古キョン エンドレスエイト妄想

 

 マンションの玄関で靴を脱ごうと腰を屈めると、籠もった熱気に目眩がしそうになった。おいおい、もう夕方近いんじゃなかったか?
「うー、あち……」
「冷蔵庫にまだ買い置き入ってます」
「サンキュ」
 先に部屋に入った古泉の背中に声を掛けて、キッチンの冷蔵庫を開けた。ひんやりした冷気に触れて、少しほっとする。外も相当だが、この残暑のなか密閉された部屋の暑さは尋常じゃない。『男子高校生2名自室で脱水症状』なんてマジ洒落にならん。
 冷蔵室の中には500mlペットボトルのミネラルウォーターが数本、いつものように食材はスカスカな所にぞんざいに突っ込まれている。そのうちの2本を引き抜いて、とりあえず片方の封を切って喉に流し込んだ。陳腐だが生き返るな、マジで。
「エアコン付けましたから、どうぞ」
 喉を鳴らして水を飲んでいると、古泉が腕の中にたんまりとシャツやら下着やらを抱えて出てきた。部屋の中に干しっぱなしにしていたのだろう。
「お前のも出しとくぞ」
「ええ。……あ、それ作ってくれませんか?」
 俺は古泉の分のペットボトルを掲げて見せたが、奴は足下に置いたスーパーの袋に目を落としていた。そりゃお前が飲みたいって言うから買って来たんだろ。俺は水でいいんだって。
 俺に有無を言わせず、グラスの場所分かりますよね、と古泉は続ける。
「お願いします。ちょっと片付けてしまいますから」
 ……まあ別にいいけどな。お前が落ち着くまで暇だし。俺が了承すると、古泉はにっこり微笑んで奥の部屋へ入っていった。
 ……お前なあ、ただのカルピスだぞ。水がありゃ誰でも出来るお手軽乳酸菌飲料だ。そんなもんでそこまで嬉しそうに笑うなよ。
 そんな呟きを喉の奥に押し込めた俺は、グラスを2つ流しの脇に並べた。
「お前ん家氷あるのかー?」
 ふと思い付いて開けた冷凍室の方はほぼ空で、霜だらけの壁に囲まれた製氷皿がぽつんと置いてあった。これ……大丈夫か。冬からずっと入れっぱなしとかじゃないだろうな。
「一昨日作りましたよ……確か」
 部屋の奥から古泉の声が返ってくる。それを信用すべきか俺は若干躊躇したが、霜がかぶってないという点でOKと判断した。
 
「あまり飲んだ事ないんですよ」
 ストローで濁ったグラスの中を掻き回しながら、古泉が言った。カラカラと軽快な音が立ち、古泉の外見と相まってまるで好感度の高いCMのようだった。お前の周りだけ見た目3度くらい涼しげなのは何故だおい。俺はまだ額の汗も引いていないんだが。
 古泉の言葉を聞き流しながら、俺は借りてきたDVDをレンタル屋の袋から取り出す。勢いで何となく3枚借りちまったが、全部は見切れないかもな。今からだと1本見て夕飯食って、残りはどこまで行けるかってとこか。
「ペットボトル入りの物も自分では選びませんし、子供の頃も家で作った記憶は殆どありません」
「じゃあ何で急に」
 飲みたいなんて言い出した? そう問い掛けると古泉は胡散臭いいつもの微笑みを浮かべた。
「何となくですね」
 ああそうですか、と。……まずはアクション新作からだな。公開中なんだかんだで見逃してた奴だ。
「そういう訳でよくわからないんですが。これくらいの濃さが普通なんですか?」
 俺が適当な濃度で作ったカルピスは想像以上に濃く、必要以上に甘ったるかった。飲めない程ではないが、仕方ないので俺はストローを噛みつつちびちびとこの液体を啜っている。たまに妹に作ってやる仕様よりは多少加減したつもりだったんだが、まあ氷が融ければマシになるんじゃないか。
「水足すか」
 テーブルの上のミネラルウォーターの残りを指すと、古泉は首を振った。
「僕は結構好きですよ」
「案外お子様味覚なんだな、お前」
 銜えていたストローから口を離して向かいの古泉の顔にそう突っ込むと、奴は首を傾げる。
「あなたの方が濃いだけじゃないんですか」
 そうでもないと思うがな。割合は同じくらいだったぞ。
「確認してみましょうか」
 別にいい。お前の味覚にはそんなに興味はない。それよりもだ、この映画そろそろ見始めないと時間的に厳しいんだが。
「まあそう仰らず」
 食い下がる古泉を無視して、ケースから真新しいDVDを取り出す。それを持ってテレビの前に這っていこうとすると、肩に手を置いて止められた。
「……はっきり言わないと駄目ですか?」
 カランと氷が崩れる音と、エアコンの空調音がやたら耳に付く。
 この場で「何を」とでも聞いてやったら、古泉は苦笑するだろうか。と想像したが、想像のみに留めておく事にした。振り向かされた先にあった古泉の顔が、割とマジだったからな。流石の俺でも可哀想だと思った訳だ。ゴビ砂漠から飛来する黄砂の一粒程度の割合ではあったが。
 瞼を伏せた古泉の顔がじりじりと近付いてきて、俺も流されるように目を瞑った。……先程のどこか心許ないような古泉の表情に免じて、とでも言っておこうか。
 
