古キョン 涼宮ハルヒの妄想 1

「BLよ!BL!今はBLが流行ってるのよ!!」
放課後の静かな文芸部部室(実際は謎の団体に乗っ取られてはいるが)の空気をぶち壊すのは、涼宮ハルヒだ。
言葉を覚えたばかりのセキセイインコのようにBL、BL、と聞き慣れない専門用語のような言葉を連呼しながら上機嫌で入ってきた。
BL?なんだそれは?ベーコンレタス?サンドイッチのことか?こんどはSOS団で喫茶店でも始める気か?
そうだな朝比奈さんの手作りなら繁盛間違い無しだろう。
「何馬鹿なこと言ってんのよ!ホントにあんたは流行とかに疎いのね。もっと社会を見たほうがいいわよ。アニメだけじゃなくってニュースを見るの。」
何だこの言われようは?大げさに溜息を付いたハルヒだが何かを企んだような含み笑顔で俺を見てくる。
解ってる。こういうときは大抵ろくなことを提案してこない。いや、ハルヒが上機嫌で入ってきたときから恐怖は感じていたんだがな~。 「イイ、BLって言うのはBOYSLOVEの略で、いわゆる男同士の恋愛を書いたものよ。これが今や女子の間で漫画やら、アニメやらで大流行だって言うのよ!!」
ホワイトボードに「BOYSLOVE=男同士、恋愛!」と書いた文字をバンバン叩きながらハルヒが熱弁を振るう。今日の活動のお題がこれなのだろう。いつもの事ながらこいつの提案はどこのスポーツ紙もすっぱ抜けないほど急だ。
しかし、余りにも急でエキセントリックな出だしにハルヒを除く団員誰もが付いていけず声を発せずにいた。
朝比奈さんは持っていたお盆で真っ赤になった顔を半分隠しながら小さくひぁ~等といっていた。もとより、色恋沙汰に免疫のないこのお方にハルヒの演説は少し刺激が強かったのか、そんな朝比奈さんの顔を見て強張っていた俺の表情も少し和らいだ。
いつもなら此処でちゃんと話を聞きなさい!とか言ってハルヒの突込みが入りそうなものだが。
長門はいつもの様に無表情ではあったが顔をハルヒに向けてしっかり話を聞いているような姿勢をとっている。それに気を良くしたのかハルヒは長戸に向かい特に熱弁を振るっている。
なるほど、それで朝比奈さんに見惚れていた俺に気が付かなかったわけか。それにしても長門はこの話に興味があるのだろうか?
古泉にふと目をやるといつものようなハンサムスマイルを浮べながら、ほおとか、はぁとか言いながらハルヒの話を聞いてるようだった。
まるで授業を真面目に聞く優等生のようだ。
この時点で俺はハルヒの話を半分も聞いていなかった。
まさか今回の企画の主役を俺が任されるとも知らずに。

悔しいがこいつは綺麗な顔をしてやがる。
いざ綺麗な顔を説明するのは難しいことであるのだが。たとえば、優しく笑った目や、緩やかに微笑んだ口元、さらさらで適度にスタイルの決まった髪、形のいい鼻、輪郭、そんな条件が揃った面を言うのだろうか?だとしたら俺の目の前にいる男はそれら全てを備えているだろう。
かなり悔しいが。
「キョン君」
今までは右に流れていた栗色っぽい目が珍しく真面目な表情でこちらを真っ直ぐに見ている。
真面目な声を出すな、顔が近いんだよ気持ち悪い。
「すみません。ですが、今顔を近づけているのはあなたですよ。」
古泉がいつものにやけたハンサムスマイルに戻る。反比例して俺の顔が曇ったのをこいつは気付いただろうか。
上半身を動かして古泉の顔から自分の顔を離そうとしたがその瞬間だった、
「コラッ!!キョン!勝手に動くんじゃないわよ!」持ち上げようとする俺の頭の上に金盥のようにキンキンした怒鳴り声が垂直落下してきた。
おかげで頭を上げそこなった。
遅くなったがここで俺と古泉が今どんな体勢でいるか説明しよう。
あまり自分では言いたくないのだが。
床で寝ている古泉を俺は両手、両膝を床についてまたいでいる。この状況をいきなり人に見られた場合、俺が古泉を押し倒しているようにしか見えないかもしれない。流石の谷口も此処に忘れ物を取りに来たりしないよな?
俺が好き好んでこの体勢でいるわけではないことをご理解いただきたい。
もちろん涼宮ハルヒの提案である。

