丸ごとバナナ(SOS団全員→古泉 健全気味かも)

 古泉ってのは…あれだ。
 いなくても別段困ったりはしないかわりにいると何かと便利な一家に一台的キャラではあ るのである。
 たとえばご家庭の電球が切れた際、あいつはその無駄な身長と器用さをフルに活かして迅 速な取り替え作業を行ってくれるであろう。
 あるいは、ちょっと込み入った計算をしたいのだが電卓がないなあ、という時には特進ク ラス理系男子の面目躍如、あっと言う間に計算結果を出してくれるだろう。
 俺個人としても、いない方が精神衛生上何かと宜しいのではあるが、長門語の翻訳だとか 、訳の分らないトラブルが発生した際にその原因についての仮説を提示してくれるなど、や はりちょっとは便利な奴だと思っている。
 そういう、いなきゃいないでなんとかなるし、普段はいなくても一向に気にならないが、 ちょっと面倒くさい作業や、誰もやりたくない作業を頼むにはこれほど便利な男もいないと いうのが古泉一樹君である。
 できれば押入の中にしまっておいて必要な時だけ取り出したい。
 だが悲しいかな彼も人間には違いないのであって、飯も食えば寝もするし、分身の術も使 えない。エスパー少年のくせに。
 そして飯を食わなかったり寝なかったりすると、これまた当然ダウンするのである。非常 識極まりない力を行使する超能力者であろうとも、日頃はただの高校生男子以外の何者でも ない。全世界役に立たない超能力者選手権大会が開かれた暁には、必ず表彰台の上に立てる に違いないと俺は思うね。

 何が言いたいかと言うと、そういう超能力者としてでなく人間としてやたらお役立ち機能 満載の古泉君が、本日唐突にダウンした、という話だ。
 ことは半時間ほど前にさかのぼる。
 まず部室に入ってきた時点で、古泉はなんだかやつれていた。げっそりとまではいかない が、何だか妙に疲れているというか顔が浮腫んでいるというか顔色が悪いというか。まあここんとこなんとなく調子が悪そうだな、という感じはあったのだが、ついに臨界点突破、明らかに様子がヘンだと誰が見ても思う有様になっていた。
 俺が気付いたぐらいなんだから、異常については猛禽類のごとき目敏さを発揮する団長殿 が気付かないはずもない。
 部室に入るどころかドアを開けた瞬間にすぐさま激しくそれをハルヒに突 っ込まれた古泉は、暑気あたりなんですとかなんとかほざいていたが、そこまで体力のない奴では ないことを俺は知っている。
 というかハルヒによって部室に引きずり込まれてからというもの、毎日毎日毎日毎日!  ニコニコ笑顔を貼り付けたまま、部室のドアを開ける。それなりに『機関』のバイトもある だろうに疲れている様子も滅多に見せない。一応秀才と呼んでいいような奴なのに、風邪を 引いている姿すら見たことがない。高いところが好きなわけじゃないが高いところを飛び回 ったりとか、ハサミ同様使いようによって色々便利だったり役に立たなかったりするからか もしれんな。
 が、この日は違った。のっけから疲れた顔をしていただけではすまなかったのだ。
 ハルヒをかわして一旦椅子に座り、さてじゃあ今日は何をします? なんぞと暢気に言い ながらいつものようにボードゲームを取りに立ち上がった瞬間、奴は落ちた。
 テンプルに一撃食らったボクサーのように、膝から崩れて顔面からどたっとな。
 俺は椅子から腰を浮かせ、長門は本から目を上げ目を見開き、ハルヒは血相変えてさすが の反射神経で勢いよく立ち上がり、そして朝比奈さんは「え?」と一言呟いた。
 そしてゴン、という鈍い音。
