全くいまいましい。本日何回目かの「いまいましい」を飲み込むと、俺は正面でニコニコ笑う男を見た。 やっぱりいまいましいことこの上ない。

HERE WITHOUT YOU

事の起こりは昨日。妹が「ハサミ貸してえ~」と言って部屋に来た。いつもなら部屋に居座ろうとする妹を追い出して終わるのだが、今日は違った。 「キョン君、明日ヒマ?」 「まあヒマと言えばヒマだ。何かあるのか?」 「あのね…」

以下は妹の言った事の要約だ。なんでも、妹はミヨキチと明日映画を見に行く予定だったらしいんだが、ミヨキチが身内の都合で行けなくなったらしい。それで、俺に映画のチケットを譲ってくれるらしい。俺は一人で行けばいいじゃないかと思うのだがそうもいかないらしい。よく分からん。 妹は俺が反論する間もなく俺にチケットを握らせ、部屋を出て行った。

部屋にはチケットを握らされた俺だけ。

チケットを確認すると最近話題だと国木田の言っていた恋愛映画の名前が印刷されていた。出かけるのも面倒だが、貰った以上行かなければと思う辺り俺は貧乏性だ。 頭に国木田や谷口といった悪友達の顔が浮かぶが秒速で却下。何が悲しくて男同士で恋愛映画を見なきゃならない?不毛で虚しい事この上無しだ。次に浮かんだのは我がSOS団団長涼宮ハルヒ。まああいつにとっても退屈しのぎぐらいにはなるだろう。つまらなかった場合俺が愚痴を聞く事になるがな。 携帯であいつの番号を呼び出す。数回のコール音の後ハルヒの声が聞こえた。

「はい!涼宮です」 「ハルヒか?あのな――」 「ただいま涼宮ハルヒは電話に出る事が出来ません。未来人、宇宙人、超能力者なら発信音の後にメッセージをどうぞ!」

残念ながら留守の様だ。正直留守電のアナウンスに反応した自分が恥ずかしい。それにしてもなんだこの恥ずかしいメッセージは。あいつらしいっちゃらしいが…。 ハルヒは無理。長門はどうだ?と思ってみたが長門の普段読んでいる本の内容からして恋愛とはかけ離れている。 その時俺の頭に名案が思い浮かんだ。というか適任がいるじゃないか! ラスト一人になってから気がつくというのも面目ないが。 再び携帯電話を握って電話帳を呼び出し、その人物、朝比奈みくる、の番号を呼び出し電話をかけた。 少し経ってから朝比奈さんが少し慌てた様に電話に出た。

10分後。俺は満ち足りた気分で電話を切った。明日、俺は朝比奈さんと映画を見に行く事になった。デートとかそんな下心とかないぞ?本当に。

翌日俺はいつもSOS団の待ち合わせに使う駅前に自転車で向かっていた。可憐に俺を駅前で待っている朝比奈さんを想像して頬が緩む。駅も近づき、最近使用頻度が増している駐輪場に自転車を止めた。駅前に立ち、俺に気がつくと小さく手を挙げたのは、朝比奈みくる……ではなくこの話にやっと登場した古泉一樹だった。 そして話は冒頭に戻る。

「なんでお前がいる。俺は朝比奈さんと約束したんだが」 「今朝、朝比奈さんから連絡がありましてね。いきなり向こうの組織から呼び出しがあって行けなくなってしまったから代わりに行って欲しいと言われたんですよ」 家を出てから確認していなかった携帯を見ると、俺が家を出てから約5分後に朝比奈さんからのメールが来ていた。それにしてもどうして古泉なんだ。長門とか、いっそ鶴屋さんとかそういう選択肢もあっただろうに。 「そういうことです」 携帯から古泉に視線を戻すとそう言った。 俺はそれに返事をせずに溜息をついた。

全く何が好きで男と「今世紀最高の純愛ストーリー!」なんてキャッチコピーの映画を隣同士で見ているのかまだ納得出来ないが、そうなっているのだから仕方がない。結局、俺は古泉と隣同士で恋愛映画を見ている。8割が埋まった館内はカップルか女性同士が大半を占め、男同士の俺達はなんとなくいたたまれない雰囲気を味わっていた。 映画のストーリーは愛し合っていた恋人がいきなり病で倒れ――というどこかで見覚えのかなりある話だが、物語は佳境にさしかかり、死の淵にいる彼女に男が涙混じりに愛を囁いていた。それにシンクロする様に各所からすすり泣く声が聞こえていたが、正直俺はあくびが出そうなほど退屈していた。妹、ミヨキチ見に行かなくて正解だと思うぞ。 ふと、古泉がどうしているのか気になった。俺みたいにつまらなそうに見ているのかと思ったが違った。 古泉は声こそ出していなかったが――泣いていた。てっきり「非常に非現実的でありがちですね」なんてぬかすかと思っていたのに、目から涙を流すとは思わなかったぜ。 映画は彼女が病で亡くなり、男が彼女の居ない人生を生きていく決意を喚起させるシーンで終わった。最後のシーンでも古泉は泣いていて、みっともないからハンカチを渡してやった。 「ありがとうございます」と言った声はかすれ、目と鼻は赤くなっていて、さっきまで泣いてましたといった様相だ。あの映画の何がそこまでお前を号泣させたか分からん。

古泉が落ち着いてから、腹も減ったし昼食を食べる事になった。俺達の行った映画館はショッピングセンター内にある俗に言う「シネコン」のスタイルを取っていたので、同じフロアにあったファーストフード店に入る。 適当に注文して、席に座って少ししてから古泉がぽつりと言った。 「もし、もしですよ、一種の可能性の話なんですが、」 いつもの古泉にしては珍しく歯切れが悪い。嫌な予感がする早く言え。 「僕がこの先原因は何でもいいです。死んだらどうしますか?」 あまりにも予想斜め上の質問に俺はどう答えていいもんか分からなくなった。 古泉が死んだら。なんて現状からはあまりに遠すぎる未来じゃないか。 あんな映画を見て、感傷的になってるだけなんだ古泉は。馬鹿馬鹿しい。 「古泉…」 言いかけた言葉を遮る様に店員が俺達の注文番号を呼んだ。 それから俺と古泉は一言も言葉を交わさず注文した商品を食べ、電車に乗って、朝会った駅まで戻った。

駅から出ると「さっきは変な事を言ってすいません。それでは月曜日にまた」と言い、俺に背を向けて歩き出そうとした。何故だか分からないが俺は、今ここで古泉を行かせてはいけない、ような気がした。 「待て」 肩を掴んで、振り向かせる。 「さっきの質問の答えだが、俺はお前が死んだら絶対泣いてやらん」 古泉の顔が曇る。 「でも一生忘れない」 不安そうだった古泉の顔がいつもより3割増ぐらいの笑顔になる。 自分の言った事がどうしようも無く恥ずかしい。気恥ずかしさでそのまま続けた。 「っていうかなあ!死ぬとかそう簡単に言うなよ。お前が死んだら誰があの部室で俺とゲームやるんだ?二度とそんな下らない事言うんじゃないぞ!」 それだけ言うと俺は駐輪場へ向かって歩き出す。頬が熱くて身体が熱いのも夏のせい、それだけだ。


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Last-modified: 2008-01-30 (水) 23:17:36