そもそも何故こんな状況になったのかを説明する為には少し時間を戻る。
先ほどのハルヒの熱弁が終わったかと思うとハルヒは部室の隅においてあった段ボール箱を引きずり出してきた。箱には撮影機材とマジックで書きなぐられている。
ハルヒはいそいそと箱の中から、ハンディカメラ、黄色いメガホン、折りたたみ椅子、腕章などほとんど撮影には関係ないようなものを取り出した。
まぁこの中に本格的な撮影機材などがもとより入ってはいないのだが。
前回の撮影と同じくまた俺がカメラマン役を押し付けられるのだろうと思い、頭の中で簡単にビデオカメラの使い方などを復習しながらカメラを受け取ろうとハルヒの前に手を出した。
「何突っ立って手なんか出してんのよ。あんたにあげる物なんてないわよ。」
ハルヒは冷たく言い放つと持っていたビデオを俺を通り越し後ろに立っていた長戸に渡した。
その横では朝比奈さんがデジカメを持っておろおろしている。
夏の合宿の時にカメラ係をやっていたはずなのにまるで初めて触ったような感じである。
以前にパソコンをいじったときもそうだったが未来人なのに機械が苦手なようだ。未来のコンピュータはもっと操作が簡単になっているのだろうか?たとえば直接頭に埋め込んであるようなそんな仕様なのだろう。
こうなると今此処で暇を持て余しているのは俺と古泉だけだ。
今回は手ぶらで活動を見学しているだけで許されるのか?そんな淡い期待はハルヒのどこかの映画監督のような口調にかき消された。よく見ればいつも団長と書かれた腕章がご丁寧にも超監督になっている。
「そうね、古泉君はそこに仰向けで寝て、それでキョンはその上に四つん這いで覆いかぶさりなさい。」
さも当たり前のように言っているがこれは明らかに同級生に対して指示するような内容ではどう考えてもないだろう。
「ふざけるな。何で俺が古泉とさもラブシーンの真似事の様なことをしなきゃならんのだ。」
「古泉君の方が綺麗な顔してるしもちろん女役。受けね。本当は攻めの方が背が高いほうが良いんだけど。仕方ない此処は妥協してあげる。キョンが男役。攻めよ。」
人の話を聞け。身長のことはほっといてくれ。
流石の古泉もきっと困り笑顔で肩をすくめているだろう。
そう思って顔を向けたが、期待は裏切られた。
古泉はハルヒの指示におとなしくしたがって寝る体勢に付こうとしているじゃないか。
顔だけは困った笑顔を浮かべている、ふりをしているようだ。
仕方ない。俺もイヤイヤとハルヒの指示に従おうと体を動かす。
何度でも、騒ぐハルヒの頭を殴りつけ、椅子に縛りつけ、納得するまで説教をする、という行為を実行するチャンスはあった。
しかしそれを行うわけにはいかない。俺の良心が、とか人間としての倫理が、などと言う訳では無い(無視してはいけないが)。
ただ単に、世界を崩壊させるわけにはいかないからだ。

