冬になると自分から古泉にすり寄るデレキョン

 

「おや? 貴方から僕にくっつくだなんて、ずいぶん珍しいこともあったものですね。…どうかなさいましたか?」
 うるせえよ、寒いからだよ。そりゃここに朝比奈さんがいれば俺だってそっちを選ぶさ。長門でもいいし、ハルヒだっていい。だが今俺の隣にいるのはお前だけで、だから俺はお前にくっついてんだよ!お前は湯たんぽとか懐炉とかハロゲンヒーターとか、そういうものの変わりに過ぎん!
 涼しそうな…もとい、暖かそうな顔しやがって。全然寒さが堪えてる様子がねぇ。いつも通りの爽やかスマイル。くそっ、古今の名将の軍隊を粉砕した冬将軍様の無敵の強さの前に、ガチガチガタガタ震えてるのは俺だけかよ! …ま、ハルヒによる朝比奈さん撮影会で部室を追い出された都合上、今この階段で膝抱えてんのは俺達二人っきりなんだがな。
 踊り場の窓の向こうに広がるは、どんよりどよどよ曇り空。ああ、今にも有希でも降り出しそうだねえ。
 まったく一体何だってんだこの寒さは。今朝の天気予報で古泉ばりのしたり顔で「午後からはぐっと冷え込んで、この冬一番の寒さになるでしょう。お出かけの時には厚手のコートなど、一枚余分に羽織るものをお持ち下さいねー」とか言ってやがった気象予報士が憎い。一枚じゃ足りんじゃないか。
 何がオホーツク寒気団だ、何が上空の空気はマイナス36度だ、何が南下だふざけるな。
「ああ、なるほど。でしたら僕のコートをお貸ししますよ」
 おいおい。このクソ寒いのにコート脱ぐ気か? バカかお前は。
「やめとけ、お前が風邪ひく…」
 コートのボタンにかけた手を捕まえて、俺はこいつがバカだと確信したね。ああ確信したさ。なんせその手が氷みたいに冷え切ってるんだぜ? ここまで自分が冷えてるのにコート脱いで貸してやろうだなんて、相手が朝比奈さんでもなきゃあり得ん話だ。普通、男相手にやることかね?
「お前なあ……寒いんなら、もうちょっと寒そうにしたらどうだよ」
 その手に俺の手を重ねて口元へ運び、はーっと息を吹きかけて、ゴシゴシこすってやる。これも男にやるこっちゃないだろうが、まあなんというか…見るに見かねた。世の中の長男長女の皆さんなら、ちょっとはこの気持ちをわかってるくれるんじゃないかと思う。他人の世話なんてめんどくせぇと思いつつ、だけどそれが必要な人間を見るとつい世話を焼いてしまう、そういう習性が根っから身についちまってんだよな。悲しいサガだ。
「そりゃあもちろん寒いですが…貴方ほど寒くはないと…」
 俺より手を冷たくしてか。よく言うぜ。
「末端冷え性なんです」
 ウソつけ。いやウソじゃないかもしれんが、冷え性の奴ってのは始終寒がってるもんじゃないか。それとも何か、お前はシベリアンハスキーとかペンギンとか、そういう人間にあるまじき便利な身体構造を備えてでもいるというのか。俺の前でそういうやせ我慢をやる意味がわからん。
 そもそもこいつのわかりにくいやせ我慢は寒い時には限らない。暑い時も安売りスマイルをのっけた首から下だけ汗かいてたり、閉鎖空間で戦った時でさえ、笑顔で戻ってきやがった。わかりにくいったらない。どこまでが本当に平気で、どこからが無理を隠しているのかわかりゃしない。イライラする。
「……俺はお前のそういうところが大嫌いだ」
「…おやおや、嫌われてしまいましたか」
 そら見ろ、また僕はちっとも気にしてませんよと言いたげな苦笑だ。正直言って、相手が谷口であろうが理由が何であろうが、面と向かって「お前のそういうところが気にくわん!」とか言われて繋いだ手をふりほどかれたらそれなりに傷つくぜ、少なくともむかつくもんだろう。本気で平然としてられるとしたらよっぽどの鈍感野郎だと思う。そしてこいつは実際、それほど鈍感ではない。色々おかしいところはあるが、どちらかといえば細かいところに気がつく性格なのだ。
「そういうんじゃねぇよ。…あのなあ、寒いなら寒いって言え。傷ついたら傷ついたって言え。落ち込むならちゃんと落ち込め、辛いときは辛いって言え!」
 誰にも気付かれないまま、俺も気付かないまま、ひっそり苦しんでる奴がSOS団内にいるかもしれん…というのは正直寝覚めが悪い。日頃は鬱陶しいとか忌々しいとか思っているとはいえ、やっぱりそういう仲間意識がないわけではないのだ。
「……済みません、では正直に言います。寒いです…とても」
 ぶるるっと身体を大きく震わせて、笑顔をくしゃっと情けなくゆがめると、古泉は俺に腕を伸ばした。
「あなたも寒いのでしたら、僕も貴方に暖を求めても……拒絶はなさらないんですよね?」
 まあ、拒絶はせんよ、しないともさ。最初は俺からすり寄ったぐらい寒いんだからな。だがなあ、だからって俺をすっぽり抱きしめるこたないだろう、古泉。身長差を強調する新手の嫌がらせか何かか? ま、映像的に何がどうなってるかさえ考えなけりゃ、温かくて気持ちいいからいいんだけどよ。
「あのな、寒い時だけじゃなくて、他の時もなるべく言えよ。女の子に頼るのは色々プライドとかあるだろうが…俺ならいいだろ。ちょっとは助けになれると思うぜ。何でも一人で抱え込まれるのは嫌なんだ、俺が」
「…わかりました。では、今後は極力そのように」
 何だか…やたらに嬉しそうだな古泉よ。だが頼むから猫みたいにすりすりするのはやめてくれんもんか。俺…実は猫好きなんだよな。


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Last-modified: 2008-01-30 (水) 23:16:47