古泉消失後ネタ(『僕らのアンインストール』別作者続編) ~


僕らのアンインストール(古泉消滅ネタ・救いなし)

 首を傾げたまま部室に帰れば、ハルヒの怒号に迎えられた。
「何してたのよキョン!」
 いや俺だってさっぱりだ。気が付いたら校庭にいてしかも土下座の体制のように膝に足をついている。制服は土に汚れ頬には涙の跡。俺だって首を捻っているんだ、言及しないでくれ。
 しかしハルヒたちはなんで俺が出て行った理由を知らないんだろうな。尋ねてみたが、ハルヒたちが来た時には俺は鞄だけ残し姿を消していたらしい。だったらなんで覚えていないんだ、俺は。これが続くようなら病院のお世話になることを考えたほうが良さそうだ。
「キョンくん、今日も教えてもらえませんか?」
 と、隣から小鳥がさえずるような可愛らしい声が聞こえた。朝比奈さんだ。今日も健気にメイド服を着こなし、両手でお盆を抱えている。俺の定位置にはしっかりと湯気をたてたお茶がスタンバイされていた。
「はい、わかりました」
 俺はにっこり最上級に微笑むと、ボードゲームが積まれた部屋の一角に行きその一つを手に取る。しっかしなんでこの部屋にはこんなに異常な数のボードゲームがあるんだ。
 …いや今のはおかしい。これはハルヒが買い集めてきたんじゃないか。
 ある日!俺が暇つぶしにいじっていたオセロに朝比奈さんが興味を示した。朝比奈さんも最初は負け続けていたものの数日も対戦を続けていれば一緒に遊んでいてお互いに楽しいレベルにまで成長する。ハルヒがそれを見ていた次の日の放課後、ハルヒは俺を引っぱる様にオモチャ屋へと連れて行き5つか6つの…ボードゲームにしては大量の買い物をしたのだ。ハルヒ曰わく「萌えキャラだけじゃ昨今の厳しい市場を生き残れないわ。何か特技があったら凄くいいと思うの」とのこと。言う分にはいいだろうよ。妙にかさばる荷物を持たされ学校の部室への帰還を余儀なくされた俺は閉口するしかなかったんだがな。
 というわけで俺は給仕を一通りこなした朝比奈さんとのボードゲームライフ、という充実した部活動の日々をおくっている。だけどなんでモノポリーやバックギャモンまであるんだか。こんなのルールを覚えるまでが大変だろう。
「朝比奈さん、チェスで良いんでしたよね」
「はい」
 チェス一式を抱えてテーブルに付き準備を始める。目の前にはワクワクした様子の朝比奈さん。窓際の定位置では長門がいつものようにやたら重量のありそうな本を読んでいる。ハルヒはパソコンの前でふんぞり返り何かを考えていた。俺はいつもの光景にふっと息を漏らす。つくづくよくわからん団体だが、これもいい青春ではないか。

しかし俺はこの日を境に妙な違和感を感じるようになった。それも全てSOS団に関することでだ。
 例えばふと眺めた、部室に飾られている夏合宿の写真。俺が一人で砂浜に佇んでいる写真の左側が不必要な程空いている。
 休日の探索の待ち合わせ。またしても俺が最後だったがどうも誰かが揃っていない気がした。驚いたことにハルヒもそうだったらしく、「おかしいわね、キョンが最後で・・・それでいいはずなのよ」と首を捻りながらいつもの喫茶店へ向かって歩いていた。
 部室のボードゲーム。ルールがわからないからやっていない筈のバックギャモンを開いたらどう見てもやりかけで放置されている様子だ。
 朝比奈さんがいつも人数分以上に煎れてしまうお茶も見慣れた光景になってしまった。「あ、あれ?おかしいですよね?4人分でいいんですよね?」とぴったり1人分余ったお茶を勿体ないからと手近なマグカップに注いでいたっけ。
 ミーティング中も妙な沈黙がある。ハルヒが何か言ったあとに誰かが解説及び補足をする気がしたんだ、多分全員。
 それにハルヒの機嫌の回復も遅い。前は一日もあれば脳天気に戻っていた気がするんだが、俺の気のせいか?
 他etc.エトセトラエトセトラ。
 なんだこの妙な感じは。喉に魚の小骨が引っかかっているのはわかるのに一向にそれが取れないような嫌な感じだ。