 せめて隣に座ってりゃあ、古泉が床と熱烈キスを交わす前にどうにかしてやれたんだが、 いかんせん俺の座ってたのは長机の短い方の辺×2の長さを隔てた場所で、つまりは気付い たときにはもう完全無欠の手遅れだったのだ。決して見捨てた訳ではないぞ、いくら俺でも そこまで薄情じゃないからな。
「いった……うう」
 駆け寄った俺は、血が溢れ出す鼻を押さえて悶える古泉を一瞥し、相変わらず淡々とした 表情ながら近寄ってきた長門に囁いた。
「……おい、こいつの鼻、折れてないよな?」
「……ない。修復した」
 折れてたのかよ。ついでに今すぐ鼻血も止め…るのはまずいな、ハルヒの目もある。
「古泉くん大丈夫なの!? ちょ、ちょっとキョン、あんたティッシュ持ってない!? あ 、ダメよ古泉くん仰向けになっちゃ! 下向くの! バカキョン、あんた何やってんの!  首筋とんとんするのもダメ! それは非科学的な民間療法よ!」
 ……それは知らなかった。というかそういうことは全国津々浦々の小学校教師に周知を徹 底させるべきだと思うね。俺は顔面にドッジボールを食らったり体育館でのぼせたりするた びに仰向けで首筋とんとんを食らっていたぞ。
 しかしハルヒよ。甲斐甲斐しいのは大変結構なことなんだが、何故ティッシュの供出を俺 に要求するのかを聞きたいね。まあ持ってるけどな。
「うっさいわね、あたしのものはあたしのもの、あんたのものはあたしのものよ! さっさと出す!」
 ジャイアンかよ。
 俺が差し出したポケットティッシュを強奪するが早いが、すげえ勢いでハルヒはティッシ ュを丸め、そして、
「す、涼宮さん大丈夫ですから……ふが」
 古泉の鼻の穴に突っ込んだ。あと顔とか手についた血も拭ってやってはいたが。
「いーい? 小鼻を押さえてじっとしてんのよ、手を離しちゃダメよ。キョン、あんた保健 室から氷盗って来なさい、全速力よ!」
 今、「とってくる」のフレーズがやけに不穏に聞こえたのは気のせいか。気のせいだな。 うん。
「何ぼさっとしてんの! さっさとする!」

 とまあ、こうした騒ぎが繰り広げられたわけである。
 倒れたのが古泉ではなかった場合、古泉はこういうとき実に役に立つ。まさに今のような 時こそ押入から引っ張り出して起動スイッチオンにしたい。
 だが今回は古泉自身が機能停止したわけで、日頃古泉が受け持つアレコレを俺がやらされ ているわけだ。たとえば敗色濃厚な激戦地の最前線で指揮を執る古代の勇将のごとき形相で 騒ぎまくるハルヒをなだめるとか、鼻血出した奴の鼻に氷嚢載っけて固定するとかな。
 しかし我がSOS団発足以来、これほど全団員の視線がこいつに注がれたことがあったであ ろうか? いやない。
 ハルヒは言うまでもなく、朝比奈さんは鼻血に何らかの効果があるのかないのか不明だが おろおろと古泉の背中をさすっていらっしゃるし、長門は本を放り出したまま大きく目を見 張って古泉を見つめている。
 こんな風に全員が古泉に注目し、古泉を囲んであーだこーだ大騒ぎになるという事態など 一度たりともなかった。なにしろいればそれなりに便利だが、いなくてもあまり困らないの がこいつだからな。
 古泉が注目されている状態というのは、たとえ瞬間最大風速的なものとはいえ何やら不思 議な気分になってくるぜ。
 鼻栓装備に加えて氷嚢まで載せられた間抜け面で、日頃との強烈なギャップがほとんどギ ャグにしか見えない姿の古泉によると、立ち上がったとたん、瞬間的に視界が真っ黒になっ て次の瞬間には涙が出るほど鼻が痛かったそうな。熱はなさそうなので、いわゆる起立性貧 血というやつであろう、とはハルヒの談だ。お前は医者か看護婦でも目指していたのか?
