微笑みのない素の表情で古泉の顔を随分長い間見つめていたが、やがて唇を僅かに歪ませた。
それは今までに見たどの微笑みとも違う、少し苦しげで切なそうな微笑だった。
「ごめんね」
低く静かな声でそう告げる裕に古泉は咄嗟に返事をすることができない。
裕が自分の何を見てどこまでを知っているのかは分からない。
しかし裕の口調には明らかな古泉への憐れみと同情が見て取れた。
倦怠感でまともに動かないはずの眉の筋肉がピクリと痙攣した。
腹が立ったわけではない。図星を指されて動揺したわけでもない。
ただ、……敢えて言うなら、その筋肉の動きはストレス性のチックに似ていた。
この人には僕がどう見えるのだろう、と純粋に疑問に思った。
「気にしないでください」
喘ぎ過ぎで明らかに掠れてしまった声も繕わずにそう言った。
「僕は、平気です」
そう言って裕に向けた笑顔は、無表情よりも感情のない薄っぺらな仮面のようだった。


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Last-modified: 2009-04-20 (月) 11:46:26