「もう一回、いいですか」
 溶けるくらい甘い舌が離れてから、古泉は俺の耳元でそう囁いた。そう聞かれて俺が「どうぞどうぞ」なんて諸手を挙げた事があったか?
「愚問でしたね」
 古泉は肩を竦めて、俺の頬に軽く吸い付いた。好きにしろなんて口が裂けても言わないが、偶にはこれくらいなら流されても良いかって気分の時もあるんだ。ごく稀にな。……だからいちいち下手な口実用意するのはいい加減止めろ。
「あなたがいつも素直でいて下さるのなら、僕も楽なんですけどね」
 古泉はテーブルの上のグラスに手を伸ばし、またストローに口を付けた。よくもまあそんなに飲めるもんだな。口の中が甘ったるくて参っていた俺は、横目でそんな古泉を見ながら水のペットボトルに手を伸ばした。が、その手を何故か古泉に止められる。
「もう一度確認してからにしませんか?」
 そういうむず痒い口実はいらんと今言ったばかりのような気がするんだが。聞いてなかったのか?  再度、今度は少し性急に寄せられる古泉の顔に反射的に目を閉じながら、俺は片手に掴んだままだったDVDをテーブルの上に置いた。気を抜くと押し倒されそうな、不安定な姿勢を支える必要があった。
 そして甚だ不本意ではあるが、もう一方の腕を古泉の背にまわす事も、今の俺には必要だったのだ。
 
 なあ、クーラー壊れてるんじゃないか? 
「設定は24度ですよ」
 しかし俺が今感じている暑さはこの部屋に入った当初のものと何ら変わりなく、更に威力を増していると言っても良い。引き始めていた汗はまただらだらと俺の体中から吹き出し、Tシャツの背中の色を変えているんじゃないかと思う。
「確かに暑い……ですが」
  でも、と古泉は顔を上げ、俺の額に滲んだ汗に唇を付けた。
「この状況であなたに涼しい顔をされていたら、僕はどうしたらいいんでしょう」
 さあな。精進せよとしか言いようがないだろうが、生憎今の俺にとってそれは無意味な仮定だった。古泉の片手が器用に俺のジーンズの前をくつろげる。深いキスと同時に股間に腿を押し付けられて散々嬲られ、それだけで息の上がっていた俺は、下着越しに触れられた感触に「ようやく」と思わざるを得ない。
「シャワー無くてもいいですか」
 今止められんのか、お前。
「残念ながら無理そうです」
 じゃあ聞くな。俺の状況もわかってんだろ。
「失礼しました」
 全然心のこもっていない謝罪と共に、古泉は俺の唇に再び噛み付いた。とろけた舌を絡ませると、まだ微かに甘い味が残っている気がした。否応なく唾液を流し込まれ、唇の端から伝って喉の辺りまで伝い落ちている感覚がある。汗と混じって酷いもんだろう。
「……っ……ん」
 古泉の指が下着越しに俺の性器を扱き出した。単純に形をなぞるようなじれったいやり方だった。快感を追い切れないもどかしさに、俺はただ声を噛む。
「もう先の方、濡らしてますね」
 ……うるさいんだよお前。喋り過ぎだ。
「その方があなたは興奮するみたいですから」
 いきなり布の上から鈴口をくじる様に嬲られた。
「く……ちょっ、待てお前な!」
 急に与えられた強い刺激にたまらず抗うと、古泉は俺の肩を床に押さえつけ、本格的に俺を押し倒した。
「意地悪な僕は嫌いですか?」
 こいつはこんな時まで無駄なハンサムスマイルを崩さない。俺がお前のその顔を結構気に入ってるって事、知ってるからなんだろ。
 
 でもな。その理由をお前は本当に知ってるのか?
 