「で、何だって貧血でぶっ倒れるようなことになったんだ? お前虚弱体質とかじゃなかっ たろ」
「ほうなんれふけろ(そうなんですけど)……」
 以下、古泉の発音通りに表記すると大変面倒くさいので翻訳でお届けしたい。
「最近その……、」
 一度言葉を切ってちらりとハルヒを見る。
「……バイトがですね、夜勤で忙しくて…それで睡眠不足と食事抜きが続きまして」
「なかなか帰れなかったりしたら睡眠不足はわかるけど、どうして食事抜きになっちゃうの ? 身体に悪いわよ、育ち盛りなのに」
 すでに育ちすぎのきらいのあるこいつに育ち盛りという言葉はどうかと思うが、ハルヒの 疑問はもっともだ。ついでに言えば俺にはほかにも疑問がある。最近のハルヒは別に不機嫌 ではないぞ。教室でも別段苛立ったりはしていない。背後から迫り来る不機嫌オーラの恐ろしさは俺が一番良く知っている。あれに気付かずにいるのは事実上不可能と言っていい。
 なのに何故バイトが忙しくなるというんだ?……ま、今はこの質問はできんがな。
「……食べるヒマがあったら…寝たくて…情けないお話ですが」
「だったら、ボードゲームなんぞやってる場合か。寝てりゃあいいだろうが」
 部室にいる数時間なりとも寝ていればだいぶ違うはずだ。余計な心配させやがって。
「それはその……」
 古泉は言いよどんで上目遣いに俺とハルヒを見比べ、怒りませんか? と言った。
「事と次第による」
「もう怒ってるわよ!」
「……うう……つまらないじゃないですか。授業と仕事と寝る以外のことを何もやらないだ なんて」
「バカじゃないの!? 身体とどっちが大事なのよ!」
 部室中にキンキン声を響かせて怒り狂うハルヒを尻目に、俺はどうも怒る気になれなかった。怒る気力を失 ったと言ってもいい。理由があまりにも馬鹿馬鹿しすぎる。
 その上、その馬鹿馬鹿しさがあまりにも切実すぎる。あれが唯一の気晴らしかと思うと悲 惨すぎだ。男と差し向かいで黙々とボードゲームだぜ? しかも連戦連敗だ。
「ねえ、ちょっと古泉くん」
「はい……なんでしょう?」
「バイトは今日もあるの?」
 あるだろうね、少なくとも今日だけは確実にあると断言できる。賭けてもいい。ハルヒは 、団員が倒れるまで働かされていることに怒りを感じずにいられるような女ではないからな 。
「……ええ…たぶん……あ」
 古泉のポケットの中で、携帯が震える音がした。古泉は画面を見ると疲れ切ったような笑 顔を俺達に向け、立ち上がろうとした。
「……ありますね、早く行かないと」
「ちょっと待ちなさい! そのバイト先に電話かけなさい。あたし直々に話をつけるわ!」
 おいおい、確かに『機関』に涼宮ハルヒが電話して古泉を休ませろとねじ込んだ場合かな りの確率でその要望は通るであろう、だが、だがしかしだ。ハルヒは古泉のバイトを普通の バイトだと思っているわけだ。一介の女子高校生がコンビニだかファミレスだかファースト フードだかの店に電話してお前のところのバイト店員を今日は休ませろと騒いでそれが通る と思っているのであろうか。思ってるかもな。こいつは歩く非常識だ。
「え、でも、それは」
「早くしなさい! 今日はバイトは休みよ! まっすぐ家に帰ってご飯食べて寝るの! あ たしたちがご飯作ってあげるんだから感謝なさい。それと明日は学校を休んでもいいわよ」
 いいわよ、って。
「しかし……」
「……休みなさい! もし明日退屈ならキョンを貸し出すわよ、オセロでも将棋でも囲碁でも思いっきりやった らいいのよ」
 貸し出すっておい。俺はお前の所有物か?
「だから、さっさとバイト先に電話をかけなさい!」
 俺の至極まっとうな疑問をハルヒは完全に黙殺し、古泉に指を突きつけ命令を下した。
「……はい」
 押し負けた、というか勝てるわけもない。こいつはハルヒの命には絶対服従せざるを得な いんだからな。
 叱られた犬みたいな顔して古泉は携帯を操作し、「もしもし」と言おうと口を開いた。が 、あっという間にその携帯はハルヒの手によりひったくられた。
「もしもし? あ、古泉くんは今日学校で倒れまして、それで私がお電話を…。あのえーっ と……そうです。申し遅れました、私は古泉くんの入っているクラブの部長の涼宮ハルヒと 申します。……ええ、それで、ええ、ええ…心配で。あ、いいんですか? ありがとうござ います。はい、伝えておきます。それでは」