話の内容を半分も聞いていなかった俺に古泉が簡単に説明してくれたおかげで今日の目的がやっとわかってきた。
ハルヒが言うには、バニーガールによる校門でのビラ撒き、文化祭で放映した朝比奈ミクルの冒険、これらによってSOS団の知名度、注目度はぐんと上がった。 しかし、それは男子生徒のみにとどまり逆に女子生徒にはかなりの不信感を与えただけだった。
そのため女子の支持層を集める為の次の餌としてハルヒが選んだのがBLだったようである。
一体この学校での人気を得て何になろうとしているのか?こいつの行動に意味を考えるのは辞めておこう。
これは、こいつとの今までの付き合いで俺が学んだことの一つでもある。
「もう一回いくわよ。キョン、もっと古泉君に顔近づけちゃって!古泉君は照れた表情でキョンを見つめるのよ!」
ここで先ほどの俺が古泉に跨いだ体勢の場面に戻る。
そんなに離れた距離じゃないんだわざわざメガホンで怒鳴るのはやめてくれ。
「監督様の機嫌を損ねないうち早く終わらせてしまいましょう。」
「はぁ・・・、まったくだな」
古泉の意見に賛成するとさっきよりも顔を近づける。
ふっとシャンプーの香りが鼻につく。
別段驚きもしない。むしろ慣れた心地の良い香りになってしまっている。
朝比奈さんのシャンプーの香りより嗅ぎなれてしまっているのが思えば悲しいことだ。
俺と古泉は何回かこんな風に体を合わせている。
場所は此処だったこともある。屋上だったことも、帰りの廊下だったことも。
思い返せば節操なく公共の場で何をやっていたんだか・・・。もちろん全部古泉に仕掛けられてのことだ。
俺だってもちろん抵抗していたさ、でも何故だろういつからか特に抵抗せずにそいつを受け入れていたのだ。
恋愛感情?俺はこいつを「愛している」のか?古泉は俺によく言ってくる「愛していますよ」と。
その言葉にいちいち俺は顔を赤くし抱かれて。
だぁぁ、思い返して何照れてるんだ俺!
ただ同級生の男とちょっとありえない体勢で密着しているだけじゃないか。何を赤くなる必要がある。
「キョン君耳まで真っ赤になっていますよ。」
古泉が息だけ漏らしたような笑いをすると俺にしか聞こえないような小さな声で言う。
「それとも、思い出していましたか僕とのことを?」
余計な事をいうな。ますます自分が赤くなっている気がする。
「じゃあキョン、かるぅく古泉君にキスでもしてみましょうか。まずは古泉君が目を瞑って、キョンは瞼にキスよ。」
「なっ!!!お前!!そんなことできるわけ無いだろ。」
勢いよく顔を上げると折りたたみ椅子に座って黄色のメガホンを振り回す超監督に顔を向ける。
「早くしなさいよ。古泉君はもう目を閉じてるんだから。」
なんで俺に覆いかぶされてるこの男はこんな良い笑顔で目を閉じてるんだ?何で準備万端なんだ?
「あっ、あう…あの、」
朝比奈さんはカメラを手に持ちながらおろおろ俺たちを見ている。ハルヒに聞こえないような小さな声で「ごめんなさい」と言ったのを口の動きで俺は何となく察した。
解っています。此処で俺がハルヒを殴りでもして怒りつけたら、世界がどうなるかわからないんですよね?
お願いだからこの映像を学校で流すなんてことするなよ。
でもこれは女子生徒のSOS団への支持率を上げるものとか言ってたっけ?
バニーガールでの校門でのビラ配りと大差ない恥だ。もう学校の人間もこの集団(主にハルヒだが)の奇行にさほど驚かないのかも知れない。むしろスルーして欲しい。
腹を決めて古泉の閉じた瞼の上に触れるか触れないか程度に唇を付ける。
はたから見ればほとんど頭突きのような勢いで頭を前後させた。古泉の声が漏れたような気がした。すまんぶつかったか?
「もっとムードを出しなさいよキョン!はい、そのまま止まらないで次に耳よー。」
どこぞのAV監督だお前は。
「そうそうそのまま・・・」
ハルヒは椅子から立ち上がり両手で四角くフレームを作りこちらを覗いている。しかしビデオ係の長門は監督の画面構成などまるで無視し三脚になったかのようにカメラを固定したまま立ち尽くしていた。
ハルヒの指示通り古泉の耳に唇を付ける。
今までよりもダイレクトに、今度はシャンプーではない古泉の匂いがする。
自分の目が閉じかかっていることに気が付く。そういえば心臓もアフリカの原住民の儀式のタイコよろしく激しく脈打っている。古泉だけには聞こえないでいて欲しい。
「次はおでこよ。」
言葉を待たずに俺は古泉の長い前髪を手で横にどかし額にキスをする。
「最後はもちろん唇!!」
ハルヒがクライマックスに向けて更に声を上げる。
しかしその声が発せられるより前に俺は古泉の唇に自分の唇を重ねていた。
悪いがハルヒ、この一連の流れは嫌って程繰り返しやられてるんだよ。
唇を軽く付けたまま古泉のネクタイに手を伸ばそうとした寸前だった。
「カーーーーット!こんなところね。思ったより良い画が撮れたわ。意外と演技派じゃないキョン。ただのプロモーションビデオにしちゃうのはもったいないはね。ストーリーを付けて映画にしようかしら。」
ハルヒの声で俺は催眠術から覚めたように意識がパッと戻ってきた。いや、まさに催眠術にかかっていた様だ。まるで無意識に体が動いていた。
まだ体に熱が残り心臓が激しく脈打っている。
どうしたんだ俺?


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Last-modified: 2008-01-30 (水) 23:17:23