 煮え切らない気味の悪い感触が2週間も続いた頃だろうか。部活中に長門が俺に歩み寄ってきた。ハルヒと朝比奈さんは衣装カタログを見ながら何やら話をしていて俺たちには気付いていない。
「部活終了後、誰もいなくなってからここに戻って」
 何でまた。
「用がある」
 それだけ告げるとくるりと振り返り本を選びに棚へ向かってしまった。理由はわからないが断るわけにはいかない。だから俺はこうして日が沈みかかっている部室で二人きり、長門が口を開くのを待っていた。
「違和感」
 やっぱりお前もか長門。まぁ俺が感じてお前は感じていないということはおそらく無いと思っていたが。
「違う。あの引き出し」
 俺の言葉に首を振り、長門がゆっくりとした動きで指し示したのは部室の隅の戸棚だ。いつもは部屋に溢れ返りつつある荷物に埋め尽くされ存在を忘れがちだが、今は荷物も退かされ寧ろその周辺だけ周囲から浮き彫りにされていた。どうやら俺が一度帰った振りをしてここに戻るまでに全ての荷物を端によせておいたらしい。準備がいいな。
 何の変哲もない戸棚の主な収納スペースは観音開きのガラス戸だが、真ん中辺りに確かに引き出しが一つ付いていた。
「全ての空間に施されているはずの空間の連結があの部分のみ断ち切られ、隔離されている」
 なんだそれは。またハルヒが何かやらかしたのか?
「原因は不明。しかし人為的なものだと推測。私、もしくは私と同じような存在が施したと思われる」
 …なら長門だろ。そうであってくれ。今更未確認生命体もしくはまだ見ぬ宇宙人関係者がこっそり細工を施していたなんて恐ろし過ぎるぞ。
「記憶していない。だからあなたに立ち会ってもらいたかった」
「しかし何でまた俺と」
「勘」
 宇宙人製インターフェースの勘だなんて…頼りになりそうだな、なんとなく。ともかく長門の言葉に嘘偽りはないだろう。で、どうしたいんだ?
「隔絶されたのには何らかの理由か原因がある。それを調べたい」
 無機質な言葉は淀みなく続く。
「空間の連結を行い隔絶された状態を解除するだけ。中の物質への影響は無い筈」
 わかった。好きにしてくれ。俺が了解すると、長門は静かな足取りで戸棚に近付いていった。俺もそれに続く。
 なんの力も感じさせない程自然に長門は引き出しを開けた。空間の連結というのはそんなに簡単なのかね。
「難しいことではない」
 俺は半分程引っ張り出された引き出しの中を覗き込んだ。どんな奇天烈な物が飛び出してくるかと思えば、中はこざっぱりしたもので空に等しい。いや。何かある。俺が目に留めた時長門がそれをそっと手に取った。
それは、一枚のしおりだ。表面に施されている印刷には見覚えがあった。七夕の時、朝比奈さんと行った3年前で元の時間に帰れなくなり、長門の家を訪ねた際大いに活躍した短冊と同じだ。長門はこれを読み取り即座に俺たちの状況を理解し対処にあたってくれた。確か書いてある内容自体は「私はここにいる」だったな。
「七夕の時のか?」
「違う。手法は全く同じ。だが記録された内容は同一では無い」
 片手にしおりを乗せたまま無言で俺を見た。この視線は読み取ってもいいか、と聞いているんだろうな。軽い気持ちで頷く。それを確認した長門はしおりの記号たちを手の表面で撫で

固まった。


「な…長門?」
 長門のフリーズ、なんて早々見られないものを目の当たりにした俺は上擦った声を掛ける。しょうがないだろう、それ位信じられない光景だ。瞬き一つしない。フリーズをぎこちなく解いた長門はゆっくり俺を仰ぎ見た。これもまた珍しいことに、驚愕したかのように黒光りする飴玉のような目を見開いている。何か言いたいように口を開きかけると、今度は部室の四方八方に忙しなく視線をさ迷わせた。その視線が先程しおりを取り出した引き出しに向かい、もの凄い勢いでそれを最大限まで引き出す。空に近い引き出しはがたっと壊れそうな音を出す。おいおいそんなに乱暴に扱わなくても引き出しは開くだろ。もっと大事に扱ってやってくれ。
「これ」
 その引き出しの一番奥には見覚えの無い薄茶色の箱があり、白く細い手がそれを開ける。そこにはたった一つ封筒が納められていた。
「なんだこれ」
「あなたが私に託したもの」
「…覚えがないぞ」
「読んで」
 怪訝に思いながらも揺るぎない視線に圧され、それを受け取る。封もされていないスタンダードな茶封筒の中には2枚のシンプルな便箋。いや、よく見ればルーズリーフだ。これを書いた奴は便箋が手元になかったのだろうか。ゆっくりと開けば…これもまた酷い。何度も書いては消したようで紙が傷んでいるし、消しゴムで乱暴に文字を消した跡も残っていた。その上に書かれた文字は書き殴ったように乱雑で、それが気味が悪い程の必死さと迫力を感じさせる。どんな切羽詰まった状況で書いたらこうなるのか。そしてびっしりと詰め込まれた内容はこうだ。