 良かった、開口一番「古泉くんを休ませなさい! 命令よ!」とか言い出さなくて。案外 常識的な口の利き方もできるってことは知ってはいたんだが、それに全幅の信頼を置けるよ うな女じゃないからな。
「本調子に戻るまでしばらく休んでていいって! 結構話が分る店長じゃない。ここまで無 理する前にしんどいって言いなさいよ」
「……そうですか」
 自分が抜けたぶんの戦力ダウンを心配してるんだろう、苦労性な奴め。お前が出撃するよ り大人しく休む方がお仲間も楽ができると思うぜ、ハルヒの機嫌が良くなるんだからな。
「古泉。許可が出たんだから同僚の迷惑とかは考えるなよ。後で菓子折でも持ってきゃいい 」
「…そうですね」
 今ひとつ納得はできてないらしいが、これ以上踏み込んだ説得も今は不可能だからな。ハルヒの機嫌を損ねることを誰より恐れるくせに、自分が絡んでるとなるとどこまでこいつは鈍感になっちまうんだか。
「あ、それとね、店長さんがおだいじに、って。じゃ、有希、みくるちゃん、あたしたちは 買い出しに行くわよ、キョン、先に古泉くん連れて帰って、もう鼻栓取ってもいいと思うわよ」
「……わかった」
「はぁい」
「……へいへい」
「すみません…ご面倒を」
 ようやく鼻栓から解放されて、古泉は普通の声でしゃべり出した。ついでに氷嚢支え続けてプルプル来てた俺の手も解放だ。
「いいのよ、いつも言ってるでしょ、団員の体調管理も団長の務めなんだから。なんか食べ たいものある? 嫌いなものは?」
「嫌いなものは特にないので……、みんなで食べられるものがいいでしょうね」
「わかった。じゃあ鍋にしましょ、鍋!」
 真夏にか。
「あ、僕の部屋には一応クーラーついてますから」
 そういう問題なのか。
「じゃ、問題ないわね! 決定!」


「結局ありゃ、古泉をダシにして騒ぎに来ただけだったな」
 どんちゃん騒ぎの嵐が荒れ狂った後の部屋に取り残された俺は、ベッドに押し込まれた古 泉を振り返った。
 まさに台風一過。ハルヒのモンスーン気候的怒濤のハイテンションが通り過ぎた部屋は、 えらく寒々しく閑散としている。
 古泉の取り皿には女性陣全員からあれも食えこれも食えと大量の具が山積みにされたのだ が、古泉は何しろまともに食わない生活が続いていたので胃が縮みきっており、ほとんどま ともに食えていない有様だ。
 最近まともに食べてないんだから沢山食べるに違いないわ! というハルヒの思いこみによりカセ ットコンロや大鍋と共に搬入されたあり得ない量の食材(会計が済んだあと、荷物持ちに呼 び出された俺は絶句した)は、結局ほとんどが長門の腹に収まるという本末転倒極まりない 事態になっていた。ま、鍋はやはり大変美味かったわけであり、しっかり食えた俺としては 満足極まりなかったんだがな。だが古泉にしたら全然有り難くなかったろう。
「……でも、有り難いことです。部屋も片づけていただけましたし」
 そりゃあな。
 寝てるか家にいないかという生活だったらしく、汚すこともないかわりに片づけることも していない部屋は、どうしようもなくとっちらかっていると言うことは全然ないのだが、全 体的に廃墟然とうっすら埃をかぶり、テーブルや流しにコンビニのおにぎりのパッケージが 放置してあったりするような嫌な汚れ方をしていたわけで、おおよそ鍋をやるには不向きな 状態だったのである。
 ハルヒじゃなくたってざっと片づけて掃除機や雑巾のひとつもかけたくなるというものだ 。
 しかし古泉に栄養を摂らせるという目的はこれっぽっちも達成されちゃいない。ハルヒは人を思いや る心というのは溢れかえるほどにたんまり持っているのだが、思い込んだら一直線すぎて細 かいところが見えなくなるきらいがあるな。
「……それに」
「ん?」
「こんなに、皆さんにご心配して頂いて…」
 いきなり古泉は、見舞客に涙ぐむ入院中の老人のようなことを言いだし、そして本当に涙 ぐんだ。
 ありがたやありがたやとか言って手を合わせてもおかしくないぐらいの勢いだ。
 そこまでご大層なことかね?
