古泉×キョン キョン嫌い古泉


 ぶっちゃけ俺はあの、……名前を言うのも汚らわしい、あれだ、通称キョン、あいつが嫌いだ。
 どれぐらい嫌いかというと、たぶん俺に涼宮ハルヒの能力があったら真っ先に奴を抹殺した世
界に作り替えるであろう、というぐらい嫌いだ。
 あいつは誰より俺と近い境遇にありながら俺の理想の学園生活を送っていやがる、というとこ
ろが気に入らない。同じSOS団の下僕同士でどうしてここまで違うんだ!?
 暖かな実家住まい、可愛い妹、熟睡してるときにメールや電話で呼び出されない、命がけで
神人と殺りあわずに済む安全な生活、秘密を持たない気楽さ、ある意味で俺達の誰より異常な
くせにまったくそれに自覚を持たない凡人ヅラ。
 ああもう数え上げればきりがない。で、彼が涼宮ハルヒのお気に入りである以上、それらを必
然的に嫌と言うほど見せつけられるのだ。腹が立つことといったらない。

 というわけで、何かの拍子にあいつが俺にくっつかれるのが嫌いらしい、ということを知った時
には躍り上がったものだ。
 なにしろこっちは「いつもにこにこ優しく礼儀正しい古泉くん」をやってなきゃならんもので、暴
言を吐いたりだとか、わかりやすい嫌がらせはできないのだ。地味な嫌がらせ手段は最高のス
トレス解消になった。
 そっと肩を寄せてみる。息がかかるほど近くへ顔を寄せる。手を握る、などなど。面白いほど
嫌がってくれるので、楽しくて仕方がなかった。
 ところがそんな僕のワンダフルデイズの中、とんでもないイレギュラーが発生した。ふざけんな。
「…あのよ、古泉」
 なんで二人きりなんだ。涼宮ハルヒはどうした、朝比奈みくるは、長門有希は?
「ハルヒたちなら、今日は来ない。俺が頼んだから」
 なんだその思い詰めたような顔は。ちょっと待て、何でお前から手を握って来るんだ!?
 内心パニック状態のまま、笑顔で沈黙していた俺をじっと見据えてこのバカは、あろう事かホー
ムラン級の勘違いでとんでもないことを口走りやがったのだ。死ね、今すぐ死ね!
「お前さ、俺のこと……好きなんだろ?」
「だっ…」
 誰がだ! 死ね! ……とは言えない。ああ言いたい。
「…い、いえ……そ、それは」
 脂汗がダラダラ流れてる気がする。
「いいって。俺もさ、お前のこと、嫌いじゃないぜ…」
 良くないって! つーかあれだ、お前わかってるか、今自分が何を口走ってるかわかってるの
か!? 頬を染めるな自分から顔を近づけるな息がかかるんだよ!
「ど、どうしてそんな…」
 俺の疑問に答えて言うことには、どうやら俺の嫌がらせのやりすぎが問題だったらしい。やり
すぎたというか、にこやかな表面上の態度と職務上の必要に迫られて彼と秘密を共有したこと
と、その態度とが混ざって彼の中でおかしな化学反応を起したというべきか。
 要するに、物静かで穏やかな優しい古泉くんが、何故かどんなに文句を言っても必要以上に
接触してくる! これは俺のことが好きに違いない! そういえば閉鎖空間にも連れていってく
れて、いつも色々説明してくれるもんな! というような、そういう勘違いである。
 しかもそれを告げられて激しく動揺した俺の態度が余計に勘違いに拍車をかけた。嫌悪という
より驚愕の方が圧倒的に強かったため、彼の都合のいい脳には「図星を突かれて動揺した」と
いう構図が刻み込まれてしまった様子なのだ。お陰で控えめな拒絶の言葉は照れによるもの、
と勝手に結論付けられてしまった。ふざけるな!
 もう嫌がらせもできないのか、……さよなら俺のワンダフルデイズ。