『古泉一樹。男。1年9組(理系クラス)所属。頭は悪くないらしい。運動神経も(イヤミな奴だ)。いつも笑顔で敬語キャラのイエスマン。SOS団副団長(ハルヒ任命)よくわからん機関に所属する場所限定の超能力者。ボードゲームにやたら弱い。身長は俺より高い。体重は知らん。やたら顔を近付けて話す(気色悪いからやめろ。息が当たる)。力を得たのは3年前。それはハルヒによる力らしい。文化祭では劇をやっていた。映画では朝比奈さんを助ける超能力少年。連れて行かれた閉鎖空間には青く光る神人とかいう化け物がいて、奴は赤い玉になってそいつと戦っていた。機関には新川さんや森さんという人もいる。それと・・・』

その後も続く便箋を埋め尽くす程の一人の人物情報。最後に行間を空け他の倍の大きさの文字で

『古泉一樹を忘れるな。』

「私から彼の置かれた危機的状況を聞き出したあなたは混乱の後、彼には内密に保険を掛けた」
 長門が淡々と説明する。この手紙とあのしおり、そしてそれを入れていた引き出しを空間ごと隔絶し隔離すること。それが保険、らしい。
 長門の文章を読み上げているように淡々と話す声は耳に届いていた。しかし俺はそれどころではない。困惑が増すばかりだ。正直わけわからん。何の為の保険だって言うんだ?そんなことした記憶は無いぞ、一ミリもな。 だが俺に沈黙を保たせそう言わせないのは手の中の物質だ。便箋に書かれていたのは慌てて書いたように歪だが間違いなく俺の字だった。だが俺はそこに書かれた男を知らない。
「誰だよ…この古泉って」
「その文書から全ての情報を読み取るのは不可能。改変が行われた今、あなたはそれを信じられない」
 信じるも何も無い。俺はこの男を知っているのか?ハルヒが未来人や宇宙人と共に出現を望んだ超能力者?その上SOS団の副団長?だけどそんな筈は無い。発足からずっと、このSOS団には涼宮ハルヒ・朝比奈みくる・長門有希、そして俺の4人しかいなかった。鶴屋さんのように活動に加わった人物はいたが、この男は名前すら聞いたことが無い。
「あなたはそこまで予測していた」
 困惑する俺に、すっかりいつもの落ち着きを取り戻した長門が手を伸ばす。
「なんだ」
「手を。あなたに私がダウンロードしたバックアップ情報を送る。これはあなたが依頼したこと」
 手を繋ぐのか?いやそれより何を送ると言うんだ。悪い、俺はまだ混乱している。状況が飲み込めないんだ。生憎情報処理能力はそんなに早い方じゃないんだよ。
「あの時あなたは言った。疑り深い自分は渋るかもしれないが、それでも構わず全て行ってくれ、と」
 …未来だか過去だが知らんがその時の俺よ。やたらと用意周到じゃないか。お陰で長門は俺から目を離さず手を差し伸べ続けていて、従わないと帰してもらえそうにない。この不可解な状況で帰れるわけはないが。
 ええい、ままよ!意を決して手を差し出した。その古泉とかいう男が誰かは知らんが、異世界人でも超能力者でも地底人でもなんでもこい!
 かぷ、と予想に反して俺の指先に噛みついた長門に驚き反射的に手を引っ込めそうになったが、それより強く手を引く力にそれは断念させられた。だがこの状況はヤバいんじゃないか?いつかのように、まかり間違って谷口が意味の見いだせない鼻歌を歌いながら背後の扉を開けでもしたら!いやここは部室だがそれでも万が一!

