~ その日、最早日常と化しているオセロの対決途中に目の前に差し出されたものに、俺は拍子抜けした。 「あ、あの…」 言わずもがな今日は聖バレンタインをしめやかに送る日ではなく、どっかの製菓会社が打ち出した商品販売イベントに全国津々浦々の乙女達が乗っかってくそ甘い台詞が飛び交う日である。 ちなみにその物体を差し出してきたのは俺よりも細いかもしれんが上背があるれっきとした男、SOS団のもう一人の男子団員、古泉一樹だ。勘違いではなく、前文に間違いもないのであしからず。 「………」 「お気に召しませんでしたか?」 今ばかりは普段の笑顔を消し、不安を視線に織り交ぜて聞いてくる古泉に我に返り、眼前に差し出された所謂チョコレートに視線を走らせる。 もちろん小綺麗な包装にご丁寧にリボンまでかけてあり、これはこれで貰ったヤツに嬉しいと思わせる一品だ。俺も嬉しくないわけではない。ただ、そこにあるのは微かな違和感。 「古泉」 「はい?」 古泉は笑顔のまま小首を傾げる。くそ、そんな仕草をするな。 「本当に、これか?」 念を押す様に訊ねてみても、はて何の事でしょうと真顔ですっとぼけるものだから、こういうものなのかと納得してしまいそうになる。 「悪いな」 「いいえ、僕が勝手に用意したものですから」 受け取るとようやく安心したように微笑む古泉に、俺は自分の中の違和感が薄れていくのを感じた。 やはりネットで仕入れた知識などアテにしてはいけない。今までこの日に貰った事のあるものが僅かな例外を除き妹とお袋のものばかりという俺が至らないだけで、こいつはこいつなりにちゃんと考えてきたはずだ。 貰ったものを鞄にしまい込み、さてゲームの続きをどうしようと考えていた、そのとき。 俺は見逃さなかった。 オセロを盤上に置いたその指に、幾重も絆創膏が巻かれていた事を。
「もう一個」 「え?」 「もう一個渡すもんあるだろ、出せよ」 俺の台詞に自分の失態に気づいたのか、今更指の絆創膏を隠し、みるまに表情に焦りの色を滲ませる古泉にやっぱりなと心の中でほくそ笑む。何事にも周到に対応すべき役割を担っているこいつが、この一大イベントに向けて準備していないはずがない。普段と違うのはそれがハルヒに向けたものか、俺に向けたものかということと、それが命令か個人の意志に基づいているか否かということだけだ。 種明かしは簡単で、全てをそつなくこなすようで冬のミステリもどきのように些細なところでポカをやる不器用さを持つ古泉のことだ。おそらく慣れない菓子の製作過程で計画外に何度も失敗して指に火傷やら傷やらをこさえたものの、結局は期日に間に合わず、しかし用意しないわけにもいかず、市販のチョコを購入したと、そういうことだろう。 と、ここまでは俺の妄想に過ぎないが、古泉の様相は明らかに何かを隠そうとするときのそれだ。 「ええと、何の話でしょう」 見事な狼狽ぶりを見せる古泉はそれでも引きつった笑顔で誤魔化そうとするので、俺は早々と最終兵器を出す事にした。 「おら」 古泉が背中に回していた腕を掴んで無理矢理こちらに引き出し、その掌の中に一粒。 「…あ」 今朝コンビニで買ったチロルをのせる。 「…………」 「…どうした?」 掌にある小さな塊に目を落としたまま微動だにしない古泉に俺も心配になる。やはりそれでは不服だったか?しかし男子高校生が男子高校生にあげるものなんて、しかもこんな日に古泉が貰って喜ぶようなものなんて思いつかなかったんだよ。古泉のように豪奢なラッピングが踊る店にはどうしても俺は似つかわしくないし、手作りなんか自分が食うのでもごめんだ。って俺は誰に向かって言い訳してるんだろうね。 俺が戦々恐々と古泉の反応を伺っていると、当の古泉はしばらくチロルを見つめてから、 「いえ、まさか、貰えるとは思っていなかったので…」 嬉しいです。 ようやく吐息と一緒に呟きを零した。大切な宝物を見つけた子供のようにたかが30円ぐらいの駄菓子を握りしめ(溶けるぞ)目を閉じ、一瞬俯いたかと思うと顔を上げて笑った。 「ありがとうございます」 それはもう、今年のバレンタインとやらはそれだけでいいと思えるほど、滅多に見られない柔らかい微笑だった。
流石に湧き出る罪悪感に耐えきれなくなった俺が、後日きちんとした(俺は別に構わなかったのだが、ここは古泉が譲らなかった)手作りを貰う代わりに何かしてやることはないかと古泉に問うてみると、ホワイトデーに手作りの菓子を返すという約束を取り付けられてしまった。 「マシュマロかクッキーか…何にせよ、楽しみにしていますよ」 すっかり調子を取り戻した古泉と、レシピから調達しなければいけない俺が頭を抱える事になったのは、また別の話だ。
●<乙女泉な上に話題から勝手にネタを拝借してしまいすみませんでした
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