「悪いがお前の性格の悪さは既知事項だ。今更何とも思わん」
「有り難うございます」
 何に対する礼なのかわからんが、古泉はそう言って笑みを深くした。
「褒め言葉だと受け取ってますので」
 おいおいどう聞いたって罵倒だろうが。この暑さでとうとうイカれちまったのか、お前も。
「僕がおかしいと言うなら、今のあなたも相当なものだと思いますよ」
 たくし上げられたTシャツが胸の上でくしゃくしゃになっている。その下で古泉が俺の腹に息を吹きかけた。
「……手がいいですか、それとも舐めて欲しいですか」
 臍の中に舌をねじ込まれて、寒気が背筋を這った。嫌がって体を捻ると、古泉は一度上体を起こした。と思うと再び覆い被さって俺に視線を合わせ、傍観の構えだ。……言うまで触ってやんねえってか。趣味悪いぞ、お前。
「何とも思わないのでは?」
 性格が悪いのと趣味が悪いのは断じて違うぞ。お前の性格の悪さはまあ今更変えようがないからな、仕方ない。お前と付き合う前提事項として許容せざるを得ないが、趣味の悪さに付き合う義理はない。
「なかなか難しいですね、あなた」
 それこそお互い様じゃないのか、古泉よ。
 こんな関係になっちまったってのに、お前の考えてる事はまだ読み切れなくてな。いよいよそれでもいいかと俺は思い掛けてるんだ。けなげな心情だとは思わないか?
「泣けてきますね」
 古泉は嘘臭い快晴の笑顔でそう言った。……お前なあ、そうじゃないだろう。
「……俺が言ってるのはだな」
 業を煮やした俺は、古泉のシャツの胸元を掴み、力任せに引っ張った。
 いい加減時間が押してるんだ。この期に及んでとぼけるなよ。
 
 一万三千八百五十一回目のシークエンスが、あと数時間で終わるんだ。
 その最後くらいそんな顔してなくていいんだぜ、古泉。
  
 一体どこで間違えたのか、俺と古泉はこの回で妙な関係に落ち着いてしまった。それは構わないさ、「今の」俺たちが決めた事だからな。だがこの時間は既に相当回数のループを繰り返している、と長門は言った。恐らく今回も抜け出す事は出来ないでしょうと呟いたのは、目の前にいるこの男だ。俺たちはこのループを突破する鍵を、結局見付ける事は出来なかった。ハルヒの望む夏休みを過ごしたつもりだったが、果たしてこれが正解だったのか? 手応えは全くなかった。
 だから万策尽きた俺たちは夏休み最後のこの日、一緒にいる事にしたんだろう? 記憶がリセットされて、俺とお前がまた元の関係に戻る捩れたループの終端と始点が結びつく時まで。普通にDVDでも観ながら飯食って笑って眠って、万が一九月を迎えたら話の種にもならないくらい、他愛もない高校生の休日を過ごすんだろう。
 だからな。お前の偽悪的なスマイルはいい加減見飽きてるんだ、今くらいもう少し素直に笑ってみろよ。
 古泉は俺の言葉に少し目を細めた。この角度からは随分と悲しそうに見える笑顔だった。
 俺は本当にどうしちまったんだろうね。こんな笑顔を貼り付かせた古泉を見て、俺の方こそ泣きたくなる。お前はいつだってそんな顔を無難なスマイルの下に隠してるから、だからお前の表情から俺は目が離せないんだ。元の時間に戻ったら絶対白状しないだろうがね。
 
 俺は初めて、自分から古泉にキスをした。……きっとこれが最後だからな。閉店大セールって所だ。
「一万三千八百五十一回目でやっと手に入れたんですから、安売りはしないで下さいね」
 生意気にも古泉はそんな口をきいてきた。俺のこっ恥ずかしいサービスを無にする気か?
「……正直、嬉しいです。とても」
 さて、視界が潤んでるのは……俺の方だけって事にしとくかね。
 
 俺と古泉が体を繋げた回数は、まだ片手の指の数にも満たない。そうなってから日が浅いのでこれは仕方がない事だ。だから俺の体は古泉を受け入れる事に慣れておらず、故に過去数回のセックスでは快感よりも苦しさが先に立っていたのは事実だ。
 じゃあ今の俺の状態は何なんだ?
「は……っ、ん、ん……」
 安いAVみたいな、分かり易いシンボル。ケツに突っ込まれた古泉のものが奥へねじ込まれ、抜かれる度に、噛み殺してもどこから出てるのかわからん喘ぎ声が漏れてしまう。馬鹿みたいに気持ち良かった。腹の中を出入りする古泉がやたら熱く、良い所を集中的に突かれるともう堪らなかった。
「もっと……声、出していいですよ」
 後ろから俺の腰を掴んでいた古泉は、俺の背中に覆い被さってそうきれぎれに囁いた。ヤバいんだよ、お前の囁き声。耳元でそんな声出すんじゃない。
 肘で支えきれなくなってきた俺の胸に片手をまわし、背中に顎を乗せて古泉は荒い息を吐く。熱い息が耳に掛かり、俺はむずがるように首を振った。こんな快感がこれ以上続いたら、何十億という脳細胞が一挙に焼き切れるに違いない。死にそうだ。
「も……無……理だ」
 俺の訴えに答えるように、古泉の動きが激しくなった。こいつもイキそうなのか。床の上で交わっている俺たちの下に、汗や涙や色々なものが滴って滑っている。目を開けるとそんな光景が否が応でも見えてしまうので、俺はぎゅっと目を閉じる。力が抜けて使い物にならない腕を何とか動かし、自分のペニスを握った。イキたい。もうそれしか頭には無かった。
 前を扱くと慣れた快感が俺を追い詰めていく。俺は後ろからの圧迫感に翻弄されながら、いつもの自分の手順を繰り返していた。この先に見えているのは目の前が真っ白になるようなスパークと解放だ。
「こいず……み……古泉……っ」
「……っ」
 俺は古泉の名を呼びながら、体を震わせた。迫り上がった射精感が腹の底に膨れ上がり、俺は堪えることなく精を吐き出した。
 俺が声すら失って吐精している間、古泉は息を詰めて動きを止めていた。俺がぐったりと上体を突っ伏した後に数度押し込まれ、腹の中に温かいものが吐き出されたようだった。びくびくと痙攣する古泉の腕が、抱き潰すくらいに俺の体を強く掻き抱いていた。
 