 そんな思考は次の瞬間、頭にぶち込むように流れ込んできた映像と音声と感情の波に押し出された。息が止まるような情報の奔流。実際俺はその間息を止めていたかもしれない。強い負荷に目を開けていられず、頭が軋んで割れそうだった。小さな呻きが口から漏れる。苦しい。
 いつの間にか手を離されていたので、俺の体は重力に従い床に力なく座り込んだ。ゼイゼイと浅い息を吐き、閉じていた視界をゆっくり開く。ぼうっとする思考で床に落ちている便箋—いつの間にか取り落としたんだろう—を視認し慌ててそれを鷲掴んだ。勢いでグシャッと潰れた手紙をゆっくり開く。

——古泉一樹を 忘れるな——

 ああ、そうだったな。古泉。お前は俺たちと一緒だったんだな。この高校生活の、結滞な部活動と一連の騒ぎで、ずっと一緒にいたんだったな。
 床に滴がボタボタ落ち視界が霞んだ。実感してしまったからだ。古泉は…もう、いない。さっきまではなんでも無かった事実が胸に深く突き刺さる。しかも俺も長門もハルヒも朝比奈さんも、綺麗さっぱり古泉を忘れていたんだ。古泉が恐れていたのも確かに頷ける。あいつが消えた痕跡すら、この世界には残っていなかった。
 強い絶望感に歯を食いしばった。人生でこんなに激しいマイナスの感情を味わった時があっただろうか?悔しい。歯がゆい。でもあいつはもう、どこにもいない。お前は消えたくないと泣いたな。だが知ってるか?俺があの時お前を抱きしめたのは、そうしなければ駄目になってしまうような気がしたからだ。抱きしめなければお前が消えてしまう気がした。いくら打開策を探しても、お前自身が諦めてもうどうしようもなくなっちまうと思ったんだ。俺はお前に消えて欲しくなかった。憎まれ口たたいても、邪険に扱っても、お前はいつも俺達と、SOS団の一員で、ハルヒの突飛な提案に肩を竦めながらも、ずっとそこにいてくれると思っていたから。こんな日が来るとは思っていなかったから。震えるお前と必死で抱き合い抑圧した思いを吐き出し続けるお前の声を聞きながら、俺は必死に祈っていた。ハルヒなのかそれ以外の誰かなのか知らんが、神っていうのがいるならこいつを消さないでくれ。世界が崩壊する、と聞いたときよりよっぽど怖いんだ。頼む、こいつを消さないでくれ!!怒りと恐怖と悲しみが綯い交ぜになり、なのに何も言えず俺は古泉が離れていくまで無我夢中で奴に縋るように抱きついていた。
 でも結局、古泉は行ってしまった。
 あいつが一人で閉鎖空間に残り、そして帰って来なかった事実は何も変わらない。涙を拭うことも立ち上がることも出来なかった。
「不可解な点を発見した」
 泣き続ける俺に文句も言わないでいてくれた長門が、俺がしゃくり上げ始めた頃いつもと変わらぬ感情を読み取らせない声で言った。
「彼の痕跡を感知」
 思わず涙が止まる。ぐしゃぐしゃになっているであろう顔のまま長門を見上げた。どういうことだ?
「微弱ながら彼を感知した。これは今までのパターンでは見られなかったこと」
 説明してくれ。よく意味が分からん。
「私の記憶における古泉一樹の情報を取り戻してすぐ、情報統合思念体にアクセスした。今までに消えた人物はデータが全て消失している。しかし古泉一樹のデータだけは例外的に、完全ではないが残されていた」
 長門は続ける。古泉はパソコンのファイルに自分たちを例えていた。自分たち超能力者とも呼べる者たちはハルヒに不必要と判断されアンインストールされているのだと。しかしなんの気まぐれか古泉はその全てを消されなかった。つまりだな、長い説明を噛み砕いて言えばこうだ。このファイルはいらない筈なのに何故か気になる、何のファイルだっただろう、わからないからゴミ箱に残しておこう、といった感じだったかもしれないと言うのだ。わかりにくくてすまん。だが俺は神とやらの気まぐれに感謝した。
「じゃあ古泉は消えていないのか?!」
 涙を拭って立ち上がる。身を乗り出すように長門に訪ねてしまった。
「わからない。でも完全に消えていないのは確か」
 彼を消すことで世界が食い違うことを感じていたのかもしれない、と呟いて椅子に座る。俺も椅子を引いて長門の横に座った。
