≪キョン×古泉 同棲≫ †
何でも取り敢えず人並みに(と言うか一般水準以上に)こなす古泉は勿論料理も上手い。
和食も家庭に出てくるくらいのものは作れるだろうし洋食も許容範囲、中華料理はどうだろうか、多分レシピと材料を渡しておけば作ってしまいそうな気もしてそれはそれでちょっと羨ましくもあるが忌々しい。
恐らく今までずっと自炊生活だったからだろう。
そんな古泉は今日も随分と整った朝食を作って、「俺には到底無理だな」なんてぼやいたのが事の始まりだ。
「じゃあ試しに今日のお昼ご飯、作ってみますか?」
何言ってんだこいつ。
俺に料理をしろと言ってんのか? 自慢じゃないが俺は調理実習でも手付きが覚束ないと言われて皿洗いか荷物運びに徹する男だぞ? そんな俺に料理を作れと? いやいやいや冗談は程ほどにしてくれ古泉。
という内容の事をもうちょっと控えめに伝えてみると、古泉は眉を下げて微笑んだ。そういう顔は結構好きだ。
「大丈夫ですよ、しっかり教えますから」
しかし無理なものは無理だ。俺はやらんぞ。
と、言い掛けた時だ。
「そうですね、もし貴方が炊事担当を少しでも受け持ってくれるというのなら…」
少しだけ思考を巡らせた古泉は、僅かに瞼を伏せて微笑んだ。
「何でもしていいですよ?」
(俺の中の)全世界が停止したかと思われた。正直たまりません。ホントにアホだこいつ。
その後にいつも通りの笑顔で「なんて、ね。冗談です」と付け加えたその言葉は照れ隠しの為の保険だろう。古泉は本気でものを喋れば喋るほど絶対最後に否定語を繰り返す。そんな事は自明の理というか既に心得ている俺にとっては可愛らしい恥じらいと何ら変わらない。
やるしかないだろ、これは。
冷蔵庫の中には様々な食材が並んでいて(これを全て把握して料理する古泉は本当に一般的な嗜みの範囲を超えていると思うがとにかく)、幸いにも俺は料理を限定される事無く一番無難なものを選べる余地を得たと言う事だ。
古泉から渡された数冊の料理の本を並列に並べて眺め、さてどれが一番簡単に作れるだろうかと思案し始めた。
はっはっは、何でも良いから料理と名のつくものを作れば古泉を意のままに出来るとは全くなめられたもんだぜ! と、上機嫌になっていたのも束の間で。
「あ、オムライスとかいいですねぇ」
この野郎。
ぱらぱら捲っていたページを何ページか戻して古泉が指を指す。オムライスって…あれか、卵でご飯くるんだヤツか。中身って…あれ、チャーハンだっけ?
「チキンライスです」
あぁそうですか。俺が興味なさげに返事をしたにも関わらず古泉の頭の中では既に昼食はオムライスに決定してしまったらしく、食材確認の為に立ち上がって冷蔵庫を覗きに行った。
どうやら俺の思惑通りには行かないらしい。
「はい、じゃあまずフライパンを強火で加熱して下さい」
さぁよい子の皆様…じゃなかった、腐女子の皆様。今から古泉一樹によるおいしいオムライスの作り方講座が始まりますので暇だったら付き合ってやってくれ。作るのは俺だがな。
取り敢えず言われた通りにフライパンを強火で加熱する。ちなみに材料は予め古泉が用意してボウルに入れてあるので俺はそれを使って調理の部分をするだけだ。まぁタマネギ切りながらちょっと涙目になっている古泉を見れたのでそれはそれで楽しかった。
なんて事を考えている内にフライパンは程よく温まったらしい。再び古泉の指示に従って油と具を入れる。鶏のムネ肉と(古泉の奮闘した)タマネギと塩コショウを少々。
「しっかり混ぜて下さいね、そしたら次はケチャップを入れて…」
片手にさっきの本を持ちながら解説する古泉は俺に計量スプーンを持たせて、器用にケチャップを大さじ一杯。それを混ぜてからご飯を入れて、再び掻き混ぜる。
「さて、じゃあ後は頑張って下さい」
は?
「いや、だってあまりに僕が手伝ったら貴方が作った内に入らないじゃないですか。僕は後ろで見てますね」
本を俺にも見える様に開いて置いた古泉は俺の肩をぽんと叩いて後ろのソファに腰を下ろした。ちょっと待てちょっと待てちょっと待て。いや、落ち着け俺。取り敢えずフライパンの中身を混ぜながら本をチラ見する。何々?
(玉子焼きを炒めたご飯の上にのせてケチャップをかけて完成です…?)
いやじゃあどうすりゃいいんだよこの中身は。全然解らないし見当もつかない。途方に暮れた俺はもうセオリーなんぞ無視して適当に作る事にした。見た目がそれらしく見えればいいんじゃないか?
皿にご飯を先に移動させてからフライパンに卵を投下。じゅうっと言う音にビビりながらも何とか平らにして根性でさっきのご飯に被せて、菜箸で押し込んだり引っ張ったりしてごまかす。完璧だ。
後ろの方で何やら随分と楽しそうに微笑みを浮かべている古泉があぁもうホントに忌々しいぞ。
*
「いやぁ、美味しかったですよ。ご馳走様でした」
慣れない料理でホントに大変だったし後半お前は高みの見物を決め込むしお陰でちょっと火傷なんかもしたしでもう二度とやってやるかとも思ったが、
ご馳走様でした、と言った古泉の笑顔がいつもの笑顔とは(何処がと言われても上手く説明出来ないのだが)ちょっと違って、それだけで別に苦労も火傷の事もどうでもよくなった。
しかしまぁどうでもよくならない問題もあるわけで。
俺は食い終わった食器もそのままに、後ろから古泉を抱き締めた。
いつもお前が飯作るのとか当たり前だと思ってたけど実はそれって結構大変だったわけで、だから俺が今たった一回それを代行しただけでだから何だって事なんだけどさ。でも俺にしては頑張った方だ。
だから、いいだろ。
「今、…ですか?」
食後はゆっくり過ごした派の古泉は首を傾げる。俺だって食後はゆっくりするのがベターなのだが、如何せん忍び寄る性欲には勝てそうにない。
「していいって言ったの、そっちだろ」
耳元でそう言って相手を見つめれば、古泉はまた眉を下げて少しだけ困った様に微笑んで、(あぁその顔だけで報われる様な気がするよ、)
「はい」
と、とても小さな声で答えた。