古キョン+妹 食生活を正せ!

 

「どうぞお入りください」

俺は今、古泉の家に来ている。
初めてだからといって緊張しているということはない。
どんな部屋だろうな、という好奇心くらいはあるけれど。
入ってみると、古泉らしく小奇麗に掃除されていてシンプルな部屋だった。
ふーん。
それにしても一人暮らしね。
なかなか大変なんじゃないかね、飯とか洗濯とかそのへんの家事が。
「お前って飯とかどうしてんだ?」
気になったから聞いてみた。
すると古泉はキッチンに目をやってばつが悪そうな顔をした。
「えーっと。それはですね…」
もしかしてこいつ…
キッチンの方に入ってみる。
ゴミ箱にはカップ麺の空やらコンビニ弁当の空やらが捨てられている。
レンジ周りは使ったことがないみたいにピッカピカだ。
こいつの食生活が見えた気がする。
そういえば学食でハルヒを見たって言ってたし、昼は学食か購買なのか。
どうりでハルヒや朝比奈さんが作った弁当をやたらと嬉しそうに食ってたわけだ。
なんてゆーか、ねぇ。
「あの、溜息…つかれました?」
こんなキッチン見せられちゃ、そりゃ溜息もつくさ。
しかしな、俺に何が出来るって言う?
「健康には気を使え」
それくらいしか言えないね。
なんてったって、俺は飯を作る才能はないだろうし、こいつにいつも栄養満点なものを食わせる金の余裕もないわけだ。
「はぁ…」
古泉は歯切れの悪い返事を返す。
あ、ダメだこいつ。絶対食生活を直すつもりなんかねーな。

と、そんなことがあった週の週末。
今日は家でゴロゴロとのんびり過ごす。こんな日もいいだろう。
グー
おお、腹が減った。もう昼飯の時間だな。
リビングに降りておふくろに飯の催促をしようとしたらおふくろが見つからん。
ああ、そういえば出掛けるって言ってたか。
夜も勝手に食っとけって言われてたな。
妹にも飯を与えんといかんな。
そう思って部屋に行くと
「はささはささはささはささはさみー♪」
となんだかよくわからん歌を歌いつつ紙を切っていた。
なにしてんだ?こいつは。
「あ、キョンくん。なーに?」
「腹へらんか。俺は今から食うがどうする?」
すると目を輝かせながら
「あたしも食べるー」
と言ってきた。俺はこいつの将来が心配だ。ミヨキチ、お前は本当にこいつと同い年なのか?
キッチンを漁るとカップ麺が2つ出てきた。これでいいだろ。
妹にそれを見せると
「あたしみそー」
と言われた。俺も味噌の方が良かったのだがしょうがない。譲ってやろう。泣かれてはたまらんからな。
ズルズル
うん。こういうのは美味いか不味いかと聞かれたら美味いんだ。
「美味いな」
「そうだねー」
「…でも、これを毎日食べるのってきつくないか?」
妹はキョトンとした。
「変なキョンくん。おかーさんがごはん作ってくれるんだからそんなこと考えなくてもいいのにー」
俺はいつの間にか古泉のことを考えていた。
一人で毎日カップ麺だと?そんな生活、俺なら耐えられるはずがない。はっきり言って苦痛だろう。
「どうしたのー?キョンくん。どっか痛いの?」
「なぁ、古泉は毎日こんなのしか食ってないみたいなんだ」
俺は妹にそのことを言ってしまっていた。妹に言ってどうするつもりだ?
「えー。だめだよ、そんなの。こういうのばっかり食べちゃダメって学校でならったよ」
「ああ、そうだな。ダメだよな。こんな食生活…」
やっぱりあの日、古泉の食生活を知った時になんとかするべきだったんだ。
「キョンくん。古泉くんの家に行こ」
ニコニコ笑って妹は言った。
「は?」
「あたし、古泉くんに料理作ってあげるのー」
「…お前、料理なんか作れないだろ」
頬を膨らませた妹に譲る気はないようだ。
「こないだ学校で作ったもん。はやくー。古泉くんに電話してよー」
あー、はいはい。まったく、しょうがないな。
えーっと、ケータイケータイ。古泉の番号っと…ポチッとな。
tr
『はい、なんでしょうか』
はやっ!!1コールの途中かよ!
『もしもし?』
おっと、いけね。
「あーと。お前さ、飯食ったか?」
『は?』
いきなり用件を切り出しちまった。どっかの誰かさんがうつったかな。
「うわっ。こら!」
『どうし…』
妹にケータイを取られた。なんて奴だ。
「古泉くん?うん。あたしー。あのね、古泉くんってカップめんとかしか食べてないんでしょ?ダメだよ、そんなんじゃ。あたしが作りに行ってあげるー」
こら。勝手に話を進めるな。
「本当?わーい。うん。じゃあねぇ、すぐに行くね」
「返せ」
「あーん。キョンくんのいじわるー」
「古泉?えーっと。まぁ、そういうことだ」
『はい、わかりました』
妹に誘われてすぐに引き受けるこいつもこいつだな。
「お前の家の近くにスーパーあったか?」
『はい、あります。何か買っておきましょうか?』
妹に目をやると
「おっかいものーおかいものー♪」
とまた自作の歌を歌っている。
こりゃ勝手に買っておいてもダメそうだな。
「うんにゃ。一緒に買い物に行こう。今から行く。着きそうになったら電話する」
『はい、お待ちしています』
だそうだ。そんなわけでもう後にはひけねーな。
妹のカップ麺は残っていたが、もうそんなのには興味はなさそうだな。
おふくろが先に帰ってきたら困るので知り合いの家に妹を連れて行ってくるという旨の置手紙を書く。
妹はその間になんだか着替えてきやがった。なんでオシャレなんかしてんだ?
「だーって。古泉くんに会うんだもーん」
なんと!こいつは古泉に憧れていたのか!?なんだ、顔か?顔なのか?
「キョンくん、早くいこー」
…行ってもいいが、これは言っておかないとな。
「古泉はやめとけ」
「なんでよー」
なんでもだ。あいつはろくな男じゃないからな。あいつのいいところは顔だけだ。