 映画は二度目のクライマックスに入った所だった。主人公が派手なドリフトを決めつつカーチェイスを繰り広げている。
 どうやらこの映画はまたお預けのようだな、と時計を見上げながら俺は思う。どう考えてもエンディングまでは観られない。
「次回に続く、という所ですね」
 シャワーを浴びてパジャマを着た古泉が、作り直したカルピスを飲みながら俺に言った。結局最初に入れた分は氷が融けきってしまい、薄まりすぎて飲めるシロモノではなくなってしまったのだ。
「次にお前とこれをまた観るって保証もないがな。……お前結構気に入ったのか? それ」
 手の中のグラスを指さすと、古泉はにやっと微笑んだ。何だその怪しい笑いは。
「あなたとこれを飲んだ記憶は残らないかもしれませんが、もしかしたら……僕たちがこの夏に感じた既視感と同様に、いつか僕がこれを飲む事があれば何かを感じるかも知れない、と思ったんです。このシークエンスでの僕のささやかな挑戦のつもりだったんですよ」
 それは無理……じゃないか。あの既視感だって、一万三千回以上繰り返したからこそ生じたものなんだろう? たった一回口にしただけでそんな都合のいい刷り込みが出来るか?
 古泉にもそれは分かっているんだろうが、俺は敢えて口にしなかった。その気なら俺も付き合ってやるさ、お前の無謀な挑戦にな。
 古泉のストローを奪い、俺も風呂上がりには甘過ぎる飲み物を一口含んだ。いつかこの甘さにまた俺が顔をしかめる時、お前も当然傍にいるんだろうな、古泉?
 俺の問いに古泉は少し顔を傾けて、俺の好きな顔で笑ってみせたのだった。

 

 
  • GJGJGJ!!!萌えさせて頂きました!二人のやり取りが堪らん…ごちそうさまですw -- 2007-09-02 (日) 23:31:21
  • 萌え!カルピス買ってきます -- 2007-09-02 (日) 23:47:22
  • ヤバい位萌えました!暑いのは苦手だけど、まだ夏でもいいやと思いました。 -- 2007-09-02 (日) 23:55:41
  • 何故にエンドレスエイトはこれほどまでに萌えるのか…!会話の端々まで萌えました、GJ! -- 2007-09-02 (日) 23:59:12
  • ちょっとカルピス買ってくるキョンが可愛過ぎないけどデレてるとこが良かったですGJ!!! -- 2007-09-03 (月) 01:59:47
  • あまりの切なさに電車の中で読んでたにも関わらず目からカルピスが…・゜・(ノд`)・゜・いいもの読ませて頂きました、ありがとう!エンドレスエイト最高。 -- 2007-09-03 (月) 08:02:13
  • このカルピスCMはどの地域で放映されてますか?ご馳走様すぐる、GJでした! -- 2007-09-03 (月) 12:37:01
  • 出先で読んだらカルピスが飲みたくなったので帰りに買ってきた!今から飲みつつ読み直すよGJ!! -- 2007-09-03 (月) 21:39:35
  • 「意地悪な僕〜」萌え転がりました(´Д`*)カルピス飲むたびこのふたりを思い出して悶えそうだw超GJ!! -- 2007-09-03 (月) 23:17:20
  • 文章上手いなぁ。GJ! -- 2007-09-05 (水) 20:32:25
  • rKDgoqrbawgSlMCWJC -- cceespvz? 2009-07-03 (金) 10:50:09


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Last-modified: 2009-07-03 (金) 10:50:09