 だが確かに、あれほどすごい勢いでみんなに世話を焼かれまくる古泉というのは本当に珍 しい光景だった。朝比奈さんはいつでもちょっとどこか頼りないところがおありなので、つ いつい誰もがお世話して差し上げたくなってしまう。ハルヒは世話を焼かれることはないが 、焼かせる。そもそもSOS団はあいつを中心に回っている。長門は時々猛烈に危なっかしく 、主に俺が、だが時には他のメンバーやハルヒさえもフォローに回ることがある。主に人付 き合いの面でな。俺は言うまでもなく、みんなに面倒をかけっぱなしだ。面倒をかけられっ ぱなしでもあるがな。
 その中で、特に自己主張せず裏方に回ることに不満も言わず、常にニコニコしていて危な げのないこいつはいつでもフォロー側で、フォローされるということがなかった。
 いれば便利だが、いなくても別にどうってことがない。いてくれて良かった! としみじ み思える事態というのもなかなかない。少なくとも日常生活の範囲内に限定してしまえば、 そういうことは全くない。
 まったく、主婦の開発したアイデア商品のような男である。少なくとも俺は今までそう思 っていたし、こいつも自分をそういう人間だと思っていたんだろうね。
 だが、案外そうでもなかったというわけだ。
 機能停止しちまったりすると、やっぱり不安になる。心配になる。元気になってほしい。 別に役に立たなくてもいい。景気の悪いツラなんぞ見たくもない。
 元気でその場にいないだけだってのと、体調崩してダウンじゃ全然違うもんだ。
「……すいません、どうも体調のせいか涙もろくなってるみたいですね」
 ほっとくと歳のせいか、とか言い出しかねないなこりゃ。
「いや、まあ……仕方ないさ。しかしお前、全然食えてないだろ? もうちょっとこう、消 化に良さそうなモン食った方がいいよな。ちょっと待ってろ」
 ハルヒが買い込んできた食材の余りをあさるとレンジで2分で食える白飯を発見した。
 こいつと冷蔵庫の卵と鍋の残り汁を使えば雑炊ができる。
 鍋のシメにお袋が作るやり方を脳内で反芻しながら、俺は鍋の残り汁にチンした(しかし 今時チンというレンジなんぞありゃしないのに何故今でもチンと言いたくなるんだろうかね ?)白飯をぶち込み、醤油を垂らして味を調え、最後に火を止めて溶き卵をぶち込んでぐる ぐる混ぜた。
 たぶん、これでいい……と思う。
 間違っていても食えない物体になり果てたりはしないはずだ。俺が余分に入れた調味料は 醤油だけだ。何か足りないことはあるかもしれんが、多すぎるわけじゃないから取り返しは つくはずだ。たぶんな。味見してみたところ、何となく間の抜けた味だが食えないこともな い。下手にゴチャゴチャ入れて取り返しのつかないことにするよりはこの方がマシだろう。
「これならちょっとは食えると思うぜ、無理して食う必要はないけどな。ちょっと俺は買い 出し行ってくるから。食い終わったら寝てていい」
「……すみません…」
 俺はひょっとして、いいお嫁さんになれるんではなかろうか。なってどうするんだという 気もするが、来るべき男女共同参画社会に於いては主夫の需要も案外あるんじゃないだろう か。……いや、主夫にまでなると何だか退屈そうなので今のところはご辞退申し上げたいが な。だが人生の選択肢は多ければ多いほどいいというものだ。
「じゃ、行ってくる」
 古泉は風邪を引いているわけじゃないが、胃が弱っている時はこういうものがいいだろう と揃えた桃缶、みかん缶、プリン、ゼリー、栄養ドリンク、10秒チャージなゼリー、丸ご とバナナなどなど、風邪っぴき見舞いの鉄板的ラインナップを揃えて俺が戻ってくると、古 泉は茶碗に盛った雑炊を完食した上で、完全に熟睡体勢に入っていた。
 皓々と電気をつけたまま、俺が帰ってきたことにも、冷蔵庫に買ってきたブツを放り込む 音にも気付かずに。
 机に突っ伏してうたたねとかでもなく、仰向けで電灯の明かりに顔を晒して無防備にぐー すか寝てる古泉を見ることになろうとはな。
 まあ誰でもそうなんだろうが、子供みたいな顔してくーくー寝てやがる。
 ……さて。
 どうするかな。寝てていいと言ったのは俺なんだが。
 ハルヒが帰る間際に言い放った言葉を思い出す。
「明日は古泉くんが無理に学校に来たりバイトに行ったりしないようにあんたが見張るのよ !」
 ……あれは泊まれってことだろうなあ、やっぱり。
「古泉くん、明日起きてから退屈だったら、キョンを貸してあげるから、思いっきり遊びな さい!」
 ……明日、古泉が起きる前に登校リミットが来たら俺はどうしたらいいんだろうね? 真 、その時はその時か。団長の指示を仰いでもいいし、俺の気分で決めてもいいし。
 こいつもたっぷり寝て目を覚ましたら、少しはいつもの笑顔に戻ってることだろう。
 絶対に無理して家から出たりしないように、額に肉とでも描いておいてやろうか? それ はさすがに可哀想か。