 というわけで、なし崩しに俺達は付き合う……ようなことになった。何だそれ。何でこんなことに
なってんだ! お前涼宮ハルヒはいいのか!
 なんて俺の内心の抗議は届くはずもない。まあ届いてもまずいわけだし。
 なんというか、付き合ってみるとこいつは意外に優しかった。優しくてもちっとも嬉しくないが。
 みんながいるところでこっちを見て微笑むな気色の悪い! 心臓に悪いったらない。だがこっ
ちの動揺は要するにそういう意味に変換されるわけで、ああもう!
 そしてそうやって今までのことを思い出してみると、想像以上にこのバカは俺を見ていた。見
過ぎだった。警戒してんだとばかり思ってたわけだが、つまりこういうことだったわけだ…。
 そして今、俺達は俺の部屋で抱き合っている。なんでこんなことになったかといえば、このクソ
バカはこともあろうに放課後の教室とか他の団員がいなくなった部室とかで俺に触れてきやが
るのが原因だ。誰かに見られたらどうする気だ!
 で、そういうことがしたいならウチへ来い、ということになった、そういうことだ。
 ああ、すっぱりそういうことをするなと切り捨てたい。しかしこいつとの人間関係を壊すわけに
もいかない。涼宮ハルヒへのアプローチはこいつを通すのが一番スムーズなのだ。
 しかし恐ろしいことに、これが発覚すればやっぱり閉鎖空間どころの騒ぎではすまないわけで、
もうなんというかどうしようもないほど不毛な関係である。何やってんだ俺。
 何度か抱き合ってみた感じは悪くない。暖かい。気持ちい…待て待て待て古泉一樹!
「お前も興奮してんだな」
 ああ確かに興奮してるさ、動悸息切れを起してるよ、でも多分お前の思ってる興奮と違う種類
だよ!
「……そ、そんなことは」
 だが俺のキャラ的に言える否定はこの程度だ。
「いいって、俺もそうだから」
 勘弁してくれ、ホントに勘弁してくれ…。
 ゆるく首を振る俺の頬に、彼の頬がそっと重なる。熱い。ああ本当に興奮してるんだな。お前
どれだけ俺のことが好きなんだ? 何故か胸が苦しい。
 本当にこいつはバカじゃないか? 俺に騙されてるんだぞ、わかってるのか、わかってないな。
っていうかたぶん俺はそれに輪をかけたバカだ。何で流されてるんだろうか。
 どうしてこいつの声はこんなに心に染みる? どっからそんな優しい声が出る?
 本当にこいつは幸せなんだろうな。こういう優しい声をたくさん覚えられるぐらい。家族に囲ま
れて、友人の輪の中にいて。こんな冷たいワンルームで寝起きする俺とは大違いだ。
 悔しくて羨ましくて、俺は腕の中の身体を抱きしめた。そして、ほんの少し泣いた。
「……古泉」
「何でもありません…」
「うん」
 どうした、とかなんとか、詮索しようとしないのは上出来だ。
 ただ黙って俺の背を叩く手のひらは暖かくて優しい。バカのくせに。
「泣きたい時はさ、泣いたらいいんだ。俺で良かったら、話聞くし」
 言えないから泣いてんだよこっちは! 畜生このクソバカめ。キスするな。バカのくせに乾い
た唇が暖かくて気持ちよくてどうしたらいいかわからないだろ。首に顔を埋めるな、くすぐったい、
くすぐったくて身体が熱くなる。
「……あなたは、優しいですね」
 優しすぎて涙が出るよこのバカめ。
「お前にだけな」
 嘘つけ。俺は今現在も進行中の大嘘をつきながら、それを棚に上げて心の中でこいつを詰った。
 何なんだろうな、これ。俺の今の気持ちは何なんだろう。こいつが俺に向けてる想いとは絶対
に違う自信がある。でも、このクソバカの爆弾発言を聞く前とも違う気がする。
「……なあ、古泉」
「はい?」
「愛してるよ」
 死ね。本当に死んだら困るがでも死ね。勝手に人の気持ちに名前をつけるな。


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Last-modified: 2008-01-30 (水) 23:18:00