それで、俺たちは今スーパーにいる。
妹は楽しそうに駆け回っている。無駄に走るな、転ぶぞ。
「おい、何作るんだ?」
妹がやる気まんまんなのだ。一人では作れないだろうが献立は考えさせてやろう。
「えっとね、こないだ調理実習で作った、めだま焼きと~おみそしると~。てぃへっ☆あと何つくろっか?」
考えてなかったのかよ!!
「だってー。それしか作らなかったんだもん。あ、あとは、おこめ~」
なんてこった。献立も俺が考えるのかよ。
古泉はにやけ顔で何も言ってこねーし。
なんだ、目玉焼きと味噌汁か。あー、メインが必要だな。和食ね。肉じゃがくらいなら作れるだろ。
「おい、肉じゃがでいいか」
と聞くと
「はい」「うん」
と言ってきた。なんだ、息ぴったりだな。
ん?なんだか周りの人がこっちを見てるな。なんだ?
その中の2人がこっちを見て
「あら、仲のいい兄妹だこと。似てるわね」
とかなんとか言っていた。
ちょっとまて。それはどういう組み合わせで兄妹だと思われているんだ?なんだ?3人兄妹か?
よくわからんな。俺と妹は似ていないし古泉と妹も似てるわけはねーし。
似てるって、誰と誰のことを言ってるんだ?
まさか古泉と俺が兄弟だとでも言っているのか?それならどっちが兄だ。背は俺が負けてる…って、んなことはどうでもいい!!
「どうして複雑な顔をされているんですか?」
顔が近い!!
「なんでもねーよ」
はい、買い物開始!!
さて、こいつは本当に料理をしないらしい。
材料はおろか、味噌、醤油、味醂、酒…と調味料のほとんどを買うことになった。
きわめつけは
「あ、味噌汁と肉じゃがを作るんでしたら鍋が2つ必要ですね。あいにく僕の家には1つしかありません」
だそうだ。そんなわけでものすごく重い荷物を持つことになった。
もちろん米を買うまでの余裕はなかったからパックになったごはんだ。これくらいの妥協は必要なのさ。
そして、もちろん俺達の料理が上手く進むはずはない。
妹が
「あたしがやるのー」
と言ってきかないのでやらせてみる。すると早速、卵を割るのを失敗しやがった。
というかだなぁ、はじめに目玉焼き作ったら冷めちまうぞ。ここは肉じゃがからだろ。
と言ったらじゃがいもの皮むきをしようとしやがった。
危ねーっつの。
「かせ」
「あーん。キョンくん!!やらせてよー」
「お前に怪我させるとおふくろが恐い。もっと簡単なことしろ」
俺は前にも言ったとおり、料理は上手じゃない。
しかし、こいつよりは怪我する確率は低いと思う…
「うおっ」
そんなこと考えてたからかね。滑って指を切っちまった。
なんでじゃがいもってもんはこんなに剥きにくいのかね。
「どうしました?」
という古泉の顔は焦っている。
「大したことねーよ。ちょっと切っただけだ」
すると古泉は俺の指を躊躇無く口に含みやがった!!
何しやがる!妹が見てるんだぞ!!
「あー、キョンくんと古泉くん仲いいねー」
うわぁ!!!!我慢ならん!もう片方の手で頭を殴る。
「絆創膏」
「はい…」
なに名残惜しそうにしてやがる。馬鹿かこいつは。
絆創膏をつけながら、古泉に皮むきをやらせようかと思ってやらせてみると、こいつにはまったく料理の才能がないことがわかった。なるほどね、自炊しないわけだよ。俺がやるしかねーな。妹には味噌汁の具となるわかめを増やしていてもらおう。
グツグツ
煮えたみたいだな。えーっと。味見味見。
パク
うん。まぁまぁだな。こんなもんだろ。
さて、妹に目玉焼きを作らせてやるか。
卵を割ってそのままフライパンに入れちゃダメだぞ。殻が入った時に取り返しがつかないからな。