 俺が、そして他のメンバーが感じていた奇妙な違和感は今思えば全て古泉に関連した出来事だった。そりゃ当然だ。昨日までそこにいた人間が突然いなくなってそれまでと同じように生活が続く筈が無い。しかし今まで消えた人間は、いなくなったことすら周りに感じさせていなかった。機関は「消えたこと自体」には気づいていたらしいけどな。多分記憶操作とそれまでのその人物に関する物全てが消えてもおかしくないよう情報操作されたからであろう。
 しかし、古泉一樹は閉鎖空間に入って神人を倒しハルヒの感情をコントロールする他に、役割を持っていた。いや、存在自体が大きな物だったのだ。
 不要と判断された存在は他の重要な人物と同一であった。 それが消えて世界が上手く回るか?いや、古泉だけが大きな存在とは言えない。消えた他の人物を知らないしな。でも、少なくともハルヒにとって、古泉は大きな存在だったのだ。そして違和感が生まれた。日頃の反射神経や習慣を誤摩化せないほどに。
「不必要になったと判断したアプリケーションをアンインストールした結果、動作させようとしたファイルが開かなくなったようなもの」
 あぁパソコンをいじった時に経験があるかもな。
「どうしたらいい」
「今回は今まで体験したケースとは違う。どれにも当てはまらない。だからとても困難」
「それだっていいさ」
 方法が、一つでもあるなら。思ったより強気な声が出たことに俺自身驚いた。
 あのいつもの腹が立つにやけ面を、無駄に饒舌な話し方を。ある日を境に文句一つ言わず憔悴していく痛々しい様子を。そしてあの日崩れ落ち、余計な心配をさせたくなかったと泣き、最後に極上の笑顔を見せたうえ放された時の口に触れた温度とか、まだ泣きそうなのにそれを必死に堪えたように俺から目を離さず微笑む姿を、思い出す。
 あんなに言ったじゃないか。忘れない、だから消えるな。なのに俺は今日まで何かに騙くらかされたかのように古泉の存在を忘れていた。悪いな古泉。帰ってきたら何発か殴られてやっても構わないぞ。あの時は俺が殴っちまったしな。
「俺に出来るならなんでもする」
 そう言った俺に対して、長門の口角が少し上がった。微々たるものだから他の奴にはわからないだろうよ。だが俺にはわかるんだ。なぁ古泉。長門だってお前には帰ってきて欲しいんだよ。俺の返答に安堵して微笑むくらいに、な。
 勿論、俺もだ。
 さっきまでの絶望的な気分は消えていた。それどころか闘争心や高揚感まで体の底から沸き上がってくる。問題は何一つ解決していないのにそれでも俺は強気になっていた。希望がまだあることを知ったからだ。我ながら現金だな。消えて欲しくないと願い、何か出来ないかと考え、苦心の末考えたこの手紙。長門に頼んだ記憶と古泉の情報のバックアップと保存。そしてその保管。それは使わずに済めばいいと思った手段だったが、今こうして俺達の中に古泉を取り戻してくれた。しかも、神様とやらの気まぐれによって、俺達はまだあいつを完全には失っていないらしい。ならどんな手だって使ってやろうじゃないか。
 古泉がどんな状態になっているかはわからない。しかも取り戻す方法もわからない。だけど朝比奈さんだって引き込んで、なんなら朝比奈さん(大)も引っ張りだして、森さんや新川さんにも協力を頼み、いざとなれば鶴谷さんや喜緑さんや生徒会長も巻き込んだっていい。それでも駄目なら最後の手段でハルヒだって呼び出してやるよ。
 古泉。お前の陥った絶望的な状況を覆してやる。だから安心して待っていやがれ。
 差し込む夕日に照らされたあいつの定位置を俺は静かな決意とともに見つめていた。

  • 作者です。今更ですが誤字を修正しました。なので更新履歴に出現していています。すいません・・・; -- 2007-08-14 (火) 06:28:06
  • 乙です! そして良かったら続きを…続きをば…!orz -- 2007-08-14 (火) 20:09:07
  • めちゃめちゃ泣いてしまった。どうか続きをお願いします。 -- 2008-03-06 (木) 03:06:54
  • 泣きすぎて顔面と心臓が痛いです。いつか続き書いて頂けると嬉しいです。 -- 2008-08-24 (日) 07:13:45
  • 頭と鼻と心臓が痛いです。ものすごい泣いてしまった。何方かぜひとも続きを…!! -- 2008-08-31 (日) 00:32:07


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Last-modified: 2008-08-31 (日) 00:32:07