古キョン この世の不思議



僕がキョンくんを俗に言う恋愛感情として好きである、ということは、もうまごうことなき事実として僕自身認識しているわけですが、何故どうしてwhyとすれば、それはもう僕であっても説明など出来ようもないのです。


「古泉」
声だけで分かってしまう彼に呼び止められ振り向けば、まるで「呼びたくなかった」と言ったような顔つきで彼が立っていた。
「おや。呼び止めておいてその顔は、さすがの僕でもどうかと思いますよ?」
「ちょっと話がある」
困りましたねえ、僕の発言は無視ですか?そう呼びかけても、依然彼は仏頂面でくるりと踵を返した。
やれやれ。ついてこいということでしょうか。スタスタと先を行く彼の背中を追う。
なんであれ、彼が僕を呼びかけたということに嬉しさを感じてしまっていることは否めなかった。
やれやれ、は、僕のようです。


人気のない屋上。ああ、今日は風が気持ちいいですね、空も高い。
そう話しかけても、彼はいつもの仏頂面でどこか宙を見ていた。連れ出しといて無視って、どういうことでしょう?笑みが零れる。
「話って、なんですか?」
僕としては彼と世間話でも、というのもまた一興なものだが、彼の雰囲気はどうもそれをしてはくれないようだった。
本題に入るのが早いと、話もすぐに終わってしまうので、僕としては切り出したくもないところだったのだが。
ところが僕から本題に入っても、彼は珍しく歯切れの悪い態度で、なんと言おうか、と考えているところであるようだった。
彼が僕に話がある、それは多分、おおよそ間違いなく、彼女のことだろうか。
「涼宮さんのことですか?最近は、彼女の精神は至って良好、僕としても睡眠を取れて万々歳ですよ?」
ああ、勿論SOS団員の、僕個人としてもね。誠に望ましいことです。
そう付け加えると、彼は未だ此方を見ずに一瞬複雑な表情をしてから、そうじゃない、とだけ告げた。
彼の表情はいつにも増して険しい。涼宮さんの名を出して、ますます眉間に皺が寄った。
おやおや、そんなにしかめては皺が増えちゃいますよ?といつもならギャグでもかますところだが、彼の態度がどうもおかしい。
そもそも、彼が僕に二人きりで話しかけてくることで、涼宮さん絡みでないのならなんだと言うのだろう。
それもこんな、誰にも聞かれないような屋上で、……二人きり、言い出しにくい……?
まさか。……いや、それはいくらなんでも。彼に限ってそれは有り得ない。
気色悪い忌々しい顔が近いと散々罵られてきたのだ。そんな発想はいかにも自分本位であり個人的願望に過ぎない。
もっとも、彼を好きだと自覚してからは、無闇やたらに顔を近づけることも少なくしていたのだけれど。
でも、まるで彼の態度は。これはまずい。期待してしまう。やめてください。

「……告白ーなんて、そんなんじゃないですよね?」
んな訳ないだろう馬鹿者。そう返ってくるのを期待した。否、正直に言おう。期待したわけではなかった。
むしろ奥底ではそれを望んでいる。けれどそうでないことなど明白なのだ。
だったら早く、打ち砕いてくれ。どうせ結ばれるなどとは、思っていない感情なのだから。

しかし僕の予想を遥かに裏切り、彼は一瞬僕を見たかと思うと、気まずそうに瞳を泳がせた。
心なしか、彼の顔が赤く染まったような気すらした。

――――え?

「…キョン、くん?」
体の熱が、急速に上がった気がした。嘘でしょう?嘘なんですよね?まさか、そんな?ですよね?
「……そうだと、言ったら、どうする」
頭の中が真っ白になるというのは、こういうことなんでしょうか。どこか冷静な僕の片隅が、頭の中考える。

「俺が、お前を、恋愛感情とかいうもので好きだとか言ったら」
「連日神人との闘いで寝不足そうなお前を見て心配だったとか言ったら」
キョンくんの口は急速に動き出し、途端止まることを止めない。
僕はキョンくんの口が紡ぎ出す、およそ僕の頭での理解を超えた言語を耳に入れることしか出来ず、ただ呆然としていた。
「お前が顔を近づけるたびになんかもう胸騒ぎがしていたり」
「急にお前がそれをしなくなって何故かしらんが何故しなくなったのだとか思ったり」
「それが恋愛感情なんじゃねえかと分かったときの俺の苦悩といったら無かったぜと言ったら」

「お前、どうする?」

ゆらゆら宙を彷徨っていたはずの彼の目が、突如真剣な瞳に変わり、そして僕を貫いた。
どうする?どうするって、そんなことあるはずがないのに?
だって、貴方は。

「……なんてな。別にいい。答えなんて分かってるし、聞きたくもない。言いたかっただけだ」
俺の頭がどうかしそうだったからな。もう、どうかしてるに違いないが。彼は続ける。
「お前は、ハルヒのために戦ってるんだし、俺が心配なんざする立場でもないってこともよーく分かってる」
「お前のハルヒの崇め様と言ったら、そりゃまさに神だしな」
ええ、そりゃ神ですが。機関にとっては。
「お前のハルヒを見る視線は、そりゃ熱のこもったものだったしな」
涼宮さんの隣にいつも貴方がいるのは、ご存知でない?
「分かってたんだけどさ。すまん」
貴方の言葉をお借りするときが来るとは思いもしませんでしたが、使わせてもらいます。

「キョンくん、もういいです。少し、黙っててください」

いやに真剣な声が自分から出て、どうやらもう僕にはいつもの笑顔を作る余裕すらなかったのだと、そこで気づく。
ダメだ。無理です。臨界点突破というやつなのでしょう。

「僕からも、聞きたいことがあります」

キョンくんの瞳が、辛そうに揺れる。視線を逸らした。
何故今彼が辛そうにしているのか。これは希望的推測でありながら、ほぼもう間違いないと言ってもいい。
彼は、僕にフラれると思っているから、辛そうなのだ。
これを嬉しいと思う僕は、少しおかしいだろうか。好きな人が、辛そうにしていて、嬉しいだなんて。

「今のキョンくんの台詞を聞いて、僕が心のいつきメモに永久保存しておきたいほど嬉しくて卒倒しそうだと言ったら」

「貴方は、どうしますか?」

キョンくんが驚いたように顔を上げる。それから、耳まで赤くなって、それからまた目線を逸らして。
搾り出したように、彼が呟いた。

「心のいつきメモて……」

それから、彼の心底嫌そうな顔に何故僕を好きになったのですか?と尋ねたら、そんなもん俺が知りたいわ畜生、と呟いた。
奇遇ですね、僕も実は分からないんです、そう告げると、ああそうかい、とぶっきらぼうに返事が聞こえた。
超能力者でも分からないなんて、不思議な感情ですよね、と笑ってみせたら、彼は一瞬僕を見て、それからニマリと笑って言った。

宇宙人も未来人も超能力者もわからないなんて、それこそこの世の不思議なんじゃないのか?





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Last-modified: 2008-01-30 (水) 23:17:05