これに入れてみろ。
カンカン、パカッ。
おー、上手い上手い。
「えへへー。できたー」
「ぼ、僕もやります!!」
なんだ古泉、いたのか。
「居ます!僕も自分の分は自分でやります!」
勝手にしろ。その前に妹のを焼く。油を敷いて、卵を流し込んで、そうそう。それであとは蒸し焼きにする。目玉焼きは黄身が半熟じゃなくてはならん。このくらいの時間だな。おー、綺麗に出来たじゃないか。
じゃあ、俺も自分の分を作るかね。ほい、出来上がり。まぁまぁの出来だね。
ん?古泉、どうした?
「僕の分…」
ああ、そうだったな。勝手に作れ。
俺は盛り付けでもしてるさ。ああ、パックの飯もレンジにかけなくちゃな。
ほい、出来上がり。なかなかいいんじゃないか?
古泉、なんで項垂れてるんだ?
まぁいいか。
「いただきます」「いただきまーす」「…いただきます」
味噌汁を飲む。うん。なかなかの上出来。わかめが多い気がするが、まぁ、許容範囲だ。
肉じゃがも美味いな。目玉焼きには醤油をかけて…って!
「古泉!!お前、目玉焼きになんで塩コショウかけてんだよ!目玉焼きには醤油だろ!」
なんとこいつは自作の黄身が割れている目玉焼きに醤油以外のものをかけて食おうとしていたのだ。~何て奴だ。
「えー、古泉くんおしょうゆじゃないのー?」
「僕はいつもこうなのですが…そうですね、今日は醤油にしましょう」
食べ進んでいくと、妹は案の定、肉じゃがに入っているニンジンを残している。
「好き嫌いはダメだっていっつも言ってるだろーが」
「えー、キョンくんにあげるー」
食べろっての。その膨らませたほっぺたをぺしゃんこにするぞ。
「じゃあ、古泉くんにあげるー」
「これはありがとうございます」
「自分で食べろって!古泉も甘やかすな!」
って!古泉食うのはえーって。
1つくらいはちゃんと食わせなくては。兄として!!
「ほれ、あーん」
こっちを振り向いたと同時に口に放り込んでやった。よし!
「うー」
さすがに吐き出すのには抵抗があるらしく、あまり噛まないのはよくないがちゃんと飲みこんだらしい。
「よし、今日はこのへんで勘弁してやろう」
「いじわるー」
何を言う。こんなに妹思いの兄はそんじょそこらにはいないぞ?
古泉がこちらを羨ましそうに見ている。どうした?
「なんでもありません」
ふーん。あれ?
「古泉、その箸なんか変じゃないか?」
「ああ、これはですね…」
「あー!!キョンくん、テレビ始まってる!!見てもいい?」
あん?しょうがないな。テレビを見ながらの食事を禁止している家庭もあるようだが我が家ではそんな仕来たりはない。
「古泉に聞け」
「古泉くん、いい?」
「はい。かまいませんよ」
だと思ったよ。それで?なんだ、その箸。
「あれー、このはし、古泉くんが使ってるはしといっしょじゃない?」
ん?なんだって?テレビで紹介されるほど高価だとでもいうのか?くそ。
と、テレビに目をやると、なんとチンパンジーが矯正用の箸を使うという場面だった。
…あー、古泉?
古泉の笑顔が凍結した。さすがに恥ずかしいのか、そうか。
「古泉くん、ちゃんとはし使えないのー?ダメだよー」
そう、我が家では小さい頃に箸を正しく使うように訓練されている。よって俺も妹も完璧だ。
それにしても、妹よ。さっき自分の嫌いなものを食べてもらった人に対してその言い草はないだろう。恩を仇で返す奴だな。
「すいません」
俺に謝られてもなあ。でも、直そうとしているんだからいいんじゃないのか。
「ですが、なかなか直らなくて…」
箸の使い方の癖って奴はなかなか直らないものだからな。
「そんなのに頼ってるから上手くならないんじゃないのか?」