 まあ、今はテレビとか激レアな古泉のユルい寝顔でも見ながら眠気がくるのを待つとしよ うかね。



 後日、古泉に聞き忘れていた「ハルヒの機嫌は特に悪くなかったのに何故そんなに忙しか ったのか」を聞いてみたところ、当時は何故だかさっぱりわからなかったのだが、とにかく 夕方から早朝にかけて頻繁に閉鎖空間が発生しまくっていたせいだ、との回答を得た。
 時間帯的に本来古泉が寝るはずの時間にがっちりかかっていたために、極度の睡眠不足に 陥ったというわけだ。
 そしてあの騒ぎ以来すっかり閉鎖空間の発生はなりを潜めているそうなので、おそらくは ハルヒ自身無自覚のうちに退屈していたのではないか、という仮説が立てられているらしい 。
 といってもなんだかんだと地味に騒ぎは巻き起こし続けていたのだがなあ。
「一発ぱーっとした大騒ぎが欲しかったのではないでしょうか」
 なんぞと古泉はすっかり調子を取り戻したニヤケ面で言うが、
「それじゃまるで、ハルヒがお前の調子が悪くなるのを望んでたみたいじゃないか?」
 あいつはそういう奴じゃない。俺には到底納得できん結論だ。
「……そうですね、女性陣では体力面に不安がありますし、となればほどほどに頑丈そうな 僕らがいいわけですが、あなたが倒れたのであれば涼宮さんはトラブルをそれなりに楽しむ どころではなかったでしょうし」
「違う!」
 そんなことがあってたまるか。
 ハルヒは古泉のことだって団員として大切に思っている。だからあんなに必死だったし、 空回り気味ではあったが古泉のために何かしようと大騒ぎしたんだ。
 ハルヒだけじゃない、俺だってそうだったし、長門も、朝比奈さんだってだ。
「……楽しんでて、あんな剣幕できゃんきゃん怒鳴るわけがないだろう。何か面白いことが 起きないかとは思ってたかもしれないが、お前がぶっ倒れるなんて面白くもないことが起き て欲しいなんてあいつは望まん!」
「そう…でしょうか…、僕はこう言ってはなんですが、涼宮さんにとってはただ便利な副団 長と言うだけで、」
 やっぱりお前もそう思ってたんだな。でもな、それだけじゃなかったんだよ。
 だいたいそういうふうに俺が思ってたのはおかしくないが、お前が自分でそんなふうに思 っててどうするんだ。自分のことだろう?
「あの時お前も言ってたろ、自分がこんなに心配してもらえるなんてってな。そうだよ心配 だったんだよ! ……もしあれから閉鎖空間が発生してないとすりゃ、それはな、お前がひ どい病気だったりとかじゃなくて、みんなと鍋やれる程度には元気で、ちゃんと仕事も休め て元気になれそうだって安心したことで、それまで何かで無意識にイライラしてたとしても 全部吹っ飛んじまったからだ」
 ――それだけ、お前は俺達に愛されてるってことなんだよ。
 副団長とか、超能力者とか、そういう肩書きなしの古泉一樹で充分にな。  そう言ってやったら、古泉は絶句し、それから誰に向かってか、一言「すみませんでした 」と言った。

 
  • おおおおおおおおおGJ!いっちゃん愛されてるよ良かったねいっちゃん! -- 2007-07-20 (金) 00:35:35
  • あああ、みんな何ていい子なんだ……。萌えましたありがとう! ハルヒ可愛いよ。 -- 2007-07-20 (金) 00:39:26
  • いっちゃん愛してる!!SOS団員もみんな大好きだ。こういう雰囲気すごくツボです。 -- 2007-07-20 (金) 00:42:35
  • おおおおおおおおおGJ!いっちゃん愛されてるよ良かったねいっちゃん! -- 2007-07-20 (金) 00:42:43
  • こんな話が読みたかったんだ!ありがとうありがとう! -- 2007-07-20 (金) 01:21:08
  • いい嫁!古泉が幸せそうだとなんでこんなに嬉しいんだ… -- 2007-07-20 (金) 02:11:27
  • いい嫁!古泉が幸せそうだとなんでこんなに嬉しいんだ… -- 2007-07-20 (金) 02:12:21
  • 泣いたよ……古泉愛されすぎ!!よかったね!GJ! -- 2007-07-20 (金) 02:41:43
  • 愛され古泉最高だ!テラGJ! -- 2007-07-20 (金) 05:29:12
  • GJ!!泣けた…古泉よかったね。不憫な子が幸せだと、こんなにも泣けるほど嬉しいなんて -- 2007-07-20 (金) 14:27:04
  • 超GJ!愛されてるいっちゃん…弱ってるいっちゃん…萌える! -- 2007-07-20 (金) 22:59:14


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Last-modified: 2008-01-30 (水) 23:16:39