「ですが、そんな事おっしゃられても…」
「だから、こうやってだな…」
う~ん。教えにくいな。
椅子を立って古泉の後ろにまわる。
古泉の指を掴んで直してやる。古泉が固まった。どうした?
「なんでもありません」
「キョンくんと古泉くんって、本当に仲いいねー」
そのセリフ2回目だな。
「でもねー、古泉くんに会うからって着替えたあたし見て、キョンくんってば『古泉はやめとけ。あいつのいいところは顔だけだ』なんて言ったんだよ」
なんてこと言いやがる!!
古泉はビックリしている。妹の口を押さえるか、古泉の耳を塞ぐかどっちがいい?
なんて考えている場合じゃなかったのだ。どっちかをすぐに実行にうつさなければいけなかったのだ。
「あたし、古泉くんかっこよくてすきなのにー」
それ以上言うな、我が妹よ。
古泉は俺の方を見て意味深に笑いやがった。
なんだ、その顔は。ムカつく顔しやがって。
誰か話題を変えてくれないか。お願いだから。
「そういえば、どうして今日、僕の家に来ることになったんですか?」
おお!俺の顔色を読み取ってくれたのか?お前でも役に立つじゃないか。
「えーとねー、今日のお昼、お母さんがいなくてカップ麺だったの。そしたらキョンくんが『古泉は毎日こんなの食べてるんだ』って、なんだか悲しそうに言うからー、それならあたしが作ってあげるーって」
ああ、この話題もダメだったな。古泉、やっぱりお前は役に立たん。こっち見んな。
「それは…僕のことを心配してくださったということですか?」
勝手に解釈しやがれ。
「でもー、今日はこれでいいけど、明日からはどうするの?」
そうだな。古泉が料理を作るのが無理だということがわかったし、俺が毎日作るなんてことはしたくない。
さて、どうするかね。
「古泉くん、うちで食べればいいんじゃないの?」
それは…
「いえいえ、妹さん、それは無理ですよ。そんな迷惑なこと出来ません」
即答かよ。
「えー、古泉くんと毎日会えると思ったのに。きっとおうちも楽しくなるよ。おかーさんもおとーさんもきっとだいじょうぶって言ってくれるよ!!」
なんて乗り気なんだ、妹よ。そんなに古泉が好きか。
「いえ、でも…」
こちらを窺う古泉。
「おふくろ次第だな。無理にとは言わんが」
俺の意見は二の次だ。
すると古泉は破顔させた。どんだけ嬉しそうにしてんだお前は。
それから俺たちはババ抜きとかをやったわけだが、妹は疲れたらしく寝ちまった。しょうがない奴だな。
「さて、そろそろ帰るか」
「そうですね」
なんかムカつくにやけ顔してるぞ。どうした。
「いえ、ご兄妹で好みって似るものなんですね」
「何を言っているのかわからんが、それ妹が起きてる時に言ったら絶対殺すぞ」

やっぱり俺と妹は全く似ていないということが今日わかった。
スーパーで言われたことも記憶から抹消することにする。


おふくろに古泉のことを話した。すると、
「あらー、お母さんは全然構わないわよ。古泉くんって、あのとってもかっこいい子でしょう?お母さん、ああいう顔タイプなのよね。礼儀正しいし。大歓迎よ。あ、お父さんには内緒よ?そう、一人暮らしなの。大変ねぇ。いやーん。腕によりをかけて夕食作らなくっちゃ。明日から?大変!買い物に行かなくっちゃ」
だそうだ。
俺はおふくろにも似ていないことが発覚した。
さて、古泉に電話でもかけるかね。


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Last-modified: 2008-01-30 (水) 23:17:44